第6話:ファンクラブを設立するのっ!
「――『ユーフィ軍』設立の決起集会、ですか?」
執務室で皆と休憩していると、マネージャーであるユウさんから何やら物騒な言葉が飛び出してきた。
「はい。魔王軍は、それぞれ自分が応援する四天王の軍に所属しています。ユーフィ様が新四天王に就任して一週間。漸くユーフィ様の軍を設立する準備が整いました」
つまり、四天王個々のファンクラブという認識で間違いなさそうである。
「要するに、『○○軍』っていうのはそれぞれのファンが集まってるってことですよね?」
「そそ。だから軍ごとに特徴があっておもろいで。ウチのとこは……、まあ、脳筋的な感じやし。エリーゼのとこはその逆、ロザリんのとこはバランス型やな」
コレットが言うには四天王のファン層が違うから、その特徴がそのまま軍に出るらしい。
――じゃあ、ユーフィ軍ってただのロリコンの集まりになるじゃないか! やばい、史上最も使えない軍として歴史に名を残しそう。
「コレット様のおっしゃる通り、コレット様の軍は近接戦闘に特化している方々が多く、エリーゼ様の軍は魔法戦闘を得意とする方々が多く所属しています。ただ、それは弱点がはっきりしているということでもあるので、どんな相手にも対応できるロザリー様の軍がなければ、我が国は苦戦を強いられていたことでしょう」
ユウさんが補足する。特化タイプは型にハマれば強いけど、確かに対策もしやすい。
『近距離最強』のコレット軍に『遠距離最強』のエリーゼ軍、そして『最良』のロザリー軍、といったところか。
そこに新たに、『最低』のユーフィ軍が加わるのだ。……泣きたい。
「それで、決起集会って何をするんですか?」
ユーフィは気を取り直し、最初に言っていた『軍設立の決起集会』についてユウさんに尋ねた。
詰まる所、ファンとの交流会みたいなものだとは思うのだが、一応は『軍』なので少し真面目な感じなのかもしれない。
「握手会とトークショー。その後、企画イベントを行い、最後に記念撮影ですね」
全然真面目じゃなかった。
「ユーフィ様には、この企画イベントで何をするのかを決めていただきます。四天王にとって部下との交流は、軍の士気を高める重要なお仕事です。また、部下の方々も非常に楽しみにしています」
まあ、応援するアイドルと直接交流できる貴重な機会と考えれば、その気持ちは分からなくはないのだが――。
良い案が思い浮かばずにユーフィが悩んでいると、ユウさんが助け舟を出してくれた。
「実は、部下の方からいくつか企画の提案が届いていますが、お聞きになりますか?」
「へえ。どんなのがきてるんですか?」
ファンがやりたいことを提案してくれるのであれば、それを参考にするのが一番だ。
「そうですね、例えば……、『ユーフィちゃんとおままごと』」
「……は?」
思わず聞き返すユーフィに、ユウさんはこの案を推すファンの声を伝えた。
「『ご飯にする? お風呂にする? それとも――のテンプレ新婚プレイがしたいです』『兄妹プレイがしたいです。「お兄ちゃん」呼びの甘々妹、「兄さん」呼びのしっかり系妹、「馬鹿にい」呼びのツンツン妹といった、妹キャラ基本三大タイプを希望。また、基本的に兄妹間の血縁関係はあるものとするが、義理の妹という関係も特定条件において可とする。その場合、妹だけが兄と血がつながっていないということを知っており、その葛藤を――(以下略)――』『ユーフィママー!』などの賛同意見が寄せられています」
「却下です! 却下! というか妹属性の人、こだわりが面倒くさいなっ!」
きっと『妹萌え』派閥も一枚岩ではないのだろう。どうでもいいが。
あと、母性を求められても困る。ロリコンでマザコンとか業が深すぎるのではないか。
「他には――。『ユーフィちゃん vs ファンたち ~野球拳ガチンコ勝負~』」
「却下」
詳細を聞くまでもない。即断であった。
だが、一応ファンの声を届ける必要があるため、ユウさんは続きを読んでいく。
「『ユーフィちゃんが絶対負けると思われがちだが、もしかすると勝てるかもしれないしやってみないと分からないので、とりあえず騙されたと思って一度やってみるべき』『次第に脱がされていき、もじもじと赤面しながらも立ち向かうユーフィちゃんを見れば元気になれそう』『適度に負けてあげて、希望を見せながらじわじわ脱がしたい』といった賛同意見が――」
「もう! まったく! 下心隠せてませんけど!」
思わず立ち上がり、机をバンバン叩きながらユーフィは叫んだ。
いったいどこが『元気になる』のか。もはや下心を隠す気のないノーガード戦法である。えっちぃことは、いけないと思います!
「あとは……、『水風船を投げ合って楽しく遊ぶ』」
「おっ? ちょっと面白そうかも……」
次の案は中々に面白そうだ。
ユーフィは、子ども時代に夏の暑い公園で同じように水風船を投げ合って遊んだことを思い出した。たまには童心に返って遊ぶのも悪くない――。
「『ただしユーフィちゃんは被弾がわかりやすいよう、よく透ける白系の服を着用すること』『透けろ!』『濡れ透けユーフィたん』『遊びに夢中になって透けてること気付かなさそう』」
「……」
楽しそうかも、と思ったらこれだよ。うわっ……ボクの部下たち、変態すぎ……?
「なんつーか、色々とおもろいことなっとんな」
「ふふっ。ユーフィちゃんはファンの皆様に愛されてますわね」
「ユーフィちゃんはかわいいからね!」
こんな愛は叩き返したい。愛などいらぬ! 愛を捨てた闇ユーフィの誕生である。
「そういえば、皆さんは決起集会の企画で何をしたんですか?」
ファンクラブからは参考にならない変態案ばかり挙がってきたので、他人事だと思って楽しんでる先輩たちに聞いてみることにした。
そして、あわよくば「なるほどー。そんなことをしたんですね~! ボクもそれやってみたいんですけどよくわからないので~、一緒にやってください!」とか言って企画イベントに引きずり込んでやる――。死なば諸共だ。一人でやるよりマシである。だってボクたち仲間だもんね!
闇ユーフィと化した自分の神算鬼謀にユーフィは我ながら恐ろしくなった。
「自分から質問したのに、なんか考え込み始めてまたドヤ顔してるよ……」
「どうせアホなこと考えとんねんで」
「ほんとユーフィちゃんは子どもらしくてかわいいですわね」
この一週間ほどの付き合いで、ユーフィが考えこんだあげく何か納得したようにドヤ顔をするときは、大抵しょうもないことを子どもながらに一生懸命考えているのだと三人からは思われていた。
「……それで! 三人は何したんですか?」
「ウチらはユーフィの前任含めて四人でいっぺんに就任やったから、全員合同でやったし参考にならんと思うで?」
「えっ」
なにそれずるい。そんなこと聞いてない!
「四人の軍対抗で大運動会みたいなのしたんだよ。もちろん私たち自身も参加してね」
「じゃ、じゃあ、それ、もっかいやりましょう! みんなで!」
ただのロリコン集団であるうちの軍が惨敗する未来しか見えないが、とりあえずそれでいいじゃないか! とユーフィは食い付いた。
――しかし、その言葉にエリーゼが首を振る。
「いえ、今から四軍全体の調整となると、さらに時間が必要になりますし現実的ではないですわ」
「そうですね。ユーフィ様の提案は面白そうなのでまた別の機会にやってみてもいいかと思いますが、今回はユーフィ様の軍だけの決起集会なので他の軍と合同に何かをする、ということは難しいと思います」
エリーゼの指摘にユウさんが続いた。
ユーフィの完璧な計画は失敗に終わったようである。
「ちぇっ、どうにかして誰か巻き込んでやろうと思ったんですけど――」
「――へえ、ユーフィちゃん、かわいい顔してそんなイケナイ事考えてたんだ?」
「ふぇ!? ちが、今のは違くてっ!」
思わず声に出てしまったつぶやきを必死に取り繕うが、もう遅い。
ユーフィの前には、目の前の獲物をどう料理してやろうかと目を細める先輩方の姿があった。
「これは、ちょっと、おしおきせなあかんなあ?」
「あらあら、うふふ」
「ひぃっ!」
三人共、笑っているくせに目は笑っていない。
「――大丈夫だよユーフィちゃん。私たちが一緒に考えてあげるからね。ユウさん、他にファンの人たちからの案はないんですか?」
「え、ええ。こちらです――」
ユウさんが若干怯えながら、ファンの提案をまとめた書類を差し出した。
その紙に目を通しながら三人が話を進める――。
「ふ~ん……。あっ、これとかいいんじゃないかな?」
「どれどれ。くっ、『魔法少女ユーフィたん』って! くくっ、ええやん!」
「ですが、劇ではファンの方々も一緒に、というのが難しいのではなくて?」
「それはね、これを――こうして――こんな感じに――」
「なるほど。ではここを――このように――」
「ほんなら、ここも――したら――ええんちゃう――」
『一緒に考えてあげる』とは何だったのか。ユーフィは完全に蚊帳の外であった。
このままでは『魔法少女ユーフィたん』とやらに決まりそうだ。もう、名前からして死ぬほど恥ずかしい目に遭いそうなので、なんとしても阻止しなければいけない。
「あ、あの……。ボク、別のがいいな~って――」
「あ、ユーフィちゃん。見てこれ。衣装のデザインラフまで載ってるんだよこれ」
ロザリーが有無を言わさぬ満面の笑みで『魔法少女ユーフィたん』の衣装デザインを見せてくる。
――それは、子ども向けアニメの魔法少女ではなく、魔法少女モノのエ○ゲー的なデザインの衣装であった。
「ユーフィちゃんもこのかわいい衣装、着たいよね?」
「い、いえ。絶対に――」
「うふふ。ユーフィちゃんに絶対よく似合うと思いますわ。着たいでしょう?」
「あ、あの――」
「そんな照れんでもえーやん! わかっとるでー。ホンマは着たいんやろ?」
「……」
あ、これ知ってる。『いいえ』を選んでも『はい』を選ぶまで繰り返されるやつだ。
そういうのは魔王軍四天王の自分ではなく、勇者相手にするべきじゃないのか――。
「はい……。着たい、です」
全てを諦めたユーフィの答えに三人は満足したように頷いた。
――彼女たちの監修の下、企画された『魔法少女ユーフィたん』は大好評であった。
『邪神ロリ・コーン』によって操られ、邪な心に染まった部下たちを魔法少女に変身したユーフィが助けて回ったのだが、部下たちの鬼気迫る迫真の演技|(?)にユーフィは身の危険を感じた。
というかあれは絶対演技ではない。『邪神ロリ・コーン』は皆の心の中に潜んでいるのだ。
一度きりでは勿体無いと、続編の制作や再演が叫ばれているがユーフィは断固として拒否している――。