第2話:召喚されたのっ!
――気が付くと彼は全く覚えのない場所にいた。
ここはどこだろうと軽く周りを見渡す。さっきまで自分は神社にいたはずだ。お賽銭を入れて鈴をガラガラと鳴らしていたら、光に包まれて引っぱられるように体が浮き上がる感じがしたところまでは覚えている。参拝方法が間違っていたとかで神様の怒りにでも触れてしまったのだろうか――。
「―、―っと、――――かる? あ―、―なた―――前は?」
不意に誰かの声が聞こえてビクリとする。考え込んでいたために何と言ったのかは聞き取れなかったが、声が聞こえた方を見てみると、三人の美少女が彼を見つめていた。
その三人をよく見てみると、赤い髪をした少女の頭にはケモ耳がついてピコピコ動いていた。地球にはケモ耳少女は実在しない。
――ここに来る前に謎の光に包まれて体が浮きあがったこと、そして目の前にいる地球人ではありえないケモ耳少女。これらから導き出される結論。そう、この場所はおそらく――。
「――UFO」
おもわず声に出してつぶやいてしまったが、ここはUFOの内部に違いないと彼は確信していた。光に包まれて浮き上がるなど、常識的に考えてUFOにアブダクションされた以外考えられない。
そうなってくると自分はこの後どうなるのだろうかと不安になってきた。やっぱり目の前の美少女宇宙人たちによって解剖とかされてしまうのだろうか……。
そう思って自分の身体に目を落とすと全裸であった。
「――ふえぇっ!?」
彼はここにきて初めて動揺した。知らない人たちの前でずっと全裸だったということも衝撃だったが、それよりも問題なのは自身の身体である。明らかに自分――男性――の身体ではない。女性の、というかロリっ娘の身体である。つるぺたであった。
「あ、ごめんねユーフィちゃん。裸だと恥ずかしいよね? 私の服貸すからついて来て」
金髪ツインテの少女がそう言いつつ、彼の手をとり歩き出す。どうやら彼女は、彼が自分の身体を確認して慌てふためいたのを、裸であることを恥ずかしがったためだと判断したらしい。
彼はユーフィちゃんって誰のことだろうと思ったが、状況的に自分以外にはあり得なさそうである。
別に名乗ったわけでもないのに、なぜユーフィと名付けられているのか。さっきおもわず上げてしまった驚きの声以外には、『UFO』くらいしか言っていないが……。
――ああ、UFOを聞き間違えてユーフィになったのか。
そうなると、一番最初に聞こえてきた声は「お前は誰だ?」みたいなことを聞いていたのだろう。
我ながら素晴らしい思考能力だと彼は自画自賛した。慌てず騒がず、冷静に考えて行動することには自信があった。履歴書の長所に『思慮深いこと』と書いてきたくらいである。ちなみに短所は『考え込んで周りが見えなくなってしまうことがある』だ。
「――ねえ、ユーフィちゃん聞いてる? なんかドヤ顔してるけど、もしかして具合悪い? 大丈夫? かわいいけど」
気付くと金髪ツインテ少女が心配そうな顔で見つめていた。思考の海に沈んでいる間にまた何か話しかけられていたらしい。
「えっと、ごめんなさい。聞いてませんでした」
「も~。……これと、これ、どっちの服がいい?」
彼女はそう言いながら左手と右手にもった服を見せてくる。片方はシンプルな白いワンピース。もう片方はなんかフリルがフリッフリのお姫様みたいな服だった。
「……そっちのシンプルな方でお願いします」
その二択ならば消去法で白ワンピである。彼にとって白ワンピも厳しかったが、フリフリのお姫様みたいな服を着るのはもっと厳しかった。
着替えが終わって鏡の前に連れて行かれたとき、彼は初めて『今の自分』を見た。
――とんでもない美少女ロリがこちらを見つめて立っていた。
銀髪ロリの白ワンピ仕立て――サイズが少し大きいので肩ひもズレVer――である。これはちょっと、色々とまずいのではないだろうか。
「お茶とお菓子の準備できたでー」
「さあ、ユーフィちゃん、こちらに来てお話しましょう? 色々と説明することもありますし」
アホみたいな顔で彼が自分自身と見つめ合っていると、ケモ耳少女と青髪おっぱいさんがお茶の準備ができたと呼びに来た。金髪ツインテ少女と着替えている間に、二人はお茶会の準備をしてくれていたらしい。
「二人ともありがと~。ほら、行こ! ユーフィちゃん」
またしても金髪ツインテ少女に手を握られて連れて行かれる。完全に子ども扱いである。
「誠に遺憾である」
「ユーフィちゃん難しい言葉知ってるんだね。えらいね!」
彼は年下の少女から子ども扱いされていることに対し、自国の外交における魔法の言葉を使って気持ちを伝えたが、子ども扱いがさらに加速しただけであった。宇宙人との交渉は失敗に終わった。
だが、彼女たちはどうやら友好的な宇宙人らしい。すぐに解剖とかはされずに済みそうだと彼は安心し、『色々と説明』してくれると言うお茶会へ参加した――。
「――ということですの」
「え、えっと、はい。だいたい分かりました。――多分」
おっぱいさん――エリーゼ――から説明されたことを彼は頭の中で整理する。
とりあえず、ここはUFOの中で彼女たちは宇宙人だというのは間違いで、正しくは、ここは異世界で彼女たちは魔王軍四天王らしい。そして自分は足りてない四天王の穴埋め要員として『召喚』された。
また、彼女たち魔族側は、人間側――勇者もいるらしい――と戦争状態にあるということも分かったが、聞いてる限り魔王軍四天王のお仕事内容が想像していたのと違う気がする……。
「あの、四天王のお仕事って、皆さんを『応援』することなんですか? その、戦ったりするのではなく?」
「そやでー。部下が頑張れるように歌って踊って応援するんが、うちらのお仕事やな」
「だいたい私たちあんまり強くないしね。そりゃ魔族だし普通の人間には負けないかもだけど、勇者とか強い人と闘うなんて無理無理。死んじゃうよ~」
彼が疑問に思ったことを尋ねるとケモ耳さんとツインテさんこと、コレットとロザリーが答えてくれた。
どうやらこの世界の魔王軍四天王はかわいいだけで雑魚らしい。でも、その四天王にカッコイイところを見せようと部下たちが頑張っちゃうことで魔王軍の戦力は維持、強化されている――。
つまり、アイドルとその熱狂的なファンってことか……、と彼は理解した。
――いやいや、魔王軍なにやってんの!? バカばっかなの?
彼も、自分が新四天王になるために召喚されたのだと聞かされたときには少しわくわくしたのだ。彼女たちの髪色から炎と水と雷属性なのかなと妄想し、じゃあ自分は何属性を司る四天王なのかなとか考えていたらこれである。
ロリ属性の需要を満たす四天王であった。
わざわざ召喚してくれた彼女たちには悪いが断ろう。そもそもこんな見た目になってはいるけど中身は男だし。
彼がどうやって話を切り出そうか悩んでいるとお茶会はお開きになったのか三人が立ちあがった。彼も慌てて立ち上がる。
「でも新しい子が見つかってよかったよ~。これでやっと新生四天王として活動できるね!」
ん? 何かイヤな流れだぞ、と彼は思った。
「そうですわね。魔王様のところへ行きませんと。一応、採用権限は魔王様がお持ちですから」
「ちょ、ちょっと――」
「ま、ユーフィなら一発合格間違いなしやろー」
この子たち、話を聞いてくれない。彼は泣きそうになった。
元男として四天王になるつもりはなかったのだが、彼女たちの中ではもう決定事項らしく、新たな仲間の手を握りながら魔王のところへ彼を連行していく。
――今ならまだ間に合う。手を振りほどいて『やらない』と一言伝えるだけだ。
今断っておかないと絶対に面倒なことになるに決まっている。中身が男なのに美少女ロリアイドルなんてやれるはずがない!
でも、彼の手をひきながら笑う彼女たちは本当に嬉しそうで、そんな彼女たちを悲しませたくなかったから――。
他に誰かが見つかるまでなら、まあ、少しくらいやってみてもいいかなと思ってしまったのだ。
それからは、休む間もなかった。
コレットの言う通り魔王様から一発で採用を言い渡された後、翌日に控えたデビューライブに向けた曲の練習に衣装のサイズ合わせ等、次から次へとやることが押し寄せ、気が付けばライブが終わっていた。
ライブが終わった後もどこか現実味のないふわふわした感じがして、彼は客席から撤収作業を独りで眺めていた。しかし、労いにやってきたロザリーとの会話で一気に現実に引き戻され、彼は頭を抱えて悶絶した。
あまりの忙しさでランナーズ・ハイみたいな無敵状態になって忘れていたが、彼は自分の姿がロリっ娘であることを思い出したのだ。冷静になって、ミニスカートにヘソ出し衣装で歌って踊っていた自分を振り返ると恥ずかしさで死にたくなってきた。ポーズとかもバッチリ決めてた気がする。
「――どうしてこうなった」
どうしてこうなったかと言えば、断れずに流された結果としか言いようがない。少しくらいと思っていたら、もう引き返せないところまで一気に流されてしまった。
それでも、流されるままにたどり着いたその場所は、死ぬほど恥ずかしかったが悪くなかったように思う。次はもう少し落ち着いた衣装にしてもらえば――、などと考えていたことに気付き彼は苦笑した。何だかんだ言っても楽しかったのだ。
今まではそんなこと、考えたこともなかったが――。
アイドルっていうのも案外悪くないかもしれないなとユーフィは笑った。