第16話:いよいよ明日なのっ!
「――なかなかいい感じね。ちょっと休憩しましょ」
「はーい。ではお茶を持ってきますね」
クラリス姫から合格を貰い、ダンス練習を終えたユーフィはメイドとしての仕事に取り掛かった。
ちなみに、いかにもメイドらしくティータイムの準備をするかのように言っているが、以前ユーフィが紅茶を淹れた際、そのあまりのダメダメさにメイド長がブチ切れる結果となり、今ではメイド長が用意したお茶セットを文字通り持ってくるだけになっている。役に立たない専属メイドであった。
「フィーって確かに社交ダンスは初めてみたいだけど、何か他のダンスはやってたでしょ? 体の使い方やリズム感が初心者とは全然違ったし」
「あ~……、わかっちゃいます? ま、たしなむ程度ってやつですかね」
メイド長が用意してくれていたお菓子をパクつきながら、筋がいいと褒められたことでユーフィはごきげんになった。アイドルとしての活動が役に立ったようだ。
ちなみにダンス練習では、クラリス姫が男性パートを踊ってユーフィが女性パートを踊っている。
――クラリス姫の練習のはずなのに、姫が女性パートを踊らなくていいんですか、とユーフィが聞いたところ、「私はもう完璧だからいいの。そもそもフィーが男性パート知らないのに練習になるわけないじゃない。それならあなたに教える過程で自分の復習にもなるこっちの方がいいのよ」と完全論破された。
「というか、なんでこういう上流階級のパーティってみんな踊りたがるんですかね?」
「別に、毎回踊ってるわけじゃないでしょ……。ま、今回は結婚相手としてふさわしい人を探すっていう面もあるからね」
なんで踊るのかと聞くと、まさかの婚約者候補探しであった。
――え、ダンスで結婚相手探すとか鳥かなにか? というか姫様10歳なのに相手ヤバくない? ロリコンじゃん!
別に今すぐ結婚するなんて誰も言っていないのに、ユーフィは勝手に勘違いして憤慨した。こんなん寝取られやんけ! 寝てから言え。
「ええ~! 姫様結婚するんですか!? 姫様はまだ子どもなんですからそんなの早いですよ!」
「し・な・い・わ・よ! それに私よりお子ちゃまのフィーに子どもとか言われたくないし!」
「はぁ~。子どもって言われてムキになる方がお子ちゃまなんですよ。ボクはもう大人なんで何とも思いませんけど」
中身は一応大人なはずのユーフィは、お子ちゃまと言われてムッとしたが大人の余裕で軽く流してあげることにした。大人だから我慢できたけど子どもだったら我慢できなかったね。間違いない。
「なーにが大人よ。紅茶の一つでも淹れられるようになってから言いなさいな」
「いひゃい、いひゃいれす」
謎の自信満々なドヤ顔にイラッとしたクラリス姫はユーフィのほっぺたをぎゅ~っと引っ張った。もちもちすべすべであった。
「まあ、今じゃよっぽどのことがない限り、これで決まるわけでもないし。あくまで昔はそうだったって話よ。お父様とお母様だって違ったみたいだし」
現在では、もうほとんど形骸化した慣習だとクラリス姫は補足した。
「ほえー……。でも、昔はやっぱり舞踏会で結婚相手を決めてたんですね~。シンデレラみたい」
「――シンデレラ?」
何それ? といった目でクラリス姫が見つめてくる。
「あ、えーっと、ボクの国にそういうお話があってですね……」
「魔族の国のお話なんて聞いたことないわ。どんな感じなのか気になるから教えなさい」
これ、オータク国の話じゃないんだけどなあ――、とユーフィは思ったがお姫様の希望なので話すことにした。
「えーっと、たしか主人公のシンデレラは、意地悪な義理の母や姉にいじめられながら生活してたんです。で、その国の王子様が結婚相手を探すために舞踏会を開くってなって、姉たちは着飾って出かけるんですけど、シンデレラは家で留守番を言いつけられちゃうんですよ」
子どもの頃に絵本で読んだかアニメで見たかの記憶を頼りにポツポツと説明を始める――。
「そこに魔女がやってきて、魔法で会場に行くための馬車やドレスを出してくれるんです。それで舞踏会に参加できたシンデレラは王子様に見初められて一緒に踊るんですね」
「なるほどね。それでハッピーエンドってわけ?」
「いえいえ、このままだったら普通のお話。ここからがシンデレラなんです」
「???」
筋肉芸人みたいなセリフを吐いたユーフィにクラリス姫はハテナ顔だ。
「実は魔女の魔法は、夜中の12時には解けちゃうから、それまでに帰るように言われてたんですけど、シンデレラは王子様とのダンスに夢中で12時になっちゃうんですよね。で、12時を告げる鐘の音で慌てて帰るんです。その時に、履いていた靴を片方落としちゃって、後日、王子様が靴が履ける人を探しにきて、シンデレラだけがピッタリ履けたーってなってハッピーエンドってお話です」
細かい部分は忘れたけど大まかなストーリーはこんな感じだったはずだ。本当は怖いなんちゃらってやつだと、原典はもっとエグいお話らしいってのは聞いたことがあるけど。
「へえー、ロマンチックでいいお話じゃない。でも、なんかこのお話、フィーの境遇と似てない?」
「はい!? どこがですか?」
せっかく話したのにちゃんと聞いてなかったんですか――、とユーフィはジト目で抗議した。
「だって、あなたも虐められてたところを助けられて、今はお城にいるじゃない。そのさえない眼鏡をしてるとパッとしないけど、本当はめちゃくちゃかわいいし。明日は舞踏会もあるわよ」
――全部あの変態の勘違いなんですけどね! どっちかっていうと誘拐なんですけど!
とユーフィは思ったが、そんなことを姫は知るはずもないのでしょうがない。何より正体がバレるとまずいので言えるわけもなく、えへへと曖昧に笑ってごまかしながら紅茶に手を伸ばす。
最近、会話の受け答えに困ったら、『紅茶を優雅に飲むことで時間を稼ぐ』という技を身に着けたユーフィは、貴族作法が身についてきたな――、とドヤ顔で紅茶をガブ飲みした。
「――ねぇ、ユーフィ・タンってどんなやつなの? フィーはそいつに虐められてたんでしょ?」
「ブフーッ!」
姫がいきなり『ユーフィたん』とか言ってきたり、自分で自分を虐めてたらしかったりと突っ込みどころ満載でユーフィは思わず紅茶を噴き出してしまった。きちゃない。貴族作法を身につけた姿か? これが……。
「ひゃっ! びっくりした! ご、ごめんね? やっぱり辛い記憶よね?」
紅茶を噴き出したユーフィを叱ることなく、心配しながら口の周りを拭き拭きしてくれるお姫様。やさしい。もはやどっちがお世話係なのかわからない。
「いえ、そういうわけではなくてですね――。な、なんで、その、『ユーフィたん』って言うんですか? そういえば勇者も言ってましたね……」
「え? 『タン』って四天王への敬称とか称号みたいなものなんじゃないの?」
こっちの人がユーフィたんユーフィたん言ってるのは、大真面目だったのか――、とユーフィはカルチャーショックを受けた。相互理解は大事だね。
「違いますよ! ……あれ? ある意味、違わなくもない? いや、とりあえず『ユーフィた~ん』とか言ってるやつはヤバいやつです!」
「ええ……。会議では、お父様とか大賢者様とか、みんなして『四天王のユーフィ・タンが――』とか言ってるわよ。これってかなりヤバいやつってこと? アッハハハハ!」
なにそれ。絶対に笑っちゃダメな王国会議かな?
クラリス姫が身内の勘違いを大笑いしていたので、ユーフィも「なんだかマヌケですね~」と笑いながら答えた。
「激ヤバです! 王様とか偉い人たちが、大真面目にボクのことそんな風に呼んでたなんてヤバすぎですよ!」
「……別にフィーのことはそんな風に呼んでないでしょ?」
本当のマヌケは見つかったようである。
「――あっ、まずい……!」
「何がまずいの? 言ってみて」
さらに墓穴を掘ったユーフィに対し、クラリス姫はグイッと距離詰めて覗き込んでくる。
目を逸らすことも許されず、逃げられなくなったユーフィは「あわわ……」とぐるぐる目になって狼狽していた。
クラリス姫は、そんなユーフィの様子をじっと見つめていたが次第にあきれるようなジト目になり、ため息をついて離れていった。
「――はあ、まあいいわ。その代わり、明日のパーティ出席しなさいよね」
「えぇ……、なんでですか。ボク、ただのメイドですよ」
なんかわからないけど、有耶無耶になってごまかせたっぽいからヨシ!
全く『ヨシ!』ではないのだが、話題が変わったことにユーフィは安堵した。
「フィーもここでの生活に慣れてきたし、いい機会だから舞踏会で私のメイドってことを内外にアピールするのよ! その変な眼鏡も取っちゃいなさいよ。ドレスも用意してあげるから!」
「そんな上流階級のパーティに出席したくないんですけど……」
踊ってる人たちの横でご飯を食べてていいならまだしも、踊るのは勘弁してほしかった。
「踊れるようになったんだし大丈夫、大丈夫。自信を持ちなさい」
「――あっ! もしかして最初からそのためにダンスの練習させてました!?」
「ふふ~ん」
ドヤ顔のクラリス姫を見て、ユーフィは、彼女の手のひらで踊らされていたことに気が付いた。ダンスだけに。
所詮ユーフィは四天王の中で最弱最チョロ。四天王の面汚しよ……ってやつである。
「ま、まあ、行けたら行きますよ!」
「それ絶対来ないやつでしょ」
魔法の言葉『行けたら行く』を使ったが、バッサリと切り捨てられてしまった。
実際、ビッチィちゃんとの夜の密会で伝えられた計画では、舞踏会が始まって盛り上がっているタイミングで抜け出す、というものなので出席してる場合ではないのである。救出組との合流予定時刻は午後8時なので遅れるわけにはいかない。
「い、いや本当に! メイドとしてのお仕事もあるので、手が空いたら行きますから!」
「……言っていいのかわかんないけど、正直、フィーってメイドの仕事でできることなくない?」
「はぁ!? このお茶セットだって持ってきたのはボクですけど!」
「そうね。持ってきたのはね……」
無能メイドと言われユーフィは憤慨したが、事実なのでそう言われるのは残念だが当然であった。
楽し気に話す二人だが、この光景も今日で最後。いよいよ明日はクラリス姫の誕生日パーティー当日。ユーフィ救出作戦の決行日である――。




