第10話:1日魔王になったのっ!
「――そう言えば、さっき廊下で魔王様に会ったんですけど、魔王様って普段何してるんですか?」
「何してるかって……。そりゃ、お仕事でしょ?」
ユーフィがふと気になったことを執務室にいたみんなに問いかけてみると、ロザリーから、何言ってるのこの子……。みたいな反応が返ってきた。
というのも、さきほどお花を摘みに行った帰りに、魔王とばったり出くわしたのだ。お仕事の場以外では初めて――しかも二人っきりで――魔王と会い、珍しさから思わずじ~っと見つめてしまった。
無言ですれ違う訳にもいかないので「こんにちは」と挨拶すると、魔王は「えっ、あっ、あっ、こん、こんにちはっ、ふひっ」と目を泳がせながらボソボソ返してきた。その様子が、かわいそうなくらい『典型的な女性に縁のない人』の反応だったので、魔族たちの頂点ってそういう――と、ユーフィは改めて納得したのだった。
だが、トップがアレだと、いよいよこの国は大丈夫なのかと心配になってくる。
ライブでは『四天王シャツ』を身に着け、両手に『四天王ブレード』を装備(片手に4本ずつの八刀流)した魔王が最前列で飛び跳ねていることは知っていたが、普段部屋から出てきたところは見たことがない。
――どう考えても魔王とは名ばかりの、ただの引き籠り気味コミュ症オタクである。
いったい魔王の仕事とは何なのか、普段は何をしているのか――。ユーフィは前からとても気になっていたのだ。
「いや、ライブとかイベント以外で部屋から出てきたところを見たの、今日が初めてだったので……。魔王様って、あれでちゃんと魔王としてのお仕事できてるんですか?」
ユーフィの凄まじく失礼な疑問に、コレットが苦笑いしながら答えてくれた。
「まあ、確かに魔王様は、あんま積極的に喋ったりせえへんし物静かな感じやけど、その戦闘力は歴代の魔王の中でも最強なんやで? 戦闘になっても魔王様が血を流したとこなんか見たことないって噂やし」
「――あぁ、なるほど。歴代最強の『戦闘力』ね。うんうん」
その『戦闘力』ってつまり『購買力』とかそういうアレなんでしょ? 一人でCDを百枚買うとかの偉業を成し遂げたんだよね。わかってますって。もうだまされないぞ、とユーフィは言葉に隠された真意を勝手に創造して読み取った。
「なんかユーフィちゃんがまた変な勘違いしてる気がするよ……。かわいいから写真撮っちゃお」
ロザリーが呆れたように見つめてきたが、酷い言いがかりである。
「ふむ……。なるほど、良い機会かもしれませんね――」
今まで何やらスケジュール帳とにらめっこしていたマネージャーのユウさんが顔を上げ、話に加わって来た。
「ユーフィ様はこちらの出身ではありませんし、魔王様のお仕事が想像しにくいのかもしれません。一度、魔王様のお仕事を体験してくるのは如何でしょうか?」
「えっ――」
それはアイドルとか有名人がよくやっている、『1日○○』というやつだろうか?
しかし、『1日魔王』なんて許されるのか……。元の世界で考えるなら『1日大統領』とかそういう事になるのでは――。
「おっ、ええやんそれ。おもしろそう」
「魔王様のお仕事を国民のみなさんに改めて知ってもらう機会にもなりますわね」
「どんな衣装がいいかな! カワイイのがいいよね!」
どうやら許されるらしい。当事者をほったらかしに、勝手に話が進んでいった……。
「失礼しまーす……」
「あっ、ど、どうぞっ! あっ、よ、ようこそ、ふひっ」
『1日魔王体験』の当日。魔王モード衣装に身を包み、取材や撮影を終えたユーフィは魔王の執務室へやってきていた。
ここに入るのは、この世界に召喚された日以来である。あの時は分からないことだらけで余裕もなく、じっくり見ている暇もなかったが、きらきらと華やかな四天王の執務室とは違い威厳に満ちた重厚な造りをしている。
――だが、その執務室の壁には四天王のポスターが所狭しと貼ってあった。
威厳もなにもなかった。特に、中心にでかでかと飾られているポスターは、魔王の特権によりそれぞれの直筆サイン付きである。『魔王様へ☆ ユーフィ』という自分のサインを見ながら、ああ、これが初めてのサインだったなあ……と、ユーフィは遠い目をしていた。
「あっ、えっと、そこにある書類に目を通して、あっ、こっ、この机と椅子を使ってもいいから、あのっ、確認の判子を押してもらってもいい、いいかな?」
少し当時を思い出していたユーフィが立ち尽くしていると、やることがわからず困っていると勘違いしたのか、魔王が急いでやることを説明してくれた。
「わかりました! そんなに緊張しないでください。よろしくおねがいします」
「えっ、あっ、その、はぃい」
魔王があまりにもかわいそうな陰キャオタク君ムーブだったので、ユーフィは優しく声をかけてあげた。元の世界では『オタク君に優しいギャル』の概念が好きだったので少しサービスだ。
これが、前にぶつかったあのさわやかイケメン下っ端ニワカファン野郎なら塩対応するところだが、元同類として魔王に対しては親近感があったのである。一応上司でもあるし。
魔王が普段使っているであろう椅子に腰かけて書類に目をやると、『ブタドラゴンの群れによる作物被害』『市街地近郊でのクマドラゴンの目撃情報』『ハムリスーがポストに住み着いた』などなど、ヤバそうなことからくだらないことまで、いろいろな報告や要望が書かれていた。
やっぱり様々な問題が起こるんだなあ……、と思いながらユーフィはバンバン判子を押していった。書類に判子を押すという仕事が、いかにも偉い人になった感じがして嬉しかったのだ。
――魔王用の椅子のため、足が地面につかずにプラプラさせながら得意げな顔でお仕事をするユーフィを、撮影班と魔王は幸せそうに眺めていたが、ユーフィが気が付くことはなかった。
しばらくして、与えられた書類に判子を押し終わったので、顔を上げて魔王の方を見てみると、彼も真面目に書類に目を通していた。
――実際のところは、一生懸命判子を押しているユーフィをコソコソ眺めていたが、ユーフィが顔を上げる気配を感じて一瞬で自分の書類に目を落としたのである。目なんて合わせられないからね。陰キャだからね。
ユーフィはそんな姿を見つめながら、ちゃんと仕事をしてたんだな、と非常に失礼なことを考えていた。おそらく、普段あまり出歩かないのはこうやって書類を処理していたんだろうと納得した。
「魔王様、判子押し終わりました!」
「えっ、あっ、あっ、あのっ、おつ、おつかれさま」
「今の書類にも何件かありましたけど、魔物退治も魔王様がするんですか?」
「あっ、うん。あっ、でも、あの、ぜん、全部、に対応するわけじゃないっていうか……」
仕事が終わったことを報告し、ついでに気になったことを聞いてみると、魔王は魔物退治もするようだ。ただ、全部魔王がやるわけではないらしい。
――多分、弱くて安全なやつだけ倒すとか、周りががんばった後にトドメだけさすんだろうなあ……。
ユーフィは勝手に納得していたが、実際は強くてヤバいやつにだけ魔王が対応するので真逆である。
「あっ、えっと、つ、つぎは魔物退治を、た、体験してもらおうと思うんだけど――」
「いいですね! やりましょう! やりましょう! ひのきの棒持ってきていいですか!?」
「えっ、あっ、武器は、その、危ないから……」
初めての魔物退治にはやっぱりひのきの棒だよね!と、ユーフィは以前にお土産やさんで買ったひのきの棒を装備してこようとしたが、危ないからとあっさり却下されてしまった。
どうやら、素手で殴り倒せということらしい。元の世界で部屋の電気の線相手にシャドーボクシングで鍛えた拳が、この世界でどこまで通用するのか試す時がきたようだ――。
シュッ! シュッ! と、パンチをくりだしてアップを始めたユーフィを、皆でたっぷり鑑賞してから一行は馬車へと乗り込んだ――。
数十分馬車に揺られたユーフィたちと撮影班は、魔物退治のため、街の中心から少し離れた森の近くにある一軒家の前までやってきていた。
「えっと、きょ、今日退治してもらうのは、あの、あ、あれっ」
いったいどんな魔物だろう、と魔王が指さす先を見てみると、家のポストからひょっこり顔を出してるアホかわいい感じの小動物がいた。
「あれって……、ハムリスーじゃないですか」
1日魔王ユーフィの魔物退治のお仕事とは、ポストに住み着いたハムリスーを追い払うというものらしい。ハムリスーはアホなので手紙もかじってしまうため、とても困っているとのことであった。
てっきり、スライム退治くらいできるかなと思っていたので、あまりにも子供むけな内容にユーフィは内心ガッカリした。
――まあ、でも1日魔王がスライム退治なんてやっちゃったら、本物の魔王様の立場がなくなっちゃうか。多分、魔王様もスライムくらいしか倒せないだろうし。
しょうがないから四天王として魔王様の顔を立ててやるか、とユーフィは謎の上から目線でドヤ顔をキメてハムリスー退治に取り掛かった。
「ほら、おいで~。こんなとこに住んだらダメなんだぞ~。森へお帰り」
ユーフィがハムリスーを捕まえて、撫でたり舐められたりしているところをしっかりと撮影した後、無事にハムリスーは森へと帰されていった。
ハムリスーを撫でながら「かわいいな~」と言っているユーフィを見て、「お、おまかわ。ふひゅ」とつぶやいていた魔王は非常に気持ち悪かったが、美少女と小動物の絡みは非常に尊いので責めるのは酷である。
「――はい! 無事に魔物は退治されました! 魔王として、こうやって日々みなさんの安全を守っているんですね!」
魔物退治も終わったので、今日の1日体験を締めくくるため、ユーフィがカメラにむかってセリフを言っていると、辺りに耳をつんざくような声が響き渡った。
「クマアアアアアア!」
突然の大きな鳴き声がした方へ皆が目を向けると、そこにはクマにドラゴンっぽい要素が混ざったような生き物が数匹、森の中からこちらに向かって走り出してきていた。
「なっ! クマドラゴンだと!?」
「ユーフィ様! 後ろにおさがりください!」
魔物の姿を確認した魔王の緊迫した声が響き、撮影班として同行していたマネージャーのユウさんがユーフィをかばうように飛び出してきた。
――クマドラゴンとは、クマみたいなドラゴンである。ドラゴンのパワーがクマサイズに凝縮されており、神出鬼没な上、群れで行動するため非常に危険な上級魔物として知られている。
「ひ、ひゃああああ! やばばばば――」
クマだかドラゴンだか知らないが、魔王がなんとかできるとも思えないしあんな狂暴そうな魔物たちに襲われたら一巻の終わりである。素人でもわかるくらいに殺意マシマシで走ってくる魔物を見て、ユーフィはパニックになった。
「魔物共が! 失せろ!」
「――えっ?」
まさに一閃であった。
魔王が軽く腕を振るったかと思うと、黒い閃光が走り、こちらに向かってきていた魔物たちを飲み込んだ。
光が収まると、地面は大きく抉れ、魔物たちは跡形もなく消し飛んでいた。
「あ、あの、だ、大丈夫?」
先ほどまでの勢いはどこへ行ったのか、いつものコミュ障陰キャモードに戻った魔王が振り返り、たどたどしくユーフィに話しかけてきた。
「――いい」
「ふひっ?」
「すごくいいです! 魔王様ほんとに強いじゃないですか! ボク勘違いしてました! やっぱり『魔王』はこうじゃなきゃですよね! ヒュバッ! ドバーンって! うわぁ~、すっごい……。かっこいいなぁ――」
「えっ、あっ、あっ……」
召喚されてから、魔王軍がなんか思ってたのと違うし、そのトップも期待できないだろうな――、と思っていたところでコレである。理不尽なまでの圧倒的な力――。その姿が、まさしく『魔王』であったことにユーフィは大興奮した。
ファンタジーっぽい世界に魔王軍四天王として来たはずなのに、今までやってきた事といえば歌ったり踊ったり。魔法バトルなんて見たこともなかった。
ユーフィは興奮のあまり、魔王に詰め寄って尊敬の眼差しで見上げながら「かっこいい! すごい!」とベタ褒めした。ユーフィからして見れば、男友達に対する「うおおお、かっけえ! お前すっげえじゃん!」というノリだったのだが、魔王にとってはたまったものではない。
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
魔王からすれば、大好きなユーフィちゃんに詰め寄られ、上目遣いで見上げながらベタ褒めされたのだ。興奮が限界を突破し、謎の奇声を上げながら体中から血を噴き出して倒れてしまった。
「ひええええええ! ま、魔王様!? しっかりして下さい!」
「ふ……ふひっ、……ひ……」
「あわわわわわわわわわわわわ」
「だ、大丈夫です、ユーフィ様! 少し離れてあげてください!」
ユウさんがいち早く状況を飲み込み、処置を施し始める。
目の前で、魔王が突然血を噴き出してぶっ倒れるというグロテスクな光景に、ユーフィは軽くトラウマになった。
この話を聞いた四天王の面々からは、「何をどうしたらそんなことになんねん」「今度は一体何をやらかしましたの」「それ、放送できるのかな~」と呆れられた。断じて何もしていないと言っても信じてもらえず、ユーフィは遺憾の意を表明したが普段の行動を鑑みると自業自得である。
ある程度の編集を加えられ、『ユーフィちゃんの1日魔王体験』は無事に放送された。
そして、歴代最強魔王を血の海に沈め、病院送りにしたという話は『ユーフィたん伝説』の1つとして語り継がれることになったのであった――。




