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第0話:どうしてこうなったのっ!

 魔王城の大会議場(ライブステージ)には約一万もの魔族が集まり、新たな四天王(アイドル)の登場を今か今かと待ちわびていた。

 会場は立ち見が出るほどの超満員で、国境付近の防衛などで会場に来ることが出来ない不運な者のために、|遠見の魔法による生中継ライブビューイングも行われている。


 ひと月ほど前に四天王が一人欠けてしまい、皆悲しみに打ちひしがれていたため新四天王(新人アイドル)の誕生は大変喜ばしいことなのであった。

 そもそも『四天王』なのに三人しかいないというのは決まりが悪い。


「それでは、皆さんお待ちかね! 新四天王の、ユーフィちゃんによる所信表明演説(デビューライブ)です!」


 司会をしていた金髪の少女がその言葉と共に舞台袖に消えると、反対側から一人の少女が姿を現した。


 その少女は先ほどまで舞台に立っていた少女よりも幼く、10歳くらいに見える。

 まだ幼さの残るその顔は、誰が見ても非の打ち所がない美少女であり、大きくぱっちりとした眼はエメラルドのように深く澄んだ翠色を湛えていた。腰上まで伸びた銀色の髪は、やわらかくふんわりと波打ち、少女が歩くたびに踊るように揺れて煌めいている。


「天使だ――」

「天使がいる――」


 舞台の中央へ歩みを進める少女を見つめ、何処からともなくため息のように呟きがこぼれる。

 やがて少女がマイクの前にたどり着くと、彼女の言葉を一言も聞き漏らすまいと会場は水を打ったように静かになった――。


「あ、あのっ! えーっと、ボクがこの度、四天王に就任したユーフィです……」


 ユーフィと名乗った少女が喋り始めると、会場にどよめきが起こる。「ボクっ娘だ!」「ボクっ娘ロリktkr(キタコレ)!」といった囁きが漣のように会場に沸き立ったが、彼女の次の言葉を聴くためまたすぐに静寂が訪れた。


「……正直なところ、まだよくわからないことばかりですが、精一杯がんばりますので、皆さんどうかよろしくお願いします!」


 ユーフィがたどたどしく、言葉通り精一杯に気持ちを伝えると会場から割れんばかりの拍手と歓声が上がった。

 前任のショッキングな退任事件(スキャンダル)から部下(ファン)たちは悲しみや怒りを抱えていた。そんな部下(ファン)たちにとって、この幼くも一生懸命で純粋な美少女は、傷ついた心を癒し、新たな夢を見させてくれる天使に思えたのである。


 ――前任のビッチと違い、このユーフィたんのなんと初々しいことか。きっと今までに話したことがある異性は、お父さんやおじいちゃんだけに違いない。俺が、俺たちがお兄ちゃんだ!


 皆が好き勝手に妄想を垂れ流していると、ユーフィの後ろでギターやドラム奏者が準備を始めた。その様子をそわそわと見守っていたユーフィは、演奏者の準備ができたことを確認すると前を向いて口を開いた。


「そ、それでは聞いてください『今日からボクが四天王!』」


 軽快なリズムでイントロが流れ出す。

 一斉に会場の魔族達が剣を掲げた。光る剣(サイリウム)である。

 しかし、ここで1つの問題に直面する――。


 『新四天王であるユーフィちゃんのイメージカラーはどうするのか?』


 だが、この会場にいる魔族は魔王城周辺勤務、つまりは魔王や四天王を守護する重要な任に就く一騎当千の精鋭達である。ユーフィちゃんは銀髪なのだから銀色……、は難しいので白色! と一瞬で判断を下し、初めての曲にも一糸乱れぬ完璧な合いの手を披露する。

 これくらいで動揺しては精鋭の名折れである。エリート魔族はうろたえない。


 こうして、新四天王ユーフィによる所信表明演説(デビューライブ)は、彼女の美声と部下たちの応援が一つになり大盛況で幕を閉じたのであった――。






 無事に所信表明演説(デビューライブ)が終わり、機材などが片付けられていく様子をユーフィは誰もいなくなった客席に座りながら眺めていた。

 お祭りが終わった後のような物寂しい気分がして、もう少しここに居たかったのだ。


 ユーフィがしばらくそうしていると、先ほど司会をしていた金髪の少女がコップを片手にこちらへやって来るのが見えた。彼女はユーフィに笑いかけながらコップを手渡し、隣の席に腰を下ろす。


「お疲れ様~。はい、これお水」

「ありがとうございます。ロザリーさん」

「それで、どうだった? 初仕事(ライブ)の感想は?」


 ロザリーと呼ばれた少女はユーフィを見つめながら今日の初仕事について尋ねた。その表情はどこか楽しげであり、妹を気遣うお姉ちゃんのようでもあった。


「うーん……。なんというか、すごかったです」


 ユーフィはそう答えると両手で持ったコップに目を落とし、ついさっきまでの光景を思い出しながら、ふにゃりと笑った。

 あれだけの人の前に立つなんて初めての経験だったし、まして歌って踊るなんて考えたこともない。ただ、あの何とも言えない高揚感と一体感は、まだ胸に残っていた。


「ま、これが私たち四天王のお仕事だからね~。別に嫌ではなかったんでしょ?」

「はい。前から歌うことは好きでしたし――」

「じゃあ大丈夫だよ! ユーフィちゃんすっごくかわいいし歌も上手だし、これから一緒に頑張ろうね!」

「あ、ありがとうございます……。よろしくお願いします」


 ユーフィの答えを聞いてロザリーは満足したのか嬉しそうに笑いながら立ちあがる。


「――でも、男性関係(スキャンダル)には本当に気をつけてね? 前任の子が、それで一騒動あったし……」

「そ、そんなこと絶っ対にありえません!」

「そーだよね~。ユーフィちゃんにはまだ早かったかな」


 ロザリーは、男性関係についての忠告に顔を赤くして必死に否定するユーフィを見て、まだまだそういった感情を覚えるには早かったかなと考え、笑いながら去って行った――。


 一方、残されたユーフィは頭を抱えた。

 ユーフィにしてみれば男と付き合うなどありえないのである。


 その点で言えば、確かにユーフィは前任――部下(ファン)との爛れた関係を週刊誌にすっぱ抜かれて引退した――の穴を埋めるのに最適だろう。

 もし、二度も続いて四天王(アイドル)がどこぞの男とイチャイチャしたなんてことになれば繊細な魔王軍(ファンたち)は壊滅してしまうに違いない。


 絶世の美少女で――10歳なのでスタイルはつるぺたであるが――歌も上手く、男とチョメチョメの心配もない。まさに理想の少女(アイドル)であるユーフィであったが、実は一つだけ秘密があったのだ。


 ――ユーフィは『元』男なのである。


 昨日まではこことは違う世界で普通に会社員をしていたのに、気がつけばこんな世界に召喚され、何故か10歳のゆるふわ銀髪美少女ロリになって魔王軍四天王という名のアイドルになっていた。

 訳が分からない。確かにアイドルを見るのは好きだったし歌うことも好きであったが、自分が美少女アイドルになるとは考えもしなかった。

 スキャンダルには気をつけろと言われても、そもそも男になんて何の興味もないのだ。


「――どうしてこうなった」


 ユーフィの嘆きは、ため息と一緒に誰もいなくなった会場に吸い込まれて消えていった――。


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