食いしん坊とミートパイ
あれからセイラとはよく話すようになった。
セイラは時々僕に誰かの姿を重ねているようだけど⋯話してはくれない。
いつも微笑んで誤魔化される。⋯あまり聞いて良いものではないのかも知れない。
それよりも今日はそこでつまみ食いをしようとしているクレハと話してみようと思う。
セイラの妹なんだけど⋯何というか、似ていない。
セイラが物静かなシスターさんだとしたら、クレハはお転婆な町娘といった感じかな。
今もフェーリスが作ったミートパイを前に自分と格闘している。
これも意外なことだけど、フェーリスは料理が上手だ。デアンもそうで二人が料理当番。
クレハは⋯味見担当?つまみ食いをしてるだけだけど⋯。とりあえず、声はかけるべきだよね。
「クレハ、つまみ食いは⋯ダメだと思う。フェーリスやセイラに怒られるよ?」
「はひっ!⋯つまみ食いだなんてそんなことありませんわ。これは⋯そう!毒見ですわ!」
「フェーリスは悪戯好きでも、そんなことはしないと思う。」
「て、敵が一服盛っていないともか、限りませんことよ?!」
「誰か近づいてきたらレファが気づく。それに、よだれ⋯垂れてるよ?」
「なっ!それは⋯!だって、お腹が空いたんですもの⋯。」
クレハは本当に表情がよく変わる。飛び上がったり、威張ってみたり⋯今は仔犬みたいだ。
こうやってしっかり話したのは初めてだけど、同い年の子と話しているみたいで話しやすい⋯かも?
「ダメだよ。追加の分が焼きあがったら食事なんだから、我慢して。」
「そ、そんなの⋯うぅ⋯」
これで僕よりずっと長生きなんだから人はみかけによらないんだなと思わされる。
詳しくは聞いたことがないけど、フェーリスが1000は超えてるって言っていた気がする。
それならもう少し落ち着きを持って欲しいと思うけど、これがクレハの良さなのかな?
「そんな顔してもダメなものはダメだよ。そもそも⋯僕が作った訳じゃないけど。」
そこで何かを閃いたようにクレハが顔を上げる
「そうですわ!このパイを作ったのはフェーリスさん、それなら本人に咎められない限り私の自由ですわ!」
「いや、どうしてそうなるのか分からないよ⋯。」
本当に子供だ。胸も僕と変わらないくらいだし。
「別に体系が子供っぽいのは関係ありませんことよ!?」
「どうして僕の考えていることが分かるの。」
「直感というか、私の胸を見ていらしたじゃないですか!」
妙に鋭いというか、意外と良く見ている。
ほんの一瞬しか見てなかったのに。でも、気にしてたんだ。
「うぅ、声を出したらお腹が空きましたわ。責任を取ってつまみ食いを許可してくださいまし!」
「どうしてそうなるの!それと今、つまみ食いって認めたよね!?」
切り替え早いし、開き直ってるし、どういう理屈なのかわからない。
そもそもどうして僕の許可がいるのだろうか?
「いや、僕が作った訳じゃないから僕の許可は要らないと思うけど⋯」
「その言葉、待っていましたわ!これでこのパイは私のものです!」
「⋯あっ!クレハっ!」
卑怯だ!大人げないし、そもそもそのフォークはどこから⋯!
なんて考えているうちにクレハはパイを頬張っていた、幸せそうな顔で。
これはこれで⋯良かったのかな?本人は満足してるみたいだし、その後も怖くないんだろうし。
「ん、ありゃりゃ。それ食べちゃったのかい?
まぁ、クレハなら食べるだろうと思って置いておいたんだけどね?」
僕が何ともいえない顔をしているとフェーリスがやってきた。
テントの奥で料理の続きをしていた筈だけど、含みのある言い方が気になった。
「にゃふ、毎日つまみ食いを繰り返す食いしん坊を懲らしめようとね?
ちょおっと味付けをスパイシーにしてみたんだけ⋯⋯ど?」
意気揚々と語るフェーリスの動きが止まった。
何事かと思えば⋯クレハがさも何もないかのようにパイを食べていた。
「⋯⋯んく。⋯このパイ、罠だったってことでよろしいのですよね?
でしたら、私が全て食べてしまっても構いませんよね?」
「へ?あ⋯うん、そうだけど⋯辛くないの?それ⋯常人なら火を吐くくらいなんだけど⋯」
「いえ、とても美味しいですわ。流石はフェーリスさんです。
それにつまみ食いと言わず、全て食べて良いなんてやはりお優しいです。」
唖然とするフェーリスと対照にどんどん食べ進んでいくクレハ。
さっきから目が痛い。あのパイ、どれだけ辛いんだろう⋯?
火を吐くって言ってたし、まともに立っていられないほどなのかな?
う⋯ちょっと我慢できなくなってきたかも。
「フェーリス。僕、目が痛いんだけど⋯。」
「え?あ、あぁ!それは大変だ。すぐに目を洗いに行こう!
その後でご飯にしよう?ちゃんとしたものが用意できてるからさ。」
「⋯うん。⋯ねぇ、フェーリス?クレハって⋯⋯」
「僕にも予想外さ。まさか、ここまでとは⋯ね。」
僕を水瓶まで連れられながらフェーリスをちらと見る
⋯うん、驚いてる。自分の悪戯が上手くいかなかった事よりクレハの味音痴さにだろうか?
「あ、フェーリスさん。パイ、美味しかったです。
それで、食事は⋯お二人が戻ってからですか?」
「あ⋯うん、そうだけど⋯まだ、食べるの?」
「はいっ!今のはほんの腹ごなし。これからが本番ですわ!」
僕は目を洗っている最中だから二人の会話が聞こえただけだけど⋯
二人がどんな顔をしているのかは簡単に想像が出来た。
本当にクレハってどうなっているんだろう?まさか胃が底なし沼なんじゃないだろうか?
⋯⋯姉妹ってことはセイラも本当はあんな風なのかな?ううん、ないよね。それは。
長らく倒れていましたがようやく復帰することができました。
これからは体調管理には気をつけていこうと思います⋯