過去と今と
永遠にも思われる浮遊感の中、不意に地の感覚を覚え、目を開けると幼い自分と両親が居た。
とても満たされていた時の自分だ。毎日が楽しくて仕方がなかった頃の自分。
------- またあの夢か。
あの頃はただ毎日が楽しかった。両親もとても優しかった。
望むものは何でも叶えてくれたし、甘えさせて貰った。親バカだったんだと思う。
------- どうしてあんなことになってしまったんだろう。
また浮遊感に襲われ、次に目を開くと幼い自分と男の子が遊んでいた。
ダミアン、丘で本を読んでいた時に話しかけられ、しつこく纏わりつかれた。
最後にはなんでも気兼ねなく話し合える仲になっていたのだから驚きである。
ダミアンは決まって僕を愛称で呼ぶ、名前で呼んで欲しいと頼んだが、「名前が長すぎる。」と一蹴されてしまった。…だけど頭文字を繋げて呼ぶことは無いと思う。
場面が変わる。
僕は一人で本を読んでいた。この頃からダミアンは家に訪れなくなったし、父親は相手をしてくれなくなった。僕に対して、疲れ切った顔で無理をして笑うようになったのもこの頃だ。
町では凶作が続いているらしい。
------- 思えばこれが始まりだった。
再び浮遊感に襲われる。繰り返すうちに慣れてしまった。
誰かが家にやって来て父親と口論をしている。幼い僕は部屋の隅で母親に抱きかかえられ震えていた。
震える自分の頭を撫でる。触れることは出来なかった。ここは僕の夢の中だ。
町では凶作が続いている。
------- ・・・。
暗闇の中、次に目を開けた時、母親が僕に本を手渡していた。
この日から母親は相手をしてくれなくなった。
家政婦のリゼットさんが僕を部屋へと連れて行った。
------- もう見たくない。
そんな僕を嘲笑うかのように場面が変わる。燃え盛る部屋に。
泣いていた。何が起きているのか分からなかった。ただ、怖かった。
リゼットさんが部屋に飛び込んできて、僕を連れて行った。
------- ・・・もう見たくない。
僕の意思に反して場面は変わる。
リゼットさんは燃える柱の下敷きになっていた。僕を庇ったせいだ。
どうしていいか分からず座り込む僕を見て、彼女は微笑み目を閉じた。
母に貰った本を抱えて、僕はまた泣いていた。炎の中、ダミアンが僕を見つけてくれた。
------- もう見たくない!!
ダミアンは僕の手を取り、炎の中を走った。熱かった。とても苦しかった。
割れた窓から外に出た。いつもより明るい夜だった。家を振り返ると、玄関の方から両親の声がした。
誰かに懇願しているようだった。いくつかの声がそれをかき消すように吠えていた。
僕は、ダミアンの手を振り払い声の元へ走る自分を見送った。
------- ・・・もう、止めて。
玄関では両親が町の人に捕えられていた。昔の僕が駆け寄ろうとしてダミアンに抑えられる。
集団の一人がそれに気づき、血走った眼で二人に吠えた。
二人は逃げ、追いかけようとする町民に父親が飛びついた。
僕は父親に逃げてと叫んだ。何も意味を為さない夢の中で。
地面が揺れる。眩む視界の中で両親が槍で突き刺された。
地面が戻る。僕は初めてダミアンと会った丘にいた。ダミアンは倒れていた。
煙を吸ったんだろう。前に読んだ本に書いてあった、煙を吸い込み過ぎると死んでしまうと。
二人の僕が泣いている。でも、今の僕は涙を流せない。涙はこの時枯れてしまった。
昔の僕がダミアンを抱きしめる。でも、僕は触れられない。ここは僕の夢の中。
------- ・・・僕が、何をしたの?
分からない、僕は悪い子だったんだろうか?
二人の僕が歩きだす。家も家族も友達も失った。感情もそのうちなくなるだろう。
いつの間にか真っ暗な僕の知らない場所に居た。今でもここがどこだったのか分からない。
どこからか、声が聞こえる。
「貴女には何か望むものがありますか?」
昔の僕が失くしたものを戻して欲しいと答える。
「それは不可能。失くしたものは二度と戻りはしません。ですが、新たに築くことは可能。貴女が真にそれを望むなら私が案内致しましょう。」
声が消え、僕は落ちるような感覚に襲われた。
目が覚める。すると頭上からもう聞きなれた声が聞こえた。
「大丈夫か?酷くうなされていたが…悪い夢でも見たのか?」
頷く。どうやらレファに抱かれていたらしい。レファは母親に似た香りがする。
昔、母親に名前を教えるのは大事な人だけにしなさいと教わった。…この人なら信じられる。
「…僕の名前を聞いて欲しい。」
レファは少し驚いたようだが、すぐに頷いてくれた。
「…Terese・Altgraf・von・Steiner」
「驚いたな。元は貴族か?」
頷く。レファは僕の頭を撫でながら続けた。
「やっと名前を教えてくれたな。これで私達はテレーゼの家族に認めてもらえた訳だ。」
言っている意味が分からず、レファの顔を見上げると微笑み返された。
「私の育った場所での風習でな。真名を教え合った者同士は皆、家族なのさ。」
家族。その言葉を聞いて、とっくに枯れたと思っていた涙が溢れる。
「おいおい、どうした?泣くほど怖い夢を見たのか?」
何度も首を振って抱きつく。レファは僕を強く抱きしめ返してくれた。
やっと、家族を取り戻せた。いや、あの声の言葉を借りるなら築き上げただろうか?
…もう失わせはしない。そう決意して僕は微睡みの中に落ちていった。
どうも初めまして。読み切りの短編小説をシリーズで書いていこうかと思っている眠人です。
この作品「跡」と書いて「ゆめ」と読ませるんです。こじらせてますね。
それと視点の関係で背景描写が恐ろしく分かりにくいです。
その為、別に背景描写だけを書いたものをUPしています。
それとある方のアドバイスで短編から連載物へと変更してます。
というのも同じ登場人物で別物書くからなんですけどね⋯