1.そこは突然の異世界
のんびりと気の向くまま突き進んでいく予定です。
「さて、ここは一体何処だろうね...」
ポツリと呟くと、両手に持った買い物袋と肩に掛けたカバンがズシリと重みを増したような気がした。
講義を終え、大学から2駅離れた自宅マンションに帰る途中、冷蔵庫の中身がすっかり寂しくなっているのを思い出してスーパーに買い物に寄ったのは記憶に新しい。
7つ年上の一番上の兄が今日は非番であることを思い出し、買い物をして帰ることを携帯で連絡して、買い物が終わるころに車で迎えに来てもらう約束を取り付けたのもしっかりと覚えている。
取り敢えず5日分の食料と生理痛用の常備薬が切れていたのを思い出してスーパーの中に入っている薬局で薬を買い、ついでに本日100円均一と旗を立てて客引きしているドーナツ屋に目を止め、兄に1つずつ、自分には2つの合計4つのドーナツを買い込んで、ガラスの扉越しに見えた兄の姿にご満悦でスーパーの自動ドアを潜った......筈だった。
一歩踏み出した先にはスーパーの広い駐車場が広がっている筈で、それは自動ドアを潜るまではガラス越しにしっかりと見えていた景色だったのだが、なぜか目の前に広がるのは森だった。
車で迎えに来た兄がサヤの姿を見つけて片手を上げてたのをしっかり目で確認し、今まさに駆け寄ろうと自分はしていた筈だった。
あの自動ドアを潜るまでは。
「ん~っ、青木ヶ原樹海じゃ...ないよね」
うっそうと茂る森の木々はどれも巨木で大きい。ビルの四階分はありそうな背の高い木々はサヤの遥か上空でその枝を伸ばしていた。屋根のように覆う枝の隙間から見える空は、先ほどまでの快晴が嘘のようなどんよりとした曇り空だ。
森の中を吹き抜ける風が、何気に水分を多く含んでいるような気がした。
雨が降るのかもしれない。
やばいなぁ...。
サヤは買い物袋を地面に置くと、カバンの中から携帯電話を取り出した。電波のアンテナが一本も立っていないことを確認し、ここが圏外であることを知る。
「...聖兄、心配してるだろうなぁ」
目の前で突然消えた妹に、今頃大騒ぎをしているだろう兄の姿を思い浮かべる。
サヤが中学三年の時に両親は交通事故で他界していた。その後、親代わりになって育ててくれたのが長兄の聖だ。真面目で面倒見が良く、両親を亡くした寂しさからという訳ではないのだが、漫画とゲームの世界にすっかり嵌まり込んでちょっとオタク風味を醸し出している妹に、苦笑しながらも次男の武と一緒に優しくせっせと面倒を見てくれた兄だった。
あまり心配はかけたくないのだが、こればかりは仕方がない。
「電波は届かない。ここが何処かもわからない。お巡りさんもいない。打つ手なし」
サヤは地面に置いた買い物袋を持つと、歩き出した。
怪しさを増していく空模様から、ここにいつまでも留まるべきではないと判断したのだ。見渡す限り静かで暗い森が広がっているが、いつ何処から危険な動物が襲ってくるかもわからない。クマぐらい居そうな森だと思った。
幸い、手元にはスーパーで買ったばかりの食料があるし、キャベツやニンジンを丸かじりするのはイヤだが、何日かは飢えることもないだろうと自分を励ます。
スニーカーとジーンズを履いていて幸いだった。足元は木の根やら岩やらが飛び出して、足場が非常に悪い。両手に買い物袋と教科書が入ったカバンを持ったサヤには、非常に歩き難い森だった。
しかし、ここに荷物を置いていくという選択肢はなかった。ここが何処かわからない...オタクの勘から言えばタイムトラベルか異世界に違いないと思っているのだが...場所とはいえ、サヤが居るべき元の世界に戻った時、教科書がなくては困ることになるからだ。
大学で使う教科書というのは、何処でも売ってるものではない場合が多い。各講義を受け持つ教授が自ら書いた本を教材に使っている場合が多いのだ。失くしたからと言って、すぐに買い替えられるものではなかった。
それにカバンの中にはサヤの聖書ともいうべき、ゲーム『氷の肖像』のパロディ本が数冊入っている。闇の力に覆われた帝国から故国を解放するために勇者が旅たち、旅の途中で仲間を増やしながら、最後に暗黒皇帝を倒すという王道ストーリーだが、サヤのお気に入りは勇者の敵側の帝国軍将軍ラウズリード・フォン・ド・ラス・ヴァルディス32歳だった。
白銀の長い髪に青紫の瞳の神とも見紛う美丈夫だ。公爵家に生まれながら、その出生に黒い疑惑が常に付きまとい、公爵から疎まれ不遇の少年期を過ごしながらも、帝国に誇り高く最後まで忠誠を誓い、異母弟かもしれない王子を最後まで守ろうとする彼にサヤは落ちた。
ゲームの最後には彼は勇者によって討たれてしまうのだが、討たれる前に彼の従者のメイデスとやり取りされる主従の絆の深さにも、メロメロにされたものだった。とにかく良いのだラウズリードは。ゲームが発売された4年前から、サヤの心を掴んで離さないキャラだった。
「まずいなぁ、降ってきたや」
ぽつりと頬を濡らした滴に、サヤは顔を上げて眉間に皺を刻んだ。周囲をぐるりと見渡し、雨宿り出来そうな場所を探す。少し斜面を上がった先に大岩がせり出した場所があり、その下に窪みのようなものがあるのを見つけると、斜面を登ることにした。
落ち葉が貯まってずるりと滑りやすい斜面を、なんとか踏ん張って登り切り、岩の下に入り込む。中は結構広くて、10人ぐらいは座れる広さがあった。サヤはとりあえず荷物をその奥に置くと、岩陰から顔を出し、斜面の下を見下ろした。
大岩の下に辿り着いたと同時に、本格的に振り出した雨は下生えのシダのような植物や背の低い木の葉を濡らしていく。
先ほどは気が付かなかったが、サヤがさっきまで歩いていた場所より少し奥に行ったところに小川らしきものが広い森の中を蛇行しているのが見えた。あまり水量がないのか水の音までは聞こえてこないが、いざという時には飲み水ぐらいにはならないかなと目星をつける。
雨が止んだら、あの川に沿って下流に行けば人里に出ることも出来るかもしれない。
サヤは取りあえず雨が止むのを待とうと身を翻し、岩壁に手を突きながら窪みの奥へ行こうとした。
カバンの中には大学で買ったミルクティーのペットボトルも入っている。ドーナツもあることだし、腹が減っては戦が出来ぬともいう。正直に言えば現実逃避モードだ。何処ともわからない場所へ理由もわからず突然やってきてしまったこのあり得ない現実は、取りあえず甘いものと大好きなラウズリード将軍の話でも読んでスルーするに限る。
さぁさぁおやつタイムにしようと考えた丁度その時、思いもかけず背後でドサリという大きな音がした驚いて振り返った。
何か大きな影が斜面を転げ落ちていくのを見た。
慌てて窪みの入り口に戻ると、頭上から怒声が聞こえた。落ちてきたのは人らしい。ここからでは布の塊にしか見えないが、坂の下まで転がって巨木の木の根元に引っかかるようにして止まっていた。
続いてまた何かが落ちてきた。トサッと今度は先ほどよりも軽い音がした。何かと思って見れば、それが切り取られた人の腕だということに気付いて、サヤはぎょっとして身を引いた。
なんで! なんで人の腕っ!
今度は、ずささっと音を立てながら岩の横の土が上から落ちてくると同時に、3人の男がスライディングするようにサヤの目の前に現れた。2人の男に一番年が若いと思われる、それでもサヤよりは2つ、3つ年上かもしれない青年が襲われているようだった。
手には剣。
異世界決定!っと、サヤは心の中で叫びながら、地面に足が縫い付けられたかのように動けなくなって、その場に佇んだまま男たちをガン見した。こちらに背を向けている青年に男の一人が切り掛かる。それを片手で受け止めるも苦しそうだった。
剣を持ってない方の腕がだらりと垂れ下がっているのは、腕を切られたか折れたかしたのだろう。上腕の袖が真っ赤に血に染まっていた。腕が繋がっているところを見ると、先ほど落ちてきた腕は別の人物のモノなのだろう。
これはマズいんじゃないのかとサヤは後ずさりしつつも、三人の様子が気になって目が離せなかった。三人とも騎士の恰好をしている。どちらが悪者でどちらが善人なのか一見ではわからなかったが、襲われている方の青年のことがサヤは気になって仕方がなかった。
こちらに背を向けていて顔は見えなかったが、頭上で一つにまとめ結われている髪が長くその背のマントの上に流れ落ちている。その色が雨に濡れていてもくすむことなく輝いている銀色なのだ。
誰かを彷彿させる髪の色だった。
見れば均整の取れた体格も似ている気がしないこともない。ただ、サヤの知っているその人物は騎士ではない。帝国軍人だ。彼のトレードマークは黒い軍服で、腰にサーベルは下げているものの、彼のメインの武器は魔弾銃だった。けして剣ではない。
だけど、だけど、だけど。
青年が力負けして土の上に押し倒された。それでもぎりぎりで切り掛かる剣を剣で防いでいるその顔が、サヤの視界に入った。
苦しそうにしながらも、そのシミ一つない端正な顔は...間違いない。
「ラウズリード・フォン・ド・ラス・ヴァルディス!!」
叫んでいた。
自分たち以外に人が居るとは思っても居なかったのだろう。ぎょっとした男たちがサヤを見た。青年ともバッチリと視線が合ったが、青年は出来た隙を見逃さず、襲い掛かる男を蹴り飛ばした。
そしてもう一人の男を一撃で切り伏せると、蹴り飛ばされ地面に転がった男にすかさず襲い掛かり、剣を突き刺した。勝敗は決したと思った。
馬乗りになる形でこちらに背を向けている青年の肩が大きく揺れている。はぁ、はぁ、と苦しげに息を吐く音が、離れているこちらにまで聞こえてきていた。剣を突き立てられた男の手から剣が零れ落ち、抵抗を示していた腕が地面にだらりと落ちるのを見て、男が事切れたことをサヤは悟った。
殺したんだ。
初めて目の前で人が人を殺す姿を見て体が震えた。生々しかった。事切れる最後まで苦し気な声と相手を呪うような声が聞こえていた。
ゲームから飛び出してきた将軍の姿に興奮していた脳から血の気がすっと引いていく。足から力が抜け、ずるりとその場に座り込むと、頭だけ振り返った青年と目が合った。
青年はしばらく乱れた呼吸のままサヤの座り込んでいる様子を見ていたが、やがて呼吸が整うと突き立てていた剣を抜き、ゆらりと立ち上がった。
血糊のついた剣を数度払い、事切れた男のマントで水気を拭うと鞘に戻した。そしてごそごそと男の荷物を漁っていたが、目当てのものが何も見つからないのか、端正な横顔に顰めっ面を浮かべ唇を噛んだ。
『...そう簡単には尻尾を掴ませはしないか』
小さく呟くように言うと、青年はサヤの方へ向き直り、ゆっくりと優雅にも見える足取りで歩いてきた。
『子供がこんな所で何をしている?』
話しかけられ、サヤは腰が抜けたまま青年を見上げた。
一つに結い上げられた銀の髪が肩を伝って一房胸元に零れ落ちている。驚くほどの光沢をもった銀糸だ。サヤを見下ろす瞳は青くも紫にも見える青紫色で、今は生憎の天候のせいか、ゲーム内で見る瞳の色よりも沈んでいるように見えた。
綺麗だ。
こんな時ですら、そう思う。
『答えろ。ここで何をしている。親はどうしたんだ?』
冷ややかに聞こえる声音で問いかけられ、サヤはびくりと体を震わせた。青年とその背後にある男の死体とを交互にゆっくり見比べて、何かが喉の奥から込み上げそうになるのを必死に抑えた。
ここが元の世界ではない。
そのことを、今唐突に理解した気がした。ここが異世界だとは先程から気付いてはいたが、理解までには至っていなかったことを知る。
この世界では人が人を殺すんだ...。
いや、違う。元の世界だって自分が知らないだけで世界の何処かでは戦争はしていたし、人が人を殺していた。それをサヤは知識として知っていた。
異世界とか、元の世界とかではない。
日本があまりにも平和すぎて、テレビの向こうでしか見ない戦場を別の世界の話だと捕らえていただけに過ぎない。平和ボケしていただけだ。
いや、それも違うのかもしれないとサヤは思った。
戦争じゃなくても人は人を殺していた。ニュースが残虐な殺人事件を知らせていた。自分の周りで、幸運にもそういった出来事が起こってこなかっただけの話なのだ。人は人を殺せる。
自分が好きでやっていた『氷の肖像』だって、ゲームだけど戦争ものじゃないか。
「ムリ......いきなりハードル高過ぎだってば」
自分の震える声に更に体が震え出し、それを止めることが出来なかった。青年と視線を合わせれば合わせるほど、目頭が熱くなって抑えようとしても涙が後から後から湧いてきて、ぶわっと溢れおちてしまう。
「だめ...怖すぎ...」
背筋を這い上ってくる恐怖から逃れようと自分の肩を抱くが、心臓も握り潰されそうなほど収縮して痛かった。
青年はそんなサヤの様子を驚いたように微かに目を見開いて見下ろしていたが、やがて大きく息を吐き出した。
『珍しい髪の色だと思えば、やはり外国人か...。どうしてこんな所に異国の子供が居る。見たところ間者ではないようだが......何処かの国の貴族、それとも王家...いや、さすがにそれはないのか? しかし、その首飾りの細工...ますますわからないな』
しゃくり上げながら大泣きし始めたサヤを見詰めながら独りごとのように呟くと、腕を掴んで軽々と引き起こした。
強い力に引っ張り起こされ、サヤは引きずられるように窪みの奥に連れていかれると、そこに座るように示され、大人しくそこに座り込んだ。まだ膝が笑って力が入らなかったため、手を離されると支える力を失って崩れ落ちるように座り込んだというのが正解だ。
青年はくるりと向きを変えるとそのまま岩陰から出ていこうとした。慌てて声をかけると一度振り返ったが、肩を竦めてそのまま出て行った。その姿を涙で曇った視界の中で、視線だけ追いかける。
「ラウズ......」
置いて行かれたのだろうか?
今まで目の前で繰り広げられていた殺し合いで、すっかり恐怖に包まれていた筈の心が、今度は急速に不安に包まれる。
こんな所に一人?
外には死体があるのに?
抜けてしまった腰にはまだ力が入らない。震える四肢を叱咤し、必死に手足を動かしながらサヤは四つん這いで窪みの入り口まで這って行った。
頭を突き出し、雨が降る森の中を見回す。
青年はすぐ近くにいた。
何やら死体の一つからマントを剥ぎ取り、腰のベルトに取りつけられたポーチの中をごそごそと漁っているようだった。
すぐにサヤの姿に気付き、目が合う。飽きれたような溜息が一つ零され、必要なものを取り出すと、側にあった死体を次々と坂の下へと蹴り落とした。
『薪を拾ってくる。お前は奥に入っていろ』
マントの一つをサヤに押し付けると、包帯のようなもので怪我をしている左腕の上腕部分を器用にぐるぐると巻き、口と右手を使ってあっという間に縛り上げた。怪我には慣れているのか、非常に手際が良かった。
押し付けられたマントを胸に抱え込み、いまだに動こうとしないサヤを見て、困ったような顔つきでサヤの頭に手を置いた。くしゃりと一撫ぜして手を引く。
『薪になるものを集めるだけだ。もう追っ手は居ないと思うが、場所が場所だけに助けもすぐには来れない筈だ。ここで一晩過ごして、それでも迎えが来ないならば自力で森を出なくてはならない。お前を置いて行きはしないから、そんな不安そうな顔をするな...。私の言っていることがわかるか?』
「......ラウズ?」
『......またその名前か。お前の国に、私に似た男がいるのか?』
「...?」
サヤがわからず首を傾げると、また頭をくしゃりと撫でられた。そのまま青年は歩いて行った。
近くに落ちている木の枝を次々拾っていく。雨にあまり濡れていないものを選び、腕の中に持っているもう一枚のマントの中に濡れないように包んでいく。その様子に、サヤは薪を拾っていることを理解して安堵の溜息をもらすと、預けられた重たいマントをぎゅっと抱きしめた。
濃紺色の分厚い布地はカーテンのようで重みがある。
先程までうるさく鳴っていた心臓の音も、静まりつつあるのを感じた。目を閉じると、切り合っていた様子が瞼の裏に浮かびそうで怖かったが、目の前から死体がなくなったことが良かったのだろう。
大丈夫。
大丈夫。
心の中で呟いて、自分を励ます。
何が大丈夫なのか、今の状況をじっくり考えればとても大丈夫なんて言っていられる状況ではなかったのだが、あらゆる不安に蓋をして、サヤは自分の心を落ち着ける呪文を唱えた。
大丈夫。
食料はあるし、怪我もしてない。
嘘みたいだけど、あのラウズリード将軍だって目の前にいるし、まだどうにかなる。
少し冷静になってきた頭で、ある程度薪を拾い集め、戻ってこようとしている青年の姿を見詰めながら考えた。
視界に映る青年の顔は、サヤの良く知るゲーム『氷の肖像』に出てくる帝国軍将軍ラウズリード・フォン・ド・ラス・ヴァルディスその人に瓜二つで、同一人物で間違いないような気がした。
ゲームに出てくる年齢よりも10歳程若く見えるが、神々しいまでに美しい顔は、そうざらにあるものではない。
シミュレーションゲームでありながら、メインストーリーが展開する時に挿入されている映像はすべて最新の技術を投入した3Dだった。髪の毛の一本一本までが美しく描かれ、今まさに目の前を歩く青年と同じリアリティーがあった。見間違う筈がない。もう4年間も一途に愛し続けてきた彼だ。
しかし、そうだとして...ここは何処なのか?
心に何かが引っかかった。
ライトノベルの展開としてありがちな、ゲームの世界に異世界トリップを自分がしたとして、ここは帝国領内?
そうだとして、なぜラウズリードは騎士に命を狙われていたのだろうか?
確かにラウズリードは公爵に疎まれてはいたが、命を狙われる程ではなかったはずだった。ゲームと同じ帝国軍将軍となった32歳のラウズリードならば、敵はたくさんいることは容易に想像がつくが、今は20歳を少し超えたぐらいに見える。
20歳前後の彼は既に正規の軍人として軍に籍を置いてはいたが、まだ一つの部隊の部隊長でしかなかった筈だった。ゲームの主人公の国リトルデンに皇帝の命令を受け、部隊を率いて侵攻しているのもこの頃だ。そこで主人公とのニアミスがあるのだが...。リトルデンは草原の国。こんな森や山はない。
『...どうした?』
戻ってきた青年が濡れた髪から雨の滴を払い、黙って自分を見詰めるサヤを訝し気に見下ろした。
腰には重たそうな剣。背にはマント。騎士服の下に着こんでいるのは鎖を編み上げ首まで守るように施されたハイネックの鎖帷子。鎧こそ着ていないものの、ざ・騎士だ。
ラウズリード・フォン・ド・ラス・ヴァルディスは帝国軍人。断じて騎士ではない。そもそも帝国に騎士はいない...。
『......』
「......」
拭いきれない違和感のようなものがサヤを襲い、サヤは首を傾げた。