第十四話「魔剣と姉御」
バン!カランカラン。今日も来ました。良い筋肉、テジンの宿屋。
勢いよくドアを開けて元気にカウンターのテジンさんに駆け寄る。
「テジンさんとりあえず1泊!ご飯ご飯!……あれ、どうしたの?」
いつもなら「おう、今日も元気だな。俺の筋肉も元気だぜ!」とか言って腕をぐっとして筋肉見せてくるのに、今日は筋肉も強調せず目を見開いてこちらをガン見してらっしゃる。どうした禿げチョビ焼きダルマよ!
「………お……お…」
「お?」
「お嬢ちゃん!!無事だったか!4日も来ないし心配したぞ!!」
禿げチョビ焼きダルマがカウンターを飛び越え俺の肩をガッシリ掴んで体を揺すってくる。ええい、やめろ!指が!めり込んでる!筋肉ストップ!!
「1人で迷宮に行ったかもしれない!ってあの人が言ってたし心配したんだぞ。そうだよ。あの人に報告しに行かないと俺がぼこら……」
ドガンッ!!ガランガラン!
突如、ドアからもの凄い音がして振り向くと、ドアがギィギィ言ってる横にこちらを見るメガネのOLさんが…。
「……あれ、ランカさん?どうしてここに?」
声を掛けるもランカさんからの返事が無い。無表情だがこちらを上から下へ、下から上へと見つめてくる。
「あ…あぁ…来ちまった……俺の…俺の宿が…」
テジンさんが何やら頭を抱えて悲痛な顔をしている…どういうことだ?俺はランカさんとテジンさんを交互に見るも状況を把握出来ない。
「……レーテちゃんお話があります。テジンさん。お部屋1室お借りしますね」
え……何今の冷たいお声…いつものランカさんの綺麗なお声じゃないよ?
「ま、待ってくれ!!外!外でやってくれ!」
「間違えました。部屋を1室貸しなさい」
その瞬間ビュウウウ!と風が吹きカウンターの花瓶がパリン!と割れた。
「ヒィイイ!どうぞ!205号室の鍵です!」
慌てたようにテジンさんが鍵を出していた。あの筋肉の手がブルブル震えてるんですけど……。何かやばくね?俺の脳内アラームが全力で危険信号を発信しているぞ…。
「ありがとう。レーテちゃん行くわよ」
笑顔でこっちこっちと手招きしているが、アレはダメなやつだ!行ってはいけない!目が笑ってないもん!
「あ、あの私、ちょっと用事が…じゃなくて、そ、そうだ、まだご飯食べてなくてですね?食堂に行かないと…?」
「そう、レーテちゃん行くわよ」
「えっと…」
「レーテちゃん行くわよ」
ふわあぁー!笑顔が消えて真顔で同じこと繰り返してるー!行ったら何が起こるの!
プルプルと首を横に振ってみるが左手をガシッと腕を掴まれて階段の方に連れて行かれる。アウルも何かを察したのか俺の頭から慌てて飛び立ちテジンさんの頭に止ま……滑って落ちてる…。
筋肉禿げチョビ焼きダルマの頭の上に乗ろうとするとか相当だよな…やばいぞ!やばい!
右手をテジンさんに向けて助けを求めるが、テジンさんは哀れむような目をしたかと思うとバッと顔を背けた。食堂の方を見るとテジンさんの息子のトジンは青い顔して震えている。
階段を1段…また1段と上り…そうして俺は部屋に連れて行かれた……。
「座りなさい」
部屋に入るなり座れと言われてベッドに座ろうとするが…。
「違うでしょ床に…」
「え…?床?」
「そう……床に正座っ!」
ランカさんが叫ぶと共にビュウウウ!と部屋の中に風が吹きビシビシと壁にヒビが入り、家具にも斬られたような傷がついていく。
「は、はい!」
慌てて床に正座をして、チラッとランカさんの顔を見てみるが…そこには…般若が居た。いつもとまったく違う恐ろしい顔に思わず「ヒッ!」と悲鳴が漏れる。
「迷宮の話しを聞いてから、4日もどこに行ってたの?」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!般若が腕を組んでこちらを見下ろしてくる。
「答えなさい?どこに行ってたの?」
ビュウウウウ!ビシビシ!
「ヒッ!も、森に?」
「へぇ、森に4日も?」
「は、はい!」
ビュウウウウ!ガタガタ!バリン!!
さっきからこの風は何っ!?窓が割れたぞ!?ランカさんがやってるの!?
「迷宮騎士団の人達と馬車で帰って来たのに?迷宮騎士団の人達は迷宮から帰ってきたって言ってたわ。迷宮は北、森は南側。あら、おかしいわね?まったく逆だわ」
さっきから汗が止まらない。たらーではないだらだらである。くそ…アウルめ、自分だけ逃げやがって!おっさんも『おぉ…何て顔だ…わしは睡眠の時間だから寝ておく』とか言って寝てるし!
「ねぇ?どこで馬車に乗ったのかしら?お姉さんにくわし~く教えて欲しいな」
あまりの恐怖に正座しながらそわそわして周りをきょろきょろと見てしまった。
「きょろきょろしない!こっちを見なさい!」
いやあああ!もうだめだ…。胃がぎゅるんぎゅるん痛い…。もうこうなったらあの手しか…。俺はそう思って両手を振りかぶり…。
「ごめんなさい!内緒で迷宮に行ってました!!」
土下座である。もう謝りたおすしか俺に手はない…。
「……………」
光るメガネに般若の無言……怖い。涙が出てくる…。
「私言わなかったかしら?1人で行っちゃダメだって、3人以上じゃないとって言ったわよね?」
「は、はい!聞きました!」
「そう、じゃあ、何で1人で行ったのかしら?それとも他に2人お仲間を連れて行ったの?」
「あの…その……アウルと…ヒッ!ごめんなさい!1人です!迷宮が気になって1人で入っちゃいましたー!」
ビュウウウウ!!コツコツコツ……風の音と共にランカさんの足跡が部屋に響く…あぁ…ランカさんの足が目の前に…。
そっと、俺の頭に何かが触れた。
「もう、心配したんだからね」
顔を上げるとしゃがんだランカさんが優しく俺の頭を撫でていた。
「はい…ごめんなさい」
謝りつつも頭を優しく撫でられる感触に浸っていた…。あ~、気持ち良いなぁ。この絶妙な撫で具合…ずっとこのままでも……そうそう、たまに動きを止めてこうぐわっと……ぐわっと!?いたたたたたっ!!何っ!!さっきの幸せな時間はどこにいったのっ!?
「ランカさんっ!?痛い!痛いですよっ!?」
ランカさんは優しく微笑みながら俺の頭にアイアンクローを放っていたのだ。
「そうよ~、心配したのよ~。これはその罰ね。そうそう私ね、剛力ってスキルを持ってるのよねぇ。だから少し痛いかもしれないわねぇ……レーテちゃんの頭頑丈ね…頭蓋骨がなかなか軋まないわ…」
ぎりぎりぎりぎり…ぐあああ!だんだん手に込める力が強くなってませんかっ!?
「ぎゃあああ!!ちょっと!軋ませたらダメですよ!?ダメですよっ!?ああ!そんな楽しそうな顔して力を強くしないで!何!?何で左手をワキワキさせてるの!?あああ!そんな両手でアイアンクローって!ああああああ!!!」
「ふふふ、大丈夫よ。ぎりぎりの加減はわかってるつもりだから。それに私回復魔法があるから…それにしてもレーテちゃん、すごい石頭ね。こんなに力込めたの初めてよ……どこまで力を込めて平気なのかしら。…ふふふ、えい!」
「うわああああ!!許してぇ!!」
こうして俺はランカさんが満足するまでお仕置きと言う名のアイアンクローをくらい続けたのであった。
その日、テジンの宿屋に響く叫び声と笑い声に宿に居る者達は震えが止まらなかったという……。
◇
ひどい目にあった…あの後、俺は3時間ほど徐々に強くなるアイアンクローをくらい続けたのだ…俺の頭蓋骨がビキビキと嫌な音を立て始めてようやくお仕置きは終わり、ランカさんは「もう無茶しちゃダメだからね!」と俺の頭に回復魔法を施してから帰っていった。
ランカさんが帰った後、部屋に来たテジンさんは壁と家具に傷が入り、窓が割れた部屋を見て絶句しながらも呟くように「…いや……今回はまだマシだ…」とか言っていたのを俺は聞き逃さなかった。
詳しく聞くとランカさんは今は冒険者ギルドの受付嬢をしているが、元は風魔法と光の回復魔法を得意とするAランク冒険者だったらしい。普段は優しいお姉さんだがキレたら謎の風を撒き散らし、回りを切り裂くのだという。
昔、エスタールの町の奴隷商人がランカさんの可愛がっていた酒場の娘を奴隷にしようと連れ去ったことがあるらしい。それに怒り狂ったランカさんは、娘や他の奴隷を救出してから武器のモーニングスターに風を纏わせて振り回し、竜巻と共に奴隷商人の店を更地に変えたのだという。
その後、笑いながら奴隷商人の頭を掴み町を歩く彼女を見てから、エスタールの町で一番怒らせてはいけない、そして逆らってはいけない人物…というのがこの町の暗黙のルールなのだという。
今回のように冒険者をお仕置きすることもたまにあるそうで、お仕置きをした場所は例外なく風でズタボロになるらしい。
一応、冒険者の頃に稼いだお金で修理費用は出してくれるらしい。しかし、被害の規模とその恐ろしさで数日客が遠のくので客商売の方からはより一層恐れられている…らしい。
聞いた話とさっき我が身に起きたことに震えながらも、夜も遅く部屋でベッドに横になりつつあることを考えていた。
こんなに恐ろしい目にあったのは迷いすぎて早く帰れなかったからだ…もっと早く戻れていればこんなことには…。
「そうだ…アレだよ!アレさえあれば俺はこんな目には!!」
「ホーホーホーホー?」
『「ご主人、何する?」と言っておるぞ。わしも気になるな。お主、何をするつもりだ?』
起き上がりながら気合を入れていると裏切り者共が何かほざいている。
「何だよ、裏切り者共め…あの後俺がどうなったか……おっさん!俺の記憶からさっきのこと見てみろよ。好きだろ?俺の記憶見るの」
『うっ……そのなんだ…悪かったとは思うぞ?しかしな……そ、そうだ!わしも人の記憶を無闇やたらと見るのはいかんと思ってな!少し控えようと思っておったのだ。お主も見られるのは嫌だと言っておっただろう?』
「都合のいいことで…まぁいいや。これからすることはおっさんのアドバイスも欲しいからな」
『で、何をするのだ?』
「転移だ!転移魔法さえあれば俺はこんな目には合わなかった!」
立ち上がりながら声高らかに宣言して転移魔法のイメージを開始した。
『なるほどな…しかし、転移魔法はなかなか難しいはずだぞ?お主がいくら空間属性の魔剣とはいえな…そう簡単には………』
おっさんが何か言ってるけど無視だ無視……このベッドの上からあのドアの前に転移…転移…イメージはそうだな…目の前とドアの前に空間魔法で扉を作ってそこを通ると一瞬で目の前に……これ青い狸の…いや!違う…俺の魔法だ!
俺はそう強く思い右手を目の前に掲げて…。
「ゲート」
そう呟くと目の前に空間収納のような黒い大きな丸い穴が出来た。それは直径2mほどあるのに薄く、まるで黒くて大きい丸い紙が浮いているようだった。
『ん?大きな空間収納を出してどうするつもりだ?……いや、何か違うな。コレは…?』
「ふふん、まあ見とけよ、おっさん。こうね体を横から半分入れると…あら不思議!左半身はベッドの上!右半身はドアの前!どうよ?よう!俺の左半身!よう!俺の右半身!」
俺は完全には移動せずに半分の体で同時に手を振り合うという。かなりシュールな姿を晒してみた。
『な…な…何だコレはっ!?こんなもの見たことも聞いたこともないぞ!?……本来転移魔法とは…肉体を1度分解し、他の場所で肉体を再構成する魔法だぞ…そのために転移には少し時間がかかるはず…それを…コレは…』
「あ~、それも考えたんだけどね。何かさ~1度分解されるのって怖いじゃん?それなら扉を2つ作ってその間の空間をこう、ぐい!っと歪めてさ、一瞬で移動出来ないかなーってやってみたけどうまくいったな。おっさんのアドバイスいらなかったな!アハハハハッ!」
ゲートで半身ずつ腰に手をやっている俺の高笑いが部屋に響く。アウルもゲートを飛びながら何度も潜り、転移を楽しんでいるようだ。
「ホーホーホーホー!」
『「目の前が急に変わる、面白い」ってアウル!お主も…わかっておるのか?これがどれだけ凄い魔法か…』
「ん?そうだなーこれ使ったら敵の背後から攻撃だけ通すとか出来そうだよな。あ、でもあっちの攻撃も通っちゃうか!早い者勝ちだな!アッハハハハー!」
「ホーホーホーホー!」
『お主ら…しかし、これがスキル…創造する者の力か?だとするとやはり…この力は神々の…』
おっさんが何か言ってるけどよく聞こえない。俺はご機嫌にアウルと一緒に笑い、声が部屋に響きわたる。その響きにより一層俺の笑い声が強くなり…ドンドンドン!!突如壁が殴られた音が……。
「そ、そうですね。夜も遅いから静かに寝ないとね…コラ!アウル!静かにしなさい!もう、すいませんね…」
半身ごっこをやめてゲートを閉じ、ベッドの上でアウルを抱き毛布をかぶる。今日も静かに夜が更けていく……。
「ホーホーホーホー!!」
ドンドンドンドン!!
…………静かに夜が更けていく。