バス停
散歩していると雨が降ってきた。
屋根付きのバス停に逃げ込んだ。充分な広さではないけれど、だいぶましだった。朽ちかけたベンチに座り、スニーカーが濡れないようにと足元を気にしながら雨をしのいだ。
そのうち20代ぐらいの女性が駆け足でこっちにやってきた。彼女も傘を持っている様子はなく、突然降りだした雨から僕と同じようにバス停へ逃げてきた。彼女は空を見上げ、雨が止みそうにないことを知ると諦めてベンチに座った。彼女との距離は人が2人座れるほどの距離だった。
見ず知らずの男女に会話などあるはずもなく、彼女に興味をなくした僕は目の前に広がる田んぼを見つめた。降りしきる雨が僕の視界を濁した。
僕は雨の音に耳を傾けた。
聞こえる。音楽を流さずにコンポのボリュームだけを最大まで上げたような冷めた雨の音。その音を聞きながらぼんやりと雨を見ていた。集中さえすれば雨の一粒一粒がハッキリと見えそうだった。舗装されていない道路に水溜まりが顔を出し始めている。
雨の音以外は何も聞こえてこない。
「もしもし、私」
気のせいだった。先程の女性が携帯電話で話をしている。この距離だと聞き耳を立てなくても聞こえてくる。強弱を繰り返す雨の音と彼女のテンポの良い喋りが、規則的ではないけれど意外と心地のよい不思議な音楽を奏でていた。
いくらかの時間が経つと、バス停に乗用車が止まった。
助手席に彼女が乗り込むと、乗用車はバス停から逃げるように走り出した。
完成日不詳