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08.エリシア、助けた少女と出会う



 エリシアが部屋に戻ろうと城の入り口に差し掛かったとき、そこに佇んでいた居た騎士達が誰なのか確認するように視線を向け、そのままエリシアに固定した。明け方この城を出るときにも感じた妙に力の篭った意味ありげな視線はどこぞの男の所為だろう。流石にもうその視線の意味を理解していたエリシアが、僕に構うな、という意思を込めて睨み返せばエリシアの感情を敏感に察したのか二人はすぐに視線を逸らして、誰も見てません、といわんばかりの態度でその場で姿勢を正す。

 正しい判断だ。

 そんな二人の間を悠々と通り抜け、再び城の中へと足を踏み入れたエリシアは自分に割り当てられた部屋へと向かいながら知らず手の中の籠を見下ろしていた。いまさらながらに気付いた問題に知らず眉根が寄ってしまう。


 ・・・あーーーー・・・下着、どうしよう・・・


 元々長居するつもりはなかった。今までお城に呼ばれた娘の中でも早いものは翌日、そのほかも3~5日程で家に帰されていたのでエリシアの滞在期間は目安一週間くらいだと予想していたのだ。だから下着などもそのくらいしか持ってきていない。

 自分で洗うのは別にいい。というか、この件に関してマリーネには一切ノータッチでいてもらいたい。常日頃から炊事洗濯はしていたので何の問題も不手際もないと断言できるし。

 問題は干す場所なのだ。

 部屋の中に干すという選択肢がない。

 第一に絶対マリーネの目に入るし、自分が宛がわれたとはいえ何時誰が訪れるかもわからない場所だ。干せるわけがない。

 だからといって多くの使用人が働くこの城の中で干す場所など見つかるわけがない。庭も毎日庭師が手入れしていて絶対目に付くだろうし。この城の中でそんな爆弾を晒せる場所など・・・


 ――――――やっぱり、さっき見た森、しか、ないよ、な・・・?


 今まで見た候補の中ではどうしてもそこしか思いつかない。それもふらっと人が出入りできそうな浅い部分ではなく、危ないと散々忠告を受けたもっと深い部分だ。

 そりゃあ勿論危ないだろう。国境付近の切り立った山々や豊かな自然に囲まれた山村で育ったエリシアにとって自然の驚異というものはとても身近で、時として容赦の欠片もなく襲い掛かってくるものだと、そこいらの騎士や街からでない首都の住人達よりずっと理解している。

 その上友好的ではないトーキーが住み着いているとなると、その危険度は一気に跳ね上がる。センセイに教わってきた知恵だって何処まで通じるものなのか。

 だがしかし、他にあの森以外で誰にも見つからずに男物のパンツを干せそうな場所などあるだろうか。


 ・・・・・・・・・・・・それともいっそ暫く同じモノを穿きまわすか・・・


 勿論最初に考え付いた対応策だ。だがその手段はなるべくマリーネの前ではやりたくない。

 別に着替えの時はいつもズボンを穿いているのでどんな下着をつけているかなど見られているわけではないが、万一に備えてズボンを視覚的に隠すため、スカートを膨らませるためにペティコートやパニエを重ねた下半身はちょっと運動するだけで汗をかく。つまり―――何度も同じものを穿きたくはない。

 それくらいなら危険を承知で森の中にわけいった方がずっとマシだ。

 あれだけ広い森だ。人間嫌いの天馬以外に、ちょっとは友好的なトーキーも存在するだろう。試してみる価値はあると思う。

 視線を籠の中に向けながら上の空で廊下を歩いていたエリシアの背後で不意にパタパタと軽い足音が軽快に響き渡った。



「おねぇちゃーーーんっ!!!」



 弾んだ声と共に腰に衝撃を受け、いきなりの事にバランスを崩して抱えていた籠を手放してしまう。


「ッ!」


 反動で籠の中の物が白い布を押し上げ外に出てこようとする様がスローモーションのように見えた。瞬間、何かを思考するより先に体が動いた。

 右足を滑らせるように一歩前に出す事でバランスをとりながら宙に浮かんだ籠を捕まえる。そのまま胸に抱きこむように腕で巻き込み、内容物が出てくる前に蓋をするように右手で布ごと押さえ込めば力加減を忘れた容赦ない押しにミシリと籠が不気味な音を立てた。


「あ、あぶ―――ッ!

 ―――ないでしょう?」


 危ないだろうがっ!!と振り返りながら言いかけ、視界に飛び込んできたものに寸前で言葉を切り替える。

 エリシアの腰にしがみついていた女の子はそんなエリシアの挙動不審振りには気付かなかったらしくニコニコと幼い顔に満面の笑みを浮かべてエリシアを見上げていた。

 エリシアの腰をどつくようにしがみついて危うく大惨事を引き起こしかけたのはこの子供だろう。精一杯走ってきたのかまだ息が荒く、ふくふくとしたまろやかな頬が赤く染まっていた。


「おねぇちゃんだぁっ!」


 嬉しそうにとろけるような蜂蜜色の瞳をきらきらと輝かせ、可愛らしい唇が、おねぇちゃん、おねぇちゃん、と繰り返す。日の光が透ける淡い金髪は左右に編みこむようにわけられ、可愛らしい髪飾りで纏められ、明るい黄色のレースがふんだんに使われたドールドレスを身に纏う幼い体躯がぎゅっとエリシアの下半身に抱きついていた。渾身の力を込めているのか、その小さな手の中でエリシアのドレスに使われた淡い藤色の絹地がシワを作る。

 ああ、この子、見たことあるなぁ・・・


「昨日の子? どうしたの?」


 出来れば今すぐ手を離して欲しいものだが、エリシアの経験では子供というものは大抵相手の話を聞いていないものだ。特に興奮状態にあるものは。

 体に接触するのは止めて欲しいが、相手は子供、下半身は色々と重ねているので引っ付かれても男だとはバレない、はず。

 しかしこのまま足にしがみつかれていては動けない。廊下には自分達だけしかいないため、誰かに引き取ってもらう訳にもいかない。

 えっと、これ、どうしようかな~、と困ったように子供を見下ろしていたエリシアのもとに、今度は慌てたような可愛らしい声が飛んできた。


「や、止めなさいっ パティ・・・っ!」


 カツカツと足音も高らかに駆け寄って女の子の肩を捕まえたのは、やはり見覚えのある少女だった。

 淡い金色の長い髪はくるくると綺麗に編んで纏められ、クリーム色の絹とレースのひらひらと布地が重なったようなカスケードドレスは女児と似たようなデザインが取り入れてあり、とろけるような蜂蜜色の瞳といい、ふんわりと優しげな面差しといい、この二人は間違いなく姉妹だろう。頭二つは低い少女は15歳くらいだろうか、その場で屈んだ幼げな体型には場違いなほど立派な胸がひらひらとしたドレス生地を押し上げて自らの存在を主張していた。


「ご、ごごごごめんなさぃ・・・いいい妹が・・・っ」


 パティと呼ばれた女児を引き剥がすように胸元に抱きこみ、自分達を見下ろす砂色の瞳に気付いた少女は顔を真っ赤に染めながら俯いてもそもそと言葉を零した。しゃがみ込んで嫌々とむずがるように身をよじるパティを捕まえたまま、その場で硬直したように固まる。耳まで赤い。


「い、妹が、、、ご迷惑を・・・」


 か細い声は赤の他人が聞いても判るほど羞恥に塗れていた。妹を捕まえる手が震えている。

 何だろうこの構図。


「ああ、あの別にそんなに謝るようなことされていませんよ? 大丈夫ですから顔を上げてください」


 まるでこちらが苛めているかのような気分になって精一杯優しげな口調を心掛けて話しかけてみたが、それでも少女は顔を上げなかった。むしろ震えが強くなる。

 えっ何で? 気持ち悪かった??


「あのね、ホーリィちゃんね、はずかしがり屋さんなの」

「・・・・・・あ、そうなの」


 えへんっ、と胸を張るように姉に抱き込まれた上半身を逸らして教えてくれたパティにとりあえずひとつ頷くと、またもや嬉しそうににっこりと笑った。直接聞くのは憚られたけれどホーリィちゃんってこの場合、姉の事だよね?

 妹、パティの方は8歳くらいだろう。随分と可愛らしい子供だ。弟がこの年頃だったときにはすでに何かを悟ったかのように勉強に明け暮れていたなぁ、と満面の笑みを浮かべる子供を見ながらわりとどうでもいい事を考えてしまう。

 姉、ホーリィの方は義妹と同じ年くらいだろうが、性格はむしろ正反対な感じだから、これもやはり育った環境の違いなのだろう。少なくとも義妹が義父にマウントポジションをきめるようになったのは間違いなく家庭環境の所為だと断言できる。

 こんなほのぼのとした子供達が出来るような環境だったら良かったのに・・・。


「ホーリィちゃん。ホーリィちゃん。おねぇちゃんが困ってるよ?」


 そんな事を考えながらじーっと見ていたのだが、その視線を曲解したパティが姉の腕をぺちぺちと叩きながらそっと顔を覗き込んだ。幼い妹に促されるようにホーリィも真っ赤に染まった顔を上げる。自分達を見つめていたエリシアと目が合って、ひゃっ、と小さく息を呑み込んだ。見上げるから余計威圧感がかかるのだろう。幼子とおなじ心理だ。


「大丈夫だから落ち着いて? ゆっくり深呼吸してみて」


 目線を合わせるようにしゃがみ込み、怖がらせないようにニッコリと微笑んだエリシアに、すでに泣きそうに潤んでいたホーリィの瞳が揺れる。その一瞬の隙をつき、姉の心境など知らぬげにその腕の中をすり抜けたパティが間近くにやってきたエリシアの首筋に嬉しそうにぎゅっと抱きついた。


 ほわぁっ! ヤバイ、顔!! 胸っ!!!


 焦りが瞬時に体を駆け抜けたが胸に詰めた偽乳に特に違和感を感じなかったのか、パティはきゃらきゃらと笑ったまま幼い手に力を込める。なるべく顔を逸らそうとしてもぐいぐいと近寄ってくるのでしょうがなく肩の辺りにしがみつくままにさせておく。・・・たぶん、バレてない、よね?

 筋肉の硬さに気づかれないように強張りをほぐすために肩の力を抜くと、そのままパティの腰を抱くように左腕を回す。本当は落ち着くまで暫くそのままでいたかったが廊下の向こう側から薄っすらと聞こえてきた足音がそれを邪魔する。

 こんな場面、誰かに見られたらまた面倒臭いことになるだろう。


「ドレス、汚れるからとりあえず立ちましょう」


 誰かがこちらに来る前に、とエリシアは籠を一旦床に置き、右手でホーリィの腕を掴んで自分が立つのと同時に相手を引っ張りあげて立たせた。


「・・・・え? っあ・・っ」


 簡単に引き上げられたホーリィは自分がなぜか立っている事にきょとんとしたような顔で周りを見回し、柔らかく腕を掴んだエリシアが案外近くから自分を見ている事に気付いて、ぼふっ、と瞬時にまた顔を赤くする。


「あああああのあのあの、その、、、すみません、、、ご迷惑、だった、ですよね・・・」


 語尾が萎むのとともにホーリィは蜂蜜色の瞳を伏せた。見知らぬ人に会うといつもこうだ。

 言葉は噛むし、小さいし、顔が赤くなって周りが見えなくなる。周りに迷惑しかかけない自分の行動にいつだって後悔するのだ。

 どうしてこんな自分が王子様のところに呼ばれているのだろうか。自分がここにいる意味がわからず昨日からずっと心の中で周りに詫び続けているような状態だった。

 妹がいなければ昨夜の晩餐会もまともに出られなかっただろう。

 俯いて叱られるのを待つ子供のようにふるふると震えるホーリィに、エリシアもさすがに口元に苦笑を浮かべて掴んでいた手を放した。


「そんなに緊張しなくても、全然迷惑なんてかけられてませんよ? 俯いていたらせっかくの顔が見えないじゃないですか」


 優しく促すような声でゆっくりとエリシアが話しかけると、しばらくしてそっとホーリィが視線を上げた。

 伺うように自分を見上げる少女にエリシアは怖がらせないようにゆっくり笑顔を浮かべる。


「せっかく綺麗な瞳をしているんですから、もっと見せないと」

「あ、あうぅ・・・っ」

「パティもぉ?」

「ええ、パティも」


 真っ赤になったまま口をパクパクと動かすホーリィに対抗心を燃やしたのか、パティもねだるようにエリシアの顔を覗き込んだ。真っ直ぐに見つめてくる蜂蜜色の瞳に若干身を引きながら頷くとパティは満足したようにむっふんと笑う。


「あ、エリシア様が口説いてる」


 足音が近づいてきていたのは知っていたが、聞き覚えのある平坦なイントネーションで背後から呟かれた言葉に思わずパティを取り落としそうになって咄嗟にホーリィに押し付けた。慌てながらもしっかりと受け取ったホーリィを見届けて振り返ると、予想通りに押しかけ侍女の姿があった。


「エリシア様、お食事の用意が出来ました」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう、ご苦労様」


 先ほどの呟きなどなかったかのように振り返ったエリシアに対して平素な顔をして用件を伝えたシオナに、エリシアもしばし内心で葛藤した後、あたりさわりない返事を返す。

 あまり関わり合いになりたくない人物との遭遇だ。ぶっちゃけ苦手なのだ、こういう何を考えているのかわからないタイプ。

 この侍女、誰かどうにかしてくれないかなぁ・・・。

 何を考えているのかよくわからないシオナの顔を見ながらつらつらと思っていると、不意にその藍色の瞳が何かに気付いたように床の方に流れた。


「ところでエリシア様。そちらの籠はエリシア様の荷物ですか?」

「い、いいのよこれは。気にしないで」


 そのまま伸ばされた手に触れられるより先に床から籠を掬い取り、エリシアは若干引きつったような笑顔を浮かべる。

 危なかった、と額に汗するエリシアに、そんな態度が納得いかなかったのかシオナの指先がなお籠へと伸びた。


「私がいるのにエリシア様に荷物など持たせられません」

「いい! いいから気にしないで。私こういうの持っているほうが気が楽なのっ」


 触れそうになる前にさらに腰を捻って遠ざけると、しぶしぶながら納得したのかシオナも指を引っ込めた。暫くジッとエリシアの顔を眺めた後、そうですか、と一言呟く。


「では、お食事が冷める前にお部屋にお戻りを」

「え、ええそうね」


 促され、頷きながら後ろを振り返ると顔を真っ赤にしたホーリィとその腕の中でもぞもぞと動いているパティがエリシアを見ていた。出来ているかどうかはわからないが二人に対して出来る限り優しそうに微笑む。


「では、私はもう行きますね」

「えぇえ~~っ! おねぇちゃん、もっとお話! お話しよっ」

「あの、私――っ」


 不満そうに足をブラブラと揺するパティを抱えたまま、ホーリィは真っ赤な顔のままふるふると震える唇をなんとか動かした。必死に言葉を紡ぎだす様子に、エリシアはその場で立ち止まったまま促すように小首を傾げる。


「なに?」

「私っ 変じゃ、ないです、か・・っ?」

「変じゃないですよ」

「・・迷惑じゃ、ない、ですかっ」

「迷惑なんてかけられてませんよ」


 微笑んだまま訥々とつむがれる言葉に答えていると、ホーリィは意を決したように瞳に力を込めてエリシアを見上げた。潤んだような蜂蜜色の瞳がキラキラと輝く。


「じゃああの、――――また、会ってくれません、かっ!?」


 え゛っ・・・!?


 思わず漏れかけた声を何とか呑み込み、エリシアは目の前の少女を見た。妹を胸に抱きこんだまま返事を待つ少女は不安げな心情を必死に飲み込んでエリシアの返事を待っている。

 一生懸命言葉を紡いだ恥ずかしがり屋な少女にここで、いやあ、ちょっと会いたくないなぁ、などと言えるものだろうか。


「・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ええ、また会いましょう」


 数秒の葛藤の末、結局少女の願いを無碍に出来なかったエリシアは若干遠い目をしながら小さくひとつ、頷いた。僕、なんで墓穴掘ってんだろ、と思いながらもパァッと顔を輝かせた少女に対して恨む気にもなれない。


「では」

「はいっ!」

「パティもっ」

「ええ、パティも、ね」


 ぶんぶんと手を振って自己主張するパティにも頷き返して踵を返す。一歩離れたところに立っていたシオナがなにやら意味ありげに見ていたような気もするが、何度見ても今までと変わらない表情なのできっと自分の中の思いがあの無表情の中にそういう影を投影してしまったのだろう。

 促さずとも一歩下がって粛々と付いて歩くシオナを従えてエリシアが歩き去った後には、姉の腕の中でにこにこと機嫌よく笑う妹と真っ赤な顔をして呆けたように立ち尽くす姉が残されていた。



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