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03.エリシア、他の候補者に混ざる



 広間に入ると一番最初に目に入ったのは手前から奥へと伸びる細長い楕円形の大きなテーブルだった。年季を感じさせる深い色味をおびた木目には銀糸の混じった美しい模様を描くレースのテーブルクロスがかけられ、向かって奥の机の端に一脚、そこから左右に5脚ずつ、一定間隔に11脚の椅子が用意されている。

 夕食会の時間までもう少しあったが広間の隅を忙しそうに使用人達が動き回り、すでに来ていた女性達が、規則があるのかところどころ空席にして席についていた。何を基準に選んだのかその女性達の中にどう見てもお子様が紛れ込んでいる所にすっごく突っ込みたい気分に駆られる。本当に何でもありか。あれか、王子が女に興味ないのはロリコンだとでもいいたいのか。

 声には出せないので脳内で思いっきり突っ込みながら恐る恐る席に近づいたエリシアは、それぞれの席の隅に置かれた名前のプレートを見つける。なるほど、すでに席順は決まっているのか。

 傍らで同じくその事に気付いたテヨルテがひらりと手を振って左側に別れた。エリシアも軽く目礼して自分の名前が書かれた席を探す。低いヒールを響かせながら右側に回ってようやく見つけた席は、先ほど出会ったセレネー嬢の隣だった。その場で足を止めると同時にセレネーの視線をビシビシと感じる。


「・・・あら? そこの席、あなたでしたの・・?」


 隣といっても数歩分の距離はあるが、しっかりばっちりセレネーの言葉に込められた拒絶は感じられた。椅子を引くために素早く近寄ってきた王宮侍女が一瞬身をこわばらせ、エリシアの着席を出助けをするとそそくさと去ってゆく。気持ちはわかるなぁ、と生ぬるい視線で見送り、前を向くとまだセレネーはエリシアを睨んでいた。おそらくエリシアをテヨルテと一纏めに自分の敵だと認識したのだろう。

 ・・・・・・顔面をガン見するのは辞めて欲しい。喉仏を隠すふんわりレースや髪型で誤魔化してはいるが、骨格などでバレかねない。

 どうにか矛先をかわそうとエリシアが友好的に微笑んでみても、セレネーの視線から険は消えずますます強くなるばかり。え?やっぱ気持ち悪い??、と焦り気味に逸らした視線に膝元でぎゅうっと手元のドレス生地を掴むセレネーの両手が映る。


「・・・んで、貴方は・・・ですの・・・っ」

「はい?」

「っ!!」


 ぼそりと呟かれた台詞がよく聞き取れず、思わず聞き返したエリシアに、セレネーの碧眼が燃えるように煌いた。エリシアの二つ先の席に視線を移し叩きつけるように吐き捨てる。


「なんで貴方はその席ですの・・・!?」

「えっ!? ええ、、? えっとぉ・・・・・・名前が、書かれて、いました、し・・?」

「そんな事聞いてるんじゃありませんわっ 貴方一体なんなんですの!?」


 意図がわからずしどろもどろに返したエリシアに、さらに苛立ったようにセレネーの語気が鋭くなる。それでなくても緊張感が漂っていた空間にその声は響き、一瞬にして硬直したような静寂をもたらした。ザッ、と部屋中の視線が波のようにセレネーとエリシアの元へと寄せられる。めっちゃ居心地悪い。


「な、なに、とは?」

「どうして貴方、そんなにアルタ様に近い席に座ってますの!? このT=クロスコットよりも前だなんて、一体どこの家の者ですの?! エリシア、なんて名前聞いたことありませんわっ」


 ・・そりゃそうですよ、いないんだから。

 とは言えず、セレネー相手に曖昧な笑みを浮かべた後、その台詞を全部理解してエリシアは愕然とセレネーの視線を辿る。はいぃ?王子に近い??なにそれ!?

 セレネーと同じように視線を動かしてみると、隣の席は未だ空席で同じような繊細な彫りの入った長い背もたれの椅子だったが、その隣、ちょうど楕円の端に当たる場所にある椅子は確かにその他の椅子とは趣が異なっていた。他の椅子より半分は短い背もたれや丸みを帯びた肘掛には所々国の象徴である金色に輝く風信子石(ジルコル)を嵌め込み、腰掛から背もたれにかけて張られた焦げ茶色の革地には綿がふんだんに詰め込まれ、座り心地よさそうだ。ジルコルが使われている時点でわかることは王族が使用するということ。この場においては王子以外の何者でもない。

 隣の席まで数歩分、その隣までさらに数歩程の距離しかない。マジで!?、と引きつりそうになった顔面をどうにか引き締めて、努めて平静を装ってエリシアはセレネーの方へと顔を戻した。なるべく王子の場所から遠ざかるように体の向きもセレネーの方へと向けながら。


「さ、さあ。何故こんなに近い場所に居られるのかわかりませんが、私をココに連れてきたのがカーティス家だという事が関係するのではないでしょうか」

「!! T=カーティス・・っ」

「♪~~」


 小さく息を呑んだ後、きゅっとかみ締めた唇の間から漏らしたセレネーの声に被さる様に短い口笛の音が聞こえた。エリシアがそちらに視線を向けると会話が筒抜けだったのだろう、真向かいに座っていたテヨルテがひらひらと手を振る。何処の家の者なのか知らないが、おおよそお嬢様らしくない立ち振る舞いだ。軽く会釈を返しながら思わず苦笑する。

 おそらくさっきの口笛はカーティス家の家格に対する賞賛だろう。自分にはまったく関係ないことなので誇らしく思うことなどないが、T=カーティスという名にはそれだけ歴史があるのだ。


 セスティア国では、貴族や特殊な家は家名の前にその家格が表示される。A・K・S・T・N・H・M・Y・R・Wの10段階となっていて“T”が冠される家柄はセスティアには6つしか存在しない。建国される当初、初代セスティア王に力を貸したという古い貴族の家柄。

 その後、国の秩序を保つのに尽力した中流貴族たる“N”を冠する家、富で国を栄えさせた等、財貨で名を広めた新興の準貴族級家格の“H”を冠する家などが出てきたが、“T”には到底及ばない。宰相、軍務卿の名門、“S”=バーニア、“S”=ウィンチェットと並ぶほどの家柄だ。敬意を払わない訳がない。

 その“T”の中でも上位とされているのがアーベント家、ユーリッド家とカーティス家だ。つまりこの席順は王子の左側から順に時計回りに家格が下がっているのだろう。一週回って向こう側が低い家格の家だとすると、平等に接する機会を設けようとした??、という所だろうか。だったらもっと机の選択に気を配ればいいだろうに。こんな細長い楕円形だと入り口側の女性は王子から遠くなるだろ、これ。

 呆れたようにテーブルを触るエリシアの隣ではセレネーが難しい顔をして自分の手元に視線を落としていた。


「・・・まさかカーティス家が絡んでいるなんて・・・」


 いやいや、あれほどの名家に声をかけない訳ないだろうに。

 誰にも聞こえないほどの声量でポツリと呟かれただろうセレネーの言葉は、残念ながらエリシアの耳に入っていた。心の中でだけぼそりと返しておく。

 国境近くの辺境の村から突然召しだされ、何がなにやらわからないまま短期間の女装レッスンをさせられて城に放り込まれたエルトだが、さすがに“T”の位がつく6貴族の名前くらいは知っていた。その中でもカーティス家は母親が幼い跡取り坊ちゃんの乳母をしているのだ、カーティス家には自分よりひとつ年上、18歳になる美しい一人娘のミシェル嬢が居るということも勿論知っていた。

 幼い頃から病弱で表の場にはあまり出てこなかった令嬢だが、年をとると共に可憐で聡明な、それはそれは素晴らしい少女になったという。

 カーティス家が胸を張って誇れる一人娘。

 ただ、なんら落ち度のない少女の、その体の弱さが最大のネックだった。家柄は無視できないが、子供が産めなかったら意味がない。

 だが、最初に送り込まれた幾人かの、立ち居振る舞いハナマル評価の深窓の令嬢達では王子の心は動かせなかったということで、それならばもう家柄や多少の()は目を瞑って、色々な女性を集めよう、というところまで話は来たという。

 そこで再びカーティス家に話が舞い戻った。病弱なだけで、それも年とともに健康になってきているらしい。結婚したとしても、すぐに亡くなるのではないか、あるいは出産に耐えられないのではないか、というのは取り越し苦労かもしれない。ならば招かない手はない、と。

 勿論カーティス家は一も二もなく頷いた。自分の家に話がこない事を不快に思っていた分、返事は早かったらしい。

 そんな折、まさかのミシェルの病気である。

 王宮に行くことの出来なくなった娘にカーティス家はおおいに焦った。今までカーティス家に話が来なかった事を愚痴混じりに返事をしておいて、まさかいまさら無理ですとはいえない。これを逃したら二度と話は来ないだろう。

 幸いにして、ミシェル嬢本人を寄こすとは言っていない。遠縁だろうとなんだろうと娘を寄越せばいい。

 だがだからといって年頃の娘を抱えている他所の家の令嬢を紹介するのも嫌だった。何処も今がチャンスと目の色を変えて王子にアプローチをかけるであろう事が簡単に推測できた。

 どうするべきか、と頭を抱えたカーティス家にそこで乳母をしていたエルトの母、カミヤが囁いたのだ。どうせ少し顔を見せて振られるだけでしょう? 何処の家の娘も駄目なら私の息子を使いますか?、と。

 本当になんて事を提案してくれたのだろう。どんだけ焦っていたのか、その囁きにカーティス家が乗ってしまったのだ。おかげでエルトはいらぬとばっちりを喰ってしまった。

 カーティス家の名前を出した瞬間からチラチラと感じ始めた使用人達からの視線にエリシアは周囲に気取られないよう薄く溜息を吐き出す。その視線の意味するものはよくわかった。

 はいはい、期待裏切ってすみません、美少女と噂のミシェル嬢じゃないんですよ・・・

 退屈と鬱屈を吐き出すその行為はバレないようにしたつもりだが、テヨルテにはわかったのか、テーブル越しに対面している彼女はにやにやと笑っている。

 そんな彼女の左側に座る8,9歳くらいの愛らしい女児は完全に座っていることに飽きたのだろう、忙しなく手足を動かしているようでそこだけレースがパタパタと盛り上がり、その隣の席に座る面立ちの良く似た15,6歳くらいの少女に小声で注意を受けていた。


「あらあら、退屈しちゃったの? ま、しょうがないわよね、いい加減早く始めて欲しいし」


 食事前に埃が舞いそうな行為だがテヨルテは特に気にしてないようで、楽しそうに笑みを浮かべながら女の子の方を向いて机に片肘を突いた。直後、大きな音を立ててテヨルテの右側に居た少女が勢いよく立ち上がる。


「殿下に対して無礼な口をっ この食事会は殿下のご好意で行われているというのに!」


 凛、とした声がその場に響く。テヨルテの方に向き直りながら意見したのは17,8歳くらいの、これまた見事な美少女だった。ランプの明かりを受けて背中までストレートに伸ばされた白金の髪はきらきらと煌き、強い光を宿す薄水色の瞳はその意思の強さを表している。淡い薔薇色の唇も、鮮やかなスカイブルーのマーメードドレスの襟首から覗く首筋や鎖骨も綺麗なラインを描いていた。

 それまで黙って瞑目していた少女の突然の行動に頬杖を解いたテヨルテは少女の方を向いてきょとんとしたように瞬き、次いでニッと口の端に笑みを浮かべる。


「無礼なのは王子のほうでしょ。もう時間過ぎてるのに一向に来ないんだもの。男はレディを待たせるものじゃないわ」

「な・・・っ!!」

「とにかく座りなさい、シャンティ・ブルジット嬢。王子が来たらどうする気?」


 飄々と言ってのけたテヨルテに反駁しようと口を開けた少女は、再度重ねられたテヨルテの言葉に圧されるように再び椅子に座り込んだ。慌てて使用人が駆け寄ろうとするがそれを手で制し、さっさと自分で椅子を引いて座り込む。

 それを見届けたテヨルテは上体を起こして胸の前で両腕を組んだ。


「私はね、別に王子そのものの批判をしているのではなくってよ。ただ私自身、王子とどうこうなりたいだなんてこれっぽっちも思ってないからこの時間が苦痛なの。まったく、私に白羽の矢を立てないで欲しかったわ。

 そりゃ、相手が私を好きでいてくれてるんなら満更でもない話だけど、女に興味ないって相手に割いてる時間がもったいないわ。こんなの時間の無駄じゃない。」


 テヨルテの声はシャンティと呼ばれた少女どころか部屋中に聞こえるほど声高か響いた。おそらくわざと言っているのだろう。エリシアにはその気持ちがめちゃくちゃわかる。大声で叫んで拒否して帰りたい。


「別に生涯独身だなんて宣言した訳でなし、何処の女だろうと周りが決めることじゃないし。メニュー並べてこれから選んでくれって言われた王子も可哀そうよねぇ」


 まさか女性が言うとは思わなかったが、その通り!!!!と大喝采をあげたい。しかし不用意に目立つわけにはいかないので控えめにひとつ頷くだけで済ませておく。目敏くテヨルテには気付かれたようだが、他の人々はテヨルテに集中していた事もあって気付いてないだろう。

 とりあえず言いたいことを言ってすっきりしたのか、満足げな顔でテヨルテが口を閉じるとその場には沈黙が落ちた。セレネーが叫んだ時よりも空気が停滞してるような気がする。まあそれもそのはず、まさか候補者にこんな言葉を吐かれるとは誰も予想していなかっただろう。

 皆が凍りついた部屋の中、その場で動いているのは椅子の上でゆらゆらと体を揺らしている女児くらいだった。


さて、次の話を書くか、というところで不意打ちに魔女の一撃を喰らってしまった・・・


まさかリアルでコルセットをつけるハメになるとは・・・

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