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02.エリシア、女の怖さを垣間見る



「今日の夕食は、『竜の間』と呼ばれる広間に用意するそうです。とりあえず今日集った10人のお相手候補の方々との顔合わせの場として提供するだけで、普段は前もって料理長に言付けておけば自分の部屋など好きな場所で食事を召し上がれるようになっているそうです。なお、今日の夕食会には王子も顔を覗かせる、との事です」

「ええぇ? 今までは一人ずつの登城だったから良かったものの、今回試験的にタイプ違いの娘達集めておいて、それを一箇所にぶち込むって・・・そんなに女の修羅場がみたいのかな、お偉いさんは・・・」


 少し前に部屋を出て、それとなく周りに話を聞いてきたマリーネは開口一番にエルトにそう報告した。聞いたほうはこれからの事を考えたのか、すでに疲れにじませた表情でガクリと項垂れる。

 うら若き女性達と、

 王子を交えて、

 女装姿で、

 夕食会。

 いやだ、嫌過ぎる。


「はいはい、エリシア様? いつまでも嫌がってる場合じゃないですよ? そろそろ着替えないと夕食会には間に合いません。念の上に念を入れないと、王子のいる席でバレたらしゃれになりませんよ?」


 どうせ部屋の中だから、とカーテンだのなんだの物を動かして配置を変えるためドレスを脱いで七分丈のズボン、袖なしの黒の短衣姿になっていたエルトを急かすように、マリーネは座っていたソファからぐいぐいと右手を引っ張って促した。不承不承立ち上がったエルトの腰に、コルセットを手早く巻きつける。脇を締める紐をぐいぐい引っ張って幅を縮めた後、意を決して右足の靴を脱ぐ。


「失礼!」


 端的に謝罪した後、ダンッと左足で床を踏みしめ、足首丈のスカートが捲れるのも構わず右足をエルトの尾てい骨辺りに押し当てた。両手に紐を握り、足に力を込めて思いっきり引く。


「いだだだだだだだ・・・っっっ!!!」

「すみません、我慢してください! この位しないときつく結べないんですっ」


 不安定な状態でふらつかないように足に力を込めながら、内臓が圧迫される痛みにエルトの口から耐え切れず悲鳴が零れ落ちた。マリーネの方は、謝罪しながらも手の力を緩めることなく、容赦なくウエストを絞り込んでゆく。

 マリーネが息を切らしながらも幾つかある紐を結び終えた時には、エルトはもう息も絶え絶えに近くにあった椅子の背に縋り付いていた。


「・・・・・・死ぬ・・・内臓が、死ぬ・・・・・・。・・・なんにも入ってないのに、中にあるものが口から零れそう・・・」

「我慢、して、ください。まだまだ、これからの作業が残ってますよ」


 息を整えながら衣装棚からドレスと化粧道具を持ち出してきたマリーネに、もう何も言う気力もなくなり、エルトはただ黙って渡されたドレスに袖を通した。








 約二時間近く格闘したおかげか、エルト、いや、エリシアはどうにかこうにか外に出られるだけの格好がついた。といってもエリシア自身は自分の女装姿をまったく信用していない。ただマリーネが言った、まあこれでいいでしょう、という言葉を信じるしかない。

 『竜の間』に向かうため、後ろにマリーネを従えて優雅に見えるようにゆっくりと歩くエリシアにちらちらとすれ違う人の視線が向かう。頼むからこっちを向かないでくれ、と内心嘆きながらも教えられた通りたまにニッコリと愛想を振りまいた。そのたびに己の内部を吹き荒れるなんともいえない気分に、とりあえず脳内で義父を八つ当たり気味に殴っておく。

 この城の使用人は、男女共に茶色を基準とした服を着ていた。まだノリが取れきってないような真新しい服を着ている女性もちらほらといるのはきっと、この城にやってきた女性達に対応するための新しい使用人なんだろう。

 前から居るらしい服が馴染んだ使用人達は不躾に見たりせず、チラッと見てはそっと視線をはずすが、とにかくエリシアを見る目ははっきりと、アレ、今度来た人の一人でしょ?、と告げていた。

 あ、なんか、ただでさえ痛い胃が、ギュウッと絞られるように痛んできた。

 エリシアは、精神安定、精神安定、と音に出さないように口の中で呟きながら脳内で義父の大事にしていたエロ本コレクションを薪にくべてみた。少しスッとしたので無事帰れたら実践することにする。

 部屋を出る前にマリーネに教えられていた通り廊下を進んでいくと、ちょうど進んでいた廊下の突き当たりに大きな扉が見えてきた。廊下はそこで左右に別れていたが、その扉には金や銀で流麗なドラゴンの装飾がなされていたので、ここが『竜の間』で間違いないだろう。

 その扉の前に左右にわかれて立っていた二人の騎士がエリシア達を視線で捕らえる。しかしその視線はすぐさま廊下の左右に移された。


「?」


 嫌な予感がしながらも扉まで残り数メートルを詰めたエリシアの視界に、左右の廊下からこれまた扉に近づいてくる女性達が飛び込んできた。いきなりの邂逅にエリシアの表情が笑顔のまま固まる。


「あら? こんばんは」

「こんばんは。はじめまして」


 エリシアから見て左の廊下から歩いてきた女性がエリシアに気付いて片眉を上げた。つられてエリシアが挨拶を返すとゆるりと赤い唇が弧を描いて、途端に笑みが艶やかになる。


「今日はいい夜になりそうね。王子様のために美女が集まっているのだから」

「本当に。私なんか、混ざるのもおこがましくって帰ってしまいたいです」


 思わず漏れた本心からの言葉が面白かったのか女性は、ふふふ、と楽しそうに笑った。


「ふふ、テヨルテよ」

「エリシアと申します」


 自分の胸に手を当てるように自己紹介したテヨルテは、女性にしてはかなり背が高かった。エリシアも女にしてはちょっと高いだろう、という身長だったが、テヨルテはそのエリシアよりも頭半分飛びぬけている。二十歳は過ぎているだろう、背が高いのにそれでいて肉付きがいいわけでもないので、スレンダーというよりはマッチ棒のようだった。長い黒髪は右肩で細かく編まれ、肩を出すタイプのワインレッドのドレスに映えていた。かなりきつめの赤茶色の瞳も、和やかに笑っていればひとつの愛嬌となっている。


「ちょっと、邪魔ですわよ?」


 瞬間、右側から滑り込んできた言葉にテヨルテとエリシアは二人して視線を声の主に流した。そこに立っていた少女は17,8歳位だろうか、これぞ、というような見事な金髪と美しい青い瞳をしたまがうことなき美少女だった。身に纏った薄いピンクのドレスは胸元が大胆に開いているデザインで、豪奢なネックレスの下から胸の谷間があざといほどしっかりと見えていた。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ体をよく見えるようにあつらえたようなドレスだ。

 後ろに王宮侍女達を5人程従えてお嬢様の風格バッチリ、瞳に苛立ちをはっきり込めてエリシア達を睨みつけていた。

 その視線を受けたテヨルテが肩をすくめるように苦笑する。


「おや、これは。クロスコット家のセレネー嬢。申し訳ない、邪魔をしたかな?」

「ふんっ 何処の誰だか知らないけど、貴方達にかかわってる暇はないの。さっさとそこを退いて。譲りなさい」


 ぎゅっと形のよい桜色の唇を結んだセレネーに、テヨルテは今度ははっきりと笑みを浮かべた。エリシアに手の合図で少し下がるように指示しながら自らも扉から少し離れ、道を譲る。その様子に当然だという顔をして扉の前に立ったセレネーに意味ありげな視線を向けた。


「ああ、私は少し気が利かなかったようだ。急ぐのも当然。貴方は家のことで精一杯でしょうから」

「・・・・・・なんですって・・・?」


 どこか揶揄するようなからかいを含んだ声音にピクリとセレネーの眉が動く。燃え立つような怒りがその身から立ち上り、ギッ、と怒りを込めた視線でテヨルテを射った後、そのままの動かして扉の前を守る騎士達に向けた。


「早く開けなさい!」


 言われて慌てて扉を開ける騎士達に、あ~あ、とエリシアは顔に出さずに同情した。自分と同じでどうすればいいかわからず、状況に置いてけぼりを食らって女達の会話を呆然と聞いていたのだろう。とんだとばっちりを受けて可哀想に。――――そして、女って怖い。


「何処の誰だか知らないけれど、貴方には言っておくわ。我がクロスコット家は大丈夫よっ」


 燃えるような瞳でテヨルテを振りかえったセレネーは毅然とした態度で扉を潜り、エリシアの耳にかみ締めるように呟かれた小さな小さな声がだけが残された。


 ・・・・・・・・・私が、潰させないわ・・・・・・・・っ!


 思わぬ呟きに思わずセレネーの背中を見送ったエリシアの隣で、テヨルテがどこか気まずそうに苦笑いを浮かべる。セレネーの後を追って広間に入りながら続いてきた入ったエリシアに気まずそうに唇を尖らせた。


「・・・少し苛めすぎてしまったかな? 悪いことをした・・・」


 かける言葉が見つからず、というより一体なんの話をしていたのかさっぱりわからずに曖昧に笑ったエリシアの後ろで、広間の入り口までついてきていたマリーネがピタリと立ち止まった。


「ではエリシア様。私はここで」

「あ、ああ、ありがとうマリーネ」


 そういえば使用人は給仕以外入ってこれないだろうという事を、この瞬間まで忘れていた。慌てて言ったエリシアの返事に一度頭を下げ、マリーネはそこから下がった。同時に広間の扉が閉じられる。

 ここからは一人でやるしかない。


「楽しい晩餐会にしようじゃないか」

「え、ええ。そうですね」


 一歩前を歩いていたテヨルテがウインクと共に囁いてきた言葉にどうにかこうにか平常顔で答えてみせながら、これから始まる夕餉のひとときに対してエリシアの胃はさっそく物理が原因ではない痛みを訴えてきていた。



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