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15.エリシア、自分の噂にヘコむ


「・・・・・・・・・素知らぬフリしてもう一発喰らわせとけばよかった・・・」


 妙に腹が立つニヤニヤ顔の男を残して部屋に戻ったエリシアは一気に疲れを感じてソファに倒れこんだ。思わず漏れた言葉は願望だ。膝蹴りと同時に拳を打ち下ろすか回し蹴りでもコンボってればもう少し気分がスッとしたかもしれない。

 もやもやしたままその場で寝返りをうとうとして握り締めた紙片の存在を思い出し、次いで埃がついたかもしれないドレスにさらにシワまで出来るかもしれないと思い当たって即座に飛び起きる。素早くドレスの乱れを直してほっと一息ついた―――――自分にヘコみそうになった。僕は女子か!

 ・・・・・・いや、いま僕は女なんだし、このドレスも高価な物だからしょうがない、となんとか自分を納得させながら手の中の物に視線を落とす。もうどうやって話題を切り出せばいいのかわからないほど原型からは程遠く、ぐちゃぐちゃに丸まった紙片の内容をとりあえず確認してみると、シワが大量に刻まれた紙はほぼ真ん中辺りで真っ二つになっていた。



 ――――― た。私に任せてください ―――――



「・・・・・・また微妙なとこだけ残ったな・・・」


 さりげなく今拾っただのと言い訳できるような有様ではない。かといって朝御飯の時、落としたよね? 落ちてたの拾っといたよ、みたいな事も言えない。そんな言い訳してみろ、落としてから拾うまでの間に何があったんだ。この状況だと僕が悪意を持って紙片を破損したとしか思えない。


「~~~~~っもういいや、知らんっ 僕は何も見てないっ」


 手の中の紙を遠くに放り投げたい気分で握りつぶした。無かった事にしよう。

 別に今ルチルに表だって何か不義を働かれている訳でもないのだし、証言者はシオナだけだ。ルチル、マリーネとシオナだと、シオナの方が理解できない。

 何よりも、今、誰が何をしているとか何を考えてるとかどうでもいい。

 今僕が一番に気に欠けるべき事柄はただひとつ! この女装を貫いて、なんとかこの王宮から帰ることだ。それ以外のことにかまけている余裕はない。

 混乱しそうになった自分の立場を再確認し、うむ、とひとつ頷いた後、エリシアは紙片をもう一度ズボンのポケットに突っ込んだ。

 自分の物ではないのでこの場で細切れにするのも気が引けるし、下手にそこら辺に捨てるのもちょっとどうかと思う。どうせなら全部食べられた方がいっそよかったのかもしれない。もう用がなくなっていそうな帰りに家に帰る道すがら、どこかで捨てよう。


「エリシア様、ただいま戻りました」


 豪快にめくりあげたスカートの裾を再び直している最中に丁度ノックの音がして、次いでマリーネの声が続いた。自分の格好の何処にも落ち度がないかを確認してから部屋に入るように促すと、凄く微妙な表情を浮かべて扉を開けたマリーネが、ソファに腰掛けるエリシアを眺めてさらに眉を顰める。


 え? 何か変なところある??


 自分では気付かなかったが何処かおかしいのだろうか、ともう一度自分を見下ろすエリシアに、音が立たないようにそっと扉を閉めたマリーネが綺麗な顔を困惑に染めて歩み寄る。


「・・・・・・・・・あの、エリシア様・・・」


 エリシアの真正面までやってきて暫く逡巡した後、意を決したように口を開いたマリーネの声が躊躇いがちに揺れる。いつもきびきび働く姿しか知らないエリシアは珍しい態度に小首を傾げながらオレンジ色の瞳を見返すと、何故かソッと逸らされた。


「え? なに?」

「・・・・・・あの、・・・エリシア様、朝方、仲良くなった人がいないか、聞いてきました、よね?」

「あ、ああうん。え? やっぱりいるの?」


 いつものマリーネらしくなく、躊躇い躊躇い零される言葉に思わずエリシアの顔に笑みが浮かぶ。

 今朝は気まずくて思わず否定してしまったが、やっぱり報告しておいた方がいいと思ったのか。誰か好きな人でもいるのだろう。可愛いものだ。

 こっちはそんなものまったく気にしない。というか、むしろ疑問がなくなり、胸のつっかえが取れたような気分だ。


「あ、別に相手誰?とか余計な詮索しないから、全然遠慮なく会ってきなよ」

「あ、違うんですっ そうではなく、その、・・・・・・そ、そういう事をエリシア様が言い出したのは、エリシア様がそうだから、なのでしょうか・・・?」


 ん?


 思わぬ方向へとずれた会話にエリシアの顔から笑顔が消える。

 笑顔が消えたのが不安を煽ったのか、あ、その、駄目だという訳ではなく、あ、いえ、本来全然駄目なんですけど、となにやららしくなく妙に焦って弁明しているマリーネに、嫌な予感がびんびんしてきた。

 なんだコレ、これ以上聞かないほうがいい気がしてきた。


「あ、の・・・? マリーネ? 一体――」

「お見合いって結局見せかけだけだから好きな人がいてもいいんですっ でも、廊下で抱き合うのは駄目だと思いますっっ」


 何を?と言いかけたエリシアの言葉を遮って放たれたマリーネの言葉がアッパーのようにエリシアの意識をぶん殴った。本来なら絶対にしないであろう、主人の言葉を遮って言い放った言葉だ、相当テンパっていたのだろう。

 しかし、普段が真面目であるだけにその威力が半端ない。面白半分にからかっているのではないとわかるので、ますます意味がわからない。

 好きな人って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、まさかな・・・・・・・。


「ま、マリーネ・・・? 一体なにを・・・・?」


 引きつりそうになる喉を震わせながらエリシアがなんとか言葉を搾り出すと、マリーネはようやく砂色の瞳と視線を合わせた。真摯な光が浮かぶオレンジ色の瞳が、何というかさらに嫌な予感を助長させる。


「人間ですから好きになるなとは言いません。けれど人目も憚らず庭や廊下で逢瀬を重ね、抱き合った挙句、その場で行為に発展しかかるのは、幾らなんでも許容できません。あくまでアルタ様のお見合い相手として登城してきたのです。もう少し周りの目を―――――」



「待て待て待ってっ!! 何の話っ!?!?!」



 戦々恐々と眺めていた可憐な唇から紡がれた言葉は妙に生々しく、胸を抉るような破壊力があった。

 非難するような、諭すような、宥めるような何処か穏やかな声に思わず叫んだエリシアに、マリーネの瞳が若干非難の色を織り交ぜた。


「シッ 声が大きいです」

「あ、ゴメン・・・・・・・・・・・・・、いや、そうじゃなくってっっっ」



 思わず出した大声を即座に咎められ、咄嗟に謝った後、エリシアは大きく頭を振る。ココは流されていい場面ではない。まったくもって聞きたくないけれど、か、確認はしなければ。


「・・あーー、マリーネ? 僕ちょっと話題についていけてないかもしれないんだけど・・・何の事を問題にしているのかな?」

「エリシア様の恋人の事です」

「・・・だよネーっっっ」


 嫌な予感してたんだーー。


 心の中で呟きながらとりあえず背後を確認。立ち上がって窓を閉じて鍵をかけ、カーテンを閉じる。扉がしっかりと閉まっている事もちゃんと確認した。

 一呼吸。




「―――――いねーよンなもん誰だよソレっっ!!!!」




 心の底から叫んだ。口調を取り繕う暇もない。


 あれか? さっき言ってたアレ!? あの男っ?! あの二刀流の神経逆撫でヤロウ?!?!


 ギリギリと歯を噛み締めながら目元を覆って天井を見上げると、マリーネが動いたのか、密閉された室内にふわりと風が起こった。

 小首を傾げ、スカートを揺らしながら周りを確認して、マリーネは未だに張り付いた困惑顔で嘆く主を見上げる。


「でも、噂になってますよ。人気のない森の中で逢引していた。廊下の隅で抱き合ってスカートに手を突っ込んでいちゃいちゃしていた、など他にも色々と、その、憚られるような内容が・・・」

「スカー・・・っ!!? 目撃者!? 誰が居たんだあの場所に?! まったく気配を感じなかったけど??!!」

「え?? ではやはり」


 何処か納得したような深みを増した声に、エリシアは腕を解いて顔を元に戻した。視界に映った慈悲溢れるマリーネの顔がダメ押しのように心を殴りつける。

 なんだコレ、泣きたい――――!!!


「違うよ!? 違うからねっ!!! まあ確かに、ちょっと元になった部分に心当たりがあるような気がするけど、99パーセント捏造だよっ」

「1パーセントは恋人ですか?」

「スカートだよっ!! なんでそこチョイスするの!? 僕の性別知ってるでしょっ!」

「貴族の中では間々あることですし、別に恥じる事ではありませんよ」


 相変わらず暖かい笑顔のマリーネに、エリシアは一旦口を閉じて頭を抱えた。力なくソファに座って三呼吸。ようやく息を整えてマリーネを見上げる。


「恥じてるんじゃないよ? そもそもそんな性癖まったく無いからねっ マリーネは僕の味方なんだよね? だったら噂を鵜呑みにしないで欲しいんだけどっ!」


 駄目だ呼吸が乱れた。

 エリシアは再び頭を抱えそうになってグッとその衝動を堪えた。いまだ混乱している部分と妙に冷静な部分があって、どんな顔をすればいいのかわからない。

 なんだコレ、泣きたい。

 口を噤んだエリシアの歪みかけた顔を見たのか、マリーネが両手を振りながら、あ、でも、と明るい声をあげた。


「勿論噂は否定しておきました。憶測でその様な事をおっしゃるなんて随分暇なんですね。主を馬鹿にするのならばそれ相応の覚悟がおありなのですよね。と。

 それまで活き活きと話していた使用人達は慌てて逃げていきましたよ。何処まで広がっているのか知りませんが、あんな噂、王城の人達の耳に入ったら大変ですからね」

「確かにそうだねっ 根も葉も無い噂だからね! 本気にされたら困るよっ!」


 ソコのところは優秀らしい。周りの人と仲良くなって情報を拾い、不味い情報なら火消しもおこなう。

 きっちりと仕事はしてくれているらしいマリーネに、じゃあ何で、とますます情けない気持ちが募った。


「大体なんでマリーネはそんなものを少しでも信じたの?」

「あまり女性に興味がないようでしたので。そう(・・)なのかな、と」

「何言ってんの!? そんながっついてないだけだってっ! ――っていうか、この状況下でなお女女言ってたら大惨事を引き起こすだろっ!」

「まあそうですけど。別に私に手を出す分には構いませんよ。それだけカーティス家は無茶な事をお願いしているのですし――――私は、そのくらい覚悟しています」


 不意に表情を引き締め、真顔になったマリーネはどこか暗い色を瞳に灯しながらゆっくりとエリシアに顔を近づけた。突然の事にマリーネを見上げたまま硬直したエリシアの眼前で綺麗な顔を少しだけ哀しそうに歪める。


「・・・私には、そんな興味、持てませんか?」


 囁くように落とされた言葉がエリシアの中にゆっくりと浸透してからハッと我に返った。今ヤ バ か っ たっ!

 これはまずい。この状況下でこの状況はだめだ。躊躇いがちに間近にいる美少女の肩をそっと両手で掴んでゆっくりと引き離すと真剣な光を浮かべたオレンジ色の瞳に砂色の瞳を合わせた。


「どうしたの? マリーネ。僕相手にそんな覚悟しなくていいからさ。自分を大事にしなよ。マリーネならすぐいい相手が見つかって、こんな事後悔するようになっちゃうよ?」

「私は魅力的ではありませんか?」

「何いってんの。とっても魅力的だよっ! だから余計こんな事しちゃ駄目だよ」


 エリシアと同じ年くらいの少女相手に妹に言い聞かせるように噛み含めてゆっくりと言葉を紡ぐと、マリーネの顔から緊張が抜け落ち、見たことも無いほどふんわりとした優しい笑みが浮かぶ。


「そうですか。ならいいです。あ、お茶、入れますね」

「あ、ああうん、お願い」


 またいつものように姿勢を正し、くるりと踵を返したマリーネにどこか釈然としないものを感じながらエリシアはその背を眺めた。手馴れた手つきで茶器を操っていくモノクロのお仕着せに包まれた体は背筋もすっと伸び、後姿だけでも美人だろうなぁ、と思わせる何かを持っている。

 そんな彼女を眺めながら、エリシアは胸に込み上げる憂鬱に深い溜息を吐き出した。


 ・・・・・・僕、マリーネに“ホモ”って思われてたのか・・・・・・・・・・・・・―――――泣きたい・・・。


「・・・・・・私が告白したら、相手の人は答えてくれると思いますか?」

「え?」


 沈んでいた気分の中、唐突に話しかけられ、エリシアはいつの間にか伏せがちにしていた瞼を思いっきり引き上げた。お湯を注いで計りをセットし、茶葉が開くのを待っていたマリーネが茶器から視線を外してエリシアと視線を合わせる。オレンジ色の瞳にはやはり真剣な光が浮いていた。


「マリーネ、やっぱり好きな人がいるの?」

「いえ、そういうわけでもないんですけど、出来た時の話です」

「そうだなぁ、大抵の人は二つ返事で了承するんじゃないかな? 美人だし、しっかりしてるし」

「そうですか」


 マリーネを見ながら持ち上げるようにニッコリ笑ったエリシアに、マリーネもほんのりと笑顔を返しながらチラリと砂時計に視線を流す。ティーカップを暖める為のお湯を捨てながら瞼を伏せた。


「―――よかった」


 とてもよかったと思っているとは思えないほど暗い光を灯したオレンジ色の瞳で、それでもなお満足そうに浮かべられたマリーネの笑みは、背を向けられていたエリシアの目には触れなかった。

 結局はそう、目標に近づく為には色仕掛けが一番簡単なのだろう。どんな事でもする覚悟は持っていたし、今また再確認した。

 大丈夫。自分はやれる。ティーカップに抽出したお茶を注ぎながらマリーネは知らず小さく頷いた。

 やれないはずはない。その為に、この王宮に入る為に、わざわざカーティス家がエリシアに付けた本物の侍女と成り代わったのだから。


 ―――自分は今、マリーネなのだ。


 今の立ち位置を再確認して、マリーネは知らず強張っていた肩の力を抜いた。エリシアに、気付かれる訳にはいかない。


「・・・あの、ところでエリシア様? 本当の1パーセントがスカートというのはどういう意味ですか?」


 穏やかな笑みを浮かべ、お茶を入れ終わったティーカップを受け皿と共にお盆に載せながら振り返ったマリーネの不意打ちにエリシアの顔が一気に引きつった。その話題は出来ればスルーして欲しかったところだ。


「えっと・・・その。別によくない? その話は」

「よくないです。私はサポートする為にいるんですよ? 何があったのか報告してもらえないと、フォローのしようもありません」


 ソファのサイドテーブルにティーカップを置いてお盆を抱え込んだマリーネにもっともな事を言われ、さすがにそれ以上頑固に言い張る事も出来ず、エリシアは嫌々口を開いた。


「・・・・・・鼠が、スカートの中に入ったからちょっと取ってもらっただけで、別にやましい事は何一つ・・・」

「え? 本当に手を突っ込まれたんですか? それって大丈夫だったんですか?」

「ああ、うん。別にパニエを触ったくらいだから」


 何を心配しているのかすぐにわかって即座に否定すると、なんともいえない表情を浮かべたマリーネがしばしエリシアを見下ろした後、そっと視線を外す。


「・・・相手はエリシア様の性別を知ってるということもないんですよね? ほら、付き合う――」

「無いからね!?? なんでそんなに僕をホモにしたいの!?」

「いえ、だってこの王都に鼠だなんて・・・教科書くらいでしか見たことありませんよ?」

「別に苦しい言い訳じゃないんだってばっ この王宮に飼ってる人がいるのっ!」

「そうなんですか?」

「そうだよ! 他にも見た人いるからっ 嘘じゃないから!」


 力一杯否定すると、マリーネは納得したのかどうか、とにかくひとつ頷いて、まあ事情はわかりました、と呟いた。それでもその瞳にどこか疑心が浮かんでいるような気がしてエリシアの胃がキリキリ痛む。

 そもそも、最初にノスリとデキてるとか、あんな噂が流れたのが悪いのだろう。もう自分が噂でどういう人物設定になっているのか知りたくもない。


 っくっそおおっ あの男っ! 手元が狂ったフリでも何でもして絶対一発ぶち込んでやるっ!!


 大体の元凶である男の腹の立つ顔を思い浮かべながら、いつか絶対あの顔に何か技を叩き込んでやろうとエリシアは怒りに燃える心のままに誓った。











「あ~~疲れたっ」


 手に持っていたペンを投げ出し、毎日書類続きで腱鞘炎になりそうな右手を振りながらアルタは珍しく執務室を訪れていた王宮女官統括者に視線を投げた。

 特徴的な灰色の髪と淡い茶色の瞳。年をとってもなおまだ美しさを残す彼女はアルタが産まれた時からの付き合いだ。乳兄弟とともにその乳を分けてもらい、今までずっと世話を焼いてもらってきた、アルタの乳母。今王宮にいる友を除けば今いる王宮の女性の中で唯一アルタが心を許している女性。

 ダリア・S=ウィンチェット。

 アルタは彼女に対して一切の隠し事など存在しないのに、ダリアはアルタに対してけっして言わない事がある。

 いや、アルタだけではない。おそらく息子にも、旦那にも、誰にも言わない事だ。


「ねえダリア。忙しい中ここに来てもらった理由、ダリアならわかるだろ?」


 ダリアの前に出ると多少甘えた口調になるのを自覚してアルタは少々苦笑を浮かべながら目の前の女性の顔を伺った。何の事かわかっていないとは思わない。彼女は頭のいい女性だ。

 同時に、決して口を割らないだろう、という事もわかっていた。それは仕方のない事だ。わかっている。わかってはいるが―――


「エリシア嬢の事だよ。ダリアだって思ったんだろ? アレ、君の親族?」


 直球で投げかけてみてもダリアはアルタを見返すだけで一言も出さなかった。正しい、ヴァーチナムの反応だ。

 だがそこで黙られると話が進まない。嘆息してアルタは立ち上がり、ダリアと真っ向から向き直った。


「別にヴァーチナム家の事について知りたいんじゃないんだ。ただ、彼女の出自が気になるだけなんだよ。君も知ってるだろ? 今、こんな状況だ。守るにしろ、そこのところはっきりとさせときたいんだ」


 今ではもう追い越してしまった視線を合わせるように少し屈むと、何の感情も浮かばぬダリアの瞳とぶつかる。どれだけ懇願しようが、脅そうが、きっとこの瞳は変わらぬに違いない。

 それでもアルタは一応の確認を取った。


「ダリア。どうしても駄目? 身内にいるかもしれないかそうでないか、くらいでもいいんだけど」


 しつこく食い下がるアルタに、ようやくダリアの瞳が動く。呆れを乗せた淡い茶色の瞳は王子の行いを嗜めるように細められた。


「別に、あの娘が誰の子供であろうと、他の娘達と変わらず守ればいいのではありませんか」

「それは・・・そうかもしれないが、いやしかし、ヴァーチナムかどうかは重要だろ?」

「そうであるかどうかなど、あまり意味はありません。外に出れば私達は徒人です。この身に流れる血はあまり重要なものではありません」


 そこまで言ってダリアは口を閉じた。赤ん坊の時から面倒を見ていたせいで少々口が過ぎてしまったようだ。ここまで話すつもりはなかった。

 そう、事実ヴァーチナムは王族でなくともいいのだ。その本来の使命はオルトワートの世話でさえない。過去の願いと未来の希望。適性がなければ夢を追う事さえ出来ない。

 目の前に輝く銀髪の向こうに懐かしい灰色の髪を重ねながら伏せた瞼の裏で、ダリアは一人家を飛び出した妹を思い出した。



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