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アルタ、お見合いについて頭を抱える

今回はその他視点です。



「ああクソっ やってもやっても終わらねー」


 眼前に積まれた書類の束に口悪くぶちぶちと文句を言いながらもアルタ・L・A=セスティアはペンを持つ右手をせっせと動かしていた。

 豪奢な家具に囲まれた広い執務室にはアルタの他はお気に入りの使用人しかいないため口調を嗜める言葉は出てこない。ここにクワルツが居ようものなら即効説教をかまされただろうが、アルタ自身はこれでもちゃんと場所と立場を弁えているのだから気が緩んでいるときくらいは好きにさせて欲しいものだ。


「口うるさいんだよ、クワルツのヤツ。ああだこうだといちいち口を出してきやがって・・・」


 不機嫌そうな主の愚痴にその傍で書類の整理をしていた使用人は薄水色の瞳を呆れたように細めたが、何も言わず小さく肩を竦めて机の脇にまとめて避けた処理済の書類の束を手にとり、持っていた書類を追加する。ムッと眉を顰めたアルタを気にせず、さっさと取った書類を応接机の上に置いていた鞄の中へと詰め込んだ。

 さらにその場でゴソゴソとそこを漁る姿にさらにアルタの眉がぐっと寄る。


「まだあるのか? ヴァルド」

「毎日同じ事聞きますね。ありますよ」


 呆れを押さえつけたような声音で答えたのは13.4歳くらいの少年だった。冷めた薄水色の瞳に同じ色の髪。幼い顔立ち同様幼さを残す小振りな手足を包むのは体型にあつらえてぴったりとした士官服だが、その服の何処にも部署を表す四色の色は入っておらず、代わりに長衣の左右に一本ずつ灰色の線が刻まれている。

 王子がわざわざ自分の雑用をさせるために連れてきた人間だったために未だに部署が決まっていないのだ。

 いつも突拍子もなく勝手に物事を進めていく王子だが、その中でも上位に入る我侭にクワルツが頭を抱えてからまだ二年と経っていない。それでも王子の傍で卒なく仕事をこなすヴァルドにはもうすでに長年仕えている者の年季のようなものまで滲み出ていた。


「今の倍で仕事をこなせばその分早く終わりますよ」

「そんなん出来るくらいならとっくにこの机とおさらばしてるわ。っていうかお前、俺に対する敬いの態度は何処なんだ」

「感謝はしてますけどね、しょっちゅうサボる姿を見ていて敬う精神が出てくるわけないでしょう」

「国の為に仕事してるだろうが、ちゃんと。ただちょっと興味ない行事をすっぽかしてるだけだ」

「貴方の為のお見合いを興味ない行事で終わらせられたらクワルツ宰相が大泣きしますよ」


 この集団お見合いの前に設けられた一対一のお見合いの結果にクワルツが頭を痛そうに押さえていたのをヴァルドは知っている。多分王子も見ていただろうがそんな事は日常茶飯事なのかまったく気にしていなかった。


「俺に不細工と言われて泣くような繊細な女は趣味じゃないんだよな」

「見合いに来たのに待たされて、やっと顔を合わせた瞬間に王子に面と向かってブスと言われたら大抵の女は泣きますよ。自分の美女顔を理解してないんですか」

「知ってるよ。俺、母さん似だから美人だろ? まったくもって必要ない容姿だがな。知ってて言ってるんだよ」

「今最低な事言ってますよ、わかってます?」

「ハッ 俺は自分を見慣れているからな、別に美醜はこだわらん。図太くて馬鹿じゃない女がいい」


 あんまりな王子の言い草に嗜めるように薄水色の瞳を眇めたヴァルドに対して、アルタは特に自慢するでもなく面倒くさそうに吐き捨てた。

 相手がヴァルドだからか、アルタの口は軽い。クワルツが聞いたら、そういう情報は私に言ってくださいよ!、と喚きそうなものだが、聞いたヴァルドも自分の口からクワルツにそういう情報を流そうとは思わなかった。代わりに追加の未処理書類を鞄から引き出してアルタの目の前にこれ見よがしに置く。

 嫌がらせのような行為に顔を顰めながらしぶしぶそれを手に取ったアルタの顔を、表情を消したヴァルドが覗き込んだ。


「オレが協力してもいいが?」

「お前が? お前は目立つだろ。女紹介してくれるっていうなら黒か灰色の髪で茶色の瞳の女がいいがな」


 間近に迫ったヴァルドの顔をチラリと一瞥、特に面白くもなさそうに再び書類に視線を戻したアルタにヴァルドも軽く肩を竦めて身を離し、子供っぽい呆れたような表情を顔に貼り付ける。


「美醜は拘らないと聞いたような気がするんですが」

「美醜はこだわらん。が、流石に無条件じゃない。この条件は必要最低限だろ?」

「何の条件かは、まあ察せられますけど、黒はともかく灰色の髪はなかなか――――ああいや、お見合い候補の娘達の中にも何人か条件に当てはまるのがいますね。黒髪なら旅芸人の踊り子・ムク嬢とロックウェイ家のテヨルテ嬢。銀、灰色ならユーリッド家のトスカ嬢とカーティス家が推すエリシア嬢」

「セスティア国民以外は論外だ。いくら俺の母親が外の人間だろうとも無理だ」

「ムク嬢は却下ですか。ならテヨルテ嬢は? 結構赤めですがまあ茶色い瞳の持ち主ですし、度胸もありそうで家柄的に頭も悪くないのでは」


 一人切り捨てるとじゃあ次、というように捲くし立てられた。特に本気でお勧めしているような雰囲気でもないのでただの条件を並べてみただけだろう。

 ヴァルドのあげた条件に思わず一瞬考え込んでしまい、しかしアルタはすぐに首を左右に振った。


「いや、それもな・・・確かに肝は据わっていたし頭も悪くはなさそうだったがY=ロックウェイは代々の商家だからな。いくら王室御用達でもちょっと、な」

「より深く繋がりが持てていいんじゃないですか?」

「いや、あそこの当主は悪魔だ。下手な弱みも見せられん。娘の方は知らないが、本人の性格次第だな」


 言いながら読み終わった陳述書にサインを入れ、次の物を手に取るアルタを暫く眺め、ヴァルドは、めんどくさい、と口の中だけで聞こえないように小さく呟く。必要最低限の幅が狭すぎる。


「もしかしてやっぱり結婚に乗り気じゃないとか言わないですよね」

「乗り気じゃないな。だがここまできて難癖つけるつもりはないぞ」

「どう聞いても難癖にしか聞こえませんよ。同じ事クワルツ宰相に言ってみてください。ブチ切れますから」

「馬鹿正直に言うか。適当に好みじゃないとでもいって誤魔化すさ」

「誤魔化せてませんよ、それ。ただの難癖ですから」


 阿呆の子供を見るような目で見てきたヴァルドに一つ咳払いをしてアルタは手元の終わった書類をまとめて突き出し、次、とぶっきらぼうに吐き捨てる。新たに鞄から引っ張り出してきた束を受け取って仏頂面で黙々と目を通した。

 拗ねた子供のような仕草にハァ、とヴァルドの口からひとつ溜息が零れ落ちる。


「このまま結婚しなくて済むと思ってるんですか?」

「思ってないから悩んでいるんだろうがっ! それなのに周りが勝手にごちゃごちゃと・・・っ!」

「もうトスカ様でいいじゃないですか。家柄的にも本人的にも昔から知っているし安心でしょう?」

「ソレが一番無難な選択だって俺も思ってるよ。でも、トスカだぞ? あの、お前はどこぞの美術品かってくらいのトスカだぞ!? 家柄も含め引く手数多なアイツを茶番に付き合わせる気はないんだよっ」

「本人はいい加減周りがうっとうしいんじゃないですかね。引き篭もっちゃってるんですし」

「そう、かもしれないけどな・・・」


 睨み上げるかのように鋭い視線で傍に立つヴァルドを見上げたアルタにも動じず、ヴァルドは冷たい薄水色の瞳で見返した。冷めたヴァルドの言葉につられるように声のトーンを落としながらアルタは幼馴染の美しい横顔を思い出し、王族特有の金色の瞳を優しく緩ませる。


「・・・アイツには幸せに暮らして欲しいんだよ。友達として」

「まあ、恋愛感情がない事は知ってましたけど。

 あと条件に当てはまるのは灰色の髪を持つエリシア嬢? 度胸はありますよね。王子や宰相相手に食事の席でトイレに行かせろとのたまうんですから。

 ただカーティス家が推してますけど、何処の家の娘かよくわからないんですよね。あの砂色の瞳はセスティアよりもっと中央の砂漠地帯の民の色っぽいですけど」

「確かに俺もそんな名前の貴族の娘は知らないが、結構多いからな、取りこぼしもあるだろ。わからないって何だよ」

「何故か知りませんが家柄が徹底的に隠されてます。一応貴族であるという事ですが・・・まあどうなんですかね。最初は空気よめない人間が“色素異常(色付き)”を何処からか見つけてきたのかとも思ったんですけどね」


 色付き、という言葉にアルタの眉がピクリと動く。

 色素異常(色付き)―――それは生まれながらに髪や目や肌の色が家族の誰とも違う色を帯びた人間の事を指す。神に選別された特別な子供として幼い頃から神殿に預けられる事が多く、幸運をもたらす貴種として貴族や豪商などが養子として引き取る事もままある。

 それゆえ場合によっては貴族の分類には入るが、“色付き”はあまり体が丈夫ではなく、子供を残せるのは稀な為このような場に出すのには向かない。それは誰もが知っているはずだ。

 そんな事もわからない馬鹿はこの国の中枢には居ないだろう、とアルタは若干げんなりと金瞳を伏せた。


「幾らなんでもこんな場で“色付き”は出さないだろ。珍しい灰髪だとしても」

「ええ、まあそうですよね。居たら大変残念なお知らせになってしまいますし」


 そう答える事はすでにわかっていたのだろう。アルタの言葉をさっくりと肯定してみせたヴァルドは、しかしすぐにおかしいのか困ったのかわからないような読み取りづらい表情を浮かべる。


「そこで新たな問題が浮上するわけですが。どうやらカーティス家の乳母が同じような灰色の髪を持っているようで」

「・・・・・・・・・どういう事だ? いや、色付きでなければ遺伝っていうことになるんだろうが・・・――――俺は知らないぞ?」

「そこです。銀、または灰色の髪はこの大陸でもセスティア王国の王族血筋くらいにしかありませんよね。その限られた人数の中で王子が知らない人間っています?」

「・・・・・・少なくとも、直系()分家()、の中でカーティス家の乳母をやっているような人間は居ない、はずだ。親族は皆覚えているし、あの年頃で嫁にいってない者はいないぞ?」


 王家の血を引く娘は幼い頃からその嫁ぎ先が決まるのも珍しくない。嫁いだ先で生まれた、直系や分家とは違うが銀の髪を持つトスカのような娘もいるが、数世代もするとその色もなくなる。何故か男性と違い女性が持つ銀や、それがくすんでなる灰色の髪の遺伝子は弱いのだ。

 金色の瞳も同じで王族特有の色だが、男親と違い女親のモノだとすぐにくすんで消えてしまう。


「・・・灰色に砂色の目・・・。直系はもっと鮮やかに残るし、分家に該当者はいない。でもなんかああいう顔見た事あるような気がするんだよな」

「そうなんですか? オレは遠くからチラッとしか見てないのでよくわかりませんが」

「いや、お前も見覚えがあると思うん―――――」


 首を傾げたヴァルドに視線を向けながら腕を組んで唸るアルタの声を遮るように、数度、部屋の扉を叩く音が響いた。

 せっかく集中していた思考を中途半端に破られ不機嫌そうに顔を顰めたアルタの脇を通り、ヴァルドが部屋の扉を薄く開ける。二度三度その場で小さく言葉を交わし、振り返ってだらけて座っているアルタに視線で、姿勢を正せ、と忠告した。

 さてはクワルツでもやってきたか、と背筋を伸ばしたアルタの予想を裏切ってヴァルドの幼さが残った声が訪問者を告げる。


「アルバ様。マークス様がお見えになりました」


 げっ


 まさにそういうような表情を浮かべ、中途半端に背筋を伸ばした状況で扉が開かれた。廊下に溢れる光とともにそこに立っていた男の髪が銀色に輝くのが目に飛び込んできた。

 まず最初に目に入ったのは鍛えているのか長身のわりにバランスの取れた男の肢体で、絹地の動きやすそうな軽装を纏っているのも、長く伸ばした銀髪を背中の辺りでひとつにまとめているのもいつもと変わりない。切れ長の青紫の瞳は常と同じく誇りと理知で強い眼光を宿し、薄い唇が何かを言うのを堪えているかのようにきゅっと閉まっている。


 マークス・K=シンク。

 王族分家にあたるK=シンク家の一人息子でアルタより三歳年上の再従兄だ。


 マークスは自分の為に扉を開いたヴァルドを一瞥した後、嫌そうに自分を見つめるアルバを気にせず早足で一直線に距離を縮めた。机越しに真正面で相対した瞬間、バンッ、と両手を机に打ちつける。


「どういう事だっ!!」

「っこら止せ・・・・・・・なにがだ?」


 マークスが起こした衝撃で崩れそうになった紙の束を慌てて片手で押さえつけながらアルバは斜め上にあるマークスの顔を胡乱そうに睨みあげた。不自然な格好で体を止めたアルバにマークスはもう一度強調するように机を叩く。


入らずの森(ベルフォト)の事だっ!!」

「ベルフォト? ああ、そこの森の事か」

「どうしてそう落ち着いているんだ! この間壁内部で見つかった身元不明の死体はセスティア国民ではなくパルテスの者だったそうじゃないかっ!」

「らしいな」

「らしいな?! 何を悠長な! あそこはトーキーの土地として柵と壁で二重に囲ってある立ち入り禁止区域だぞ!? その場所にセスティア国民以外の人間があんな格好で入り込んでいた事の意味がわかっているのか!?」


 散らばりかけた書類を集めながら気のなさそうな素っ気ない返事を返したアルタにマークスの鋭い視線がさらに硬質な光を帯びる。



 セスティア国の中央に位置する場所にはベルフォトと呼ばれる広大な森が広がり、その森の7割ほどの面積を初代セスティア国王が壁で外界と遮断するように切り取った。

 人と違い獣の身のトーキーにはそのよう場を好むものも多く、共存を掲げる国王はその場所をトーキーの地とし、不可侵の場にして許可無く入った者には国民の権利さえも与えられないとまで言い放ってその場所を確保したのだ。

 以来、壁を登って中に入る人間にセスティアの加護はなく、食い殺されても仕方ないといわれている。


 だが、その領域を隔てる壁の輪には一部穴が開いている。その場所に直結しているのが王城の周りの森だ。もともとこの首都セオドールはベルフォトの木々に抱かれた王城を天辺に扇状に発展を続けている。

 その形や壁の穴もまた初代国王の指示によるものだった。

 壁は決して外と中を完全に遮断するものではない。外に出たいものも中に入りたいものも居て当然、それもまたトーキーの意思だ、と国王は壁の一部を開け放って作っていたのだ。

 ただし、壁より外は人の世、その場所には人の秩序があり、壁より外に出たトーキーはけっしてその和を乱してはならぬし、好き勝手な振る舞いはさせない。とそう民に宣言した王様の言葉に守護竜がどう答えたのかは知らないが、いまだにこの約束は守られている。

 実際には興味本位で壁の中に入ったセスティア国民もいたが食い殺されたというような事はない。さんざっぱら追い回されて恐怖を植えつけられ、トラウマになったあたりで黒の役人に懲罰を喰らうだけである。

 竜の縄張りにいるからなのかセスティアのトーキーは人に甘い。

 けれどそのような森でもたまに死者が出るのは愚かにもセスティアでトーキーを狩ろうとする不届き者が現れるからだ。彼らは一攫千金を目論み、人に甘いセスティアなら幻種を狩るのさえも難しくないだろうと舐めてかかる。

 そのような愚か者にまでトーキーは付き合わない。壁の中で牙を向く者はたちまち食い殺してしまう。市民は詳細を知らないが、相対したトーキーによっては二目と見れぬ無残な姿になる事もままある。

 その死体の後処理は人間の仕事だった。


 ベルフォト死体処理班。

 それは黒の役人の中でも秘密裏な、極一部の人間に課せられた仕事である。死体処理班を表す特殊な制服に身を包み、帯剣などの武装をせず森に分け入り、黙々と死体を処理して身元を判別、その後の判断を上に仰ぐ。そういう仕事だ。

 いつもならそれで済むはずの仕事だった。

 数日前に新たな死体を処理するまでは。


 その日、トーキーからの知らせで森に入った時、常とは違う雰囲気に戸惑いながら死体を目にした処理班の人間は驚愕して動けなくなってしまったという。



 ナイフを手に持ったまま血まみれで倒れていた身元不明のその遺体は、処理班の男と同じ制服を身に纏っていたからだ。



「あの森で無事に過ごせるのは私達のような王族筋か許可を持った人間だけだ! 処理班のあの制服の事をどうしてパルテスの人間が知っているのか考えているのか!?」


 銀の髪を振り、整った顔立ちを苛立たしそうに歪めたマークスにアルタの表情も徐々に歪む。扉を閉めて座るアルタの背後に控えたヴァルドは目に見えて不機嫌になっていく主に、あちゃあ、と顔にも出さずに心の中で呟いた。


「この城に他国と繋がる内通者がいると言いたいんだろ? わかってるよ。

 お前はわざわざ僕に馬鹿なのかと告げにココまできたのか?」

「違う! わかっているならもっとこちらに詳細な情報を寄越せっ のんびりと事を構えるなっ! ベルフォトに侵入者など、この国の危機に等しいんだぞ!」

「誰がのんびりとしてるだと? こっちだって今犯人を洗い出しにかかってるっつーの。

 というか、マークス、お前巷で噂になってるベルフォトの何処かにオルトワートがいるっていう話を信じてるのか?」

「・・・初代国王はトーキーの為にあの場所を作った。あそこに居るというのが一番ありえる話だ」


 背もたれに体重をかけながら腕を組み、眉を寄せて何処か笑うように見上げた血族にマークスは一瞬言葉に詰まり、息とともに吐き捨てるように呟く。

 そんな再従兄にアルタも母親譲りの黒髪を弄びながらくだらない茶番劇を見た後のような歪んだ笑みを浮かべた。


「俺達王族でさえオルトワートの居場所を知らないと知ったら他国の連中はどう思うかな?」

「さあな。オルトワートの世話をするのは代々ヴァーチナム家の役目だ。彼らのおかげで今日までの平和は保たれている。感謝しなくては」


 染み入るように呟いたマークスを横目に見ながら、アルタも視線を左胸につけた王族の証、翼を広げた竜の意匠の彫りこまれたピンに目を落とした。

 ヴァーチナムの一族はほとんど人の世に出てこない。ただオルトワートの為に尽くす。そんな人生をどう思っているのだろうか。

 と、つらつらとそこまで考えて――



「ッ! !? ―――ヴァーチナムうぅううううう?!」



 不意に頭を殴られたような衝撃とともに滞っていた思考がピンと一本に張り詰め、アルタは思わず裏返った変な声を出してしまった。

 いきなり突拍子もなく叫ばれ、マークスはビクリと体を震わせ、ヴァルドは目を丸くしてアルタを見つめる。

 そんな二人を放置し、アルタは目を閉じて唸るように記憶を辿るとカッと目を見開いて椅子を蹴倒すように立ち上がった。今しがた思い出した事を脳内で辿りながら背後に控えていたヴァルドの両肩をガッシと掴む。


「わかったぞ、ヴァルド!! あの女が誰に似てるのか!!!」

「はい?」


 脳内で何がどう繋がったのかは知らないが、唐突にそう話しかけられ、ヴァルドは思いっきり怪訝そうな顔で主を見上げた。

 そんな従者の視線にも気付かず、アルタは興奮したかのようにぐぐっと顔を近づける。


「あの女だよ、あの女っ! カーティス家が推してきたエリシアだ!!」

「あ、ああはい・・・・・・・・・・・え? なんで今その話題になったのでしょうか?」


 詰め寄られたヴァルドはわからないほど小さく体を後退させながら困惑も露わに薄水色の瞳を瞬かせた。その背後で話題に置いていかれたマークスが困惑したようなヴァルドに視線を向けられて我に返る。


「待て待て待て。お前何を言っているんだ? お見合い話か? 今そういう話じゃないだろっ!」


 近づいていってアルタの薄い肩に手をかけて振り返らせると、アルタは興奮したまま今度はマークスの肩を掴んで頭ひとつ高いその顔に顔を近づけた。


「ダリアだっ ダリア・S=ウィンチェット! 旧姓ダリア・M=ヴァーチナムっ!」

「ちょっ近い近いっっ なんだ王宮女官長がどうした?」


 母親似の美女面を間近に向けられ思わず押しのけたマークスが焦ったように聞くと、アルタは思いっきり力を込めて押された顎をさすりながら、それだよ!、と金の瞳を輝かせた。


「ダリアに似てるんだよ、あのエリシアっていう娘。色はちょっと違うけど灰色の髪だし、あの娘、ヴァーチナム家に縁があるんじゃねえか?」

「はぁ!? ヴァーチナムの人間がそうほいほいと出てくるわけ・・・ない、と・・・思う、が・・・・・・・・・・・・ヴァーチナム家の問題なら、どう聞いても答えてくれるとは思えないな・・・」

「ああ、ヴァーチナムは外に出たらヴァーチナムの事は一切何も語らず、関せず、聞かず、だからな。たとえ身内でも王族でも、誰が死に掛けようが殺されようがその姿勢を貫くというのがあの一族だからな」


 だんだんと自信がなさそうにすぼまっていくマークスの言葉に頷きながら、ん?、とアルタは首を傾げた。

 ええと、結局どういうことになるんだ?


「そういう一族だから、きちんとした確認はできないよな?」

「ああ」

「じゃあ、どう扱えばいいんだ?」

「普通にお見合い相手として扱えばいいんじゃないか? カーティス家が推しているんだろ?

 お前が娶るというのなら釣り合いは保てているかもしれないが、もしそうではないとしたら確かに扱いに困るな。300年前に分かたれたとはいえ、ヴァーチナム家も王族筋に当たるからな」

「本当にそうかどうかはまだわからないんだぞ」


 困ったようにちょっと消極的になったアルタにマークスが至極真面目な視線を向ける。


「似てるんだろ?」

「似てる。ザッと見はわからんが、なんかちょっとしたパーツパーツが」

「灰色の髪をしてるんだろ?」

「してる。噂じゃ母親もそうらしい。遺伝かもしれない」

「・・・とりあえずその噂を調べろ。遺伝なら確定だろ」


 そこまで言ったところで沈黙が落ちた。視線を左右に彷徨わせ、アルタがどこか躊躇ったようにマークスを見上げる。


「・・・・・・パルテスのヤツ等、ヴァーチナムの事までは知らないと思うか?」


 訥々と零された言葉にマークスの顔から瞬時に血の気が引く。震える拳で机を叩くと今度こそその上に乗っていた書類が宙を舞った。


「おっっ前っ!! どうしてこのややこしい時に見合いなどしたんだっ!! 王宮に居る人間が急増して調べるのが大変になっただろうがっ!!!」

「ふっざけんなっ!! 俺だって好きで見合ってんじゃねーよ!!! 何時何処で俺が嬉しそうにしてたか言ってみろっ!!」

「お前が思いつきで人間を雇うから城の規定が甘くなったんだろうがっ! 身元がしっかりした人間以外も対象内に入って使用人や王宮侍女にも怪しい人間が増える結果になったんだぞ?! そんな中にヴァーチナムの娘がいるなんて洒落にならんぞっ!!」

「俺に言うなよっ!! あんなん来るとは思わんかったわっ!!! 勝手に大臣達が好き放題集めただけだろっ! 俺はひとっ言も集めろなんて言ってないぞっ!!」



「はいはいはいはい。少し落ち着いてください。二人とも」



 ぱちぱちと軽く手を叩きながらいつの間にか床に散らばった書類を全部抱きかかえたヴァルドが二人の間に割って入るように体をねじ込んだ。そのひんやりとした薄水色の瞳に見据えられ、双方の興奮が瞬く間に冷めていく。と同時にヴァルドの存在を思い出したマークスが青紫の瞳を鋭くして小さな従者を睨みつけた。

 気配が薄く、その場に居る事もしばしば忘れてしまうが、今し方話していた言葉の中には聞かれてはいけない言葉がちょくちょく存在していた。


「お前―――」

「大丈夫だ、そいつは」


 警告を発する前に、マークスの言葉はアルタに遮られた。不快感を露わにアルタを睨みつけたが、アルタは肩を竦めるように軽くいなしてその視線を受け流す。


「そいつは俺のモノだ。絶対に俺を裏切らない」

「何故そう言い切れる。何処の者とも知れない者に」

「お前の判断基準は血筋しかないのか? 寂しいヤツだな。

 じゃあ俺が言う。大丈夫だ。俺を信じろ」


 呆れたようなアルタの言葉に不愉快そうに眉を顰めながら、その真剣な輝きを灯す金瞳にマークスもそれ以上言葉を続けるのを止めた。もう一度釘を刺すようにヴァルドを睨みつけ、踵を返す。


「私は私で探る。どういう人物であれ、黒だと断定した場合は処罰あるのみだぞ」


 扉の手前で立ち止まったマークスにアルタは鼻で笑うように顎をしゃくった。たかたかと早足に駆け寄ったヴァルドが扉の取っ手に手をかける。


「俺は情に目がくらむほど愚かじゃないし、人を見る目にも自信がある。つまりお前の取り越し苦労だ」

「だったらいいがな」


 澄まして答えたアルタにマークスも捨てるように吐き出し、ヴァルドの開けた扉を一度も振り返らずに出て行った。


「・・・随分と自信がおありのようで」


 扉を閉めてアルタに視線を向けたヴァルドにアルタはまたもや鼻で笑うようにハッと小さく吐き捨てる。


「お前は俺の中でも上位に入る掘り出しモノだったからな。下らん事を何度も言わせるな」

「はいはい。ちゃんと働きますよ。犬は犬らしく」


 アルタの温かいのかそうでないのかわからない言葉に肩を竦めながら、ヴァルドは腕の中の書類を抱えなおして主の下へと歩いていった。



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