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11.エリシア、少しだけライバルを知る



「あ゛あーーーーーーーもうやってらんないっ 外に出たくないっ!!」


 定位置と決めているソファの背もたれに体をあずけ、手を空へと投げ出しながらエリシアは天井を仰ぎ見て盛大に唸った。マリーネの手によって簡易的に、それでも丹精込めて盛るように編み上げられた灰色の髪が窓から差し込む日の光に青みをおびながら背もたれと本体との間でぐしゃりと潰れる。

 一部始終を見ながらもマリーネはそれには何も言わずに食後のお茶を手馴れた様子で注いでいった。朝食の片付けとともに用がないからと部屋から放り出した王宮侍女二人がいないだけで随分静かなものだ。こころなしかマリーネの機嫌もいいように思える。


「どうぞ」

「ありがと」


 受け皿ごと受け取って一口啜り、おいしいよ、と感想を述べた後、ソファ脇のサイドテーブルの上に置く。向かいのテーブルの席で同じくお茶を啜るマリーネを見ながら今朝の出来事を反芻して盛大な溜息を吐いた。


「・・・・・・・・・僕、こんなところで何やってんだろ・・・・知り合いに見られたら絶対笑われる・・・・」

「何もそこまで落ち込まなくても」

「男にキスされるとか精神的苦痛なのっ 女装よりもクルものなんだよっ!」

「そういうものですか? でも立派に果たせてましたよ。ちゃんと笑顔で対応なさってたし、まだ余裕だったのかと」

「いっぱいいっぱいだったよ!? 心の中ではねっ!」


 態度に出したら死ぬ(バレる)じゃん・・、と力なく付け足したエリシアに、そうですねぇ、とマリーネも首を傾けるように同意する。さらりと切り揃えられた黒髪が肩口から流れ落ちた。


「もう誰にも会いたくない―――けど絶対会う・・っ」

「さっきのグラッド・タグルですか?」

「違う。パティとホーリィって姉妹」

「パティ、ホーリィ・・・ああ、ニッチェル家のご姉妹ですか」


 少し視線を逸らして思い出したように呟いたマリーネの言葉に項垂れていたエリシアの顔がパッと上がる。


「知ってるの?」

「ご令嬢の名前と家柄くらいは。

 H=ニッチェル家は最近家格を賜った比較的新しい準貴族です。絹と紙の生産が当たって莫大な財貨を成した豪農あがりですが・・・随分無茶をしますね。“H”からも娘を募るとしても新しすぎて他との調整が大変そうですけど、そのうえさらにその新参家から姉妹で出すとは」


 行儀良くティーカップと受け皿を持ったまま小首を傾げるマリーネに軽く肩をすくめながらエリシアも自分のお茶を飲もうと受け皿ごとテーブルから持ち上げた。

 本来なら行儀など気にせずカップだけ取ってズゾッと飲み干してそのままダンッとテーブルに戻すところだが、エリシアとしてならば優雅に受け皿を持って飲むという行為に慣れておかなければならない。いちいちめんどくさいが、女性はやっている事だ。


「二人でひとセット扱いなんじゃない? 片方子供だったし、もう片方はあきらかに単体じゃ無理そうだったよ」

「そうですか。まあ少々抜け目ないですが特に問題ある一族ではないですし、問題あるご令嬢達でもなさそうですから適当に付き合えばいいんじゃないですか」


 気軽い調子で言いながらティーカップを受け皿に戻して机に置いたマリーネに、エリシアはお茶を口に含みながら苦い顔をする。別に本当にお茶が苦かったわけではないが、その一言にお茶のおいしさが幾分減ったような気はした。


「きちんとした教育を受けた令嬢とどういう会話をすればいいのか皆目検討がつかないよ。僕は名だけの貴族だから教養はないんだ」


 悪いけど、と呟いたエリシアに、マリーネの眉根も困ったように寄る。つい、と上を向いたかと思うと顎に右手を当てながら思考を纏めるようにオレンジ色の瞳を中空に彷徨わせた。


「そうですね・・・。女性は相手がその時身につけている持ち物の価値などを計算したりしてますね。良い、悪い、で相手のセンスや立場を推し量ったり、誰も持っていない物を会話に織り交ぜて優越感に浸ったり。

 後、寄ればロマンスの話題になります。誰それがどうした、などという醜聞も好きですね。誰も知らないような話なども何処からか仕入れてきて交換しあいます。けれどこれはまあ仲良くなってからの話ですけど。

 ニッチェル家のご令嬢達と話をするのであれば、特産品ですし、絹をふんだんに使っていそうな服装を褒める事ですね。多分一番無難な選択だと思います」


 そこまで一気に言い切って一旦口を閉じ、マリーネは静かに視線をエリシアに戻した。

 言われた方は目を点にしたまま脳内で内容を吟味し、不可解そうに砂色の瞳をきょろりと回して持ち上げていたカップを受け皿に戻す。


「女性が綺麗に着飾ってるのに服を褒めるの?」

「・・・・・・・・・・・・そうですね。女性が女性の容姿を褒めるのは嫌味にとられる事があるので褒めるなら男性の時にした方がいいでしょうね。逆に自慢の持ち物を褒められるのはよっぽど鬱屈していない限りは誇らしいものです」


 少し考え込んだのか溜めるような間を置いた後、なんともいえないような表情で瞳を伏せたマリーネに、ん?、と一瞬引っかかったが、すぐにエリシアは頷き返した。

 確かに女同士はたまに怖い。村の娘達でさえそうなのだ。宮廷のやり方ならさらに禁句がありそうだ。どういう態度が相手を不快にするのか判らない状況では注意されたように無難な態度を貫いた方がいいだろう。

 ここにきて初めてエリシアは練習期間中、女装の教師役をやっていたカーティス家の教育係が色々な装飾品や化粧、お菓子の実食を織り交ぜていた事の意味を悟った。


「・・・今、ようやくあの屋敷での詰め込みの意味がわかった・・・」


 毎日作法の合間合間を縫って寝る直前までの繰り返された詰め込み作業はただの嫌がらせ耐久訓練かと思ってた。


「筋が良かったから朝起きてから寝るまで詰め込んだって言ってましたよ」

「・・・よく知ってるね・・・」

「カミヤ様がどんどん詰め込んでも壊れないから大丈夫って笑ってましたから」


 クスクスとおかしそうに手で口元を隠しながら笑うマリーネにエリシアの顔がピクリと引きつる。


 ・・・母さん、マジでなに言ってくれてんの・・・


 自分の母親が原因だったという事を思い出してすべての感情が諦めの境地に達してしまった。

 まだお腹の中にエルトがいる状況で身一つで家出するような人間だ。世間一般の女性とは突き抜けっぷりと行動力が違うだろう。

 どうせならその図太さを分けて欲しいくらいだ。そうしたら城内でこんなに内心ビクビク過ごすこともないだろうに。

 カップを受け皿ごとテーブルに置こうと身をひねったとき、不意に視界で何かが動いたような気がして視線を窓の外へと向けた。

 大きな明り取りをかねた窓の向こうには大きな中庭と、向かい合わせに立てられた2階建ての王宮の一部が見える。こちらは4階なので部屋の中が見えることはないだろうと大きく開けられたカーテンと窓枠に切り取られ、中庭に立てられた立派な細工の白い東屋の屋根や絨毯のように見える色とりどりに咲き誇る花が絵画のようだった。

 その一角を横切るように薄水色の服を着た女性がサクサクと歩いていた。先ほど視界に入ったのはこの女性だろう。遠目でははっきりとはしないが藍色の髪をひとつにまとめ、動きやすそうなシンプルなドレスを身に纏った美人、っぽい。

 一瞬、昨日の晩餐会に来た女性の一人だろうと思ったが、すぐに脳内が否定した。あんな髪の人はいなかった。


「・・・あの人・・・?」

「ユーリッド家のアムリさんですね。確か、トスカ様も呼ばれているという事ですから、まあおかしい事はありませんけど」


 視線を外に向けたまま固定したのが気になったのか、エリシアの隣にやって来たマリーネがソファの背に手をつきながら外を伺い見て断言した。とりあえず家柄くらいはわかるというのは本当の事のようだ。


「ユーリッド家? って、T=ユーリッド? トスカって言うと、確か昨日の晩餐会には来なかった人、だよね?」


 おかげで王子と障害物なしの距離になってしまったのでようく覚えている。

 少々恨みがましさを混ぜながら向こう側の建物に入っていった女性を見送ってマリーネに視線を向けると、同じく女性を見ていたマリーネもエリシアに視線を戻す。


「そうです。トスカ・T=ユーリッド。上位御三家のひとつ、ユーリッド家の一人娘です。ご両親とお兄様はよく社交場に出てきますがトスカ様本人はまったくといっていい程日の当たる場所には出てきません。先ほどの人はトスカ様の付き人のアムリさんに間違いないと思います」

「ああ、専属の使用人。それにしても年頃の令嬢が社交界に出てこないって、カーティス家のミシェル嬢みたいに病弱だとか」

「それは・・・・どうなのかは判りませんが、ただ単に表舞台に出たがらない、という噂です。後、すっっごい美人だという噂もあります」

「・・・そういう噂の一人歩きって本人にとってはすっごい迷惑だよね・・・」


 今の自分の状況に当てはまってしまい、なんだか同情してしまう。

 まぁすっっごい美人と便所姫では受ける印象が天と地ほどの差があるけれど。

 疑問を解決して少しすっきりしたけれど、もっと聴いておきたいことがある。というか、今のうちに来ている女性の事を知っていないとヤバイ気がする。


「あのさ、テヨルテって娘は知ってる? 僕より背が高くて細くて、黒髪で赤茶色の目のきつめの女性」

「テヨルテ・・・・・・・さあ、貴族ではないようですね。その様な名前の娘は聞いたことありません」

「そっかぁ。家名までは聞かなかったからなぁ・・・」


 本来、女性は本格的な礼儀の場でもない限り自分から家の名前は明かさない。その時家格をつけるかどうかは本人次第だが、最初からフルネームで家の存在を強調する娘はそういない。それは下品だとされているからだ。

 そこがまた、社交界における勉強不勉強の明暗を分けることになるのだが。

 普通の女性を丁寧に扱う分はまだ恥をかくくらいでいいが、高位のレディをぞんざいに扱ってしまったりしたら後々その家から自分がどういう扱いを受けるかわからない。どの令嬢にどういう接し方をするかなど、それなりの知識がないとやっていけないのが社交界という世界だ。

 そこをいくとテヨルテが他の女性を見て一発で名前を当てたところは凄いと思う。


「シャンティ・ブルジットも貴族じゃないよね?」


 テヨルテから連鎖的に思い出された凛とした声の美少女。王子を侮辱するなと叫んだ少女は容姿とは裏腹にテーブルマナーが完璧だとはいいがたかった。

 ついでのように尋ねるとマリーネは背もたれを掴んだまま視線を天井付近へと流し、少々考えるように間を取った。


「シャンティ・ブルジット・・・・・・ブルジット・・・・・・ああ、ルヴェルト・W=ブルジット様の娘なのでは」

「ルヴェルト・W=ブルジット!? ルヴェルトって、戦争の英雄だよね?!」


 がばっと興奮したように瞳を輝かせてだれていた状況から跳ね起きたエリシアに、マリーネは若干気圧されたように上半身を引く。それに気付いてエリシアも咳払いひとつで呼吸を整え、ソファに体を落ち着けた。

 男の子というものは元来、英雄という言葉に弱いものだ。吟遊詩人によく歌われるルヴェルトの物語はエルトには身近なものだったので、少々興奮してもしょうがないよね、と胸の中で自分を弁護してみる。勿論マリーネには聞こえないが、彼女の方ももう気にしていないのか頭を斜めに傾けるようにコクンとひとつ頷いた。


「えぇと、多分そうだと思います。

 十九年前、セスティアに侵攻しかけてきたパルテスとの戦時中、傭兵部隊を率いて臨機応変な遊撃を繰り返し、パルテス本軍に甚大なダメージを与えた戦争の立役者。その功績から先王に貴族と同等という証の個人称号“W”を賜った傭兵。

 此度の選択肢の増加に伴い、“W”の中からも候補を選び出すという話はあったでしょうし、英雄の娘なら誰もが納得したでしょう。おそらく、推測ですけど・・・」


 自信なさげに徐々に小さくなっていった言葉だが、十分な説得力がある。


「あーー、ブルジットってどこかで聞いたことある名前だとは思ってたよ。子供にまでは“W”はつかないからテヨルテはシャンティ・ブルジットって呼んだんだな。おかげで英雄と名前がすぐに結びつかなかった」

「“W”を賜った本人のみが貴族扱いですからね。家族自体はそんなに有名にはなりませんし」

「さっき会ったグラッド・タグルも“W”は受け継げないから名乗らなかったしね」

「息子でも無理なのに甥となるとさらに無理でしょう」


 事も無げに言いながら黒いスカートを翻しながら自分の座っていた席へと戻っていたマリーネを見送り、ひとつ大きく目を瞬かせてエリシアは窓を見るために捻っていた体を元に戻した。


「白の大臣には息子がいるの? それなのに甥がサポートを?」

「いるようですよ。けれど父親の手伝いは出来ないようで、それで甥が呼ばれることになったとか」

「詳しいね」

「まあ一応基本的な知識は詰め込まれてますから」


 きっちりと姿勢よく足を揃え、スカートのシワをのばす様はどこぞの令嬢のように気品に溢れている。流石カーティス家、教育が違うなぁ、とスカートだろうと知り合いしかいないと途端に足を広げて行儀悪く座る義妹と比べてしまう。義妹は万一大きな社交界に出る羽目になったら盛大に恥をかきそうだ。


「あ、あともうひとつ、聞きたいんだけど」

「はい?」

「クロスコット家って、何か大変なの?」


 確かテヨルテがそういう事を言っていたような、と竜の間の前で睨み付けてきたセレネー嬢を思い出しながらそう訪ねると、マリーネがオレンジ色の綺麗な瞳を大きく開いたまま動作を停止させた。一瞬のフリーズの後にバッと左右を素早く見回し、ふっとひとつ息を吐く。


「・・・あまり不用意にその様な事は言わないで下さい。公式では出回っていないのですから」

「え? あ、ごめん。なんかダメだった?」


 思ったよりも過剰な反応に咄嗟に謝ると、しょうがないですね、というようにマリーネは整った眉根を緩め、肩の力を抜いた。


「何処で聞いたのか知りませんが、確かにクロスコット家は大変なようです。お取り潰しになるかもしれない、と」

「何をやったらそんな大変な事になるの!?」


 まったく予想もしていなかった言葉に思わずあげた声は思ったより大きく、シッ、とマリーネが自らの唇に人差し指を押し付けて囁くように警告を発した。貸し与えられた自己の部屋とはいえ、本来の自室ではないのだから確かに声を潜めるべきだと判断したエリシアも即座に口を閉じる。

 もう一度用心深そうに周りを伺い、マリーネは小さく声を潜めた。


「随分前からクロスコット家当代が、自治領の領民に随分無茶な税や労役を課しているようで、右肩上がりに死者が増え続けてているのだそうです。資源の乱獲、労働の強制、あげくに青や赤の役人達の言葉にも耳を貸さず、追い出したり領地の果てに飛ばしたりとやりたい放題やっているようで・・・」

「青や赤って、人事と領地・・・っ!? 赤から派遣された役人はともかく、青の役人っていったら自由裁量が認められた王様の代理人、領地の監視者じゃないかっ」


 赤、青、白、黒。

 それぞれに分けられた役所はそれぞれ大事な役目を持って国を機能させている。


 “赤”は人事。全ての大本となる役人になる人間の育成、教育、采配。海外との窓口など。

 “青”は領地。土地土地に出向き、その土地の特産や豊作・災害・犯罪などの状況の把握、他、進言や注意を行う。

 “白”は財務。国の予算、割り振り、備品の管理まで。

 “黒”は武力。騎士や警備隊などの育成、人命救助や犯罪の抑圧を主とする。


 その中で、青の役人といえば領地に一人は送られる、セスティア国内の領主の監視者といってもいい。あまり領主が独断で理不尽な事をしないように、とブレーキ代わりに置かれる人間だ。領地の重要度が高ければ高いほど多く、より優秀な人間が送り込まれるはず。

 伝統も産業も特産も人口も何もない、ただ少々家の歴史があるだけのエルトの実家、ウィーザント家の領地にはよぼよぼの爺さんが一人送り込まれただけだったが、六家しかない“T”のうちのひとつ、クロスコット家ともなると、その脈々と受け継がれてきた歴史と広大な領土、特産などを含め、少なくとも五人は送られているだろう。

 それにプラスして青の役人の補佐役として赤の役人達と犯罪を取り締まるための黒の役人も配備されているはず。


「どうやって青の役人を出し抜いたの? 追い出す、あるいは閉じ込めるなんて、そんな事態になったらすぐにバレると思うけど」

「今あそこは一部を除き、生活水準の低下とともに疫病が蔓延していて、情報系等が混乱しているらしいです。役人達も多くは病に倒れ、とても仕事が出来るような状態ではないと」

「ならすぐに新しい役人が交代するんじゃない?」

「ええ、本来はそうです。そう、正しく報告されていれば、ですけど」


 なるべく息を殺すように密やかに喋るマリーネの声音が、ほんの少し落ちた。嫌な予感しかしない前フリだ。


「・・・報告遅れはすぐに調査の対象じゃなかったっけ?」

「報告はきちんと王都に届いていました。本当の報告書ではなかったようですけど」

「・・・・・・・・・・・・報告書は役人が届ける義務があったよね? 役人の謀反?」

「・・・一部、らしいですけど。クロスコット家に買収されていたそうで」


 なんともいえない表情で瞳を自分の膝の上に落としたマリーネにエリシアも何も言えない。

 役人の責任は重いがゆえに捏造や偽装は死罪となる。金に目がくらんだかなにか知らないが何をトチ狂って仲間を裏切り領主に手を貸してしまったのか。


「・・・・・・それでよくバレなかったね・・・」

「・・・疫病などが蔓延し、生活が困窮していた場所はクロスコット家が受け持っている土地の中でも公益盛んな商業都市を除いた、生産地区です。領外の人間の目には触れにくい場所のみを圧迫していったようで・・・」


 いいにくそうにマリーネが口ごもった先はわかる。これはもう確信犯だ。

 重い話に空気までも重くなったような気がして、気持ちの切り替えにひとつ息を吐く。溜息に反応してチラリとあげたマリーネのオレンジ色の瞳の中には静かな怒りが燻っているようだ。


「・・・・・・・・・・クロスコット家が今大変で、“T”の家がひとつ潰れるかもしれないという所なんだという事はわかった。

 けれどどうしてそのクロスコット家の娘が王子の相手として呼ばれてるの? 無謀な推挙過ぎて王子様の怒りを買わない?」


 そのような状況のクロスコット家から娘を連れてくるなど、どう考えてもおかしい。あの豪奢なネックレスに領民達の苦しみが詰まっているのかと思うとやるせなくなってくる。

 ウィーザント家も他人の事を言えないけれど、ギャンブルに費やした借金は他人から搾取したりはせず、役人に相談の元、あまり価値もない土地を売って凌いでいた。こき使えるような領民がいなかっただけというのもあるのだろうけれど。

 国境近くの山深い切り立った不便な土地に村が4つしかない領土とは。ウィーザント家のご先祖様は過去によっぽど恨みを買っていたのか役に立たなかったのか。

 代々のギャンブル好きが高じて今は村ひとつと山少々とは、ご先祖様も泣くよりは、そうだろうなぁ、と納得するような気がする。


 ――――本来なら、泣くのは領民ではなく、領主であるべきだ。


 納得がいかずに口を尖らせながらマリーネを見つめると、マリーネは黒い髪をさざめかせるように小さく首を横に振った。


「セレネー様は、違います。悪いのは現当主なのです」

「違うって?」

「この事件が発覚するまでの五年間、クロスコット家当主は愛人に溺れるあまり、セレネー様達、ご自分のご家族を蔑ろにし閉じ込めていたのです」

「ハァ!? もしかして愛人に貢ぐために無茶な搾取してたの・・・!?」

「はい。万が一、ご家族から王宮へと連絡が行かないように疫病の流行る貧民街に閉じ込めて常に監視をさせていたそうです。発覚するまでは大変な状況だったようで・・・。

 此度の話が出たとき自分も入れてくれとセレネー様が自ら直談判して、王宮の方でも随分揉めたそうです。

 領主としてあるまじき行いは許しがたく、家族も同罪ならばどのような名家であれ家の取り潰しも致し方ない事なのでしょうが、そのような事情。クロスコット家の領地をどうするかは一朝一夕で解決するようなものでもなく、セレネー様の下にはまだ幼い弟君がおられる。相当なペナルティを課されるにしろクロスコット家自体を存続させる道はないのか、と」

「で、今回様子見に娘を招待する、に至ったわけか」


 扉の前で出会ったとき、ピリピリして必死に権威を示そうとしていたのは焦っていたのか。

 怒りに燃えた青い瞳がキラキラと、とても生気を溢れさせていたのを思い出す。

 自分よりも王子の近くに座るエリシアに悔しそうに瞳を歪め、必死に歯を食いしばってあの場に臨んでいたであろう娘。

 テヨルテにあてこすられ、王子に相手にもされず、それでも貴族のプライドを胸に轟然と顔を上げていたその胸中はどうだったのだろうか。



「・・・・・・僕はこんなところで何やってんだろ・・・」



 ポツリと呟いた言葉はエリシアの予想以上に空虚に満ちていた。



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