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堕落英雄と村人A

作者: 毒弦竹

注! この話はプロローグにすぎません。作者が、連載しようか迷っている作品です。どうぞよろしくお願いします。

 むかしむかしの話です。この世界にはもっとも罪深く、もっとも誇り高い英雄がいました。


 拳一つで、敵をバッタバッタと殴り倒し、ついには魔王と呼ばれる、人間を恐怖のどんぞこに陥れて暴力の限りを尽くしてきた化け物の前に辿り着きます。


 魔王は彼に問いました。


 “人間よ、貴様は多くの仲間に裏切られ、数多の戦場を同朋の屍を越えて突き進み、そして我のもとに来た。心はもう擦り切れただろう? 体はもうボロボロだろう? それなのに、なぜ我の前に立つ。そして、なぜ我に牙を向こうとする”


 彼はその問いに、ニヤリと笑って答えます。


 “簡単だよ、魔王よ”

 “ほう?”

 “俺様が戦う理由はなァ、この世の全ての女と、金のためだっ! 後、今加わった理由だが、テメーの顔が気に入らねえ。化け物のクセにイケメンだと? ボッコボコにしてやんよっ!”



 アニス・フィリア著『堕落英雄』より一部抜粋。









 僕は息を切らせ、時折後ろを振り返りながら、迷路のような洞窟の中を走っていた。

 この洞窟内では光ゴケが群生しているため、明るく視界は悪くない。ただ、水脈が近くにあるためか地面は湿っていて走りにくい。なんど滑って転びそうになったことか。


「撒けたかな……?」


 僕は立ち止まって、膝に手をつき荒い息を整える。

 すると後から、魔獣“ホワイトウルフ”の鳴き声と足音が聞こえてきた。その音からして、一匹や二匹なんて数では無いだろう。少なく見積もって十数匹、下手したら三十を越えるかもしれない。

 その足跡は、段々僕の方に近づいてきていた。



「ちょ、マジかよ!? アイツ仲間を呼んだのか! やっぱり、冒険者雇ってくれば良かった!」


 僕は泣き言を垂れながら、再び走り出す。

 あぁ、ほんとに、本に書いてある情報だけを信じちゃいけないということわざを身を持って思い知ったよ!





 僕の名前は、ファウスト・ジグリット。のどかな村に住む、今年十六で、去年成人を迎えたただの村人である。

 成人すれば、親から独立して何かしらの職業について、生きるためのお金を稼がないといけない。


 その過程で村から出ていく若者も多い。体力や腕力に自信があるなら冒険者に、頭が良いなら学者に、容姿が優れていたらどこかの貴族さまに嫁いで、玉の輿とかもできる。

 僕の場合、容姿にコレといった特徴は無く、かといって特筆すべき能力も無い。体力や腕力も人並みだったので、この村で農民でもやろうかな……と思っていたのだが、農家の手伝いをしたときの僕の悲惨な思い出を思い出したので止めた。

 農家のスペースを借りて、汗水たらしながら土まみれになって、作物を育てていたら害虫に全て枯らされた。半年の努力がたった一週間で水の泡になってしまった時は半端じゃないくらい落ち込んだ。もう、二度とあんな経験したくない。

 そこで僕は、学者になれるほど頭はよくないけど、少し学には自信があったので、村では子供たちに読み書きを教える先生のようなことをすることにしたのだ。実際にそうして生計を立ててきた。


 ただ、僕にはどうしても小さい頃からやってみたかったことがあった。

 それは、神話や昔話、御伽噺などに出てくる有名な舞台を見て回る……『聖地巡り』をしてみたかったのだ。

 同年代の友達が、走り回って遊んでいる中、僕はそのような本たちに魅了された。

 神話に聞きほれ、昔話の英雄に胸を踊らし、御伽噺の主人公に憧れた。

 そんな僕が、この物語の舞台を実際に見てみたいと思うようになるのに其れほどの時間は要さなかった。子供の頃はお金の関係や、両親の反対で出来なかったが、成人した今ならできる。


 一年間先生をやって、お金はまだ十分では無いが少しは貯まった。こうなると、僕はもう欲望を押さえることはできず、半年間の休暇を貰って、僕は聖地巡りへと旅に出たのだった。

 そして、記念すべき聖地巡り一カ所目に僕はここ『シュールズの洞窟』を選んだ。理由としては簡単なもので、村から近かったことが一つと、後はガイドブックによると、危険な魔獣がいないとかかれてあったからだ。

 この世界には、凶暴な魔獣、魔物が多く存在している。

 聖地巡りでも気をつけなければならないのは、お金もあるがやはり安全性だろう。僕は剣もろくに使えなければ、戦うすべも知らない。つまり、そのような危険な魔物と鉢合わせしたときに身を守る術を持たないのだ。

 聖地巡りの中には危険な魔物が徘徊する場所もある。そんな中を一人で行くなんて、自殺行為だ。

 だから、そのような場所に行くときは、冒険者に護衛を頼む予定なのだが……前述したとおり如何せん金がない。

 できるだけお金はケチ……節約して、多くの場所を見て回りたかった。

 その点では、この『シュールズの洞窟』は、僕のそういった考えにはうってつけの場所だった。


 魔獣や魔物の類は見られなく、安全性の高い洞窟と聞き、護衛のお金を浮かせたい僕にとって渡りに船の場所だったのだ。

 それに加え『シュールズの洞窟』といえば、知る人ぞ知る御伽噺『堕落英雄』の眠る洞窟であり、彼の墓石の前までの道のりは整備されている。


 ここまでお膳立てされたら、行かないわけには行かないだろ?


 そうして、ヤッホーイと意気揚々と洞窟に潜り込んだのはいいが……僕は浮かれすぎていたのか、いつの間にか整備されたルートを外れてしまい、入り組んだ道に迷い込んでしまったらしい。

 おかしいとは思ったんだ。いきなり歩きにくくなったのだから。でも、聖地巡りは初めてでこれが普通だと思ってしまったのだ。

 それに気がついた時にはもうすでに遅く、帰ろうにもどこから入ってきたのか分からないし、進もうにも出口が分からない。泣きそうになりながらも、このままここにいれば餓死するだけだと思い、ウロウロと洞窟を探索していた。

 その途中に冒険者ギルドからFランク認定されている魔獣、ホワイトウルフの尻尾をついうっかり踏んでしまい今に至る。



 迫り来るホワイトウルフのほえ声をBGMに僕は走りつづけた。

 足を止めたら一巻の終わりだ。分かってはいるが、もう足の感覚はなく、体は休息を求めている。

 頭に酸素が回らない。

 どうして、僕はこんな目に……。自業自得だとは分かってはいるが、やりようのない怒りが沸々と沸いてきた。


「こうなったら戦う?」


 Fランクの魔獣は、駆け出し冒険者が倒せるレベルだと言われている。なら、僕も倒せるんじゃないか?

 しかしすぐさま、自分のバカな考えを否定した。

 僕は鈍くさいから……どうせ、食い殺されるのがオチだろう。


 目の前に二股に分かれている道を発見、右に向かう。

 その際に侵入者迎撃のためのトラップが発動したのか、弓矢が頬をかすめた。僕はそれでも走りつづけた。




 時間の感覚も無くなるほど走りつづけていると、僕は不思議な空間に辿り着いた。


「ここは……」


 今までの狭い、ジメジメとした迷路ではなく、城の応接間をイメージさせるほど大きな広くゆったりとした空間。 壁一面にはビッシリと紫水晶がくっついていて、紫水晶は光ゴケの淡い光に灯され幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 ……まるで、御伽噺の世界に迷い込んだみたいだ。


 僕は呼吸も忘れ、魔獣に追われていることも忘れて、この不思議な空間に魅入られていた。

 そのときふと、僕の目には部屋の真ん中にポツンと存在する“何か”が飛び込んできた。


「何だ、アレ」


 近付いてみると、それは、白骨化した腕だった。

 地面から生えたそれは天井を掴もうと、手のひらを伸ばしている。

 僕はその腕に、執念のようなものを感じて、情けない声を上げ思わず腰を抜かしてしまった。

 怖い、というよりはこわい。僕のような小市民が触れてはいけないような、ある種の聖人のような腕に僕にはみえた。


 それをじっと観察してみると、その腕の手には風化したグローブをつけられていることに気づく。何だろう、とのぞき込むとグローブの真ん中には、昔の文字でこう書かれていた。


 “拳”と。


「拳……ってまさか、“堕落英雄シュールズ”のグローブ!?」


 御伽噺の一つで、この洞窟に眠るという英雄のつけていたグローブの外見と、それは一致していた。


「うわー! あの御伽噺って本当だったんだ! うわー、うわー!」


 僕は鼻息荒く、そのグローブに顔を近づける。興奮してしまい、他のことを考えている暇はなかった。

 さっきまで、腰抜かしてたのに現金なやつだなと言われても仕方ない。


『こら、クソガキ。鼻息近づけんな、男に興奮されても嬉しくねーんだよ!』

「え」


 突如として、低音だが明瞭で深みのある男の野太い声が聞こえてきた。

 キョロキョロと辺りを確認するが、誰もいない。……気のせいかな?


『こら、テメーだテメー! 無視しやがんな! まっ、どうせ聞こえてねえだろうが』


 気のせいじゃない。声は確かに聞こえてきていた。……このグローブから。


「ゆ、ゆゆ幽霊っ!?」


 僕はバッと飛び退き、腕から距離をとる。

 堕落英雄シュールズの怨念が宿ってたの!?


「悪霊退散悪霊退散っ!」

『誰が悪霊だっ! つか、テメー俺の声が聞こえんのか』


 くわばらくわばらと両手を合わせて祈る。

 今の僕には、幽霊の言葉など一言も耳に入ってなかった。


『おい、聞いてんのか!?』

「ひぃ、た食べないで下さいっ!」

『どうやら聞こえてるみてえだな。なら、話は早い。お前世界を救う手伝いをしないか?』

「悪霊退散悪霊退散……って、え?」


 十字を切る手を止めて、僕はポカンとグローブを見る。

 世界を救う手伝い? 一体、どういうこと?


『まあ、気張らんでいい。世界を救うったって、片手間で出来る簡単なお仕事だ。この俺様シュールズ・ヴィク・コンチルが断言するから間違いねえ。さ、クソガキ。契約をだな……』

「ちょ、ちょっ、待って待って!」


 何だか勝手に話を進められていたので、すぐに待ったをかける。

 声は不機嫌そうに返してきた。


『何だよクソガキが。俺様は可愛い女の子以外には厳しいんだ。テメーみたいななよっとした男の願いなんて、特に聞きたくねえ』

「うわ、辛辣……じゃなくて! あなたは御伽噺、堕落英雄のシュールズさんですか? あの魔王を倒したっていう……」


 恐る恐る聞いてみると、声はえっへんと胸を張ったかのように自信満々に答えた。


『この時代に、俺様の華麗なる伝説がどれほど曲解して伝わってんのかは知らないが、魔王を倒したのは紛れもないこのシュールズ様よ!』

「……うわ、マジもんぽいよ、コイツ」


 堕落英雄シュールズの特徴といったら、自信家で天上天下唯我独尊な態度だと、十人中十人が答えるだろう。この尊大な態度に、僕はこの声が堕落英雄シュールズだということを確信した。


「えっと……世界を救う手伝いってどういうことですか?」

『あん? 決まってんだろ。俺様が殺した魔王が誰かによって復活させられた。だから、ぶっ潰しにいくんだよ』


 ピシリ、と僕は固まった。

 魔王。それは魔族を統べる王で、人間の宿敵。今の時代に魔王や魔族という存在はいないが、過去に居たとされる文献は多々ある。……そんな魔王が、現代に蘇った?



「そそそ、それって一大事じゃないですか! とても片手間で済む仕事じゃ無いですって!」


 魔王を倒すのを片手間って、この人頭おかしいんじゃないか!?


『うん……? そうか? でもアイツ擬態が巧いから探そうと思っても見つかんねえし、気楽にやんねーと参っちまうぞ? 俺様だって魔王倒したのは成り行きだったし、ある野望の片手間だったからな』

「野望……?」

『おう。それは、契約してから話してやる。で、どうすんだ。受けんのか、受けないのか』

「一応、僕の意志は汲んでくれるんですね……」

『まあな』


 ……この人は片手間だって言ってたけど、それは僕にとっても同じとは言えない。彼みたいに、豪胆な性格でもってなければ、腕っ節も強くない。

 それに、世界を救うなんて僕には荷が重すぎる。

 英雄になって、後生に名を残せるチャンスかもしれないが僕はチキンなのだ。

 せっかくの魅力的な提案だが、断ろう。


「すみませんけど、僕には……」

『そうか? ソイツは残念だ』


 シュールズは、全然残念がっていない声で言った。声色からして、どちらかというと楽しんでる?

 一体、なんで……?


『お前が契約すれば、死ななくて済んだかもな』

「えっ」


 どういう意味かはすぐ分かった。

 獣独特のうなり声が、背後から聞こえてきたからだ。


 振り返ると、ホワイトウルフの集団がいた。その数は三十は下らないだろう。

 舌をだらんと垂らして目を血走らせ、僕を見ていた。


「そんな、まさか」


 失念していた。僕は魔獣に追われていたのだ。

 コイツらは、僕の匂いを辿って……!


 一匹が遠吠えを上げた。すると、他のホワイトウルフたちが臨戦態勢に入る。

 今にも飛びかからんとする姿勢だ。


 対する僕は、身を守る術がない。どう考えてみても、このままでは死ぬという結果は変わらないだろう。そう、このままだったら。


『うわははは! 囲まれたな、クソガキ!』

「あなたコレを知ってましたね……」

『当然だとも! 俺様、力だけでなく頭もいいんだぜ? みすみす狙った獲物を逃がすと思うか? うわはははっ!』


 シュールズの笑い声は、悪魔以上に悪魔らしかった。


『さて、どうする? 改めて問おう、クソガキ。俺様と契約して、魔王ぶっ倒して英雄として名を残すか、はたまた契約しないで名もない一般人としてここで果てるか。契約したら、俺様がこの状況をひっくり返して見せよう』


 僕は答えない。

 答えない代わりに、ぎゅっと拳を握った。


『さぁ、さぁ! 契約するんだったら、声高らかに宣言しな! 俺様の名前を!』


 ホワイトウルフの一匹が飛びかかってきた。

 コンマ以下数秒の世界が広がる。ゆっくり、ゆっくりと死神の鎌のように、僕の命を刈り取ろうと爪や牙が襲いかかってくる。


 僕は、それを。



 右手でホワイトウルフの顔面ごと粉砕させた。

 ゴキッといった嫌な音とともに、ボールのように飛んでいくホワイトウルフの死体。

 それは、壁の紫水晶に突き刺さり、水晶をドロリと赤い絵の具で染め上げた。


 僕の意識とは裏腹に、口元がニヤリとつり上がる。僕の口から、僕ではない誰かの声がこぼれた。


「ホームランってな」


 この男らしい野太い声は、先ほど頭の中に響いていたシュールズの声だった。


 僕の右手には、あの風化したグローブがはめられている。黒い、指なしの『拳』と書かれたグローブが。


 そう、僕はシュールズと契約を結んでしまったのだ。

 そして、約束通り体を貸してこの状況を何とかしてもらおうとしているわけである。


「契約完了っと。心の中で俺様の名前を滅茶苦茶呼んでたな。そんなに死にたくなかったか?」


 うはは、と笑われた。

 う、うるさい。こっちだって必死なんだ。


「へいへい。そんじゃま、一時的に体借りるぜ? もっとも主導権はクソガキにあるんだ。テメーが願えば、直ぐにテメーの意識が体をコントロール出きるようになるけどな」


 了解。でも、この戦いが終わるまではシュールズにかしておく。

 僕が出たところで、不利になるだけだから。


 シュールズはコキコキと首を鳴らした。

 僕の様子が変わったことに気がついたのか、先ほどからホワイトウルフたちはその場から動いていない。


 僕の体は勝手に動き、右足を少し下げ半身になった。

 ……不思議な感覚だ。僕の意識と関係なく、体が動くというのは。

 まるで、漫画を見ているような。


「さて、狼さんたちよ。悪いが、久し振りの戦いだ。手加減できそうに無いが、勘弁してくれよ?」


 右手を突き出し、小指から順に折っていき、最後に親指をギッとしめて握り拳を作る。すると、グローブが眩い光を放ち、僕の右腕が黒い金属質な装甲に覆われた。

 左腕も同様に、黒い装甲に覆われている。

 これは一体……?


「俺様が愛用していた神器だ。コイツの威力は、相当なモンだぜ?」


 そう言って、僕の体は地面を駆けた。

 すごい、僕なんかよりよっぽど上手く僕の体を使ってる!


 僕の体で、こんなに速く走れたなんて!


「一匹ィィ!」


 ホワイトウルフよりも速い速度で近づき、拳で一匹目を殴りつけた。そのホワイトウルフは拳と地面の間で板挟みになり、ザクロのように弾け飛んだ。

 返り血が頬につく。

 あっという間だった。僕が同じことをやれと言われても、到底真似できまい。


 頬についた血をぺろっと舐めて、シュールズは吼えた。


「オラオラ! 次かかってこんかいっ!」


 挑発。しかし、ホワイトウルフたちは誰一人として動かない。当然だ。短時間で、仲間を二匹も失ったのだから、うごこうにも動けないのだ。ホワイトウルフたちは低く唸っている。


「チッ、腰抜けが……喧嘩もできねえのか。仕方ない、そっちがいかないなら、俺様から向かってやるよ!」


 そこからは、一方的な戦闘だった。


 一度腕を振るえば、三匹がその命を散らし、一斉に飛びかかってきたホワイトウルフたちを、地面を殴って自分の周りの地面を隆起させて串刺しにしたり、と一方的すぎて僕は言葉も出なかった。


 気がついたときには、もうホワイトウルフの姿はない。


「こんなもんか? まだ暴れ足りないが」


 シュールズは不満そうに告げた。僕はそれに、いやいや十分でしょと突っ込んだ。


「テメーの体が貧弱すぎて、全盛期の百分の一も力を出し切れてねえよ」


 あれで、百分の一だって!?


「そうだ。今のままだったら、魔王は愚かCランクの魔物に殺されるな。……この体はおいおい鍛えるとして、それじゃあ体のコントロール返すぞ」


 その言葉と同時に、体の自由が利くようになった。グローブに人格をもどしたシュールズが、拳の文字を点滅させながら聞いてくる。


『体に異常はねえか?』

「うん……体に不備はな……いッッ!」


 グルグルと肩を回そうとしたとき、僕に尋常じゃないほどの痛みが襲いかかってきた。

 余りの痛みに僕は声にならない悲鳴をあげて、尻餅をつく。


「ヒギッッ!」


 尻餅をついたらついたで、また痛みが走った。僕はたまらずに転げ回る。しかし、転がる毎に痛みは増していき、僕は悶えた。

 その様子を見て、シュールズが愉快げに笑っていた。


『うわはははっ! 言い忘れてたが、テメーの体を無理して限界まで使ったから相当筋肉が吊ってると思うぜ?』

「それを早く……ヒギンッ!」


 筋肉痛!?

 この痛み、本当に筋肉痛だけなの!?


 こんなに痛む筋肉痛なんて聞いたこと無いよっ!

 あ、だめ……意識が……。


『うわははは! 力を得た代償だと思ってくれて構わん。なーに、すぐに慣れるさ。この痛みを何度も味あわなきゃいけねえんだから。ん……気絶しやがったか。全く軟弱な奴だな』





 目が覚めると、僕はベッドの上で寝ていた。

 ぼーっと天井を眺める。あれ……染みの位置とか僕の家と瓜二つなんだけど。

 不思議に思い、視線を動かす。棚、机その他すべて、間取りが僕と一緒だ。というか、ここは村の僕の部屋だ。


「どうして……」

『おう、目が覚めたかクソガキ』


 グローブから声が聞こえてくる。


「シュールズ……? えっと、僕は」

『テメーは情けないことに、筋肉痛で気絶しやがった。あのままあそこにいても、死臭に呼び寄せられた魔獣どもが来ただろうから、俺様がテメーの体を操って記憶を頼りに家まで送ったワケだ』


 ……なるほど、シュールズが体を動かしてくれたのか。一応、心の中で礼を言っておく。

 シュールズは、つまらなそうにフンと鼻を鳴らした。


『さて、クソガキ。テメーに詳しい説明をしないとな』

「説明?」

『そうだ。魔王をぶっ倒す方法についての』


 ああ、そういえばそういう契約だった。

 絶対絶命の危機を脱するために、僕はシュールズと契約して、蘇ったという魔王を倒す。

 荷が重い、僕には到底できないとは思うが、受けてしまったものは仕方がない。

 ため息をついて、僕はシュールズの言葉を待った。


『ま、あまり難しくねえ。お前は女を惚れさせて、満たしてあげればいいだけの話だからな』


 このとき、思わず吹き出してしまった僕を責められる人はいないだろう。




突発的に思いついたファンタジー小説の導入部です。

つづく……かな?


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