カウントダウン
「ホントだって!」
「嘘くせー」
「だったら浩ちゃんも行こうよ!」
「行く必要がねぇ。」
隣で騒ぐのは浩志の幼馴染みの優衣。
大袈裟な身振りで、喋る度に彼女の膝丈のスカートやショートカットの髪がふわふわと揺れる。
今時の女子高生にしては少々地味な彼女は大の噂話好きだ。
しかも都市伝説系の話ばかり持って来るのだから、いい加減に辟易としてくる。
「はぁ…」
「浩ちゃん!人の顔見て溜め息つかないでよ!」
「ったく…ちょっとは静かに出来ねぇの?」
静かな場所が好きな浩志としては、この幼馴染みは騒がしすぎる。
もう一度吐き出しそうになった溜め息を飲み込んで、浩志はさっさと歩き出した。
1st・廃病院(美紗・優衣)
「ねぇ、やっぱ止めない?」
「何よー此処まで来といて!」
「…何かヤバいって…」
目の前に聳え立つ建物。
過去は輝かしい経歴を持つ大病院だったが、今はその面影すらみえないただの廃墟だ。
立ち入り禁止の札が不気味に揺れている。
入口のドアは頑丈そうな南京錠でがっちりと閉められていた。
外観を見回せば雑草は各々伸びたい方向へと伸び、蔦は建物の外壁を蛇の様に這う。
割れた窓ガラスからは、ボロボロに引き裂かれたカーテンがはためいているのが見て取れた。
何より不気味なのは、纏う空気。
街中に有るにも関わらず、其処だけ暗く淀んだ空気が流れていた。
優衣に誘われるまま来たものの、実際にその姿を目の当たりにすれば足もすくむ。そんな美紗とは対照的に、優衣は至極楽しそうだ。
「ね、美紗!早く行こ!」
「ちょ…優衣っ!」
有刺鉄線の切れ目を見つけた優衣が走りだす。
闇へ吸い込まれていきそうな背中を美紗は必死に追い掛けた。
「あれ?鍵、外れてる…」
「え…?」
優衣の言葉に美紗の背中を冷たいものが伝う。
覗き込んでみれば、確かに優衣の足元には壊れた南京錠が転がっていた。
先程はドアにしっかりと掛かっていた筈なのだが…
「ねぇ、優衣…マジでヤバいよ…」
「何よーこの話持って来たの美紗じゃん!」
「だって…!こんなマジな雰囲気だとは思ってな…」
ギィ…
何の前触れも無く、ドアが開いた。
二人は恐る恐る顔を見合わせた。
「…優衣っ!?」
「…きっと立て付けが悪かったんだよ!鍵だって初めから掛かって無かったんだって!」
「優衣だって見たでしょ!?鍵はちゃんと掛かってたしドアだって閉まってた!」
美紗は恐怖に綺麗な顔を歪ませている。
明らかに何かの意思を感じさせる出来事にこれ以上触れたくは無かった。
震える手で優衣の手首を掴む。
「帰ろ…?優衣。」
「嫌よ…こんなチャンス無いもの!私はこの目で都市伝説を見たいの!」
「そんなのどうでも良いよ!私は帰る!」
「美紗の怖がりっ!私は一人でも行くんだから!」
美紗の手は振り払われ、宙をさまよう。
立ち竦む美紗の目の前で、ドアが閉まった。
慌ててドアノブを捻るが、それはまるで飾りのようにびくともしない。
「嘘、でしょ…?優衣っ!!」
呼ぶ声は虚しく暗闇に呑まれて消えていく。
その時。
呆然とする美紗の制服の中で、突然携帯電話が震えた。
その着信音は美紗が設定したものでは無い。
一昔前の黒電話の音。
不気味さの余り、美紗はその携帯電話を地面に投げ捨てた。
暗闇の中で青い着信ランプが定期的に点滅を繰り返している。
「何なの…ッ!?」
無機質な着信音は、美紗を待つかのように鳴り続ける。
恐怖で頭の中は真っ白なのに、何故か美紗の手は再び携帯電話へと伸びていた。
早くその正体を突き止めなければ頭がおかしくなりそうだった。
未だ鳴り響くそれを拾い上げる。
震える指で通話ボタンを押して耳元へ押し当てた。
聴こえてきたのはテレビの砂嵐のような雑音。
しかしそれは規則的に、僅かに途切れる。
『………ト………フ…リ…』
耳を澄まし、言葉の断片を必死に拾う。
そしてそれが繋がった瞬間。
美紗は身体から血の気が引いていくのを感じた。
『…ア…ト…フ…タ…リ…』
2nd.噂
夜中の1時に玄関のチャイムが連打される。
余りにも不躾なその訪問に苛つきながらも、浩志は玄関のドアを開いた。
「何な訳…?今何時だと…」
「浩志…ッ!優衣が…優衣がっ!」
飛び付いてきた小柄な身体を受け止める。
可哀想な程その身体は震えていて、ただ事では無い事を浩志は悟った。
「優衣がどうしたんだよ?」
「病、院…電話がッ…鍵がッ…!」
「落ち着け。何が何だかわかんねぇよ」
美紗の肩を抱き、リビングへと案内する。
ソファーへ座らせると冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注いだ。それを美紗へ差し出すと、恐る恐るながらも受け取って口を付けた。
コップの中身が空になった頃、美紗は漸く少し落ち着いたようだった。
浩志はもう一度先程の質問を重ねた。
「で?優衣がどうしたんだよ…」
「噂の…病院に行ったの…そしたら優衣が閉じ込められちゃって…」
「は…?」
あり得ない話に浩志は顔をしかめる。
しかし美紗は至って真面目で、浩志はその話を信じる他無かった。
「噂…って?都市伝説と関係あんの?」
「ぇ…?」
「昨日、優衣が言ってた…興味無かったから聞かなかったけど…」
「うん…私がクラスの子から聞いた話なんだけどね…」
その病院は地域ではとても有名だった。
優秀な医師、献身的な看護師、その他のスタッフも優秀な人物ばかりで。
最新の治療法も次々と発表し、数々の学会で注目を集めていた。
しかし、その有名な病院は思わぬ形で落ち目を迎える事となった。
原因は良く有りがちな『医療ミス』。
看護師が点滴で希釈して投与する筈だった『塩化カリウム』を、原液で急速投与してしまったのだ。
投与された患者は不幸にも、そのまま命を落としてしまった。
其処までなら、まぁ良くある話だ。
しかし話はそれだけで終わらなかった。その『医療ミス』を調べている内に、病院の奇妙な『ズレ』が徐々に浮き彫りになっていったのだ。
それは入院患者と退院患者の数が合わない事。
明らかに退院患者の数の方が少なかったのだ。
そして院内の見取図の中にある奇妙な空間。
見取図の上では、地下1階の霊安室と剖検室の間にスペースがあるように見える。
しかしそこに在るのは壁だけで。
入口らしきものは1つもない…筈だった。
其処を調べていた、一人の刑事が見つけてしまったのだ。
剖検室の器具棚の後ろにあるドアを。
ドアを開けた瞬間からホルマリンと血が混じり合った、何とも言えない匂いが鼻をつく。
そのまま狭い通路を潜り抜けると20畳以上は有るだろう広い空間に出た。
其処に並んだ5つのベッド。
その上に乗っている『モノ』を認識した瞬間、刑事は思わず口元を押さえた。
ベッド柵にはそれぞれ札がぶら下がっていた。
1つ目のベッドには『切断』。
そしてその文字通り、そのベッドの上には顔の判別も付かない程切り刻まれた人らしきものがあった。
2つ目のベッドには『熱傷』。
やはり其処には全身が焼け爛れ、手を苦し気に上へ伸ばしたまま固まって死んでいる遺体があった。
3つ目は『窒息』。
そして顔がどす黒く変色し、舌をナマコのように口から吐き出して絶命している男性らしき遺体。
4つ目は『薬剤中毒』
見た目には今まで見た3体よりはマシに見えるが、その相貌は酷いものだった。
喉には爪で掻いた傷跡が沢山見て取れた。
目は剥かれ、口は酸素を求めてこれでもかという位開かれている。
そして最後のベッド…
其処にはプレートは掛かっているものの、何も書かれてなかった。
刑事は真っ白のシーツに小さな安堵を覚え、息を吐き出した。
しかし吐ききる前に、突然息が詰まった。
吐こうにも吐けない苦しさにベッドへ倒れ込む。
不意に、刑事の腕が有り得ない方向に曲がった。
それに釣られるかの様に首もミシミシと嫌な音をたてながら背中の方へ回って行く。
断末魔の悲鳴を上げる間もなく、刑事の身体はあっさり捻切れた。
同僚の刑事が駆け付けた時には、5つ目のベッドには無惨に捻られた刑事の遺体が血の海の中に転がっていた。
そして白紙だった筈のプレートにじわじわと赤い文字が浮かび上がる。
『圧搾』…と。
「その病院が最先端の医療を取り入れることが出来たのは、身寄りのない患者を人体実験に使っていたからだったの…」
「それで、その病院は閉鎖されたって訳か…」
「うん…でも消えた患者の怨霊が今でもさまよっていて、空いたベッドを埋めようとしてるらしいの…優衣はきっと…」
「馬鹿馬鹿しい…有りがちな都市伝説だな。」
「でも優衣はホントに閉じ込められたんだよ?」
「で?俺に助けに行け、って言いにきたのか?」
「…ごめん…怖くて…とても私一人じゃ無理なの…浩志くらいしか頼れる人居ない…」
美紗の大きな瞳が伏せられる。
浩志は頼り無げに震えている肩をそっと引き寄せた。あやす様にその背中を撫でる。
「わかった…仮にも幼馴染みだしな…」
「ありがとう!」
「怖かったら俺一人で行くけど…?」
「私も行く…怖いけど、浩志が一緒なら大丈夫!」
3rd.廃病院(浩志・美紗)
美紗から聞いていたが、実際目の前にしてみればその空気は想像以上に重苦しい。
有刺鉄線を潜り抜け入口に立つと、ドアに触れる前にそれは勝手に開いた。
まるで迎え入れるかのようなその動きにゾッとする。
不安を押し殺し、浩志は何でもない風を装った。
「鍵なんて掛かってねぇじゃん…」
「さっきもそうだったの…でも優衣が入った瞬間…」
「…入るしか…無いな」
浩志は真っ暗な院内へと足を踏み入れた。
誰も居ない受付にはカルテが散乱している。
その光景に強烈な違和感を覚え、浩志は散らばったカルテの元へ近寄った。
古びたそれの中に何冊か新しいものが混ざっている。
嫌な予感がした。
「何で…よッ、」
浩志が拾い上げたそれを見て、美紗が声を震わせた。
浩志もこれには言葉を失う。
相川浩志・新庄美紗・淡路優衣…
「何で…俺達のカルテが…」
ギィ……
「っ!?」
「!?」
その時、二人の背後でドアが閉まった。
優衣の様に閉じ込められたのだ。
「…ただの噂じゃ、無さそうだな…」
「…浩志…」
「取り敢えず優衣を捜そう」
浩志は美紗の手を握ると階段の方へと歩いて行った。
地下へ降りる階段は真っ暗で、先に進むのは躊躇われる。
しかし何時までも立ち止まっている訳にはいかない。
浩志は携帯電話のフラッシュライトを懐中電灯代わりに一歩段を降りてみた。
その時、乾いた音が暗闇の中響いた。
カラカラカラカラ…
「ンだよ…今度は…」
「浩志、アレっ…!」
美紗が指差す先には、無人の車椅子。
風も無いのに、それはゆっくりと二人の方へ向かってくる。
「美紗!」
「浩志…ッ!」
近付いてくる車椅子から逃げるように、浩志は美紗の手を引いて一気に階段を駆け降りた。
しかし辿り着いた地下は先程より更に暗く、陰気な空気で満ちている。
灯りの1つでも無いと気が狂いそうだ。
そう浩志が思った時、美紗が控え目に手を引いてきた。
「浩志、この部屋…動力室じゃない?」
「…本当だ…」
美紗の言う通り、部屋のドアには『動力室』と書かれている。
ノブを捻ると、それは存外あっさり開いた。
携帯電話の小さな光を頼りに、二人は主電源を捜す。
「あった!」
バチッ、と音が響いた。
急に辺りが明るくなる。
「これで少しはマシだな…」
「そうだね…」
いくら明るくなった所で、纏う空気が軽くなった訳ではない。
二人はもう一度廊下へ出た。
『……テ…』
ぞわり、と総毛だつ。
高めの女性らしき声が静かな廊下に響く…
浩志と美紗は顔を見合わせた。
『タ…ス…ケ…テ』
今度ははっきり聞こえた。
逃げたくなる気持ちを抑え、浩志は声のした方へと向かった。
4th.廃病院(優衣)
「優衣っ!」
ギィ…バタン
扉が背後で重苦しい音を響かせ閉まった。
流石にこれにはびっくりしたが、それと同時にわくわくする気持ちもあった。
噂の部屋は地下1階の霊安室と剖検室の間。
入口は剖検室の方だ。
ばっちり準備してきた懐中電灯で暗い廊下を照らす。
「階段は…あっちね」
心許ない光を頼りに長い階段を降りきると、更に空気が冷たくなる。
小さく身震いをして、優衣は足を止めた。
ヒタヒタ…
濡れた足で床を歩くような不快な音。
優衣が足を止めればその音は止まる。
一定の距離を保って優衣の後を付いてきている様だ。
(何か…いる…?)
段々と、恐怖が身体を蝕む。
楽しむ余裕はもう何処かに消え失せていた。
(ヤバいかも…逃げよう…!)
引き返そうと振り返って、優衣は言葉を失った。
小さな懐中電灯が照らしたのは、白い病衣。
優衣は思わず懐中電灯を床に落としてしまった。
転がった光が、再び其処を照らし出す。
「ひっ…!」
照らし出されたのは、白い病衣を着た男性。
しかし、その男性には目が無かった。
二つ並んだ真っ黒な空洞から、どす黒い血らしきものが流れている。
開いた口も空洞のようで、それが更に恐ろしい形相を作り上げていた。
二つの空洞は優衣の方を向いたまま、ゆっくりと近付いてくる。
「嫌あぁっ!」
無我夢中で優衣は走った。
一刻も早く逃げなければならない。
本能がそう告げる。
(こんな事なら美紗の言う事聞いておけば良かった…)
走りながら後悔してみるが、それはもう遅い。
今はただ、あの得体の知れない『モノ』から逃げるのが先決だ。
(あの部屋まで逃げる…!)
数メートル先にあるドア。
優衣はそのドアに飛び込んで、内側から鍵を掛けた。
どうやら追ってくる気配は無い…
安心して一息吐く。
そして周りを見回して、優衣の身体に再び緊張が走る。
肩にヒヤリ、とした感触を感じた。
振り返りたくない。
でも、頭は押さえつけられたかの様に勝手に後ろへと向いてしまう。
無理矢理向かされた視線が捉えたのは…
『見…ツ、ケ…タ』
真っ黒な空洞が笑みを形取る。
そのブラックホールに吸い込まれる様に優衣の意識は其処で途絶えた。
5th.剖検室
『タ、ス…ケテ…』
声は尚も響き渡る。
浩志と美紗はその声の元に漸く辿り着いた。
見上げてみれば『剖検室』と書かれたプレート。
数度深呼吸した後、意を決した浩志が勢い良くドアを開いた。
「ここか…」
「…」
どんどん冷えていく空気に美紗が身体を震わせる。
噂通り、棚の横には真っ暗な通路。
その手前に点きっぱなしの懐中電灯が転がっていた。
「これ…優衣のだ…」
「じゃあ優衣はこの先に…」
懐中電灯を拾い上げ、通路の奥を照らす。
無限の暗闇の向こうでまた声が響いた。
『タス…ケテ』
「優衣…ッ!」
浩志が走り出す。
美紗もその後を慌てて追った。
暫く走ると、広い空間に出る。
噂通り、其処には5つのベッドがあった。
暗くてはっきりは見えないが、手前から4つめまでには何かが乗っている様だ。
全てが噂通りで、頭の中に警鐘が鳴り響く。
「タ、助け……て、浩、ちゃんッ…」
「!?」
「優衣!」
浩志は4つめのベッドを懐中電灯で照らす。
そこには優衣が横たわっていた…
「きゃああっ!!」
「!」
美紗が叫ぶ。
其処には確かに優衣がいた。
しかし、それだけでは無かったのだ。
「み、さ…ぁ」
優衣が必死に、二人に向けて手を伸ばす。
しかし、その身体の上には白いものが蠢いている。
人の形をしているが異形のもの。
その顔が上に向く。
真っ黒な空洞か浩志達を捉えた。
「助け…」
ごきっ…
鈍い音が響き、優衣の首が可笑しな方向へ曲がる。
『そいつ』の指が優衣の首を締め上げていた。
握り潰すように、『そいつ』の指は優衣の首へどんどん食い込んでいく。
最終的には優衣の首は無惨に千切れ、床を転がった。
4つ目のベッドに、『断首』の文字が浮かび上がる。
「うわぁぁっ!」
危険だ、と思った。
美紗の手を引き、浩志は無我夢中で来た道を引き返した。
正面玄関まで来たとき、不意に浩志は違和感を覚えた。
あれほどまでに怖がっていた美紗が悲鳴1つあげずついてきているのは何故か…
美紗の手はこんなに冷たかっただろうか…
『ねぇ…浩志…』
頬に触れてきた指。
誘われる様に浩志は『それ』を振り返ってしまった。
『一人だけ帰るなんてズルいじゃない…』
「っ!!」
真っ黒な空洞が其処には並んでいた。
驚き引き下がる浩志に、美沙の形をした『モノ』が暗い口角を引き上げ笑う。
血の気のない白い手が浩志の両手足を掴み、勢い良く引き千切られた…
激痛と共に真っ赤に染まっていく意識。
浩志が最期に見たのは、不気味に笑い続ける美沙の姿だった。
「ねぇ、この話知ってる?」
「何々?」
「4丁目の廃病院あるでしょ?彼処って出るらしいよ…」
「嘘~!マジで?」
「うん、私の友達も其処に行ったまま帰ってこなかったの…」
「えー…?」
「信じてないなら、行ってみる?」
「うーん…ま、肝試しがてら行ってみよっかな!一緒に行くよね?『美紗』」
『うん…行こう…』
真っ黒な空洞が、笑みの形を作った。




