第二話 集まる影
空中庭園を離れ、仮設の回廊を進むと、夜気はさらに冷たくなった。
雲の下を見下ろせば、灯りが星のように瞬いている。
トーナメント開始前夜。
格闘家たちは、それぞれに与えられた待機区画へと散っていく。
「……静かすぎるな」
マコトが首を鳴らす。
「嵐の前ってやつだ」
「お前、そういうの嫌いなくせに」
「嫌いだけど、逃げない」
それが、二人の答えだった。
回廊の先。
月光が、ひときわ強く差し込む場所がある。
そこで、ひとりの少女が立っていた。
長い髪が風に揺れ、軽装の衣が夜気に翻る。
細身だが、無駄のない立ち姿。
足運び一つで、風を操る格闘家だと分かる。
アイリ――十六歳。
若くして名を上げつつある格闘家。
舞うような蹴り技を主体とし、その動きは美しさと鋭さを併せ持つ。
彼女は月を見上げていたが、気配を感じて振り返る。
「あ……ユウ」
その声は、思ったよりも柔らかい。
「久しぶり」
「……ああ」
短い返事。
だが、視線は外せなかった。
「相変わらず、硬い顔してる」
アイリは、小さく笑う。
「緊張してるでしょ?」
「してない」
「はいはい」
そのやり取りに、マコトが肩をすくめる。
「お、久々だな。元気そうで何より」
「マコトも」
軽く会釈し、アイリは再びユウを見る。
「ここに来るってことは……」
「戦う」
ユウの答えは、迷いがない。
アイリは、一瞬だけ目を伏せた。
「……私も」
拳を握る指先が、わずかに震える。
「自分の力、ちゃんと証明したいから」
風が、彼女の周囲を流れる。
無意識に、足元の空気が動いている。
「舞風脚……だったか」
マコトが口にする。
「やっぱり、あの技?」
「うん」
アイリは笑うが、その奥に緊張が滲んでいた。
「でも、逃げない。
ユウがそうだったみたいに」
ユウは言葉を失う。
自分の背中が、誰かを押していたことに、今さら気づく。
その時。
月光が、遮られた。
「……集まりは、ここか」
冷えた声。
振り向くと、銀髪の少女が立っていた。
白い道着。
感情の読めない瞳。
リオ――十七歳。
孤高を貫く格闘家。
雷と蒼光を思わせる技を操り、勝利のみを追い求める存在。
「久しぶりだな、ユウ」
敵意も好意もない、平坦な声。
「また、同じ場所に立った」
「……ああ」
ユウは、視線を逸らさない。
リオの周囲の空気が、わずかに震える。
雷雨が近いのか、空が低く唸った。
「今度は、逃げないんだな」
「逃げない」
短い言葉が、互いにぶつかる。
アイリは二人の間に流れる緊張を感じ取り、息を呑む。
マコトは、苦笑した。
「前夜から火花散らすなよ」
リオは構わず、言葉を続ける。
「勝ち残れ。
私が、潰す」
それだけ言い残し、踵を返す。
白い道着が、月光の中に消えていった。
残された三人は、しばらく言葉を失っていた。
「……相変わらずだな」
マコトが息を吐く。
「強い。でも、孤独だ」
アイリは、小さく呟いた。
ユウは、拳を握る。
明日から始まる戦い。
拳だけでなく、心も試される。
月は、静かに見下ろしていた。
それぞれの理由を抱えた格闘家たちが、
同じ空の下で交わる夜を。




