第十一話 揺れる天秤
転送の光が消えた瞬間、足元の感触が変わった。
硬く、冷たい。
金属の響きが、わずかに反響する。
天空リング。
雲の上、高空に設えられた円形の戦場。
外周に柵はなく、足を踏み外せば、そのまま蒼空へ落ちていく。
「……落ちたら終わりだな」
マコトが、冗談めかして言う。
「冗談に聞こえねぇ」
レオが短く返す。
風が、強い。
高所特有の流れが、身体の感覚を狂わせる。
ユウは、深く息を吸った。
(……集中しろ)
足元の円が、光る。
向かいに現れたのは――
ジン。
長い黒髪が風に揺れ、感情を削ぎ落としたような瞳が、こちらを見ている。
「……来たか」
低い声。
逃げ場のない組み合わせ。
マコトが、息を呑む。
「マジか……」
開始の合図は、なかった。
風が、鳴る。
ジンが、消える。
視界の端で、影が動いた。
ユウは、身を捻る。
拳が、頬を掠める。
(速い……!)
――雷鳴破。
雷のような衝撃が、空を裂く。
ユウは、後方へ跳び、踏みとどまる。
足元が、揺れる。
(落ちるわけには……)
ジンは、間合いを詰める。
無駄がない。
感情が、ない。
(……違う)
ユウは、拳を握る。
(俺は、捨てない)
踏み込む。
――心象拳。
だが、ジンの動きは、止まらない。
「通じない」
ジンの声は、淡々としている。
「感情は、隙になる」
次の瞬間。
――絶影拳。
視界が、歪む。
衝撃が、遅れてやってくる。
ユウは、リングの端まで吹き飛ばされた。
足先が、宙に浮く。
(……落ちる)
その瞬間。
(守る)
心が、強く鳴った。
踏み出す。
風を蹴るように、身体を引き戻す。
――飛燕蹴。
空中で放った一撃が、ジンの肩を捉える。
完全ではない。
だが、確実に、感情が伝わった。
ジンの動きが、わずかに止まる。
「……」
初めて、表情が揺れた。
ユウは、着地し、息を整える。
「感情は……」
拳を握る。
「俺の、力だ」
風が、強まる。
天空リングの上で、
二つの拳が、真正面からぶつかろうとしていた。
揺れる天秤は、
まだ、どちらにも傾いていない。




