第93話 静かなる和解
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**【フェリシア視点】**
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朝日が、セレスティナの街を照らしていた。フェリシアは、王城の窓から街を見下ろしている。昨夜は、王城の客室で休んだ。戦いの疲労は、まだ残っている。だが、心は晴れやかだった。戦争が終わった。本当に、終わった。
「お姉さま」ヴァルブルガが部屋に入ってくる。彼女も、同じ階の部屋で休んでいた。「もう起きていたのじゃな」
「ええ」フェリシアは頷いた。「眠れなくて」
「わらわもじゃ」ヴァルブルガが窓に近づく。二人で、街を見る。市民たちが、動き始めている。店を開ける者。畑に向かう者。普通の生活が、戻ってきている。
「平和じゃな」ヴァルブルガが呟く。
「ええ」フェリシアも微笑んだ。「これが、私たちが守りたかったもの」
扉がノックされた。「フェリシア様、ヴァルブルガ様」侍従の声。「国王陛下が、謁見の間でお待ちしております」
「分かりました」フェリシアが答える。「すぐに参ります」
二人は身支度を整えて、謁見の間へ向かった。
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謁見の間。セレスティナ国王が、玉座に座っていた。その周りには、側近たちが控えている。そして、連邦の代表たちも集まっていた。グルカ、ソロン、アストリッド、バリン、エルドリック、グウィン、ヴァレリウス。皆、正装している。
「お集まりいただき、ありがとうございます」国王が立ち上がった。深く頭を下げる。「昨夜はお休みいただけましたか?」
「はい」フェリシアが答える。「おかげさまで」
国王は玉座に戻った。そして、宣言する。
「悪夢は終わった」声が謁見の間に響く。「私は王として、国民の皆に詫びたい」「マリーネを止められなかった」「国を、戦争に導いてしまった」「その責任は、私にある」
側近たちが、驚いた表情を見せる。だが、国王は続けた。
「しかし、これからは違う」「国民のための政治を」「平和のための外交を」「それが、私の責務です」
城外から、歓声が聞こえてきた。市民たちが、王城前に集まっている。
「陛下が戻られた!」「やっと普通に戻れる!」喜びの声。
フェリシアは、窓の外を見た。量産勇者だった人々も、混じっている。農民は畑へ戻り、商人は店を開き、兵士は家族の元へ。普通の生活が、戻っている。
「もう二度と、あんな力はいらない」誰かが叫んだ。「普通に生きたい」その声に、皆が頷く。
国王は、フェリシアたちを見た。「フェリシア殿、ヴァルブルガ殿」「そして、連邦の皆様」深く頭を下げる。「講和をお願いしたい」「セレスティナは、もう戦いません」
フェリシアは前に出た。「セレスティナの独立は尊重します」
国王が顔を上げる。
「ただし」フェリシアが続ける。「いくつかお願いがあります」
「何でも聞きましょう」国王が即答する。「私には、拒む権利などありません」
フェリシアは、ヴァルブルガと視線を交わした。そして、条件を述べる。
「まず、ノヴァ・ステラとの修好条約締結」「国交を正常化させてください」
「当然です」国王が頷く。
「次に、勇者の派遣停止」フェリシアが続ける。「勇者が発生しても、国の守護者として」「他国への派遣は行わないこと」
「承知しました」国王が答える。「もう、勇者を戦争の道具にはしません」
ソロンが前に出た。「もう一つ」連邦議長としての威厳ある声。「貿易協定の見直しを求めます」「宗教的対立から、貿易レートが良くなかった」「それを、公正なものに」
国王が頷く。「もちろんです」「むしろ、お願いしたい」「我が国は、今後連邦との協調を重視します」
グルカが実務的に言う。「具体的な条件は、後日詰めよう」「今は、基本方針の確認だ」
「ありがとうございます」国王が感謝する。
その時、側近の一人が前に出た。老齢の宰相。
「マリーネ大司教の処遇について」震える声。「どのように...」
フェリシアは、考えた。マリーネは、確かに悪だった。だが、今は廃人だ。罰することに、意味があるのか。
「山奥の静養院で、療養を」フェリシアが提案する。「生涯、そこで過ごしていただく」「ただし、罪に問うことはしません」
宰相が涙を流した。「ありがとうございます...」「大司教は...昔は本当に優しい方だった」「それが...」言葉が途切れる。
国王が静かに言った。「彼女も、狂信の犠牲者だった」「だが、罪は罪」「静養院で、静かに余生を送ってもらおう」
修道院長が進み出た。「私が、お世話します」老齢の女性。慈悲深い表情。「もう誰も傷つけることはありません」「安心して、お任せください」
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**【視点切り替え:フェリシア → マリーネ】**
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その頃、王城の医務室。マリーネは、ベッドに横たわっていた。目は開いているが、何も見ていない。
「光...」呟く。「光...もう一度...」同じ言葉を、繰り返す。
修道女たちが、優しく世話をしている。「大司教様、お水をどうぞ」だが、マリーネは反応しない。ただ、虚ろな目で天井を見つめている。
「なぜ...完璧だったはずなのに...」意味不明な言葉。「神の意志を...実現したのに...」
修道女が涙を拭く。「可哀想に...」「こんな姿になってしまわれて...」
やがて、馬車が用意される。マリーネを、山奥の静養院へ運ぶために。修道院長が同行する。
「行きましょう、大司教様」優しく声をかける。マリーネは、抵抗しない。人形のように、運ばれていく。
馬車が出発する。王城の門を出て、街を抜ける。市民たちが、複雑な表情で見送る。
「大司教様...」「あんなに立派だったのに...」哀れみと、少しの恐怖。
マリーネは、馬車の中で呟き続ける。「光...光...」永遠に、失われた光を求めて。
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**【視点切り替え:マリーネ → フェリシア】**
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謁見の間。国王が、改めて宣言した。
「セレスティナは、生まれ変わります」「小さくとも、平和な国として」「もう他国を脅かすことはしません」
フェリシアは頷いた。「それが一番です」
ヴァルブルガも微笑む。「わらわたちも、協力するのじゃ」「困ったことがあれば、いつでも」
国王が深く頭を下げた。「ありがとうございます」「あなた方の寛容に、心から感謝します」
グルカが実務的に続ける。「では、撤退の準備を始める」「食料と医薬品は、置いていこう」「復興に使ってください」
アストリッドも頷く。「タラッサも、海路での支援を約束する」
バリンが金槌を掲げる。「ドワーフの職人を派遣しよう」「城壁の修復を手伝う」
エルドリックが静かに言う。「銀森からも、治療魔法の使い手を送ろう」
グウィンが咆哮する。「獣人部族も協力する!」
ヴァレリウス老王が頷く。「レオニスも、できる限りの支援を」
連邦の全ての国が、支援を表明した。国王の目に、涙が浮かぶ。「皆様...」「こんなにも...」
ソロンが議長として言う。「これが、連邦の理念です」「多様性の中の団結」「困っている国があれば、皆で助ける」「それが、私たちの強さです」
フェリシアは、その言葉に頷いた。これだ。これが、本当の強さ。一人では弱くても、皆で支え合えば強くなれる。それを、証明できた。
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城外。連合軍が、撤退の準備を始めている。整然と、荷物をまとめる。市民たちが、集まってくる。
「ありがとう!」「助けてくれて!」感謝の言葉。
兵士たちが、手を振り返す。「元気でな!」「復興、頑張れよ!」温かい交流。
フェリシアとヴァルブルガが、城門から見ている。
「良い光景じゃな」ヴァルブルガが言う。
「ええ」フェリシアは微笑んだ。「これが、本当の勝利です」「戦いに勝つことじゃない」「平和を作ること」
ドラーゲンが、影から現れた。「よくやった」短い言葉。だが、その中に誇りが込められている。
「師匠」フェリシアが振り返る。「ありがとうございました」
「俺は何もしていない」ドラーゲンは首を振った。「お前たちが、自分で成し遂げた」
千景も現れる。「素晴らしい戦いじゃったのう」九尾を嬉しそうに揺らす。「わらわも、勉強になったのじゃ」
アンブロジウスが近づいてくる。「皆様」穏やかな笑顔。「神々も、満足されているようです」「この結果を」空を見上げる。秋の青空。雲一つない。
「神と人の、適切な距離」アンブロジウスが呟く。「それが、保たれました」「セレスティナの神も、反省されたでしょう」
フェリシアは頷いた。「これで、本当に終わりですね」
「いや」ドラーゲンが言った。「始まりだ」
「始まり?」
「新しい時代の始まりだ」ドラーゲンが説明する。「そして、真の平和が訪れる」
千景が尻尾を揺らした。「それは楽しみじゃのう」
連合軍の出発が始まった。グルカ軍が先頭を歩く。アルカ共和国軍が続く。タラッサ軍、ドワーフ軍、エルフ弓兵、獣人部族軍、レオニス兵。そして、妖怪軍団。皆が、整然と行進する。
市民たちが、両側に並んで見送る。拍手と、歓声。「ありがとう!」「また来てね!」温かい言葉。
フェリシアとヴァルブルガは、最後尾を歩いた。振り返ると、セレスティナの城が見える。王城の屋上に、国王が立っていた。手を振っている。
フェリシアも、手を振り返した。「さようなら」小さく呟く。「また会いましょう」
ヴァルブルガも手を振る。「元気でのう!」
二人は前を向いた。そして、連合軍と共に歩き出す。セレスティナを後にして。新しい未来へ。
道は長い。だが、仲間がいる。連邦の国々が、共に歩いてくれる。だから、大丈夫。必ず、平和は訪れる。
フェリシアは、そう信じていた。
秋の風が、髪を揺らす。気持ちいい風。平和の風だ。
「お姉さま」ヴァルブルガが言う。「わらわ、幸せじゃ」
「私も」フェリシアは微笑んだ。「あなたと一緒で、良かった」
二人は手を繋いだ。姉妹のように。いや、本当の姉妹以上に。共に戦い、共に生きる。それが、二人の絆。
連合軍は、地平線に向かって進む。秋の陽射しが、背中を照らす。温かい光。双子星の光のように。
戦争は終わった。そして今、平和が始まろうとしている。フェリシアは、そう感じていた。




