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追放された最強おっさん魔族、女勇者を鍛えていたら国が分裂! 最終課題「魔王にセクハラしてこい」でどうしてこうなった!?  作者: よん


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第09話 喧騒の中の第一歩、"観る"ことと"潜む"ことの教え

第09話 喧騒の中の第一歩、"観る"ことと"潜む"ことの教え


ラゴマジョレの街に夏の朝日が踊る頃、フェリシアは昨日の痛みと共に目覚めた。


 体の節々がまだくすぶるように疼いて、寝返りを打つたびに心の奥底にある屈辱感がよみがえってくる。あの飄々とした中年男に、いとも簡単に翻弄されたのだ。それも、きちんとした戦闘どころか、足払い一つとふざけた悪戯で。


 身を起こすたびに、昨夜の光景が脳裏に蘇る。ドラーゲンの悪戯っぽい笑顔。フェリシアのお尻を軽く撫でたあの手の感触。そして何より、あの飄々とした中年男が見せた、底知れない実力。


 彼は本気でフェリシアを指導するつもりなのだろうか。それとも、追放された元幹部の、退屈しのぎの一時の気まぐれなのか。


 フェリシアは宿の窓から外を眺めた。ラゴマジョレは国境近くの街らしく、朝から商人たちの活気ある声が響いている。セレスティナからの物資と魔王領からの特産品が行き交い、二つの領域の狭間で暮らす人々の生活があった。


 思えば、フェリシアにとって戦争とは、いつも遠い話だった。王都で受けた訓練も、教会での講義も、「魔王を倒す」という大義名分の下で語られる抽象的な理念ばかり。実際に魔族と刃を交えたことはおろか、まともに話したことすらなかった。


 それが、昨日はじめて魔族と向き合った。それも、追放されたおっさんなどという、およそ威厳に欠ける存在だった。しかし、その飄々とした男に、フェリシアは完膚なきまでに打ち負かされたのだ。


 フェリシアは重いため息をつき、寝台から身を起こした。約束の時間は、もう間もなくだ。いつもの勇者の装束ではなく、街に溶け込むための簡素なワンピースに着替え、髪を無造作に束ねると、フェリシアは覚悟を決めて部屋の扉を開けた。約束の場所は、昨日とは違う、街で最も人で賑わう市場の中央広場。あの男がそこで何を始めるつもりなのか、見当もつかなかった。


 市場の喧騒に足を踏み入れると、噴水の縁に腰掛けているドラーゲンの姿がすぐに見つかった。彼はフェリシアの姿を認めると、人の悪い笑みを浮かべる。


「おや、お嬢ちゃん。随分と浮かない顔じゃないか。昨日の私の優しい手ほどきが、まだ身に沁みているのかね?」


「......別に。それより、約束通り来ました。それで、稽古とは一体何を?」


 フェリシアがぶっきらぼうに返すと、ドラーゲンは満足げに頷き、すっと立ち上がった。


「さて、お嬢ちゃん。最初の稽古といこうか」


 彼は、まるで昨日の腕試しなどなかったかのように、軽い口調で切り出した。


「いつまでも剣の修練場や人気のない広場ばかりじゃ、本当の意味での感覚は磨かれん。今日からここで、君には観見の目付というものを鍛えてもらう」


   *   *   *

【視点切り替え:フェリシア → ドラーゲン】

   *   *   *


「観見の目付...ですか? それは、ただ一生懸命、目を凝らして周りを見ればいいということでしょうか?」


 その素朴な問いに、ドラーゲンはやれやれといった表情で大げさに首を振った。やはり、この子は基本的なことから教え直す必要がある。昔、とある師匠から学んだ教えを思い出す。


「はあ...だからお嬢ちゃんは正直すぎると言われるんだ。違う、違う。観るというのは、単に視覚で対象を捉えることじゃない。相手の微細な動作、その奥にある思考の動き、そして周囲に発散される気配――それら全てを、五感、いや六感全てを使って感じ取り、読み解くことだ。これは私が東方で学んだ、古い教えの基本中の基本でな」


「そんなことまで...? 人の思考や、気配を読むなんて...」


「ああ、そうだ。例えばほら」


 ドラーゲンは顎で、少し離れた場所で言い争いをしている二人組の男を指し示す。


「あの二人、口では威勢のいいことを言っているが、本気で殴り合う気はない。足の位置を見てみろ。どちらもいつでも逃げ出せるように、重心が後ろに傾いているだろう? あれはただの虚勢だ」


 案の定、男たちはしばらく罵り合った後、ばつが悪そうに互いに背を向けて去っていった。フェリシアの目が驚きに見開かれるのを、ドラーゲンは見逃さなかった。


「魔力の流れ、人々の姿勢の変化、筋肉の僅かな強張り、視線の方向、呼吸のリズム...ありとあらゆる情報から、次に何が起こるか、誰がどう動くかを先読みする。そういう眼を養う必要があるのさ。私の師匠はこれを『観見の目付』と呼んでいた。単なる視覚ではなく、全感覚を使った情報の読み取り技術だ。それができれば、昨日のように、相手の攻撃を先んじて避けることも、懐に飛び込むことも容易くなる」


「観るということが、そんなに奥深いものだったなんて...」


 フェリシアがドラーゲンの言葉を反芻するように呟くと、ドラーゲンは満足げに頷いた。理解の速さは悪くない。


「そうだ。だが、それでもまだ半分、いや、入り口に立ったに過ぎん。観ることに集中するあまり、己の気配を不用意に垂れ流したり、逆に相手にこちらの思考や次の動きを読まれたりしては、元も子もないだろう? それでは的を背負って歩いているようなものだ」


 ドラーゲンの眼差しが、一瞬、底知れない深みを帯びる。これから話すことは、ドラーゲンの戦術の核心部分だ。英露仙人から学んだ、最も重要な教えの一つでもある。


「真の観見の目付とは、そして私が目指すパッシブ戦術の極意とは――師匠の言葉を借りれば『見えずして見、知られずして知る』ということだ。相手からは己の情報を一切読み取らせず、己の存在や意図すら曖昧にし、まるで水底に潜む大魚のように、あるいは東方の影に生きる隠密――忍びのように、音もなく、気配もなく、敵に何も悟らせることなく、しかし確実に相手のあらゆる情報を一方的に把握すること。弱点、意図、次の一手――それら全てを読み切る。攻防一体、いや、もはや攻防という概念すら超越した、戦う以前の絶対的な優位性を確保するための術なのだ。相手に何も悟らせず、相手の全てを知る。それができて初めて、観ることの意味がある」


 フェリシアは言葉を失っている。当然だろう。彼女にとって、これまでの戦いの概念を根底から覆す話なのだから。おそらく彼女の目には、ただの人混みにしか見えなかった市場の喧騒が、無数の情報が飛び交う、恐るべき修練場へとその姿を変えて見えているはずだ。目の前に、途方もなく高い壁がそびえ立ったかのような絶望感と、しかし同時に、昨日のドラーゲンの常識外れの強さ、その秘密の一端に、今確かに触れたという、武者震いにも似た感覚が彼女の背筋を駆け上がっていくに違いない。


 だが、この技術を身につけることができれば、この子は魔王との戦いにおいて、私が目指す「第三の道」を歩むことができるようになる。ただ倒すでも、ただ倒されるでもない、真の解決への道を。

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