第88話 城壁に響く角笛
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**【フェリシア視点】**
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魔王城の城壁が、また揺れた。フェリシアは左腕を押さえながら、城壁の上に立っていた。包帯が血で滲んでいる。
「もう少し...もう少し持ちこたえて!」叫ぶが、声は嗄れていた。
籠城が始まってから、何日が経っただろう。日数を数える余裕もなかった。ただ、戦い続けた。
城壁の下には、セレスティナの量産勇者たち。何百という光の群れが、城を包囲している。
「フェリシア様!」横から声がした。ザガトだった。顔中が傷だらけで、鎧も砕けている。その隣には、同じくボロボロのボルグ。二人とも立っているのがやっとの状態だが、フェリシアを支えるように立っている。
「ザガト...ボルグ...」フェリシアが呟く。「まだ戦えるのか?」
「当然だ」ザガトが歯を食いしばって答える。「俺たちは、あんたが守ろうとしているものを守る」「それが、今の俺たちの役目だ」
ボルグも頷いた。「フェリシア様には、恩がある」「この命、尽きるまで戦います」
フェリシアの目に涙が浮かんだ。「ありがとう...」
その時、グレイウォル将軍も駆け寄ってくる。「防衛術式が...もう限界です」
フェリシアは空を見上げた。魔王城全体を覆っていた紫色の障壁。ヴァルブルガの魔力と、自分の光の力を組み合わせた共同防御術。それが今、無数のひび割れで覆われている。
「ヴァルブルガは?」
「城の反対側で、まだ術式を維持していますが...」グレイウォルが苦しそうに言う。「あちらも限界かと」
ザガトが剣を構えた。「ならば、俺たちが時間を稼ぐ」「少しでも長く...」
ボルグも武器を握り直す。
フェリシアは拳を握った。爪が掌に食い込む。
(ドラーゲン師匠...千景さん...)(援軍は...来るのでしょうか)
その時、空が光った。城の反対側から光の槍が降り注ぐ音が聞こえる。そして、悲鳴。
「ヴァルブルガ!」フェリシアの心臓が跳ね上がった。
紫色の障壁が、急速に弱まっていく。ひび割れが広がり、やがて——砕け散った。
「障壁が...」グレイウォルが絶望の声を上げる。
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**【視点切り替え:フェリシア → 聖女アウローラ】**
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城の正門前。聖女アウローラは、無表情に立っていた。全身が黄金の光に包まれている。過剰な加護の輝き。
「障壁が消えました」量産勇者の一人が報告する。
アウローラは頷いた。機械的な動作。「城壁を破壊せよ」
「了解」
50名の量産勇者が前に出る。皆、同じように光に包まれている。皆、同じように虚ろな目をしている。
一斉に手を掲げた。「光の槍よ...」50の声が重なる。「偽りの統合を正すために...」
光が集まる。「貫け!」
50の光の槍が、一斉に放たれた。
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**【視点切り替え:聖女アウローラ → フェリシア】**
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フェリシアは城壁の上で、光の奔流を見た。50もの光の槍が、同時に城壁に突き刺さる。
轟音。大地が揺れた。そして、城壁の一部が崩れ落ちる。石が砕け、瓦礫が崩れ落ちていく。
「城壁が...」グレイウォルが呻いた。
市民たちが悲鳴を上げる。「終わった...」「もう駄目だ...」
絶望の声が、城内に広がる。
フェリシアは剣を握った。右手だけで。左腕は動かない。それでも、前に出る。
「まだです!」叫ぶ。「まだ諦めないで!」
だが、その時だった。地面が、揺れた。いや、違う。これは地震ではない。何かが...近づいている。大量の何かが。
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**【視点切り替え:フェリシア → グルカ】**
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丘の上。グルカは魔王城を見下ろしていた。城壁が崩れるのが見える。
「急げ!」グルカが叫んだ。「全軍、突撃!」
2万5千の連合軍が、一斉に駆け出した。大地が揺れる。その足音が、魔王城まで届く。
「グルカ軍、中央突破!」グルカの歩兵が、正面から突進する。
「アルカ軍、右翼を固めろ!」ソロン率いるアルカ共和国軍が、右翼から展開する。
「タラッサ軍、側面を取れ!」アストリッド率いる水兵が、左右に展開する。
「ドワーフ軍、城壁の修復だ!」バリン率いる重装兵が、工具を担いで走る。
「エルフ弓兵、高所から支援射撃!」エルドリック率いる弓兵が、丘の上から矢を放つ。銀色の矢が、雨のように降り注ぐ。
「獣人部族、敵陣を撹乱せよ!」グウィン率いる獣人が、野性的な咆哮を上げて突進する。
「レオニス兵、負傷者の救護を!」ヴァレリウス老王率いるレオニス兵が、医療部隊として展開する。
そして、空から。「妖怪軍団、突入じゃ!」千景の声が響いた。
天狗が風を起こし、鬼が雄叫びを上げる。妖怪たちが空から降下してくる。
グルカは剣を掲げた。「バロッサゴーレムの犠牲を無駄にするな!」「ノヴァ・ステラを救うぞ!」
連合軍が、咆哮した。「おおおおおお!」
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**【視点切り替え:グルカ → 聖女アウローラ】**
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アウローラは、振り返った。丘から降りてくる大軍勢。
「援軍...?」機械的な声に、わずかな動揺が混じる。「そんな...早すぎる...」
計算が狂った。魔王城は孤立していたはず。援軍が来るまでには、もっと時間がかかるはず。
「全軍、迎撃態勢!」アウローラが命じる。
量産勇者たちが、連合軍の方を向いた。だが、その動きが鈍い。何日も戦い続けている。過剰な加護は、肉体を蝕んでいた。
「光の槍を...」アウローラが命じようとした時だった。
背後から、赤い光が差した。「遅くなったのじゃ!」
千景が、妖怪軍団を率いて上空から降下してくる。天狗が風を起こし、量産勇者たちを吹き飛ばす。鬼が地面を踏み鳴らし、地面を割る。
「東方の誇りをかけて!」妖怪たちの雄叫びが響いた。
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**【視点切り替え:聖女アウローラ → フェリシア】**
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フェリシアは、信じられない光景を見ていた。丘から降りてくる大軍勢。空から降下してくる妖怪たち。
「援軍が...」声が震えた。「本当に来てくれた...」
涙が溢れる。
その時、横で声がした。「お姉さま!」
ヴァルブルガだった。傷だらけで、服もボロボロ。それでも、立っている。
「ヴァルブルガ!」フェリシアが駆け寄る。
二人は抱き合った。「間に合ったのじゃ...」ヴァルブルガが泣きながら言う。「ドラーゲンが...皆が...来てくれた」
フェリシアは頷いた。そして、城壁から身を乗り出す。
「皆さん!」叫んだ。「援軍です!諦めないで!」
城内から、歓声が上がった。「援軍だ!」「助かった!」
市民たちが立ち上がる。兵士たちが武器を握り直す。
グレイウォル将軍が剣を掲げた。「全軍、反撃開始!」
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**【視点切り替え:フェリシア → グルカ】**
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グルカは連合軍の先頭を走っていた。斧を振り上げ、量産勇者に斬りかかる。
「どけ!」一撃。量産勇者が吹き飛ぶ。
(おかしい)グルカは気づいた。(こいつら、弱い)
量産勇者は確かに強い。だが、今の連合軍はそれ以上だった。兵士の一人が、量産勇者と互角に戦っている。いや、押している。
「体が軽い!」兵士が叫ぶ。「力が湧いてくる!」
(各国の神々が...)グルカは理解した。(加護を与えているのか)
セレスティナの神の暴走を止めるため。連邦の神々も、力を貸している。ただし、控えめに。人の意志を尊重しながら。
「進め!城壁まで突破する!」グルカが叫んだ。
連合軍が、セレスティナ軍を押し返していく。
空から、千景の声が響く。「妖術・幻惑の霧!」
赤い霧が戦場に広がり、量産勇者たちが混乱し始める。妖怪軍団が戦場を撹乱していく。天狗が風を起こし、鬼が金棒を振るう。
グルカは気づいた。空気が変わっている。神々の気配。セレスティナの神の加護が、弱まっている。連邦の神々が、介入している。
その時、城壁の上から光が輝いた。金色と銀色の光。
「あれは...」グルカが見上げる。
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**【視点切り替え:グルカ → フェリシア】**
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フェリシアは、ヴァルブルガと手を繋いでいた。城壁の上。二人は向き合う。
「お姉さま」ヴァルブルガが言う。「最後の力を振り絞るのじゃ」
「ええ」フェリシアは頷いた。「《調和の螺旋》を」
二人は目を閉じた。フェリシアの光の魔力。ヴァルブルガの闇の魔力。それが混ざり合う。
金色と銀色の光が、螺旋を描いて空に昇る。美しい光の柱。それが、戦場を照らした。
光の螺旋が、聖女アウローラを包み込んだ。
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**【視点切り替え:フェリシア → 聖女アウローラ】**
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アウローラは、光に包まれた。金色と銀色の螺旋。それが、体に染み込んでくる。
「やめろ...」アウローラが呻いた。「神の意志が...消えていく...」
過剰な加護が、浄化されていく。体が軽くなる。いや、違う。今まで、重すぎたのだ。神の力に押しつぶされていた。
「私は...」光の中で、アウローラの目に色が戻った。虚ろだった瞳に、光が宿る。
そして、気づいた。「何を...していたの...」震える声。
周囲を見回す。破壊された城壁。傷ついた人々。戦い続ける量産勇者たち。
「こんなことを...私が...」膝から崩れ落ちた。
涙が溢れる。「ごめんなさい...ごめんなさい...」何度も何度も呟く。
その時、周囲の量産勇者たちも変わり始めた。体が軽くなる音。頭の中の霧が晴れていく気配。
「あれ?」「俺は...何をしていた?」
混乱した声が広がっていく。量産勇者たちが、次々と剣を落としていく。
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**【視点切り替え:聖女アウローラ → フェリシア】**
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フェリシアは、城壁から叫んだ。「あなたたちも操られていたんです!」声を限りに。「目を覚まして!これは正義じゃない!」
量産勇者たちが、フェリシアを見た。
「私たちは敵じゃありません!」フェリシアが続ける。「皆、同じ人間です!」
ヴァルブルガも叫ぶ。「わらわたちは、誰も傷つけたくなかった!」「ただ、共に生きたかっただけじゃ!」
二人の声が、戦場に響く。量産勇者たちが、次々と武器を下ろし始めた。
「もう...戦いたくない」元農夫の男が呟く。「家に...帰りたい」「子供の顔が見たい」
涙を流す者もいる。
その時、グルカが前に出た。「降伏すれば、命は保証する!」大声で。「お前たちに罪はない!」「操られていただけだ!」
グルカの言葉に、量産勇者たちが頷いた。次々と武器を地面に置いていく。
ただし、まだ一部は抵抗している。加護が完全には消えていない者たち。だが、連合軍が圧倒していく。
形勢が逆転していく。圧倒的不利だった戦況が、一気に覆る。
「陛下!」グレイウォルが叫んだ。「形勢逆転です!」
フェリシアとヴァルブルガが振り返る。二人は疲れ果てていた。傷だらけで、立っているのもやっと。それでも、笑顔だった。
「勝った...」フェリシアが呟く。
「わらわたち...勝ったのじゃな」ヴァルブルガが尻尾を揺らす。
城内から、歓声が上がった。「勝った!」「助かった!」
市民たちが抱き合う。兵士たちが武器を掲げる。
グレイウォルは、二人に近づいた。「お見事でした」深く頭を下げる。「よくぞ、持ちこたえてくださいました」
フェリシアは首を振った。「私たちだけじゃありません」「皆が頑張ってくれたから」
ヴァルブルガも頷く。「それに...」城壁の下を見る。連合軍が、戦場を制圧している。「皆が...来てくれたからじゃ」
城壁の下から、師匠の声が聞こえた。「フェリシア!」
手を振ると、ドラーゲンが手を振り返してくれた。その隣には千景さんも。
「師匠!」フェリシアが叫ぶ。「ありがとうございます!」
「礼なら後だ!」ドラーゲンの声が響く。「まだ終わってないぞ!」
戦いは終わった。だが、これからが本番だ。セレスティナとの講和。それが待っている。
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**【視点切り替え:フェリシア → 聖女アウローラ】**
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アウローラは、地面に座り込んでいた。涙が止まらない。
「私は...何てことを...」震える手で顔を覆う。
記憶が戻ってきている。セレスティナで、勇者を量産したこと。人々に過剰な加護を与えたこと。そして、この戦争を始めたこと。
全て、自分の意志だと思っていた。だが、違った。操られていた。神の意志に。
「マリーネ大司教...」アウローラは呟いた。
全ての元凶。大司教マリーネ・アクィナス。彼女こそが、この狂気を作り出した。
その時、足音が近づいてきた。「大丈夫?」優しい声。
顔を上げる。フェリシアとヴァルブルガが立っていた。二人とも、傷だらけ。だが、敵意は感じられない。
「あなたたちは...」アウローラが呟く。「私を...許すの?」
フェリシアは首を振った。「許すとか許さないとか、そういうことじゃありません」しゃがみ込んで、目線を合わせる。「あなたも被害者です」「利用されただけ」
ヴァルブルガも頷く。「わらわも、昔は似たようなものじゃった」「孤独で、誰も信じられなくて」「だから、わかるのじゃ」
アウローラは、また涙が溢れた。「ごめんなさい...」
「もう、謝らなくていいわ」フェリシアが手を差し出す。「立って」「これから、一緒に償いましょう」
アウローラは、その手を見た。敵だったはずの手。だが、今は温かい。
震える手で、その手を握った。フェリシアが引き上げてくれる。
「ありがとう...」小さく呟いた。
戦場に、静寂が訪れていた。戦いは終わった。ノヴァ・ステラは、守られた。
だが、これは始まりに過ぎない。本当の戦いは、これからだ。




