第85話 夜を駆ける使者
---
**【ドラーゲン視点】**
---
魔王城から離れた丘で、千景が九尾を全開にした。九本の尻尾が、月明かりに照らされて輝いている。
「妖術・縮地の術じゃ!」赤い光が二人を包む。
「待て」ドラーゲンが千景の肩を掴んだ。
「どこに飛ぶつもりだ?」
「グルカ領じゃ!」千景が自信満々に答える。
だが、その指差す方角は全く逆だった。
「...それ、南東だぞ。グルカ領は北西だ」
「えっ」千景が固まる。
ドラーゲンは深くため息をついた。
「お前一人で飛んだら、どこに着くか分からんな」
「う、うるさいのじゃ!わらわは方向感覚が少し...」
「少しどころじゃない」
ドラーゲンは影術を発動した。影が足元から広がり、千景の妖術と絡み合う。
「影術で目的地の座標を固定する」
「お前の縮地の術は速いが、方向がめちゃくちゃだからな」
「む...でも二人でやれば完璧じゃろう?」千景が尻尾を揺らす。
ドラーゲンが苦笑した。
「ああ。お前の移動力と、俺のナビゲーション」
「夫婦の共同技だ」
影術の座標固定と、千景の縮地の術が融合する。空間が正確に歪む。
次の瞬間、二人は遥か遠くにいた。
「第一の目的地、グルカ領だ」ドラーゲンが言った。
「ちゃんと着いたのじゃ!」千景が嬉しそうに尻尾を揺らす。
「お前一人なら海の真ん中だったな」
「...言うでない」
深夜1時。グルカ領に到着した。
執務室に影から出現すると、グルカが斧を構えた。
「何事だ!?」
「緊急事態だ。ノヴァ・ステラが危機に」
ドラーゲンが説明した。セレスティナの量産勇者300名の脅威を。
グルカは即座に理解した。
「300名の勇者級...それは異常だ」
「問題の本質はそこじゃない」ドラーゲンが続けた。
「セレスティナは『正しい秩序』を主張している」
「今日はノヴァ・ステラ、明日は貴国かもしれない」
グルカが立ち上がった。
「我が国の自治も否定される可能性が」真剣な表情で頷く。
「分かった。アルカの緊急議会に出席する」
「すぐに準備を」
ドラーゲンが言った。
「俺たちが運ぶ。今すぐアルカに飛べる」
グルカは驚いた表情を見せたが、すぐに頷いた。
「なるほど、それなら速い」
「では、副官に指示を出してくる」
数分後、グルカは旅支度を整えて戻ってきた。
千景の縮地の術と、ドラーゲンの影術が発動する。空間が歪み、三人の姿が消えた。
深夜3時。タラッサ海洋連合。
寝室の影から出現すると、タラッサ海王が飛び起きる。
「ドラーゲン殿!?千景殿も!」
千景が尻尾を揺らす。
「時間がない、手短に話す」
セレスティナの暴走と、その危険性を説明した。海王が青ざめる。
「量産勇者だと?冒涜だ」
「彼らは次にどこを『浄化』するか分からない」ドラーゲンが言った。
「海の自由も、貿易も、全て『秩序』の名の下に」
海王が拳を打った。
「連邦の理念への挑戦だ」
「アルカの緊急議会に出席する」
ドラーゲンが頷いた。
「すぐに運ぶ。支度を」
海王は即座に着替え、剣を腰に下げた。
「では、行こう」
千景の縮地の術が発動する。空間が歪み、三人の姿が消えた。
早朝5時。バリスタ山岳共和国。
地下の鍛冶場に影から現れると、バリンが作業していた。ドワーフは早起きだ。金槌を振るう音が響いている。
「おお、ドラーゲン殿!こんな時間に」バリンが驚いた顔をする。
事態を聞いて、髭が逆立った。
「勇者を大量生産だと!?」怒りの声。
「さらに悪いことに、自我を失っている」ドラーゲンが続けた。
「人を道具にする前例を許せば、次は誰だ?」
バリンが金槌を叩きつけた。
「許せん!」
「アルカの緊急議会に出る。すぐに準備する」
バリンは鎧と斧を担いだ。
「待たせたな」
ドラーゲンが苦笑した。
「準備が早いな」
「ドワーフは常に戦闘準備完了じゃ」
千景の縮地の術が発動する。空間が歪み、三人の姿が消えた。
---
**【視点切り替え:ドラーゲン → 千景】**
---
千景は疲れていた。連続で妖術を使っている。体力の消耗が激しい。
だが、夫を支えたい。
「大丈夫か?」ドラーゲンが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫じゃ」千景は尻尾を揺らした。「これくらい、何でもない」
ドラーゲンが千景の頭を撫でる。
「無理するな」
千景の尻尾が嬉しそうに揺れた。
「もう少しじゃ」
「各国の代表をアルカまで運ぶのじゃ」
---
**【視点切り替え:千景 → ドラーゲン】**
---
ドラーゲンと千景は、次々と連邦の国々を回った。
銀森エルフ王国。エルドリック王が待っていた。
「ドラーゲン殿、千景殿」
事態を説明すると、エルドリックは即座に頷いた。
「これは連邦全体の問題だ」
「すぐにアルカへ向かおう」
千景の縮地の術でエルドリックをアルカへ運ぶ。
次はファウレンヘイム森の盟約。老狼グウィンが待っていた。銀灰色の毛並みを持つ狼獣人の長老だ。
「独善的な正義など許せん」
「森の民も協力する。すぐにアルカへ」
また縮地の術で運ぶ。
獅子鷲の辺境伯領レオニス。獅子の特徴を持つヴァレリウス老王が待っていた。
「千景殿には恩がある」老王が頭を下げる。
「レオニスも全力で支援しよう」
千景が尻尾を揺らす。
「あの時の国じゃな。当然、助けるのじゃ」
縮地の術でヴァレリウスをアルカへ運ぶ。
小国の代表たちも次々と。千景は疲労が蓄積していく。だが、止まらない。
「大丈夫か?」ドラーゲンが心配する。
「大丈夫じゃ...もう少し...」
千景の九尾が少し垂れている。それでも、尻尾を振り絞って術を発動し続ける。
最後の国の代表をアルカへ運び終えた。早朝6時。深夜0時から始めて、6時間。
連邦全ての国の代表が、アルカに集結した。
「よくやった」ドラーゲンが千景の頭を撫でる。
「当然じゃ...わらわの夫の頼みじゃもの」千景はぐったりと尻尾を垂らしながらも、嬉しそうに微笑んだ。
「少し休め。議会は午後からだ」
「うむ...少しだけ...」
千景はドラーゲンの肩に寄りかかった。
通常なら1週間かかる全代表の招集が、たった6時間で完了した。異例中の異例。それほどの緊急事態だということだ。
アルカ中央議会が、午後に開催される。時間との勝負は、まだ終わっていない。




