第83話 国境の激突
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**【フェリシア視点】**
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急報から五日後。正午。
フェリシアは国境の丘に立っていた。後ろには、ヴァルブルガとグレイウォル将軍、そしてノヴァ・ステラ防衛軍。
晴天だった。だが、地平線から異様な光が近づいてくる。黄金の光。まるで太陽が地を這っているかのような。
「来たわね」フェリシアは剣の柄を握った。
ヴァルブルガが隣に立つ。
「数が...多いのじゃ」
地平線から、軍勢が姿を現した。300人。全員が黄金の光を纏っている。そして、先頭に立つ女性。
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**【視点切り替え:フェリシア → 聖女アウローラ】**
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聖女アウローラは歩いていた。全身が黄金の加護に包まれている。力が満ちている。神の力だ。
だが、自分の意志ではない。体が勝手に動く。口が勝手に言葉を紡ぐ。
「偽りの勇者フェリシア、堕落の魔王ヴァルブルガ」機械的な声。自分の声ではない気がする。
「神の名において、誤った統合を正す」
やめて。心の奥で、本当の自分が叫んでいる。でも、体は従わない。
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**【視点切り替え:聖女アウローラ → フェリシア】**
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フェリシアは前に出た。
「待って!私たちは平和的に...」
アウローラが遮る。
「対話は不要。神の意志は絶対」機械的な声。目が虚ろだ。
フェリシアは胸が痛んだ。この人も、被害者なのだ。あの時の私と同じ。自分の意志に反して、体が勝手に動く。
後方から、量産勇者たちが姿を現した。農民、商人、子供まで。様々な人々が、勇者の加護を纏っている。
全員の目が虚ろで、同じ言葉を繰り返す。
「偽りを排除...秩序を回復...」
「偽りを排除...秩序を回復...」
ヴァルブルガが呟いた。
「完全に自我を失っておる...」
グレイウォル将軍が声をかけてきた。
「陛下、戦闘準備を」
フェリシアは頷いた。その時、アウローラが手を上げた。量産勇者たちが一斉に突撃する。
「来るわ!構えて!」フェリシアが叫んだ。
量産勇者が、異常な速度で駆けてくる。通常の三倍。いや、それ以上だ。
最初の一人が防衛線に到達した。剣を振るう。
兵士の盾が粉砕された。
「なんだ、この力!」
兵士が吹き飛ばされる。防衛線が瞬時に突破された。
フェリシアはグレイウォルに叫んだ。
「普通の兵士では対応できない!撤退を!時間は私が稼ぎます」
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**【視点切り替え:フェリシア → ヴァルブルガ】**
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ヴァルブルガは竜化した。紅い竜の姿で、空を飛ぶ。
炎のブレスを放った。量産勇者たちに向けて。
だが、加護の光が炎を防いだ。
「効かない!?」
ヴァルブルガは信じられなかった。私のブレスが、効かない。
量産勇者たちが、次々と兵士たちを倒していく。十人、二十人で一人の勇者に向かっても、吹き飛ばされる。ノヴァ・ステラ軍が次々と倒されていく。
ヴァルブルガは、倒れていく兵士たちを庇うように地上に降りた。爪で量産勇者を攻撃する。
だが、倒れない。
「加護が強すぎる!」
フェリシアが叫ぶ声が聞こえた。
「ヴァルちゃん!兵士たちを連れて撤退して!」
「お姉さまはどうするのじゃ!?」
「私が時間を稼ぐわ!」
フェリシアが光の障壁を展開する。量産勇者たちの進路を塞ぐように。
「早く!」
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**【視点切り替え:ヴァルブルガ → フェリシア】**
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フェリシアは単独で量産勇者たちの前に立った。300人の勇者級戦士。正面から戦えば、勝ち目はない。だが、時間を稼ぐことはできる。
(師匠の教えを思い出して)
フェリシアの脳裏に、ドラーゲンとの修行の日々が蘇る。影術。気配を消す技術。相手の動きを読む「観見の目付」。そして、何より——逃げることの大切さ。
『戦うことだけが強さじゃない。生き延びることも、仲間を守ることも、全て強さだ』
師匠の言葉が響く。フェリシアは深呼吸した。
「来なさい」
量産勇者たちが一斉に襲いかかる。
フェリシアは剣を抜いた。だが、攻撃はしない。ただ、受け流す。師匠から学んだ防御技術。最小限の動きで、相手の攻撃を逸らす。
一人目の剣を、軽く叩いて軌道を変える。二人目の攻撃を、体を捻って避ける。三人目の拳を、手のひらで受け流す。
(正面から受けない。力を逸らす)
ドラーゲンの声が聞こえる気がする。
『お前の強さは、真正面からぶつかることじゃない。柔軟に、賢く戦え』
フェリシアは量産勇者たちの攻撃を、次々と受け流していく。だが、数が多すぎる。徐々に、フェリシアの体力が削られていく。
肩に傷を負った。脇腹にも、浅い切り傷。
それでも、フェリシアは立ち続ける。
(まだ...まだ時間が必要)
後方から、ヴァルブルガと兵士たちが撤退していく気配。
(もう少し...)
量産勇者の一人が、フェリシアに斬りかかってきた。元農夫だろうか。若い男性だ。
フェリシアは剣で受けた。だが、異常な怪力に押される。
「この人も...被害者なのに...」
心が痛む。殺したくない。だが、相手は容赦なく攻撃してくる。
フェリシアは手加減しながら戦った。致命傷を与えないように。ただ、気絶させるか、動きを止めるだけ。
だが、それが仇となった。量産勇者たちが、次々とフェリシアを取り囲む。包囲網が狭まっていく。
(もう...限界か)
フェリシアの息が上がる。傷からの出血も増えてきた。
その時。
「聖女様、敵の主力を捕らえました」量産勇者の一人が、機械的に報告する。
アウローラが無表情に告げた。
「慈悲は弱さ。神の意志に従わない者は全て敵」機械的な声。「止めを刺せ」
量産勇者たちが、一斉にフェリシアに剣を向ける。
(ここまで、か...)
フェリシアは目を閉じた。せめて、みんなは逃げられたはず。
その瞬間。
「そうはいかんのじゃ!」甲高い声と共に、紅い妖気が爆発した。
フェリシアの目の前で、巨大な九尾の白狐が戦場に降り立った。千景さんだ。
「わらわの大切な家族に手を出すでないぞ!」
九本の尻尾が、嵐のように量産勇者たちを薙ぎ払う。妖術が炸裂し、幻影が無数に現れて、量産勇者たちを混乱させていく。
「千景さん!?」フェリシアは驚きの声を上げた。
「遅くなったのじゃ!」千景の尻尾がフェリシアを優しく抱きかかえる。
その時、影から師匠の姿が現れた。
「師匠!」
「よく頑張ったな、フェリシア」ドラーゲンは影術で量産勇者たちの動きを封じながら言った。
「だが、ここからは俺たちの仕事だ」
「撤退するぞ」
千景の妖術と、師匠の影術が合わさる。空間が歪み、景色が流れていく。
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**【視点切り替え:フェリシア → アウローラ】**
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戦場に残されたアウローラは、無表情に呟いた。
「逃がした...」機械的な声。
だが、心の奥では、本当の自分が安堵していた。
(良かった...あの人は助かった)
でも、体は従わない。
「追撃。魔王城まで追い詰める」
量産勇者たちが機械的に応答する。
「了解」
「了解」
「了解」
同じ声。同じ動き。まるで人形のように。
アウローラの心の奥で、本当の自分が叫んでいた。誰か、止めて。お願い、止めて。
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**【視点切り替え:アウローラ → フェリシア】**
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魔王城への撤退路。
千景の背中に乗せられたまま、フェリシアは荒い息をついていた。
「ありがとう...千景さん、師匠」
ドラーゲンが並走しながら言った。
「よくやった。お前の時間稼ぎのおかげで、兵士たちは全員撤退できた」
「でも...初戦で完敗です」フェリシアは悔しそうに呟いた。
「あれは戦いじゃない」ドラーゲンが静かに言った。「あれは、虐殺の試みだ」
「お前は、虐殺を防いだ」
「それだけで、十分すぎるほどの成果だ」
千景が尻尾を揺らす。
「そうじゃ。誇るべきなのじゃ」
「それに、わらわたちも到着したのじゃ」
「連邦の援軍も、もうすぐ来る」
フェリシアは頷いた。肩の傷が痛む。だが、それよりも心が痛かった。あの人たちも、被害者なのに。助けられなかった。
「お姉さま」
遠くから、ヴァルブルガの声が聞こえた。竜の姿で、空を飛んでいる。
「無事で良かったのじゃ!」
「ヴァルちゃん...ごめん、勝てなかった」
「謝ることなどないのじゃ」ヴァルブルガが優しく言った。「お姉さまのおかげで、皆が助かったのじゃ」
「魔王城で体勢を立て直すのじゃ」
四人は魔王城へ向かって走り続けた。後ろから、黄金の光が追いかけてくる。量産勇者たちの足音が聞こえる。
だが、フェリシアは信じていた。まだ諦めない。必ず、この状況を乗り越える。師匠が、千景さんが、ヴァルちゃんが、一緒にいる。そして、連邦の仲間たちも来てくれる。
フェリシアは、傷だらけの体で、それでも前を向いた。




