第82話 急報
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**【フェリシア視点】**
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東方の妖怪たちが贈り物を届けた翌日の夜。深夜。
フェリシアは執務室で書類を整理していた。昨日の千景さんたちとの祝宴は盛大だった。東方百国からの贈り物の目録を確認しながら、新しい国の仕事を進める。法律の統合、税制の調整、軍の再編成。三ヶ月かけて、ようやく国としての体裁が整い始めてきた。
充実している。ヴァルちゃんと一緒なら、どんな困難も乗り越えられる。
その時。馬のいななきが聞こえた。激しい蹄の音。そして、悲鳴のような声。
「緊急報告!緊急報告!」
フェリシアは立ち上がった。扉が勢いよく開く。
血と泥にまみれた使者が、膝をつい て倒れ込んだ。
「セレスティナ王国より...異常事態が...」
「ヴァルちゃん、水を!」フェリシアは呼びかけた。隣の部屋から急いでヴァルブルガが駆けつけてくる。
ヴァルブルガが水を汲んで渡した。使者が水を飲み、震える声で話し始める。
「セレスティナで...勇者が大量発生しています」
「なんじゃと?」ヴァルブルガが耳を疑った様子だ。
「街の農民、商人、兵士、誰彼構わず勇者の加護が...」使者が続ける。「現在、300名以上が勇者として覚醒しています」
フェリシアは驚愕した。
「300人!?」
騒ぎを聞きつけて、アンブロジウスも駆けつけてきた。使者の報告を聞いて、青ざめている。
「これは...神の暴走」アンブロジウスが呟く。
フェリシアは振り向いた。
「神の暴走?」
「セレスティナの守護神が、制御を失ったのでしょう」アンブロジウスが説明する。「勇者の加護は、本来選ばれし一人にしか与えられません」
「それが300人以上に...」
使者が震えながら続ける。
「街では混乱が広がり、次々と人々が力を得て...」
「誰もが『偽りの勇者を討つ』と叫び始めたのです」
アンブロジウスが眉をひそめた。
「恐らく...勇者と魔王が手を取り合ったことで、セレスティナの神が混乱したのでしょう」
「神は均衡が崩れたと感じ、誰が真の勇者か分からなくなった」
「その結果、手当たり次第に加護を与えているのです」
ドラーゲン師匠が廊下から入ってきた。千景が隣に立っている。
「神が狂ったか。最悪だな」師匠が呟く。
「加護を受けた者たちの状態は?」
使者が答える。
「皆、フェリシア様と同等の魔力と力を...」
フェリシアは信じられないという顔になった。
「私と同等の力が300人!?」
千景が尻尾を逆立てる。
「それは軍隊ではない、災害じゃ」
フェリシアは混乱していた。私の力が、300人。そんなことが可能なのか。
「統制は取れているのですか?」グレイウォル将軍が質問した。
使者が答える。
「一応、聖女アウローラという女性が指揮を」
「彼女だけは特に強い加護を受け、他の勇者を統率しています」
アンブロジウスが「聖女まで...完全に暴走している」と呟いた。
使者が最も恐ろしい情報を告げる。
「問題は...加護を受けた者たちの様子が異常なのです」
「皆、『偽りの勇者を排除する』と繰り返し」
「まるで、意志を持たない人形のように」
フェリシアは息を呑んだ。
「洗脳されている?」
「いえ」アンブロジウスが答えた。「恐らく加護の副作用です」
フェリシアが顔色を変えた。
「加護の副作用...」
心の奥で、あの時の記憶が蘇る。ヴァルブルガを初めて見た瞬間、頭の中に響いた冷たい声。
【対象:魔王を確認。目的:これを打倒せよ】
あの時、私は自分の意志に反して体が勝手に動いた。瞳が金色に染まり、殺意が溢れ出した。まるで操り人形のように。
もしあの時、師匠のあの馬鹿げた指示——『魔王にセクハラしてこい』——がなければ、私はヴァルちゃんを本当に殺していたかもしれない。システムの命令と師匠の指示が混線して、【打倒す】が【押し倒す】に歪んで書き換わった。あの奇跡のような偶然が、二人の命を救ったのだ。
アンブロジウスが続ける。
「神の加護には、強制力が伴います」
「フェリシア様も、初めてヴァルブルガ様と対峙した時」
「勇者の加護により、意志に反して攻撃を強いられたはずです」
フェリシアは頷いた。
「ええ...あの時は、必死に抵抗しましたが」
「体が勝手に動いて...意識ははっきりしているのに、自分ではどうにもできませんでした」
「もし師匠の奇策がなければ...私はヴァルちゃんを殺していたかもしれません」
ヴァルブルガが辛そうに呟く。
「では、量産勇者たちも...」
「その通り」アンブロジウスが重く答えた。
「過剰な加護は、人の意志を完全に支配します」
「フェリシア様の場合は、一時的なものでしたが」
「量産勇者たちは、常にその状態に置かれているのでしょう」
「自我を保てるはずがありません」
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**【視点切り替え:フェリシア → ヴァルブルガ】**
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ヴァルブルガは拳を握った。
「では、彼らは被害者でもあるのか」
怒りが込み上げる。罪のない人々が、神の暴走に巻き込まれている。
使者が続ける。
「軍勢は既に国境を越え、5日後にはここに」
ドラーゲンが厳しい表情で言った。
「300人の勇者級戦士か」
「正面からぶつかれば、勝ち目はない」
千景が尻尾を揺らす。
「神の暴走を止めねば、被害は拡大する一方じゃ」
フェリシアとヴァルブルガが手を取り合った。
「私たちの統合が、こんな事態を招くなんて」フェリシアが呟く。
ヴァルブルガが握り返す。
「じゃが、後悔している暇はない」
アンブロジウスが言った。
「他国の神々に助けを求めます」
「しかし、神同士の問題は...」
その時、警鐘が鳴り響いた。市庁舎の外で、市民たちが不安そうに集まってくる。
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**【視点切り替え:ヴァルブルガ → ドラーゲン】**
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ドラーゲンは窓の外を見た。市民たちが騒いでいる。
「どうするんだ?」
「戦争か?」
不安の声が聞こえる。
ドラーゲンは振り返った。
「フェリシア、ヴァルブルガ」二人が顔を上げる。
「お前たちは民を安心させろ」
「俺と千景は、連邦に救援を求める」
千景が頷く。
「妖術と影術なら、一晩で回れる」
フェリシアが心配そうに言った。
「でも...」
「大丈夫だ」ドラーゲンは微笑んだ。「お前たちを信じている」
「5日間、持ちこたえろ」
ヴァルブルガが力強く頷いた。
「任せるのじゃ」
ドラーゲンと千景は影の中に消えた。
窓の外からは、フェリシアとヴァルブルガが市庁舎のバルコニーに出るのが見えた。市民たちが一斉に顔を上げる。
フェリシアの声が聞こえてくる。
「皆さん、落ち着いてください」
「私たちは、必ずこの危機を乗り越えます」
ヴァルブルガが続ける。
「共に戦いましょう」
市民たちの不安が、少し和らいだ。
ドラーゲンは影の中から二人を見つめた。5日間。それまでに援軍を集めなければならない。
あの二人なら、きっと持ちこたえる。信じている。




