第77話 祝祭の街、集う者たち
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**【フェリシア視点】**
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馬車がラゴマジョレの門をくぐる。
フェリシアは窓から身を乗り出し、懐かしい街並みを見つめた。石畳の道。両脇に並ぶ商店。大聖堂の鐘楼が青空に突き刺さるように聳えている。
「ここが...首都に」呟きが、自然と漏れる。
グルカ領から十日の旅を経て、正午にラゴマジョレへ到着した。師匠と初めて出会った、あの街だ。街中には「ノヴァ・ステラ建国」と書かれた横断幕が掲げられている。双子星を模した仮の旗が風になびき、市民たちが道の両脇に集まっていた。
「お帰りなさい!」
「新しい国の誕生だ!」
歓声が上がる。
フェリシアは手を振り返した。笑顔で、だが胸の奥には重いものがある。この街から全てが始まったのだ。師匠と出会って。ヴァルブルガと戦って。そして今、二つの国を統合し、新しい国を築こうとしている。
「フェリシア様、感慨深そうですね」隣に座るカルロが声をかけてきた。商人風の身なりに、いつもの鋭い目つき。ノヴァ・ステラの財務長官に就任予定の彼だ。
「ええ」
フェリシアは頷いた。
「ここで師匠と出会って...今の私があるんです」
「この街が首都になるとは、運命的ですね」
後ろの馬車からは、師匠の声が聞こえてきた。「まさかこの街が首都になるとはな」
フェリシアは微笑んだ。師匠もまた、この街に思い出があるのだろう。
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**【視点切り替え:フェリシア → ドラーゲン】**
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ドラーゲンは腕を組んで、窓の外を眺めていた。懐かしい街だ。ここでフェリシアと出会い、ヴァルブルガと再会し、全てが動き出した。
「ドラーゲン様、良い気が流れておりますぞ」隣に座る千景が、狐耳をぴくぴくと動かしながら言った。人間の姿だが、耳と九本の尾は隠していない。「繁栄の兆しじゃ。この街は、大いなる中心となる」
「そうか」ドラーゲンは短く答えた。
千景。九尾の妖狐。1050歳の大妖怪。そして、つい先日結婚した妻だ。仕方なく、だが。
千景の本気の襲撃を止めるため、責任を取る形で結婚を承諾した。ついでにグルカとカルロから荒野の修復費用を請求され、債務契約まで結ばされた。連帯保証人は千景。つまり、夫婦で一生かけて借金を返済することになる。
「ドラーゲン様?」千景が首を傾げる。「何を考えておられる?」
「...いや、何でもない」ドラーゲンは視線を逸らした。
自由な日々は終わった。だが、それもいいかもしれない。千景は確かに方向音痴で、厄介で、強引だが...悪い女ではない。
「まあ、悪くはないな」呟くと、千景の尻尾が嬉しそうに揺れた。
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**【視点切り替え:ドラーゲン → ヴァルブルガ】**
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ヴァルブルガは馬車から降り、大きく息を吸った。
「この街に来るのは、北部独立の際に立ち寄って以来じゃ」懐かしい。あの時はまだ緊張していた。だが、今は違う。フェリシアと共に歩む道が、はっきりと見えている。
「ヴァルブルガ様」後ろから声がかかった。振り返ると、グレイウォル将軍が敬礼している。
「軍の統合も順調です。両軍の兵士たちは、ノヴァ・ステラ防衛軍として一つにまとまりつつあります」
「うむ、ご苦労じゃ」ヴァルブルガは頷いた。
グレイウォル。旧セレスティナ軍の将軍で、今はノヴァ・ステラ防衛軍の司令官だ。忠実で有能な男だ。
「フェリシア様も、喜んでおられるでしょう」
「ああ、お姉さまは...」ヴァルブルガは馬車から降りてきたフェリシアを見た。銀色の長髪が日差しに輝いている。青い瞳が、街を見つめている。美しい。そして、強い。
「お姉さまと共に、この国を築いていくのじゃ」呟くと、胸の奥が温かくなった。
市庁舎前には、両国の官僚が集結していた。アンブロジウス枢機卿が白い法衣を纏い、彼女たちを待っている。
聖堂から鐘の音が響き渡った。荘厳な音色が、街中に広がる。
新しい国の誕生を祝福するかのように。
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**【視点切り替え:ヴァルブルガ → フェリシア】**
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鐘の音が止んだ。
フェリシアは市庁舎の階段を上がり、アンブロジウスと対面した。
「フェリシア、ヴァルブルガ様、お待ちしておりました」アンブロジウスの顔には、普段の穏やかさとは違う、神聖な緊張感があった。
「枢機卿様」フェリシアは頭を下げた。「お久しぶりです」
「ええ。お二人とも、お元気そうで何よりです」アンブロジウスは微笑んだ。
だが、その笑顔の奥に、何か重いものが隠れている気がした。
「実は...重要な神託を授かりました」アンブロジウスが言った。「統合に関する、神々の意志を」
一同が息を呑んだ。フェリシアは思わず一歩前に出た。
「神々の意志?」
「その通りです」アンブロジウスが頷く。「アルピリアとノクテルヴァルト両方の神々が、合意されました」
ヴァルブルガが驚いた声を上げた。「神々?アルピリアとノクテルヴァルト両方の?」
「はい」アンブロジウスは続けた。「そして...統合に関する神々の意志が示されました」
フェリシアの心臓が跳ねた。「神々の意志...ですか」
「はい」アンブロジウスが頷く。「その通りです。明日、詳しくお話しします」
「明日?」ヴァルブルガが声を上げた。「今すぐ聞きたいのじゃが」
「お気持ちは分かります」アンブロジウスが穏やかに微笑む。「しかし、神託の内容は重要です。両国の高官を集めた場で、正式にお伝えすべきでしょう」
市庁舎の会議室に移動すると、カルロが手帳を開いて準備状況を確認し始めた。「調印式まであと3日、準備を急ぎましょう」
壁には、両国の地図が統合された新しい地図が掛けられている。ラゴマジョレが中心に、赤い印で示されている。
「交通の要衝、経済の中心、まさに理想的な首都です」カルロが説明する。
千景が尻尾を揺らした。「風水的にも最高じゃ。ドラーゲン様、良い場所を選んだの」
「俺じゃなくて、自然にそうなっただけだ」師匠が答える。
フェリシアは新しい地図を見つめた。ノヴァ・ステラ。新しい星。私とヴァルちゃんの国。
そして、明日。神々の意志が明かされる。
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**【視点切り替え:フェリシア → ヴァルブルガ】**
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ヴァルブルガは地図を見つめた。ノヴァ・ステラ。新しい星。私とお姉さまの国。
そして、明日。神々の意志が明かされる。
フェリシアが隣に立った。「いよいよね」
「うむ、楽しみじゃ」ヴァルブルガは頷いた。
だが、胸の奥には少しの不安もある。神託とは、いったい何を告げるのだろう。
「大丈夫よ、ヴァルちゃん」フェリシアが手を握ってきた。「一緒だから」
「お姉さま...」ヴァルブルガは握り返した。
そうだ。お姉さまと一緒なら、何も怖くない。
明日、神々の意志を聞こう。そして、新しい国を築いていこう。




