第70話 国家制度の設計、理想と現実
## 【フェリシア視点】9-2 国家制度の設計、理想と現実
翌朝、豊穣の砦の大会議室。
壁一面に法典と地図が並ぶ石造りの部屋で、長い一日が始まった。
アルマン伯爵が大量の書類を机に広げた。「統合には法的枠組みが必要です。経済政策から司法制度まで、すべてを整理しなければなりません」
グルカ領の書記官オーガスと法務官も席に着いた。オークとオーガの重厚な雰囲気が会議室を満たす。
グルカが真顔で言った。「儀礼は省く。実務を始めよう」
フェリシアは少し緊張していた。国を作るというのは、想像以上に複雑な作業なのだと実感する。
アルマン伯爵が最初の議題を提起した。「まず、国家元首の形態から決めましょう」
グルカが即座に答えた。「効率を考えれば単独指導者だが...お二人の関係性を見れば、共同統治が現実的だ」
アルマンが慎重に言葉を選んだ。「ただ、共同元首制には前例があります。歴史上、夫婦による共同統治が——」
フェリシアの顔が一瞬で真っ赤になった。「ち、違います!」
ヴァルブルガも慌てて尻尾を振った。「わらわたちは夫婦ではないのじゃ!」
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**【視点切り替え:フェリシア → アルマン】**
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アルマン伯爵は慌てて手を挙げた。
(しまった!誤解を招く言い方をしてしまった)
「い、いえ、申し訳ありません。夫婦という意味ではなく、あくまで共同統治の前例として——」
ドラーゲンが冷静に整理した。「共同元首制だが、恋人ではなく姉妹のような関係だ。公的には『姉妹元首制』とでも呼ぶか」
(姉妹元首制...新しい概念だ。しかし、この二人を見ていれば確かにそれが正しい)
フェリシアが勢いよく頷いた。「そ、そうよ!ヴァルちゃんは大切な妹!恋人とか、そういうのじゃなくて、家族として大切なの!」
ヴァルブルガが無邪気に微笑んだ。「お姉さまは憧れの人じゃ。いつも優しくて、強くて、一緒にいると安心する」
グルカが書類に何かを記入した。「関係性:姉妹的紐帯、了解」
オーガス書記官が法典をめくりながら言った。「法的には『親愛なる共同統治者』という表現で記載しましょう」
アルマンは咳払いをして、話を戻した。「では、権限の分担は?この点も明確にする必要があります」
ドラーゲンが提案した。「対等な権限、ただし得意分野で役割分担。フェリシアは外交と民生、ヴァルブルガは軍事と内政」
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**【視点切り替え:アルマン → ヴァルブルガ】**
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ヴァルブルガは少し不安になった。
(わらわに内政ができるじゃろうか...)
しかしフェリシアが微笑んで言った。「ヴァルちゃんは組織運営が得意だものね。魔族軍をまとめた手腕、私も尊敬してるわ」
(お姉さまがそう言ってくれるなら...頑張るのじゃ)
グルカが算盤のような魔法道具で計算を始めた。「効率的だ。専門性による分業は生産性を向上させる。合格だ」
カルロが資料を指差した。「経済政策は両者の合議制で。重要な決定は二人で相談していただくのが良いでしょう」
ヴァルブルガが明るく言った。「でも、いつも一緒に相談するから問題ないのじゃ。朝から晩まで一緒じゃし」
フェリシアが微笑んだ。「朝食も夕食も一緒だものね」
アルマン伯爵が苦笑した。「まるで本当の姉妹のようですね」
グルカが真顔で言った。「婚姻関係より安定している。離婚はないからな」
一同が笑った。フェリシアはまた顔を赤くした。「だから、そういうのじゃ...」
(お姉さまは恥ずかしがりじゃな。可愛いのじゃ)
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**【視点切り替え:ヴァルブルガ → フェリシア】**
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法務官が分厚い法典を開いた。「継承権についても決める必要があります」
ドラーゲンが手を挙げた。「それは時期尚早だ。まず統合を実現してからだ」
グルカが頷いた。「賛成。優先順位を誤るな。重要度の高いものから決定していく」
オーガス書記官が書類を整理し始めた。「では、基本方針を確定しましょう。姉妹元首制、分業統治、合議経済——この三本柱で進めます」
グルカが力強く頷いた。「完璧だ」
カルロが別の書類を取り出した。「次は通貨統合の問題です。ノクテルヴァルトとアルピリアは現在、異なる通貨を使用しています。これは経済統合の最大の障壁になります」
フェリシアが真剣な表情になった。「庶民の生活に直結する問題ですね」
グルカが即座に数字を出した。「統一通貨にすれば、交易コストは15%削減できる。為替手数料も不要になる」
アルマン伯爵が慎重に言った。「ただし、換算レートの設定が難題です。両国民が納得する比率を見つけないと、不満が生まれます」
ドラーゲンが提案した。「段階的な統合はどうだ。まず固定レートで併用期間を設ける。5年ほど様子を見て、その後完全統一する」
カルロが即座にメモを取った。「実現可能です。併用期間中に市場が自然に調整していくでしょう」
ヴァルブルガが興味津々で聞いた。「新しい通貨の名前はどうするのじゃ?わらわ、考えたいのじゃ」
グルカが首を傾げた。「実用性を考えれば、短く発音しやすい名前が良い」
アルマン伯爵が提案した。「『ステラ』はどうでしょう。国名から取った名前で、覚えやすく、発音も簡単です」
フェリシアが微笑んだ。「素敵ね。ノヴァ・ステラの『ステラ』——星の名を冠した通貨」
オーガス書記官が記入した。「新通貨名:ステラ、了解しました」
会議は次々と議題を消化していく。税制、司法制度、軍事組織、教育制度——一つ一つが重要で、慎重な議論が必要だった。
昼食を挟んでも会議は続いた。グルカ領の質素だが栄養豊富な食事が、長時間の思考を支えてくれる。
午後、軍事組織の議題になった。
法務官が地図を広げた。「統合軍の編成ですが、現状では二つの軍が別々に存在しています」
ヴァルブルガが真剣な表情になった。「わらわの配下の魔族軍と、お姉さまのアルピリア騎士団じゃな」
ドラーゲンが指摘した。「完全統合は難しい。文化も訓練方法も異なる。無理に統合すれば、かえって混乱を招く」
グルカが計算した。「効率を考えれば、当面は二軍並立で、共同指揮系統を作る。戦時には統合指揮官を置き、平時は各自の自治を維持する」
カルロが補足した。「緊急時には統合指揮、平時は各自の自治——これなら両軍の伝統を守りつつ、協力体制も作れます」
フェリシアが安堵した。「無理に一つにして、かえって混乱するよりいいわね」
ヴァルブルガが頷いた。「大切なのは、お互いを理解し合うことじゃ。形式ではなく、心の統合が先じゃ」
アルマン伯爵が感心した表情で言った。「お二人の関係がそのまま国の形になっていきますね。別々でありながら、一つである——」
グルカが締めくくった。「理想と現実の調和。これが統合の基本だ」
夕暮れ時、ようやく会議が一段落した。机の上には、膨大な書類の山が完成していた。
オーガス書記官が満足げに言った。「基本方針は固まりました。あとは各論を詰めていくだけです」
カルロが疲れた表情ながら微笑んだ。「大変でしたが、これで統合の青写真ができました」
フェリシアは窓の外の夕焼けを見た。国を作るというのは、こんなにも地道で、細かな作業の積み重ねなのだと知った。理想だけでは国は作れない。一つ一つの制度を、丁寧に設計していく必要がある。
ヴァルブルガが疲れた様子で尻尾を垂らしていた。「難しい話ばかりで、頭が痛いのじゃ...」
フェリシアが笑った。「私もよ。でも、大切なことだから」
グルカが立ち上がった。「今日はここまで。休息も生産性に必要だ。明日も長い一日になるぞ」
フェリシアとヴァルブルガは客室へ戻った。部屋に入ると、ヴァルブルガが溜息をついた。
「お姉さま、わらわたちは本当に国を作れるのじゃろうか」
フェリシアが優しく微笑んだ。「大丈夫よ。一緒なら、必ずできる。今日だってこんなに進んだじゃない」
ヴァルブルガが笑顔を取り戻した。「そうじゃな。お姉さまと一緒なら、何でもできる」
二人は並んで窓の外を見た。緑牙平原の夜景が広がっている。遠くで灯りがまたたいていた。
フェリシアは、統合への道のりがまだ遠いことを知っていた。でも、一歩一歩進んでいけば、必ずたどり着ける。
ヴァルブルガと一緒なら——そう確信していた。




