第69話 緑の平原、現実的な評価
## 【フェリシア視点】9-1 緑の平原、現実的な評価
ゴルン=アンヴィル出発から5日後、正午。
使節団が緑牙平原に到着した。
フェリシアは馬車の窓から広がる景色に息を呑んだ。見渡す限りの緑の大地——黄金色の麦畑が地平線まで続いている。収穫の季節を迎えた穀倉地帯は、まさに豊穣そのものだった。
「すごい...こんな広い畑、初めて見るわ」
ヴァルブルガも目を輝かせて窓に張り付いている。「綺麗じゃのう!ノクテルヴァルトにはこんな場所、なかったのじゃ」
カルロが資料を見ながら説明した。「これが大陸最大の穀倉地帯、緑牙平原です。人口の8割が農業に従事していて、生産量は他国を圧倒しています。統合が実現すれば、食糧自給率は300%を超えるでしょう」
ドラーゲンが窓の外を眺めながら呟いた。「グルカの領地か。相変わらず実り豊かだな」
「師匠、グルカ女傑をご存知なのですか?」フェリシアが尋ねると、ドラーゲンは苦笑した。「ああ、昔少し世話になった。実利主義で有名な女傑だ。感情論は一切通じないぞ」
馬車が豊穣の砦と呼ばれる中心都市に近づく。石造りの簡素だが堅固な建物が整然と並んでいた。無駄を排した機能美——それがグルカ領の特徴なのだと、フェリシアは理解した。
城門の前で、巨大な体躯の人物が待っていた。体高2.5メートルはあろうかという、筋肉質なオークの女性。しかしその眼差しには知性と計算高さが宿っている。
「ようこそ、噂の使節団」グルカ女傑が力強い声で歓迎した。
フェリシアが馬車から降りて挨拶する。「お招きいただき、ありがとうございます。勇者フェリシアです」
「魔王ヴァルブルガじゃ。緑牙平原の豊かさ、この目で見られて光栄なのじゃ」
グルカが頷いた。「儀礼は省く。実利の話をしよう」そう言って、さっさと会議室へ向かって歩き出す。
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**【視点切り替え:フェリシア → グルカ】**
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グルカは使節団を会議室へ案内しながら、観察を続けていた。
勇者フェリシア——若いが、目に覚悟がある。民のことを真剣に考えている。使える。
魔王ヴァルブルガ——無邪気に見えるが、軍事的才能は本物だ。グレン将軍の報告書にあった通りだ。これも使える。
ドラーゲン——この男は危険だが、有能だ。弟子を育てる手腕を見れば分かる。
そして商人カルロと、アルピリアから到着したばかりのアルマン伯爵——二人とも実務能力が高い。
(この布陣なら、統合は成功する。確率80%以上だ)
グルカは数字で考える。感情は生産性を下げる。重要なのは、結果だけだ。
会議室に入ると、グルカは巨大な経済統計表を広げた。「これを見ろ。我が領土は大陸最大の穀倉地帯。年間穀物生産量は他国の3倍だ。しかし海への出口がない。北のタラッサ、南の内海、どちらにも山脈が邪魔をしている」
カルロが即座に理解した。「つまり、陸路の交易路が確立されれば、輸送コストが劇的に下がる...」
「その通り。輸送コストが下がれば、穀物価格は3分の1になる。輸出量は5倍になる」グルカは算盤の魔法版のような道具を取り出した。水晶の球が並んだ計算機が、高速で数字を弾き出していく。「さらに、ノクテルヴァルトのルミナイト、ゴルン=アンヴィルの金属加工品——これらと我々の食糧を組み合わせれば、完全な経済圏が完成する。GDPは現在の5倍だ」
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**【視点切り替え:グルカ → フェリシア】**
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フェリシアは前のめりになった。「経済だけでなく、人々の生活も豊かになりますね。飢える人がいなくなる——」
グルカが即答した。「当然だ。飢える民がいては生産性が下がる。全員が十分に食べられる状態が、最も効率的だ。感情論ではなく、数学的事実だ」
ヴァルブルガが感心した。「現実的じゃな。でも、わらわは好きじゃ、その考え方」
アルマン伯爵が切り出した。「ところで、二国統合の話は本当ですか?まさか冗談ではないでしょうね」
フェリシアとヴァルブルガが顔を見合わせて頷いた。「はい、真剣に検討しています。いえ、もう決意しています」
グルカが大きな手を打ち合わせた。「素晴らしい!非効率な二重行政の解消だ。統合すれば、行政コストは40%削減、意思決定速度は2倍。これは感情論ではない。純粋に合理的な選択だ」
オークの戦士が心配そうに言った。「族長、しかし勇者と魔王が...歴史的に敵対関係では...」
グルカが一喝した。「過去の肩書きなど生産性に関係ない。重要なのは、彼らが有能で、協力的で、結果を出すことだ。実績を見ろ。ゴルン=アンヴィル統合は成功している。データが全てを証明している」
グルカが二人を見て、真顔で尋ねた。「で、新国家の農業大臣は誰になる?今から決めておけ。農業政策が食糧生産に直結する。無能な大臣は飢饉を招く」
一同が笑ったが、グルカは真顔のままだった。「なぜ笑う?重要な問題だ。笑っている暇があったら人選を始めろ」
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**【視点切り替え:フェリシア → ドラーゲン】**
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ドラーゲンは静かに微笑んでいた。
(相変わらず直球だな、グルカ殿)
グルカとは昔、とある事件で協力したことがある。あの時も彼女は徹底的に合理的で、感情を挟まなかった。しかしその冷徹さの根底には、深い愛情があることをドラーゲンは知っていた。
フェリシアが質問している。「グルカ様、一つ質問してもいいですか?なぜ、そこまで効率や生産性にこだわるのですか?」
グルカが少し驚いた表情をした。「当たり前のことを聞くな。効率が上がれば、より多くの民が幸せになる。生産性が上がれば、より多くの子供が飢えずに済む。それ以外に、何を優先する理由がある?」
(良い質問をしたな、フェリシア)
そしてグルカも、良い答えを返した。この二人は、理解し合えるだろう。
フェリシアが微笑んだ。「...ありませんね。グルカ様の合理主義、理解できました」
ヴァルブルガが尻尾を揺らした。「グルカ殿、わらわは気に入ったのじゃ。一緒に良い国を作りたい。お主のような仲間が欲しかったのじゃ」
グルカが初めて笑顔を見せた。「了解した。緑牙平原共和国は、統合を全面的に支持する。必要な資源は全て提供しよう」
カルロが既にメモを取り始めている。「では、具体的な交易路の設計を...ルート案を3つ用意しました」
アルマン伯爵も資料を広げた。「法的な枠組みも必要ですね。統合条約の草案を起草しましょう」
ドラーゲンは静かに見守っていた。実利と理想——グルカはその両方を兼ね備えている。こういう仲間がいれば、新しい国は確実に成功するだろう。
フェリシアとヴァルブルガの表情が、希望に満ちている。統合への道は、確実に前へ進んでいた。




