第65話 地底都市、ドワーフの実利主義
## 【カルロ視点】8-5 地底都市、ドワーフの実利主義
タラッサから5日の旅を経て、使節団はゴルン=アンヴィルに到着した。
カルロは巨大な縦穴エレベーターに乗りながら、興奮を抑えきれなかった。
「すごい...」
滑車と精霊魔法を組み合わせた昇降装置が、ゆっくりと地下へ降りていく。岩壁に沿って彫られた階段と、所々に設置された魔導灯が、深い縦穴を照らしていた。
「地下500メートルまで降りるそうです」フェリシアが説明した。
ヴァルブルガが興味津々で下を覗き込んでいる。
「深いのじゃな!」
やがてエレベーターが巨大な空洞に出た。
「これが...ゴルン=アンヴィル」
カルロは息を呑んだ。
地下深くとは思えない広大な空間が広がっていた。岩盤をくり抜いた建物が整然と並び、無数の魔導灯が街全体を照らしている。まるで地上の都市をそのまま地下に移したかのようだった。
「ようこそ!カルロ殿の手紙は読んだぞ!」
バリン・アイアンハンドが出迎えた。赤茶色の髭を編み込んだドワーフの筆頭ギルドマスターは、興奮気味にカルロの手を握りしめた。
「バリン様、お久しぶりです」
「久しぶりだ!そして...」バリンがカルロの持つ書類を指差した。「あの『新交易路構想』は素晴らしい!」
カルロが事前に送っていた詳細計画書を、バリンは何度も読み返したらしい。羊皮紙の端が擦り切れている。
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**【視点切り替え:カルロ → バリン】**
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バリンはギルド本部の会議室で、立体地図を広げた。
木と金属で作られた精巧な模型が、大陸全体の地形を再現している。山脈、平原、海——全てが一目で分かる。
「見てくれ」バリンが興奮気味に説明した。「ゴルン=アンヴィルを中心に、北海のタラッサ、南の内海のアルピリア、内陸のノクテルヴァルト」
バリンの指が地図上を辿る。
「我々はルミナイトは産出しないが、加工に必要な鉄鉱石、銅、ミスリル銀が豊富だ」
トーリン技師長が試算を示した。
「各地からルミナイト原石を輸入し、ここで魔道具に加工して輸出する。加工品の価格は原石の5倍です」
カルロが更に提案した。
「ドワーフの加工技術は大陸随一です。ルミナイト魔道具の生産拠点として独占できれば...」
バリンの目が輝いた。
「完璧だ!我々が大陸の魔道具製造の要になる!」
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**【視点切り替え:バリン → フェリシア】**
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フェリシアは、ドワーフたちの商談を聞きながら微笑んでいた。
カルロの才能が完全に開花している。かつて借金に苦しんでいた商人が、今や大陸規模の交易網を設計している。
「カルロさん、すごいわね」フェリシアがヴァルブルガに囁いた。
「うむ、わらわにはよく分からぬが、皆が嬉しそうじゃ」
バリンが感極まってカルロの肩を叩いた。
「カルロ殿、貴方は天才だ!この構想が実現すれば、ゴルン=アンヴィルは黄金時代を迎える!」
その時——
ゴゴゴゴ...
不穏な振動が地下から響いてきた。
トーリン技師長の顔が青ざめた。
「この振動は...最下層の古い坑道から」
見習い鍛冶師の少女ノーラが駆け込んできた。
「技師長!また鉱夫が行方不明です!」
「何人だ?」トーリンが尋ねた。
「今朝だけで3人...」
トーリンが報告書を広げる。羊皮紙には几帳面な文字で記録が並んでいた。
「ここ数週間、鉱山労働者が行方不明になっています。奇妙なことに、姿を消すのは最下層の古い坑道付近ばかりで...」
バリンが渋い顔をした。
「実は、半年前から妙な噂があってな」
「噂?」フェリシアが尋ねた。
「地下深くで『青白く光る影』を見たという者が増えている」
ヴァルブルガが首を傾げた。
「ルミナイトの光ではないのか?」
「それが...」トーリンが困ったように答えた。「動くんです。まるで意思を持っているかのように」
更に強い振動が襲った。会議室の壁に亀裂が走る。
ノーラが恐怖に震えた。
「鉱夫たちは『青い影の呪い』と呼んでいます」
「呪い...?」フェリシアが不安そうに呟いた。
バリンが深刻な表情で言った。
「迷信だと思っていたが、これほど被害が出ると無視できん」
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**【視点切り替え:フェリシア → カルロ】**
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カルロは青ざめていた。
「せ、せっかくの交易計画が...」
せっかく完璧な構想を作り上げたのに、肝心の鉱山に問題があっては台無しだ。
しかしドラーゲンが静かに言った。
「地下深くの何か、か。面倒な話になりそうだ」
バリンが決意の表情を見せた。
「お客人を危険に晒すわけにはいかん。しかし...」
カルロが商人の本能で言った。
「いえ、むしろ好都合です」
皆がカルロを見た。
「問題解決すれば、より強固な信頼関係が築けます。それに...」
カルロが商魂を見せた。
「英雄譚は商売の最高の宣伝になります」
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**【視点切り替え:カルロ → フェリシア】**
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フェリシアは立ち上がった。
「では、調査に向かいましょう」
ヴァルブルガも頷いた。
「何がおるか分からぬが、お姉さまがおれば大丈夫じゃ」
ドラーゲンが溜息をついた。
「また厄介事か。まあ、こういうのは慣れているがな」
バリンが感謝の表情を見せた。
「恩に着る。もし解決できれば、ゴルン=アンヴィルは君たちの永遠の友となろう」
一行は最下層の坑道へ向かう準備を始めた。
カルロは内心で願っていた。
(どうか、無事に解決しますように。そして、あの素晴らしい交易構想が実現しますように)
商人としての欲望と、友人への心配が混ざり合った複雑な気持ちだった。
地下から再び不穏な振動が響く。何が待っているのか、まだ誰も知らなかった。




