第61話 北海の港、海洋国家の歓迎
## 【フェリシア視点】8-1 北海の港、海洋国家の歓迎
ファウレンヘイムを出発してから4日。使節団の馬車は緑の大地から次第に変化する景色の中を進んでいた。
北へ向かうにつれ、空気に潮の香りが混じり始める。海鳥の鳴き声が聞こえ、道の両側には塩に強い低木が生い茂るようになった。
「もうすぐ海が見えるのじゃ!」
ヴァルブルガが馬車の窓から身を乗り出して、興奮した様子で叫んだ。
フェリシアも窓から外を眺めた。丘の向こうに、青く広がる水平線が見える。
「本当ね。タラッサ連合の首都、ポルト・アズールよ」
カルロが地図を広げながら説明した。
「ここは大陸北側で最も重要な港湾都市です。交易の要衝として、何百年も栄えてきました」
丘を越えると、眼下に港湾都市の全景が広がった。
石造りの建物が海に向かって階段状に並び、無数の船が停泊している巨大な港が見える。船の帆が風に揺れ、積荷を運ぶ人々の声が風に乗って聞こえてきた。
「すごい活気ね」フェリシアが感嘆の声を上げた。
ドラーゲンが興味深そうに港を眺めている。
「精霊魔法を活用した航海技術か。風の精霊を帆に宿した高速帆船と、魔導による補助推進を組み合わせた大型交易船が行き交っているな」
フェリシアには、船の帆が僅かに発光しているように見えた。それが精霊の力なのだろう。
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**【視点切り替え:フェリシア → アストリッド】**
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アストリッド女提督は、港の波止場で使節団を出迎えていた。
金髪を潮風になびかせながら、海軍の制服姿で豪快に笑っている。
「ようこそ海の都へ!」
アストリッドの声は力強く、周囲の水夫たちも手を振って歓迎した。
「勇者と魔王が仲良く旅をするとは、面白い時代になった」
アストリッドは二人を見て、率直な感想を述べた。エルフのような堅苦しさがなく、獣人のような素朴さとも違う、海の民らしい開放的な雰囲気だ。
フェリシアが丁寧に礼をした。
「お招きいただきありがとうございます。アストリッド提督」
「堅苦しいのは苦手でね」アストリッドが豪快に笑った。「海の男は単純だ。気に入った奴とは一緒に酒を飲む。それだけさ」
ヴァルブルガが目を輝かせた。
「わらわ、酒は飲めぬが、魚は好きじゃ!」
「それは良かった!」アストリッドが肩を叩いた。「今夜は新鮮な魚をたらふく食わせてやる」
迎賓館への道中、アストリッドは大きな地図を広げた。羊皮紙に描かれた大陸の地形が、詳細に記されている。
「見ろ、北海と南の内海は山脈で分断されている」
確かに、大陸を横断する巨大な山脈が、二つの海を完全に隔てていた。
「だが、もし陸路で安定した交易路が確立されれば...」
アストリッドの指が地図上を辿る。ポルト・アズールから内陸を経由し、南の内海へ至る経路だ。
フェリシアが理解を示した。
「両方の海の産物が行き交うようになる」
「そういうことだ」アストリッドが頷いた。「北海の魚、南の香辛料、内陸の鉱物資源。全てが一つの交易網で結ばれる」
カルロが興奮気味に言った。
「精霊との契約がこれほど活発なら、交易の可能性は無限大です」
ヴァルブルガは難しい話は苦手だったが、重要なことは理解していた。
「魚がたくさん食べられるのじゃな!」
アストリッドが豪快に笑った。
「その通りだ!だから連邦加盟を支持する」
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**【視点切り替え:アストリッド → フェリシア】**
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迎賓館に到着し、歓迎の宴の準備が始まろうとしたその時——
ゴォォォン!
港全体に警鐘が鳴り響いた。重く、不吉な音色が何度も繰り返される。
「何じゃ!?」ヴァルブルガが驚いて声を上げた。
見張り台から叫び声が聞こえてきた。
「ノルディア戦団だ!呪われた黒帆のロングシップが水平線に!」
アストリッドの表情が一瞬で戦士のものに変わった。
「奴らめ、また北の神々の加護を受けて来たか」
アストリッドが大剣を抜き、港に向かって走り出す。
「全艦隊、戦闘配置!海の精霊に祈れ!」
ベルント士官が駆け込んできた。
「提督!敵ロングシップ30隻、各艦に祈祷師が乗船しています!北極の戦神の加護を受けている模様です!」
「30隻だと!」アストリッドが舌打ちした。「祈祷師付きとは...準備が足りん」
フェリシアが前に出た。
「私たちも協力します」
アストリッドが振り返る。
「客人を戦わせるわけには...」
「いいえ」フェリシアが首を振った。「私たちは同盟を結ぶために来たんです。危機の時に助け合えなければ、同盟の意味がありません」
ヴァルブルガが嬉しそうに尻尾を揺らした。
「海賊退治じゃな!面白そうじゃ」
ドラーゲンが不敵に笑った。
「精霊戦か...東方でも経験したな」
アストリッドの顔に笑みが浮かんだ。
「良い仲間を得たものだ。なら、存分に暴れてもらおうじゃないか!」
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**【視点切り替え:アストリッド → フェリシア】**
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フェリシアは港の防衛陣地へ向かいながら、水平線を見つめた。
黒い帆が次々と現れている。30隻もの船団が、波を蹴立てて港に向かって来る。
「ノルディア戦団...」
フェリシアは聞いたことがあった。北海を荒らし回る海賊集団。北極領域の神々の保護を受け、略奪遠征を繰り返し、多くの港町を恐怖に陥れている。祈祷師が同行し、神々の加護を受けた船団は容易には沈まないと聞く。
ヴァルブルガが竜の角を輝かせた。
「お姉さま、わらわが空から見てくるのじゃ」
「気をつけてね、ヴァルちゃん」
二人は自然に手を取り合い、目を見交わした。
「大丈夫じゃ。お姉さまがおる」
「私もよ。ヴァルちゃんと一緒だから」
カルロが商人らしい恐怖を隠せない表情で呟いた。
「海戦など...初めてです」
ドラーゲンが肩を叩いた。
「安全な場所にいてくれ。君は後方支援だ」
黒い帆が大きくなる。もうすぐ戦闘が始まる。
フェリシアは聖なる光を手のひらに集めながら、隣のヴァルブルガを見た。一緒なら、どんな戦いも乗り越えられる。
海風が二人の髪を揺らす中、北海最大の海戦が幕を開けようとしていた。




