第56話 過去の亡霊、浄化の儀式
## 【フェリシア視点】7-4 過去の亡霊、浄化の儀式
夕暮れが近づく頃、一行は銀森の最も暗い場所へと案内された。
嘆きの森——それは千年前の古戦場跡だった。枯れた巨木が不気味にそびえ立ち、朽ちた武具や鎧の破片が地面に散乱している。空気は重く淀み、薄暗い霧が立ち込めて視界を遮っていた。
「ここが最後の試練の場です」
ガラドリエル賢者の声が、異様に重く響いた。白髪の老賢者の表情には、深い悲しみと諦めが宿っている。
「最後の試練は、千年の恨みを晴らすこと」
その言葉と共に、森全体がうめき声のような不気味な音で満たされた。まるで大地そのものが苦しんでいるかのような、悲痛な響きだった。
フェリシアは身震いした。この場所には、深い絶望と憎悪が染み付いている。
「千年前、ここで勇者と魔王が最終決戦を行いました」ガラドリエル賢者が説明を続けた。「両者は相討ちとなり、その怨念がこの森を呪い続けているのです」
黒い霧が一行を取り囲み始めた。霧の中から、かすかに人影のようなものが見えてくる。
突如、光の鎧に身を包んだ勇者の亡霊が出現した。しかし、その光は黒く染まり、聖なる輝きは失われている。
「魔王め...許さぬ...」
亡霊は呻きながらヴァルブルガに襲いかかってきた。その瞳には千年間消えることのなかった憎悪が燃えている。
同時に、影の衣を纏った魔王の亡霊も姿を現した。赤い瞳が暗闇で不気味に光り、その存在感だけで周囲の温度が下がった。
「勇者の偽善者め...滅べ...」
魔王の亡霊がフェリシアを標的に定める。千年の怨念が込められた殺意が、肌を刺すように伝わってきた。
しかし次の瞬間、二つの亡霊が互いを認識した。
「お前のせいで!」
「貴様こそ!」
千年前の憎悪が再燃し、二体の亡霊は激しく衝突した。その怨念が渦巻き、やがて巨大な憎悪の塊へと変化していく。
勇者と魔王が背中合わせに融合した異形の怪物——それは千年間の憎しみが生み出した、最も醜悪な存在だった。
「この憎しみの連鎖を断ち切らなければ」
フェリシアは聖なる光を放った。しかし、個人の力では怨念の塊に太刀打ちできない。光は憎悪に押し返され、かき消されてしまった。
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**【視点切り替え:フェリシア → ヴァルブルガ】**
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ヴァルブルガも浄化の炎を放ったが、やはり単独では力不足だった。千年間積み重ねられた憎悪は、個々の魔法では浄化しきれない。
「わらわたちは違う。共に歩む道を選んだ」
ヴァルブルガは声を張り上げて宣言した。亡霊たちに向けて、自分たちの在り方を示そうとした。
しかし、怨念の塊は聞く耳を持たなかった。千年間憎み続けた存在が、共存など信じるはずがない。
フェリシアが振り返る。
「ヴァルちゃん、手を繋いで」
その提案に、ヴァルブルガは迷わず応じた。二人の手が重なった瞬間、それぞれの魔法が共鳴し始める。
聖なる光と浄化の炎が螺旋を描いて融合した。まるで一つの魔法のように美しく調和し、暖かな輝きを放っている。
「私たちは敵じゃない」
「家族じゃ」
二人が声を揃えて宣言した。その言葉には、偽りのない真実の力が込められていた。
融合した浄化の力が怨念の塊を包み込んでいく。千年間凝り固まった憎悪が、少しずつ溶けていく。
亡霊たちの形が元に戻り、勇者と魔王が再び分離した。しかし、今度は互いを見つめ合っている。
「そんな未来が...あり得たのか...」
勇者の亡霊が呟いた。その声には、千年ぶりに宿った安らぎがあった。
「我らは...間違っていたのか...」
魔王の亡霊も、赤い瞳から憎悪の色が消えていく。
二体の亡霊は最後に、フェリシアとヴァルブルガに向かって深く頭を下げた。そして光の粒子となって空に昇っていく。
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**【視点切り替え:ヴァルブルガ → エルドリック】**
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エルドリックは呆然と立ち尽くしていた。
千年間この森を呪い続けてきた亡霊たちが、たった今浄化されたのだ。それも、勇者と魔王が手を取り合うことで。
「千年の呪いが...まるで一つの魔法のようだった」
エルドリックの声は震えていた。1200年の人生で積み重ねてきた価値観が、根底から揺さぶられている。
森の至る所で、枯れていた木々に新芽が芽吹き始めた。千年間失われていた生命力が、ゆっくりと戻ってきている。
トリスタン賢者が感嘆の声を上げた。
「嘆きの森に生命が戻っている。これは奇跡だ」
メリエル賢者も目を見張った。
「勇者と魔王の共存など、理論上ありえないことだったのに...」
しかしエルドリックは、目の前の現実を受け入れるしかなかった。理論など、実際に起こった奇跡の前では無力だった。
「勇者と魔王が手を取り合う時代か...」
エルドリックは深く考え込んだ。千年間信じてきた「勇者と魔王は相容れない」という概念が、完全に崩壊していた。
もしかすると、自分たちエルフが執着してきた「長命による優越」という考えも、時代遅れなのかもしれない。
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**【視点切り替え:エルドリック → ドラーゲン】**
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ドラーゲンは静かに微笑んでいた。
フェリシアとヴァルブルガの成長を見守ってきた身として、この結果は十分予想できていた。二人の絆は、単なる友情や同盟関係を超えた何かだった。
(新しい時代の始まりだな)
千年前の勇者と魔王は、憎しみ合いながら死んでいった。しかし、新世代の勇者と魔王は、愛し合いながら生きることを選んだ。
この変化の意味は計り知れない。やがてこの世界の歴史を変える出来事になるだろう。
エルドリックがゆっくりと前に歩み出た。
「条件付きだが、貴方がたの連邦加入を支持する」
その言葉は重かった。千年の価値観を転換することを意味していた。
「ただし」エルドリックが続ける。「我らが目にしたこの絆が、末永く続くことが条件だ」
フェリシアとヴァルブルガが手を繋いだまま、深く頭を下げた。
「必ずお約束します」フェリシアが答えた。
「わらわたちは、ずっと一緒じゃ」ヴァルブルガが補足した。
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**【視点切り替え:ドラーゲン → フェリシア】**
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フェリシアは心の底から安堵していた。
過去の勇者の憎悪に触れたことで、自分の選んだ道の正しさを再確認できた。憎しみ合うのではなく、愛し合うことを選んで本当に良かった。
ヴァルブルガの手を握りながら、フェリシアは新芽が芽吹く森を見回した。
「これが私たちの未来なのね」
「ああ、希望に満ちた未来じゃ」ヴァルブルガが答えた。
嘆きの森は、もうその名前ではなくなるだろう。希望の森とでも呼ばれるようになるかもしれない。
エルフたちの表情にも、大きな変化が現れていた。偏見と傲慢さが薄れ、代わりに共存への可能性という新しい概念が芽生えている。
「歴史を変える力か...」トリスタン賢者が呟いた。
「そんな大げさなものじゃないわ」フェリシアが微笑んだ。「ただ、大切な人を愛しているだけよ」
「わらわも同じじゃ。お姉さまが大好きなのじゃ」
二人の純粋な言葉が、森に温かく響いた。
夕日が新芽の緑を照らし、希望の光で満たしている。千年の憎悪が浄化された森で、新しい時代の物語が静かに始まろうとしていた。




