第55話 聖獣の試練、処女をめぐる珍騒動
## 【フェリシア視点】7-3 聖獣の試練、処女をめぐる珍騒動
千年樹の試練を終えた一行は、次なる試練の場へと案内された。
聖獣の泉——月光を反射する銀の水面と、周囲に咲き乱れる純白の花々が織りなす、この世のものとは思えないほど美しい聖域だった。水は透明度が高く、底に沈む七色の石が幻想的な光を放っている。
メリエル賢者が優雅に歩を進めながら説明した。
「第三の試練は聖獣ユニコーンの承認を得ること」
その美しい声に、フェリシアは身を引き締めた。ユニコーンといえば、最も気高く純粋な聖獣として知られている。
「ユニコーンは純潔な乙女にしか懐きません」メリエル賢者が付け加えた。「心身ともに清らかでなければ、近づくことすら許されないでしょう」
その言葉を聞いて、ドラーゲンが苦笑いを浮かべた。
「俺は無理だな。色々と手が汚れすぎている」
カルロも商人らしい現実的な表情で後退した。
「私も遠慮します。商売で多少の嘘はつきますからね」
フェリシアは深呼吸をして心を静めた。勇者として、多くの戦いを経験してきたが、心は清らかに保ってきたつもりだ。
その時、泉の向こうから純白のユニコーンが優雅に姿を現した。
美しい一角獣は陽光を浴びて真珠のように輝き、長いたてがみが風に揺れている。蹄の音すら楽器のように美しく響いた。
ユニコーンはまずフェリシアに近づいてきた。その気品ある動きに、フェリシアは息を呑む。
(きっと大丈夫……私は純潔だもの)
しかし——
ユニコーンが鼻を近づけて匂いを嗅いだ瞬間、突然「ブルルッ」と困惑したような声を上げて立ち止まった。
首を傾げて何度も嗅ぎ直し、まるで「これは...処女?いや違う?でも...」と言いたげな仕草を見せる。
フェリシアの顔が真っ赤になった。
「な、なんで私だけ反応が変なの!?」
その時、ドラーゲンが遠慮がちに手を上げた。
「ああ、それは……修行中に尻や胸を触ったりしたからな。俺の気配が染み付いて……」
「ちょっと師匠!余計なこと言わないで!」
フェリシアの叫び声が聖域に響いた。エルフたちが驚いたような顔で振り返る。
ユニコーンは更に混乱し、「男の気配?でも処女?触られた?でも...」という感じでグルグルと回り始めた。まるで古代の魔法プログラムがエラーを起こしているかのような動きだった。
---
**【視点切り替え:フェリシア → ヴァルブルガ】**
---
ヴァルブルガは面白そうにその光景を眺めていたが、ユニコーンが困っているのを見かねて前に出た。
「わらわが試してみるのじゃ」
ヴァルブルガが近づくと、ユニコーンは即座に懐いて角を優しく擦り付けてきた。まるで久しぶりに会った友人に甘えているかのような仕草だった。
「わらわは清らかじゃからな」ヴァルブルガが得意げに胸を張った。
フェリシアが口を尖らせる。
「私だって清らかよ!ただ師匠が修行中にセクハラばかり……」
「セクハラとは人聞きの悪い」ドラーゲンが苦笑した。「体術の指導で必要な接触だったんだが」
エルドリック大公が咳払いをした。
「その、まあ、修行の一環ということで……」
さすがの大公も、この珍事には苦笑いを隠せないようだった。
ユニコーンはしばらく悩んだ末、フェリシアに対して「準承認」とでもいうべき判定を下した。頭を軽く撫でるが、距離は保つという微妙な態度だった。
ヴァルブルガが無邪気に茶化した。
「お姉さまも複雑な大人になったのじゃな」
「複雑って何よ!」フェリシアが慌てて反論する。
---
**【視点切り替え:ヴァルブルガ → トリスタン】**
---
トリスタン賢者は記録用の羊皮紙を前に途方に暮れていた。
「これは...前例のない判定だ」
メリエル賢者が困ったような表情で相談してくる。
「どう記録しましょう?『一名は完全承認、一名は条件付き承認』でしょうか?」
ガラドリエル賢者が古い書物をめくりながら首を振った。
「古文書を調べても、このような事例は見つからん。『修行による間接接触により判定が曖昧』などという記録は存在しない」
トリスタンは深いため息をついた。千年の歴史で培われた試練の体系が、たった一人の人間によって混乱させられている。
「とりあえず『特殊事例につき個別判定』と記録しておこう」
実際のところ、フェリシアの清らかさに疑いの余地はなかった。ユニコーンの困惑は、単純に「処女だが男性の魔力が付着している」という矛盾した状況に対する、魔法的な判定システムのバグのようなものだった。
---
**【視点切り替え:トリスタン → ドラーゲン】**
---
ドラーゲンは内心で苦笑していた。
(まさか修行中のスキンシップが、こんな形で問題になるとは)
フェリシアへの体術指導で、確かに体に触れることは多かった。戦闘技術を教える上で避けられない接触だったが、ユニコーンの純潔判定システムにとっては予想外の要素だったらしい。
(神聖な聖獣も、現代の複雑な師弟関係までは想定していなかったか)
エルドリック大公が困惑顔で呟いた。
「神聖な試練が、こんな珍騒動になるとは……」
「申し訳ありません」ドラーゲンが頭を下げた。「私の指導方法に問題があったようで」
「いや、むしろ興味深い」エルドリックが意外にも寛容だった。「千年の間、我々が見落としていた視点かもしれん」
メリエル賢者が微笑んだ。
「確かに、純潔とは単純な肉体的条件だけではないのかもしれませんね。心の在り方の方が重要なのでしょう」
---
**【視点切り替え:ドラーゲン → フェリシア】**
---
結局、試練は「変則的ながら合格」ということになった。
フェリシアは複雑な気持ちだったが、ヴァルブルガが楽しそうに笑っているのを見て、次第に気が楽になってきた。
「まあ、これも良い思い出ね」
「お姉さまの『準処女』認定は貴重じゃのう」
「準処女って何よ!」
二人のやり取りを見て、エルフたちの表情にも笑みが浮かんでいた。厳格な試練が珍騒動になったことで、緊張していた空気が和らいだのだ。
ユニコーンは最終的に二人とも受け入れ、美しいたてがみを風に靡かせながら泉の向こうに消えていった。
トリスタン賢者が記録を閉じながら宣言した。
「第三の試練、完了。予想外の展開だったが、聖獣の承認は得られた」
エルドリック大公が杖を地面に突いた。
「まだ最後の試練が残っている。覚悟するがよい」
しかし、その声にはもう敵意はなかった。むしろ、どんな珍事が起こるのかという好奇心すら感じられる。
フェリシアはヴァルブルガと手を繋いだ。
「次は何の試練かしら?」
「わらわたちなら大丈夫じゃ」
二人の絆は、予想外の珍騒動を経てさらに深まっていた。そして、エルフたちの心にも確実な変化が生まれ始めていた。
聖獣の泉に夕日が差し込み、水面が金色に染まる中、一行は次なる試練の場へと向かった。




