第54話 千年樹の試練、協力の芽生え
## 【フェリシア視点】7-2 千年樹の試練、協力の芽生え
翌朝、フェリシアたちは銀森の最も神聖な場所へと案内された。
千年樹の広場——そこには直径50メートルはあろうかという巨大な銀色の樹がそびえ立っていた。樹皮は滑らかな銀色に輝き、葉という葉が朝日を受けて宝石のように煌めいている。その根元には古代の魔法陣が刻まれた石の広場が広がり、複雑な幾何学模様が地面一面に描かれていた。
「これが我らが誇る千年樹です」
現れたのは三人のエルフだった。先頭に立つのは威厳ある男性エルフ、トリスタン賢者。その隣には優雅な女性エルフのメリエル賢者、そして白い髪の老齢エルフ、ガラドリエル賢者が控えている。
エルドリック大公が杖を地面に突いて宣言した。
「我らの価値を理解させるため、古の試練を受けてもらう」
その瞳には相変わらず軽蔑の色があったが、昨日とは微妙に違う何かもあった。フェリシアの外交官としての感覚が、僅かな変化を察知していた。
トリスタン賢者が魔法陣の中央に立ち、杖を高く掲げた。すると、魔法陣が淡い光を放ち始め、空中に100個の光球が浮かび上がった。
「第一の試練、千年樹の謎」トリスタンが厳かな声で告げた。「これらの光球を正しい配置に並べることができれば、汝らの知恵を認めよう」
100個の光球は空中でゆらゆらと浮遊し、時折位置を変えている。まるで生きているかのような動きだった。
フェリシアは空を見上げて光球の配置を観察した。
「これは星座の配置かしら……」
そう呟いた時、隣からヴァルブルガの声が聞こえた。
「おお、北方の竜座がここじゃな」
ヴァルブルガが指差した先には、確かに竜の形を思わせる光球の群れがあった。フェリシアの目が輝く。
「ヴァルちゃん、あなたも星座に詳しいの?」
「わらわの国の上空には美しい星々が見えるのじゃ。よく夜空を眺めていた」ヴァルブルガが嬉しそうに答えた。
二人は自然に手を取り合い、光球に向かって手を伸ばした。不思議なことに、光球は彼女たちの意思に応じて動く。
「お姉さま、こっちの光球じゃ」
「ヴァルちゃん、そっちは春の配置ね。こちらは冬の星座よ」
まるで長年連れ添った姉妹のような息の合った連携だった。フェリシアが手を動かすとヴァルブルガがそれに合わせ、ヴァルブルガが配置を変えるとフェリシアが自然にサポートする。
観察していたエルフたちが囁き始めた。
「別々の国の代表のはずでは?」
「まるで長年連れ添った姉妹のよう……」
「あの自然な連携は何なのだ」
そんな声を聞きながら、二人は作業を続けた。光球が次々と正しい位置に配置され、やがて空中に美しい天球図が完成した。古代の天体観測図そのものだった。
トリスタン賢者が感嘆の声を上げる。
「ふむ、予想以上の協調性だ。見事に古代の星座を再現した」
しかしエルドリック大公は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「まぐれだろう。次の試練もある」
---
**【視点切り替え:フェリシア → ヴァルブルガ】**
---
メリエル賢者が優雅に前に出て、千年樹の根元を指差した。
「第二の試練、生命の水。千年樹の根元から湧く聖水を、一滴もこぼさずに頂上まで運びなさい」
見上げると、千年樹の高さは50メートルはある。その頂上の枝に小さな花のつぼみが見えた。
ヴァルブルガは少し心配になった。50メートルの高さまで水を運ぶなど、一人では到底無理だ。
しかしフェリシアが振り返って微笑みかけた。
「一緒にやりましょう、ヴァルちゃん」
その笑顔を見て、ヴァルブルガの心配は吹き飛んだ。フェリシアお姉さまと一緒なら、何でもできる気がする。
聖水は透明で、僅かに光を放っていた。ヴァルブルガがそっと手のひらで包み込むと、水は重力を無視してふわりと浮いた。
「お姉さま、風の魔法で水を包むのじゃ」
「私は聖なる光で支えるわ。息を合わせて」
フェリシアが聖なる光を放つと、光と風が螺旋を描いて聖水を包み込んだ。まるで二つの魔法が一つになったかのような美しい光景だった。
「うん、お姉さまのリズムに合わせるのじゃ」
ヴァルブルガはフェリシアの魔法の流れを感じ取り、完璧に同調した。呼吸すら合っている。
聖水は光と風に包まれたまま、ゆっくりと千年樹を昇っていく。10メートル、20メートル、30メートル……
エルフたちが息を呑んで見守る中、聖水は遂に千年樹の頂上に届いた。花のつぼみに触れた瞬間——
ぽんっ、という可愛らしい音と共に、つぼみが一斉に花開いた。銀色の花びらが舞い散り、幻想的な光景が広がる。
「千年樹が反応している!」
「彼女たちの絆を認めたのか!」
エルフたちの感嘆の声が響く中、ヴァルブルガは心の底から嬉しくなった。フェリシアお姉さまと一緒だから、こんな奇跡が起こせたのだ。
---
**【視点切り替え:ヴァルブルガ → エルドリック】**
---
エルドリックは困惑していた。
千年樹が花を咲かせるなど、年に一度あるかないかの奇跡だ。それが短命種の魔法で起こるとは……
(まさか、本当に特別な絆があるというのか)
1200年の人生で、エルドリックは数多くの勇者と魔王を見てきた。どれも互いを憎み合い、殺し合う存在だった。それが世の常識であり、千年以上変わらない真理だったはずだ。
しかし、目の前の二人は違った。
別々の国の代表でありながら、まるで一心同体のように行動する。競争するでもなく、張り合うでもなく、ただ自然に協力し合っている。
「別々の国なのに……」
誰かが呟いた言葉が、エルドリックの胸に刺さった。確かに、あの二人を見ていると、なぜ別々の国である必要があるのか分からなくなる。
ガラドリエル賢者が静かに語りかけてきた。
「大公様、お考えですか?」
「……ああ」エルドリックが重い口を開いた。「我らの価値観が、揺らぎ始めているのかもしれん」
千年樹の花びらが風に舞う中、エルドリックは自分の中に小さな変化を感じていた。頑なだった心に、僅かな隙間が生まれ始めていた。
---
**【視点切り替え:エルドリック → フェリシア】**
---
フェリシアは千年樹の花を見上げながら、不思議な充実感を味わっていた。
ヴァルブルガと一緒に魔法を使うと、いつも以上の力が発揮される。まるで足りない部分を補い合っているかのように。
「お姉さま、すごく綺麗じゃ」
ヴァルブルガが銀色の花びらを手のひらで受け止めながら、輝くような笑顔を見せた。その表情を見て、フェリシアの胸が温かくなる。
ドラーゲンが後方から声をかけてきた。
「見事な連携でしたね。まるで最初から一つの魔法だったかのような」
「不思議なのよ」フェリシアが振り返った。「ヴァルちゃんと一緒だと、魔法が自然に調和するの」
「わらわも同じじゃ。お姉さまの魔法の流れがよく分かる」
二人の言葉を聞いて、カルロが興味深そうに呟いた。
「もしかすると、お二人の相性は商業的な関係を超えているかもしれませんね」
その時、トリスタン賢者が前に出てきた。
「試練は見事に突破された。しかし……」
賢者の表情は複雑だった。
「君たちの協調性は予想を遥かに超えている。まるで……」
「まるで?」フェリシアが首を傾げた。
「まるで一つの魂が二つの体に分かれているかのようだ」
その言葉に、エルフたちが静まり返った。一つの魂が二つの体に分かれる——それは古代エルフの伝説にある、運命の絆を表す表現だった。
エルドリック大公が杖を強く地面に打ち付けた。
「馬鹿げた話だ。短命種にそのような絆があるはずがない」
しかし、その声には昨日ほどの確信がなかった。千年樹の花が咲き続ける限り、彼の言葉に説得力はない。
ヴァルブルガがフェリシアの腕に抱きついた。
「わらわはお姉さまと一緒がいいのじゃ。ずっと一緒に」
フェリシアが優しく抱き返す。
「私もよ、ヴァルちゃん。離れたくないわ」
その自然な愛情表現を見て、エルフたちの間にざわめきが起こった。勇者と魔王が、このような関係を築くなど、千年の歴史で一度もなかったことだった。
銀色の花びらが舞い散る中、新しい時代の始まりを予感させる風が、静かに吹き始めていた。




