第48話 魔王城での合同会談
## 【フェリシア視点】6-4 魔王城での合同会談
ノクテルヴァルト魔王城の謁見の間は、アルピリア・ノクテルヴァルト同盟の象徴として新たに装飾されていた。
玉座の背後には二つの旗が並んで掲げられている。アルピリア連邦の青と銀の旗と、ノクテルヴァルト魔王領の深紅に黒竜の旗。その調和は、かつては考えられなかった光景だった。
フェリシアは、紺色の戦術装束に身を包み、玉座の右側に立っていた。アッシュベージュブロンドの髪を後ろで束ね、精悍なツリ目には確かな意志の光が宿っている。17歳とは思えない政治的洞察力で、この会談の重要性を理解していた。
玉座には、黒を基調としたゴシックドレス姿のヴァルブルガが座している。小柄な体躯に竜の角と立派な尻尾を持つ魔王は、17歳の少女らしい好奇心を瞳に宿しながらも、統治者としての威厳を保っていた。
そして玉座の左側には、東方で手に入れた絹の着流しを着たドラーゲンが立っている。140歳の外見は壮年男性だが、その飄々とした態度の裏に深い知性と経験が隠されていることを、フェリシアは良く知っていた。
「それでは、改めて正式なご挨拶をさせていただきます」
アルカ・ポリス連邦の正使が、恭しく一礼した。50代と思われる品格のある男性で、外交官らしい洗練された物腰を見せている。その隣に立つ副使は、30代の女性で、複数の巻物と地図を携えていた。
「アルカ・ポリス連邦首席代表ソロン・クラティス閣下の親書をお預かりしております」
正使が巻物を広げ、厳かな声で読み上げ始めた。
「『アルピリア連邦フェリシア・アルヴィス代表、ノクテルヴァルト魔王領ヴァルブルガ魔王陛下。両国の歴史的同盟成立を、心よりお祝い申し上げます』」
フェリシアは背筋を伸ばして聞いている。この言葉一つひとつが、外交上の重要な意味を持つことを理解していた。
「『アルカ・ポリス連邦は、アルピリア・ノクテルヴァルト同盟に対し、歴史的な交易協定の締結を提案いたします』」
正使の声が謁見の間に響いた。この瞬間、大陸規模の新たな経済圏が誕生する可能性が示されたのだ。
副使が大きな地図を広げた。大陸全体が描かれた詳細な地図には、海路と陸路が色分けされて表示されている。
「こちらをご覧ください」副使が指し示した。「現在、北海沿岸の我が連邦各国と、南の内海を結ぶ交易路は限られています。しかし、こちらのルート——」
副使の指が、アルカから南東に向かって線を描いた。
「北海沿岸から内陸を通り、アルピリア連邦を経て、南の内海へと至るルートが開設されれば——」
「この道が開けば、東西南北の物流が一変します」正使が力を込めて言った。「大陸全体の経済に革命的な変化をもたらすでしょう」
フェリシアは地図を見つめながら、その可能性を瞬時に理解した。
「確かに、両国にとって大きな利益になりますね」
フェリシアの政治的洞察力が、すぐさま経済効果を分析する。アルピリア連邦は内陸に位置するため、海上貿易へのアクセスが課題だった。しかし、北海と内海を結ぶ中継点となれば——
「フェリシア様の仰る通りです」
会談に同席していたカルロ・ヴェンティが、商人らしい実直な笑顔を浮かべながら補足した。40代半ばのカルロは、アルピリア連邦の経済顧問として、この提案の価値を正確に把握していた。
「私どもの試算では、このルートが確立されれば、両国の貿易額が現在の3倍になります」
「3倍!」ヴァルブルガが玉座から身を乗り出した。
「のう、フェリシア!それは凄いことなのじゃな?」
「ええ、ヴァルブルガ」フェリシアが微笑みながら答えた。「両国の発展にとって、計り知れない効果があります」
ヴァルブルガが地図を覗き込んだ。竜の角がきらりと光り、尻尾が興味深そうにゆらりと動く。
「へー、こんなにたくさんの国があるのじゃな」
地図に描かれた七つの国名を指差しながら、ヴァルブルガの瞳に純粋な好奇心が宿る。
「のう、フェリシアお姉さま。わらわたち、これらの国を全部見て回れるのか?」
使者たちがヴァルブルガの無邪気な質問に微笑んだ。
「もちろんです、魔王陛下」正使が温かい声で答えた。「各国が、お二人のご訪問をお待ちしております」
副使が具体的な訪問予定を説明し始めた。
「まずは我が連邦の首都アルカで連邦議会にご出席いただき、その後、各国をご訪問いただく予定です」
「シェリフィールの銀森領では、エルドリック・シルヴァヌス大公がお待ちしています。ファウレンヘイム森の盟約では老狼グウィン議長が、碧海都市国家群タラッサではアストリッド女提督が」
「自由都市ゴルン=アンヴィルのバリン・アイアンハンド筆頭ギルドマスター、緑牙平原共和国のグルカ代表農場長も、ぜひお会いしたいとのことです」
その時、会談に同席していたグレイウォル将軍が口を開いた。銀灰色の豊かな体毛を持つ狼型ファウレーンの彼は、軍事面の責任者として実務的な確認を行う。
「護衛部隊の規模はいかほどでしょうか?」
グレイウォルの実直な質問に、使者が苦笑いを浮かべた。
「実は、お三方なら最小限の護衛で十分かと思われます」
ドラーゲンが肩をすくめながら冗談めかして言った。
「俺たちなら、並の軍隊より強いからな」
その言葉に、フェリシアとヴァルブルガが顔を見合わせて頷いた。1部での数々の困難を共に乗り越えてきた三人には、確かな信頼関係がある。
「では、合同使節団として参りましょう」フェリシアが決意を込めて言った。
「出発はいつ頃を予定していますか?」アルマン伯爵が実務的な質問をした。アルピリア連邦の実質的政治指導者である50代後半の彼は、手入れの行き届いた銀髪と品の良い物腰で、外交交渉の経験を物語っている。
「一週間後はいかがでしょうか」正使が提案した。「準備期間として適切かと思われます」
「一週間後ですね」フェリシアが頷いた。「承知いたしました」
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**【視点切り替え:フェリシア → ドラーゲン】**
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会談が終了し、参加者たちが次々と退席していく中、ドラーゲンは一人、魔王城のバルコニーに出ていた。
夕暮れが近づく空の下、遠くの地平線を眺めながら、何か説明のつかない違和感を感じていた。
東から吹いてくる風が、妙に生暖かい。まるで何かを運んでくるような、予感めいた空気を含んでいる。
「なんだこの感じ……昔、東方で……」
ドラーゲンの記憶の奥底で、何かが蠢いた。40年前、英露仙人の道場で過ごした日々。あの時も、こんな風が吹いていたような気がする。
突然、背筋が寒くなった。
理由は分からない。しかし、長年の経験が警告を発している。何か重要な変化が近づいている。それも、おそらく自分にとって非常に厄介な——
「どうしました、師匠?」
フェリシアの声が、ドラーゲンの思考を現実に引き戻した。紺色の戦術装束姿の彼女が、心配そうな表情でバルコニーに現れる。
「いや、なんでもない」ドラーゲンは慌てて平静を装った。「ちょっと風が変わったなと思ってね」
(内心:40年も経ったんだ……まさかな……)
ドラーゲンの胸の奥で、古い記憶が疼いた。あの忍者集団の頭領だった女性。九尾の狐に変身する妖狐。最後に交わした言葉。
「責任取れと言っているだけじゃ!」
あの怒鳴り声を最後に、彼女とは40年間、何の接触もなかった。まさか、この西方まで追いかけてくるようなことは……
「ドラーゲンおじさま!」
ヴァルブルガの明るい声が響いた。黒いゴシックドレス姿の魔王が、竜の尻尾を楽しそうに揺らしながらバルコニーにやってきる。
「連邦訪問、楽しみじゃな!フェリシアお姉さまと一緒に、たくさんの国を見て回れるのじゃ!」
ヴァルブルガの純粋な喜びに、ドラーゲンの不安も少し和らいだ。
「そうだな。きっと良い経験になるよ」
三人は並んで夕日を見つめた。
フェリシアは同盟代表としての責任感と、新しい世界への期待を胸に秘めている。大陸規模の外交という未知の領域への挑戦が、彼女の成長への新たな階段となることを予感していた。
ヴァルブルガは、フェリシアとの旅への純粋な喜びに満ちている。二人で様々な国を回り、新しい文化や人々と出会う冒険への期待が、竜の尻尾の動きに表れていた。
そしてドラーゲンは……説明できない不安を抱えていた。過去の亡霊が蘇ろうとしているような、嫌な予感。40年前の東方で起きた出来事が、今になって自分を追いかけてくるのではないかという恐れ。
「明日から準備を始めましょう」フェリシアが振り返った。「一週間は意外にあっという間ですから」
「そうじゃな!」ヴァルブルガが手を叩いた。「どんな服を着ていこうかのう」
「外交的に適切な服装を選ばないとな」ドラーゲンも笑顔を作った。
だが、心の奥底では、東から吹く風が運んでくる何かへの警戒を解くことはできなかった。
夕日が地平線に沈んでいく。その光景は美しく、平和な未来を予感させるものだった。しかし同時に、大きな変化の前触れでもあることを、ドラーゲンだけが薄々感じ取っていた。
一週間後、三人は合同使節団としてアルカ・ポリス連邦への旅に出発する。それが、予想もしなかった再会への道筋になるとは、この時の彼らは知る由もなかった。
ただ、東風だけが、すべてを知っているように、静かに魔王城を吹き抜けていった。




