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第04話 挑発と試金石、師弟の萌芽

第04話 挑発と試金石、師弟の萌芽


ドラーゲンの言葉にフェリシアの心は千々に乱れる。この男は、自分の本音を見抜いているだけでなく、同じような境遇を経験している。そして何より——彼は、自分の意思で運命に反抗したのだ。


 もしかすると、この男は自分の気持ちを理解してくれるかもしれない。そして、もしかすると——自分も、違う道を歩むことができるかもしれない。


 そんな僅かな希望の光が胸に宿ったものの、フェリシアは現実を忘れることはできなかった。それでも彼女は、かろうじて平静を装い、半ば自分に言い聞かせるように主張した。


「それでも…歴代の勇者たちがそうしてきたように、いずれ私も魔王討伐を期待されています。今は威力偵察の命令を受けていますが、その先にあるのは…」


 その声は、まだ微かに震えていた。しかし、その奥には諦めとは異なる、何かを求める切実さが込められている。彼女は、目の前の胡散臭い男が持つ、底の知れない知識に最後の望みを託すように、わずかな期待を込めてその瞳を見据える。


「もし本当に魔王のことを…その強さを知っているのなら、どうすれば倒せるのか、教えてはいただけませんか?」


 その問いに、ドラーゲンは手にしていたワイングラスをくいと煽り、空になったそれを丁寧にテーブルに置いた。そして、まるで予想していた質問だとばかりに、不敵な笑みを浮かべる。


「正直に言わせてもらえば、威力偵察だろうが最終的な討伐だろうが、どちらにもとんと興味がないんだ」


「……え?」


 あまりにあっさりとした返答に、フェリシアが失望の色を隠せないのを見て、彼は意味ありげに言葉を続けた。


「なぜなら…戦術と経験においては、俺の方が今の魔王より上回っているからな。少なくとも、今の魔王に遅れを取ることはないと自負しているよ」


「……冗談でしょう?」


 フェリシアは、その突拍子もない自信に満ちた言葉を、反射的に疑った。魔王より強い?この胡散臭い男が?確かに彼の雰囲気には何か只者ではないものを感じるが、それだけで魔王を上回るなど…


「そう思うかい?」


 ドラーゲンは面白そうに目を細める。


「まあ、確かに魔王領の元幹部である俺が、たとえ追放された身とはいえ、今の魔王と本気で事を構えるわけにはいかんのさ。あちらさんにも色々と立場というものがある」


 彼の表情に、僅かな陰りが差す。


「特に、魔王領のような多種族国家ではな。力ある者が上に立ち、まとめねばならんという宿命がある。そんな中で、俺のような古株がうろちょろしていては、かえって統治の邪魔になるだろう?」


 フェリシアには、彼の言葉がまるで今の魔王の苦労を間近で見てきたかのような響きを帯びているように感じられた。軽薄な表面とは裏腹に、深い思慮と愛情すら滲んでいるのではないか。


 彼女は、この追放された魔族の複雑な心境を感じ取り、彼の真意の一端を垣間見たような気がした。


「本当に…魔王より強いというのですか?」


   *   *   *

【視点切り替え:フェリシア → ドラーゲン】

   *   *   *


 フェリシアがなおも食い下がった、その時だった。(ほほう、この子は食いつきが良いな。まだ完全には俺の言葉を信じていないようだが、興味は確実に引いている)


 よし、それなら少し芸を見せてやるか。


 ちょうど近くのテーブルの食器を片付け終えたウェイトレスが、新しい客のために注がれたばかりのワインをトレイに乗せ、俺たちの席のそばを通り過ぎようとしていた。


 その、ほんの一瞬。


 俺は指先を、テーブルの下で僅かに、そして人の目には捉えられない速さで動かした。狙いはウェイトレスのエプロンの後ろのリボン。彼女の歩くリズムとリボンの揺れを読み、絶妙なタイミングで結び目の一部をつまみ上げる。


 次の瞬間、ウェイトレスが身につけていたエプロンの後ろのリボンが、まるで風に舞うようにふわりと解けた。


 案の定、フェリシアの研ぎ澄まされた感覚がその動きをかろうじて捉えたようだ。驚愕に目を見張り、リボンがほどけた瞬間に完全に意識を奪われている。良い感覚を持っている子だが、まだまだ甘いな。


 (しかし、リボン解きは陽動に過ぎない。本当の"いたずら"はこれからだ)


 ウェイトレスもフェリシアも、どちらもリボンの件に気を取られている。(この絶好の機会を逃すわけにはいかない) ドラーゲンは「おや、リボンが」と声をかけながら立ち上がると見せかけて、実際には数歩先の彼女のトレイに接近した。そして、手品師のような流れるような動きで、彼女のトレイの上のワインとドラーゲンの空のグラスを瞬時に入れ替えた。ウェイトレスは背中のリボンを直そうと手を回しており、フェリシアはドラーゲンがリボンを直してやろうとしている親切な行為だと思い込んでいる。その後、何事もなかったかのように席に戻る。誰の認識にも上らない速さで。


 ウェイトレスはリボンが解けたことに気づかず、目的のテーブルへと歩を進める。そして、客の前で恭しくワインを差し出そうとして——固まった。


 彼女のトレイの上にあったはずの、なみなみと注がれた深紅のワインが、なぜか空っぽのグラスにすり替わっている。


「え…?あ、あれ…?」


 ウェイトレスは自分の目を疑い、トレイと自分の手元、そしてテーブルの客たちを何度か見比べ、首を傾げながら申し訳ありませんと困惑した表情でカウンターへと引き返していく。


 その姿を見て、フェリシアもようやく気づいたようだ。背筋に冷たいものが走ったような表情を見せている。


 自分の目の前にある、ドラーゲンが飲み干したはずのグラスが、いつの間にか、ウェイトレスが運んでいたものと同じ、深紅の液体で満たされていることに。


 フェリシアは言葉を失い、ドラーゲンへの認識を恐怖に近い畏敬へと塗り替えざるを得ないようだった。


「これは…一体…」


「ああ、技と経験、そして少々の悪知恵ではね」


 ドラーゲンは、そんなフェリシアの戦慄を楽しんでいるかのように、悪戯っぽく笑みを深める。


「純粋な力や魔力量では、今の魔王や勇者の君には及ばないかもしれないがね」


 ドラーゲンは自分の胸元に軽く手を当て、芝居がかった誇らしげな表情を作った。


「私は昔から、こういう頭と、積み重ねてきた経験で修羅場を生き延びてきた男さ。魔王でも何でも、その生命をすり取るぐらい造作もないのさ」


 先ほどの神業を見せられた後では、その言葉はもはや、揺るぎない真実としてフェリシアの胸に突き刺さったようだ。彼女は確信したに違いない——この男は、確かに只者ではない。魔王と真正面から戦えば負けるかもしれないが、実戦において、生き残ることにおいては、並ぶ者がいないのかもしれない、と。


 (よし、ここで本題に入ろう)


 ドラーゲンは悪戯っぽい笑みを消し、真剣な眼差しでフェリシアを見つめた。


「お嬢さん。これまでの歴代勇者がどうやって魔王を討伐してきたか、知っているかい?」


 ドラーゲンは少し声を落とし、真剣な表情を見せた。


「軍隊による侵攻は、魔王の大規模魔法で壊滅する。だから勇者単独、あるいは少数の小隊による『斬首作戦』が戦術の主流だった。つまり、魔王城に押し込み強盗のように突っ込んで、魔王得意の大規模戦略魔法が意味をなさないように討ち取る。それで勇者は勝利してきたにはいるがね」


 ドラーゲンは苦笑いを浮かべる。


「確かにその戦術で勝利してきた歴史がある。だが、もっと洗練された手法があるとしたらどうだ?君のような素質の持ち主なら、私が訓練を施せば、より確実に、より巧妙に魔王と対峙できるようになるかもしれない、とも思うんだ」


 その真摯な響きに、フェリシアは思わず息をのむ。ドラーゲンの瞳には、先ほどまでの軽薄さは微塵もなく、深い洞察と確信を込めて見せた。


 しかし、彼女が何かを言いかける前に、ドラーゲンはすぐにまたいつもの飄々とした笑顔に戻った。(この子の反応を試すためだ)


「いやいや、今のは悪い冗談だ。こんな追放されたおっさんの戯言を、まともに信じるわけないだろう?」


「……っ!」


 希望を見せられた直後に、それを叩き落とすような言動。フェリシアは戸惑いつつも、その奥に潜む何かを、ドラーゲンの瞳の奥に感じ取っているようだ。それは、試されているような感覚。彼は、自分がどれほど本気なのかを、測っているのではないか——そう理解しているのだろう。


 (賢い子だ)


「本当に…?でも…なぜ、私を?あなたに何の得が…」


「さあて?ただの気まぐれな暇つぶしかもしれないし」


 ドラーゲンは肩をすくめ、本心を悟らせまいとわざとらしく目を逸らす。


「あるいは、美しい勇者殿と少しでも長くお近づきになりたい、という下心だけかもしれないぜ?」


 ドラーゲンはそう冗談めかして言うが、フェリシアにはその言葉の奥に、何か深い意図が隠されているように感じられているはずだ。ドラーゲンの瞳の奥に一瞬だけ宿った真剣な光を、彼女は見逃さなかっただろう。


 ドラーゲンは少し表情を変え、まるで独り言のように呟いた。


「このまま勇者と魔王が定められた筋書き通りに激突しても、結局誰も幸せにはなれない。特に…」


 ドラーゲンは一瞬、ヴァルブルガの幼い頃の記憶が脳裏をよぎったが、すぐに表情を引き締めた。


「だが、私のように魔王でも何でも圧倒できるようになれば、君には選択肢が生まれる。殺すか殺されるかの二択ではない、第三の道をな」


 その言葉に、フェリシアは胸の奥がざわめくような表情を見せた。


「それに」ドラーゲンが悪戯っぽく笑みを浮かべる。「このツンと澄ましたお嬢ちゃんが、私に鍛えられてどんな顔を見せるようになるのか…それも楽しみの一つだ」


 フェリシアは頬を染めて抗議しようとしたが、ドラーゲンの真意を測りかねて言葉を飲み込んだ。ただの口先だけの男ではない——先ほど見せた技術は間違いなく本物だったし、何よりドラーゲンの瞳に宿る深い洞察と経験の重みを、彼女は確かに感じ取っている。


 (このままでは、自分は国家の駒として使い潰されるだけだ。きっと彼女はそう考えているだろう。勇者としての重責に押し潰されそうになりながらも、誰にも本音を言えずにいる——そんな孤独な人生)


 (しかし、この胡散臭い男の言葉に賭けてみれば…もしかすると、違う道があるのかもしれない、と)


 彼女は意を決したように、まっすぐに俺を見据えた。


「…あなたの実力を、見せていただくことは可能ですか?」


 その言葉を待っていたとばかりに、ドラーゲンはにやりと口の端を吊り上げた。


「話が早くて助かるよ。では、少し場所を変えようか。ここじゃあ、ちと狭すぎる」


 ドラーゲンはそう言うと、まるで予定調和だったかのように悠然と立ち上がった。その動作には、これから始まる出来事への期待と確信を込めて。

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