第32話 平和への一歩、そして魔王の眼差し
第32話 平和への一歩、そして魔王の眼差し
マルテ鉱山町の中央広場に、両国の鉱山労働者たちが集まっていた。
フェリシアは彼らの前に立ち、今回の事件について説明した。
「皆さんにお伝えしたいことがあります。今回の騒動は、一部の権力者が私利私欲のために引き起こしたものでした。皆さんが築いてきた100年の平和な協定は、決して間違ったものではありません」
労働者たちの顔に、安堵の表情が浮かんだ。
「この鉱山で採れたルミナイトは、まずこの町の復興のために使われるべきです。そして、残りは両国で公正に分け合い、100年続いた平和な協定を、私たちの手で復活させましょう!」
フェリシアの高らかな宣言に、広場は大きな拍手に包まれた。国や種族の垣根を越え、その場にいた全ての人々が心を一つにした瞬間だった。
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【視点切り替え:フェリシア → ボルグ】
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一方その頃、魔王領への道中では――
「ううむ…これは由々しき事態だ」
ボルグは麻袋を被せられたナーナ・シュトラーセを荷車に載せ、魔王城へと向かっていた。道中、麻袋の中からは情けない声が漏れ聞こえてくる。
「ボルグ殿、これは誤解です!私はただ、魔王様のために…」
「ナーナ様、お静かに。もうすぐ到着いたします」
「せめて麻袋だけでも取っていただけませんか!顔が痒くて…」
「それはできません。厳重な護送の指示が出ておりますので」
同時に、グレイウォル将軍も、謎の人物から託された決定的な証拠を手に、急いで魔王の元へと向かっている。
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【視点切り替え:ボルグ → ヴァルブルガ】
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魔王城の謁見の間。麻袋を外されたナーナは、髪が乱れ、服に藁くずを付けた無様な姿でヴァルブルガの前に引き出された。
「ナーナが、妾の許可なしに独断で軍を動かしただと?」
ヴァルブルガの静かな怒りを湛えた声に、ナーナは慌てて弁明を始めた。
「魔王様!これは濡れ衣です!私はあくまで魔王様のご意向に沿って…」
「では、この書類の説明をしてもらうのじゃ」
グレイウォルが差し出した書類を見て、ナーナの顔が青ざめた。確かにナーナの署名はあるが、魔王の正式な承認印は押されていない。さらに、バロッサとの密約を示す物証まで含まれていた。
「こ、これは…その…バロッサ殿の独断で…」
「バロッサ殿は既に自爆して消滅したそうだが?」
「え、ええっ!?自爆?バロッサ殿が?」
ナーナは慌てふためいた。共犯者がいなくなったことで、全ての責任が自分に降りかかることを理解したのだ。いつものように部下に責任を押し付けて逃げ切ろうとしたが、今度ばかりは逃げ場がない。
「あの、その、実は私も騙されていたといいますか…現場の責任者の判断ミスで…部下の報告が不十分だったせいで…」
この期に及んでもなお、ナーナは責任転嫁を試みていた。しかし、証拠は明白であり、もはや誰も彼女の言い訳に耳を貸すことはなかった。
「ナーナ・シュトラーセ」
ヴァルブルガの冷たい声が謁見の間に響いた。
「そちの全ての権限を剥奪するのじゃ。幽閉し、謹慎とせよ」
「ちょ、ちょっとお待ちください!少なくとも個室を…!牢屋だけは…!」
「連れて行くのじゃ」
衛兵に両腕を掴まれながら、ナーナは最後まで情けない声を上げていた。
「せめて本だけでも持ち込みを…!魔王様ー!」
こうして、ナーナの野望は完全に潰え、彼女自身も実にみじめな形で失脚したのだった。
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【視点切り替え:ヴァルブルガ → ドラーゲン】
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数日後、ラゴマジョレの街。
復興作業に協力していたフェリシアとドラーゲンの元に、カルロ・ヴェンティが興奮気味に駆け寄ってきた。
「フェリシア様、ドラーゲン様!鉱山に古代ゴーレムも配置されていたという話を聞きました。どう倒したのですか?大爆発の危険もあったと聞いておりますが…」
フェリシアは少し気まずそうにドラーゲンを見た。
ドラーゲンはニヤリと笑い、真相を語り始める。
「こいつは、あのゴーレムに渾身の『光の一閃』をぶち込んで、鉱山ごと吹き飛ばしかけたのさ。ゴーレムのコアが高純度ルミナイトで、強力な魔法を撃ち込めば周囲の鉱脈と共鳴して大爆発を起こすという、敵の罠に気づかずにな。危うく私まで巻き込まれるところだったぜ」
「え、そうだったのですか?」
カルロが驚く中、ドラーゲンは続けた。
「私があの場で介入したのさ。大技をぶつけるのではなく、ゴーレム自身の機械的な行動パターンを逆手に取って、関節部を破壊しろ、と教えた。そして、奴が再生しようとする瞬間に、制御を妨害する特殊な闇魔法を関節に噛ませて、システムを暴走させ機能不全に陥らせた。動かなくなったところで、心臓部であるコアだけを安全に抜き取った…というわけだ」
ドラーゲンはフェリシアに視線を向けた。
「それと、あのゴーレムの多重センサーを欺くために、こいつに偽の魔力反応や熱源を発生させる欺瞞魔法を教えたのさ。『単純な隠密だけでは通用しない相手もいる』とな」
ドラーゲンはカルロに向かって続けた。
「パッシブな隠密術だけでは限界がある。そこで、アクティブな探査術も組み合わせた複合戦術を教えた。微弱な魔力波を放って相手のセンサーの配置や反応パターンを探り、 同時に欺瞞情報で攪乱する。いわば『探りながら騙す』技術だ。特に魔王城のような重要拠点には、気配や魔力、体温まで感知する多層的な警備が張り巡らされている。そうい う相手には、受動的な隠れ方と能動的な調査を同時に行う複合戦術でなければ対応できん」
ゴーレム戦の本当の顛末を改めて聞き、フェリシアは自身の未熟さを改めて痛感した。
「私は…まだ何も見えていなかったのです。師匠の助けがなければ、私は罠にはまり、多くのものを失っていた…」
そんな彼女に対し、ドラーゲンはいつものからかうような態度を消し、穏やかな表情で言った。
「いや、お前は確かに成長した。罠の存在に気づき、その上で助けを求める声に応えようとした。最後の最後で、私の介入を受け入れるだけの心の余裕もあった。それがお前の強さだ」
ドラーゲンは続けた。
「だが、覚えておけ。本当の敵は、必ずしもお前の目の前で剣を構えているとは限らん」
その言葉に、フェリシアは静かに頷いた。今回の事件の黒幕たち、そして、まだ見ぬ脅威に思いを馳せながら。
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【視点切り替え:ドラーゲン → ヴァルブルガ】
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その頃、魔王城の執務室では――
魔王ヴァルブルガが、グレイウォル将軍からの勇者フェリシアの正式な報告書を一人静かに読み返していた。報告書には詳細に記されている。
勇者フェリシアがナーナとバロッサの陰謀を打ち破った戦術。複数の罠を見抜き、古代ゴーレムを破壊ではなく機能停止させた知略。敵であるはずの魔王軍兵士を救護し、奴隷として働かされていた魔王領の民をも分け隔てなく解放した事実。そしてボルグを治療していた時に「命は等しく尊い」と語った彼女の言葉。
ヴァルブルガは書類から顔を上げ、窓の外に広がる自国の領土を見つめた。
ヴァルブルガの瞳には、怒りでも恐怖でもない、純粋な好奇心と、理解不能な存在に出会ったかのような複雑で強い光が宿っていた。
「勇者、フェリシア」
ヴァルブルガは、その名を静かに、しかし確かめるように呟いた。
これまでに現れた歴史上の勇者とは全く異なる人物像――力、知略、そして敵をも救う慈悲。
過去の勇者たちは、押し込み強盗のように魔王城に乗り込んだり、暗殺者のように不意打ちを仕掛けてくることが多かった。そうなると魔王側は得意の大規模魔法や圧倒的な力を十分に発揮できず、良くて相打ち、悪ければそのまま討ち取られることが歴史の常だった。
しかし、この勇者は違う。正面から堂々と現れ、敵すらも救い、両国の平和を説いている。
若き魔王の心に、勇者への強い興味が芽生えた瞬間だった。
窓の外では、夕日が魔王領の大地を金色に染めている。
遠く、国境の向こうで活動する勇者のことを思いながら、ヴァルブルガは静かに考えを巡らせていた。
次に相まみえる時、果たしてどのような対話が生まれるのだろうか。
その答えは、まだ誰にも分からない。




