第31話 勇者の帰還、そして強欲商人の滑稽な末路
第31話 勇者の帰還、そして強欲商人の滑稽な末路
魔王軍の野戦本部に、慌てふためいた部下が駆け込んできた。
「申し上げます!鉱山内部で暗殺者作戦が失敗しました!」
ナーナの表情が瞬時に氷のように冷たくなった。
「失敗?」ナーナの声は低く、危険な響きを帯びていた。「あなたは私に『失敗』と報告したのですか?」
「そ、その…敵の実力が予想以上で…」
「予想以上?それはあなたたちの情報収集能力が劣っていたということですね。私の完璧な計画を、あなたたちの無能で台無しにしたと」
報告に来た兵士は震え上がった。ナーナの叱責は部下の人格を否定することで有名だった。
「次の作戦で必ず埋め合わせをしてもらいます。失敗したら…分かっていますね?」
一方、バロッサは扇子で口元を隠しながら薄く笑った。
「まあ、想定内ですな。本命は『ゴーレム』ですから」
そして間もなく、彼らが待ち望んでいた報告が届いた。
「申し上げます!鉱山内部で大規模な魔力反応と激しい振動を確認!ゴーレムが侵入者と交戦し、その後、計画通りに暴走!鉱山の一部が崩落し、勇者は生き埋めになったものと思われます!」
「ふん、小娘もこれまでか」
ナーナが冷笑を浮かべた。
「ヒヒヒ、これで邪魔者はいなくなった。あとは残った資源をいただくのみ!」
バロッサも勝ち誇ったように笑う。
二人は残った兵を率いて鉱山の所有権を完全に掌握すべく、鉱山の入り口へと向かった。
しかし――
「な、何だこやつらは!?なぜここに!?」
そこで待ち受けていたのは、崩落した坑道ではなく、解放された奴隷たちの姿だった。彼らはつるはしや監視員から奪った武器を手に、静かな怒りを湛えて待ち構えている。
ナーナが驚愕し、バロッサが即座に逃げ道を探し始めたその時――
* * *
【視点切り替え:ナーナ → フェリシア】
* * *
解放された人々の間から、土埃に汚れながらも毅然と立つフェリシアが姿を現した。
「お前たちが、ナーナ。そして、バロッサだな」
「馬鹿な!生き埋めになったはずでは!?」
ナーナが叫ぶと、フェリシアは静かに答えた。
「あのゴーレム…確かに強力でした。ですが、何か違和感があったのです」
フェリシアの瞳は冷静だった。
「あまりに動きがパターン化されすぎていて、まるで『私に強力な魔法を撃ち込ませよう』と誘っているように感じました。だから、とどめは刺しませんでした」
「まさか…」
「私はただ、再生できないように関節部を的確に破壊し、動けなくしてきただけです」
自身の計画が完全に見抜かれていたことに気づき、ナーナは怒りに顔を歪ませた。
「小娘が…!部下ども、あの勇者を捕らえろ!」
ナーナの命令と共に、護衛として付いてきた魔王軍の兵士たちがフェリシアを包囲する。剣と盾を構えた重装歩兵が前衛を組み、ナーナは安全な後方に下がって魔法での援護射撃に回った。
「勇者といえど、多対一では不利だろう!」
魔力を込めた光弾が、兵士たちの攻撃に合わせてフェリシアに向かって放たれる。前衛の兵士たちが剣を振るい、その隙間を縫って後方から魔法攻撃が飛んでくる連携攻撃だった。
しかし今のフェリシアは、かつてザガトを退けた時よりもさらに成長していた。
複数の敵との戦闘も、ドラーゲンとの修行で何度も経験している。フェリシアは冷静に敵の配置を把握し、兵士同士をぶつけるように立ち回った。
フェリシアは一人の兵士の攻撃を最小限の動きでかわし、その兵士を別の兵士との間に挟むように移動する。後方からのナーナの魔法攻撃を、兵士の盾に反射させて別の兵士に向けさせる。
「味方を巻き込むぞ!」
「うわあ!」
兵士たちは混乱し、次第に隊形が崩れていく。
ドラーゲンに教わった意地の悪い体術で、フェリシアは敵の連携を次々と破綻させていった。フェリシアは相手の詠唱を邪魔するようにまとわりつき、魔法の余波を利用して体勢を崩させる。
「なんという…!一人でこれほどまでに…!」
ナーナが驚愕する中、フェリシアは最後の一手に出た。
フェリシアはナーナが放った最大火力の魔法のエネルギーを剣で受け流し、その力を利用して最後に残った兵士を吹き飛ばす。そして勢いそのままにナーナ本人へと肉薄し、ナーナの足元を狙った。
バランスを崩したナーナが無様に転倒すると、フェリシアはナーナの喉元に静かに剣先を突きつけた。
「動かないでください」
周囲に倒れ伏した兵士たちと、屈辱的な形で捕縛されたナーナ。完全な勝利だった。
* * *
【視点切り替え:フェリシア → バロッサ】
* * *
この戦闘の混乱に乗じて、バロッサは一人、戦場から逃げ出していた。
「くそっ、計画は台無しだ!」
バロッサは予め用意していた隠し通路を通り、秘密裏に採掘していた大量のルミナイト鉱石が山積みになっている集積所へとたどり着いた。
「だが、このルミナイトさえあれば…これさえあれば、いくらでもやり直せる!」
バロッサは狂ったように笑いながら、用意していた馬車に麻袋に詰めたルミナイトを次々と積み込み始める。
ルミナイトは一定量を超えると不安定になることを知っているはずだった。しかし、バロッサの強欲は理性を上回っている。
「もう少し…もう一袋だけ…!」
危険な量の鉱石を馬車へと運び入れようとした時――
「おや、バロッサ殿」
物陰から、魔王軍の兵士の制服を着たドラーゲンがひょっこりと姿を現した。先ほどナーナとバロッサに「勇者が生き埋めになった」と報告した、あの兵士の正体がドラーゲンだったのだ。
「お忘れ物ですよ」
ドラーゲンの手には、赤黒い不気味な光を放つゴーレムの動力源「ルミナイト・コア」があった。
バロッサはドラーゲンの姿に驚愕したが、それ以上に、ドラーゲンが持つ高純度のコアに目を奪われた。
「そ、それをよこせ!私の計画の成果だ、当然私のものだ!」
ドラーゲンはニヤリと笑った。
「ええ、どうぞ。欲しければ、受け取るがいい」
そう言うと、ドラーゲンはコアをバロッサに向かって、ぽんと放り投げた。
バロッサは、その莫大な価値を持つコアを前にして、思考するよりも早く、長年の商売で培われた「獲物は逃がさぬ」という欲望むき出しの反射で、そのコアを両手でキャッチしてしまった。
その瞬間――
「し、しまった…!?」
手にした高エネルギーのコアと、バロッサが背中に背負って運んでいたルミナイトが、互いに激しく共鳴を始めたのだ。
バロッサの顔が、歓喜から一転、恐怖に引きつった。手の中のコアと背中のルミナイトが、連鎖的にまばゆい光を放ち始める。
さらっと避難して遠くで見ていたドラーゲンは、静かに呟いた。
「たーまやー」
直後、大爆発が起こった。
集積所の大部分のルミナイトは無傷のまま残され、悪徳商人は自らの欲望を抱いたまま、閃光の中に消え去った。
爆発の轟音が山間に響き渡り、やがて静寂が戻る。
ドラーゲンは煙の立ち上る現場を一瞥すると、踵を返してフェリシアの元へと向かった。
全ては計画通りだった。
黒幕たちの野望は、彼らの愚かさと強欲によって自ら崩壊したのである。




