第30話 古代の番人、心なき巨兵と勇者の知略
第30話 古代の番人、心なき巨兵と勇者の知略
鉱山の最深部へと続く坑道は、次第に人工的な造りから自然の洞窟へと変わっていく。
フェリシアは気配を消し、足音を殺して慎重に進んだ。やがて、広大な地下空間がフェリシアの目の前に開けた。
「ここが…」
古の祭壇と呼ばれるにふさわしい、荘厳な石造りの祭壇が空間の奥に鎮座している。そして、その背後に設置された鉄格子の檻の中で、数人の子供たちが身を寄せ合って震えていた。
「子供たち…!」
フェリシアは駆け出そうとして、ハッと足を止めた。
祭壇の前に、一体の巨大な人型の構造物が静かに佇んでいる。石と金属を組み合わせた古代の造形物で、高さは優に三メートルを超えていた。
フェリシアは慎重に隠密行動を取りながら、内部への侵入を試みた。しかし――
突然、ゴーレムの全身に埋め込まれた複数の水晶体が一斉に赤く発光した。
「!」
魔法的探知、熱源探知、音響探知――気配を消すだけでは隠しきれない多重のセンサーが、フェリシアの存在を完全に捕捉したのだ。
重々しい駆動音と共に、ゴーレムが起動する。
その巨体がゆっくりとフェリシアの方に向き直ると、胸部の巨大なルミナイト・コアが青白い光を放ち始めた。
「侵入者を確認。排除を開始します」
機械的な声と共に、ゴーレムが戦闘態勢に入る。
フェリシアは剣を抜いた。しかし、戦闘が始まってすぐに、彼女は深刻な問題に直面した。
「心がない…!」
いつも頼りにしている「観見の目付」が、全く機能しない。感情の流れも、筋肉の動きも、殺気すらも感じ取ることができない。ただ、冷たい機械的な動作があるだけだった。
ゴーレムの重い拳がフェリシアの頭上を掠めていく。予備動作が読めないため、物理的な動きを見てから反応するしかない。
「くっ…!」
完全に後手に回らざるを得ず、フェリシアは何度かその重撃を受けてしまう。ルミナイト・エネルギーで強化されたその攻撃は、想像以上に重く、痛烈だった。
それでも、フェリシアは諦めなかった。
ドラーゲンとの過酷な修行を思い出し、被弾しながらも必死にゴーレムの動きを観察し続ける。
フェリシアは右に跳んで回避した瞬間、ゴーレムが決まって左腕の横薙ぎを放ってくることに気づいた。
「待って…」
今度は意図的に左に避けてみる。すると、ゴーレムは右腕での突きを繰り出した。
「これは…」
次に剣を上段に構えて斬りかかる構えを見せると、ゴーレムは必ず両腕を交差させて防御の姿勢を取る。魔法障壁を張る動作をすれば、決まってエネルギー弾を放ってくる。
戦闘を続けるうち、フェリシアは驚くべき事実を確信した。
「こいつは私を『見て』いるんじゃない。私の行動に『反応して』いるだけ…!」
まるで巨大な仕掛け時計のように、フェリシアの特定の行動が引き金となって、決められた動作を実行しているだけなのだ。右に避ける→左腕横薙ぎ、上段構え→両腕交差防御、魔法準備→エネルギー弾――全てが完全にプログラムされた反応だった。
さらに観察を続けると、もう一つの重要な発見があった。
ゴーレムが強力な右ストレートを放った時、胸部のルミナイト・コアが一瞬強烈に輝いたが、攻撃後には明らかに光が弱くなっていた。エネルギー弾を連射した後も、同様にコアの輝きが鈍った。
「エネルギー消費に波がある…!強い攻撃ほど、大きなエネルギーを使う!」
この発見を活かし、フェリシアは実験を開始した。わざと剣を大きく振りかぶって見せ、ゴーレムの最大出力攻撃を誘発させた。案の定、ゴーレムは両腕を上空で合体させて巨大なハンマーのような攻撃を繰り出してきた。
フェリシアはそれを間一髪で回避し、攻撃後にふらつくゴーレムの隙を見逃さなかった。そして、その攻撃後の最大の隙を突き、渾身の剣技でゴーレムの片腕を斬り飛ばす。
「やった!」
しかし、勝利の確信も束の間だった。
破壊された腕の断面からルミナイトの光が溢れ出し、周囲の鉱脈からエネルギーを吸収するかのように、瞬く間に腕が再生してしまう。
「そんな…!?」
破壊しても意味がないという事実に、フェリシアは一瞬絶望感を覚えた。
だが、フェリシアはすぐに思考を切り替えた。
「単純な物理破壊では倒せない。なら…」
動力源であるルミナイト・コアを直接叩くしかない。しかし、コアは堅い装甲に守られている。
「これしかない」
フェリシアは深く息を吸い、心を鎮めた。左手に小さな光の魔法を込める。まずは挑発の一手――相手の定型反応を誘うための囮だ。
手のひらに宿った光は、まるで小さな星のように瞬いている。だが、これは序章に過ぎない。右手には既に、フェリシアの持てる最大の魔力が集約されつつあった。
《光の一閃》(ルーメン・カエレスティス)――それはフェリシアが修行で身につけた最強の攻撃魔法。しかし、これほどの規模で放ったことは一度もない。
周囲の壁に埋め込まれたルミナイト鉱石が、フェリシアの魔力に反応し始めた。青白い光が鉱石の表面を走り、洞窟全体が微かに振動する。光の粒子が空気中に舞い踊り、まるで静寂の中に嵐の前兆が宿っているようだった。
ゴーレムの胸部コアも、周囲のルミナイトの共鳴に呼応するように輝きを増している。巨大な機械の体が僅かに前傾し、戦闘態勢を取り直した。
フェリシアは目を細め、相手の動きを見定めた。ゴーレムの反応パターンは既に把握している。左手の小さな光を投げれば、必ず両腕でガードする動作に入る。その瞬間だけ、コア周辺の装甲に隙間が生まれるはずだ。
右手に込められた《光の一閃》の魔力が、限界に近づいていく。これ以上溜めれば、制御しきれなくなる可能性があった。
この一撃に、全てを賭ける。
「いくわよ」
フェリシアの瞳に確固たる決意の光が宿った。決死の策が、まさに実行されようとしていた。




