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追放された最強おっさん魔族、女勇者を鍛えていたら国が分裂! 最終課題「魔王にセクハラしてこい」でどうしてこうなった!?  作者: よん


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第13話 魔軍急襲、観見の眼と数の壁

第13話 魔軍急襲、観見の眼と数の壁


夏の昼下がり、木漏れ日が優しく差し込む森の開けた場所で、フェリシアは一人、極めて特殊な修行に取り組んでいた。


 師匠は今日、重要な調査だといって、町で知り合ったという商人と出かけ、フェリシアのもとを離れている。フェリシアの成長を信頼し、一人での修行を任せてくださったのだ。


 フェリシアの瞳を覆うのは、厚い布で作られた目隠し。視覚を完全に遮断された暗闇の中で、フェリシアは深く息を吸い込み、神経を研ぎ澄ませていく。


「視覚に頼りすぎだ。全ての物が持つ固有の魔力の流れ、その揺らぎ、強弱を感じ取れ」


 師匠の厳しい言葉が、記憶の奥から蘇る。この「目隠し・気配察知訓練」は、フェリシアがこれまで受けてきた修行の中でも、特に過酷なものの一つだった。


 周囲に散らばる小動物たちの気配を、視覚以外の感覚だけで捉える。師匠が森から巧みに呼び寄せた、あるいは魔法で作り出したネズミやヘビ、小鳥たちが発する微細な魔力の流れ。それらが放つ固有の"気配"だけを頼りに、位置、数、種類、そして次の動きまでを正確に読み取る。


 最初の頃は、何も捉えることができなかった。暗闇の中でただ戸惑うばかりのフェリシアに、師匠は容赦なく教鞭を振るった。時にはヒントとなる気配を出して導き、またある時は複数の偽の気配で惑わせる。その指導は的確であったが、同時に苛烈でもあった。訓練中には散々な目に遭うことも多く、目隠しで座禅を組んでいる最中に突然ネズミが足に這い上がってきたり、時にはゴキブリが首筋を這い回ったりして、フェリシアは悲鳴を上げそうになりながらも集中を保とうと必死だった。さらには、気配を消して背後に忍び寄った師匠に、「集中の乱れを確認する」という名目で軽く肩や腰に触れられることもあり、そのたびにフェリシアは顔を真っ赤にしながら抗議したものだった。


 「先生、それはセクハラです!」

 「何を言っている。戦場では敵が君のあらゆる隙を突いてくるのだ。そんなことで動揺していては命がいくつあっても足りんぞ」


 ドラーゲンの飄々とした返答に、フェリシアは歯を食いしばって耐えるしかなかった。


 しかし、数週間の厳しい訓練を経て、フェリシアも徐々に変化を実感し始めていた。ぼんやりとではあるが、いくつかの生物の気配や魔力の流れを捉えられるようになったのだ。そして何より、どんな妨害にも動じない精神力も身についてきていた。


 そして数日前のこと——


 完全に気配を消した師匠が、音もなくフェリシアの真後ろに立った時、フェリシアは何かを直接「見た」わけではなかった。だが、背後に存在する異様な「圧」のようなもの、空間が歪むような感覚を、無意識レベルで感じ取ったのだ。攻撃される前に、フェリシアの身体は勝手に強張り、防御の構えを取りかけていた。


「その感覚だ。理屈で捉えるのではない、魂で感じ取る。その無意識の反応こそが、生死を分ける本当の"観見"の始まりだ」


 師匠は満足げに頷き、その日の稽古を終えた。師匠の言葉の真意を、フェリシアは今ようやく理解し始めている。


 (左の茂みに、ウサギが二匹。右手前の木の根元に、リスが一匹。そして——)


 フェリシアは目隠しをしたまま、周囲の気配を読み取っていく。小動物たちの魔力は穏やかで、敵意のない温かな流れを持っている。フェリシアの集中は深まり、感覚はさらに研ぎ澄まされていく。


 その時だった。


 突如として、これまで感じたことのない複数の、強く濁った殺気がフェリシアの意識に流れ込んできた。


 不自然で禍々しい魔力の揺らぎ。茂みの奥に巧妙に隠された多数の生命の気配。それらが一斉に、まるで嵐のようにフェリシアの研ぎ澄まされた感覚へと押し寄せる。


 (このおびただしい数の殺気……強烈な敵意と、統制された魔力の動き……これは、ただの獣じゃない! まさか、人間……いえ、魔族の集団!? 襲撃!?)


 フェリシアの心臓が激しく鼓動を打った。危険を察知したフェリシアは、瞬時に目隠しを引き剥がし、身構える。


 夏の陽射しが一瞬、フェリシアの瞳を眩ませた。だが、その直後——


「そこだァァァァ!」


 周囲の木々や茂みから、魔王軍の精鋭兵士たちが一斉に飛び出してきた。彼らの装備は統一されており、動きも洗練されている。これは偶然の遭遇ではない。周到に準備された、計画的な奇襲攻撃だった。


 フェリシアの訓練場所を正確に把握している。それどころか、フェリシアが一人でいる今のタイミングを狙って襲撃してきたのだ。


 「観見の目付」で敵の初期配置と最初の攻撃の軌道を読み取ったフェリシアは、咄嗟に後方へ跳躍する。矢が風を切ってフェリシアがいた場所を貫き、魔法の光弾が大地を抉った。


「魔王軍……! なぜ、こんなところに!?」


 危機的状況を察知したフェリシアは反射的に戦闘態勢に入る。


「《勇者装備装着》(アルマトゥーラ・ベラトーリス)!」


 眩い光がフェリシアを包み込んだ。その光が収まった時、フェリシアの姿は一変していた。白銀の鎧に身を包み、神聖な輝きを放つ剣を手にした、真の勇者の姿に。


 剣を構え、応戦態勢を取るフェリシア。フェリシアの声には驚愕が滲んでいたが、同時に戦士としての覚悟も宿っていた。


「勇者フェリシア! そこにいたか!」


 兵士の一人が叫ぶ。彼らの目には、明確な殺意が宿っている。これは捕縛が目的ではない。完全な暗殺部隊だった。


 最初の一撃を回避したフェリシアに向かって、魔族兵たちが一斉に襲いかかる。だが、フェリシアはもはや以前のフェリシアではなかった。


 ドラーゲン先生との過酷な訓練で培った動体視力と状況判断能力。そして「攻撃の起こり」を読む力。それらの全てが、今この瞬間に花開く。


「そこ!」


 剣を振るうフェリシア。その刃が、敵兵の鎧の隙間を的確に捉えた。魔法の詠唱を始めた兵士には、素早く駆け寄って斬りかかり、詠唱を中断させる。


 一人、また一人と、フェリシアの前に兵士たちが倒れていく。フェリシアの剣技は、以前とは比較にならないほど洗練されていた。


「なんだと……奇襲を完全に読まれただと!?」


「怯むな! 数で押し切るんだ!」


 しかし、敵の数は圧倒的だった。一人を倒しても、また一人。二人倒しても、さらに三人が襲いかかる。


 フェリシアの呼吸が次第に荒くなってくる。汗が額を伝い、剣を握る手にも疲労の兆しが見え始めた。


 (きつい……でも、まだ! まだやれる!)


 フェリシアは歯を食いしばり、必死に戦い続けた。だが、魔族兵たちは連携を組んでフェリシアの体力を削っていく。一人ひとりは決して弱くない。それどころか、選りすぐりの精鋭だということが、戦っているうちに嫌でも分かってきた。


 そして、ついに——


「ほう、なかなかやるではないか、勇者とやら」


 重厚な鎧に身を包み、巨大な鉄槌を携えた男が、戦場の中央に歩み出てきた。その威圧感は、これまでの兵士たちとは次元が違う。


「だが、しょせんは小娘の剣遊びに過ぎん! 我が名はザガト・ブローディア! 勇者よ、この力の差をその身に刻み込むがいい!」


 ザガト・ブローディア。その名を知らぬ者はいない魔王軍の猛将が、満を持して姿を現したのだ。


 フェリシアの心臓が、恐怖で収縮するのを感じた。ザガトの放つ魔力の量は、これまで相手にしてきた兵士たちとは比較にならない。それは濁流のような圧倒的な力の奔流だった。


 そして何より、その巨体だ。身の丈三メートルを超える巨躯から繰り出される攻撃は、フェリシアの想像をはるかに超える間合いを持っている。


「受けてみろ!」


 ザガトが鉄槌を振り下ろす。その一撃は、大地を砕き、周囲の木々を薙ぎ倒すほどの破壊力を持っていた。


 フェリシアは咄嗟に左へ飛び退こうとしたが——


「甘い!」


 ザガトは力任せに鉄槌の軌道を修正し、フェリシアの逃げ道を塞ぐように横薙ぎに振り抜いた。回避が間に合わない。


「くっ!」


 慌てて聖剣を構えて受け止める。聖剣の刀身は神聖な輝きを放ち、砕けることはなかった。しかし、その凄まじい衝撃までは吸収できない。


 ガァン!


 オーガの膂力がそのままフェリシアの身体に襲いかかる。フェリシアは衝撃を逃がすため、意図的に後方へ吹き飛んだ。


「ぐっ!」


 背中から地面に叩きつけられるが、それでも真正面から受け止めるよりはマシだった。


「どうした、勇者! もう終わりか!?」


 ザガトの哄笑が森に響く。フェリシアは必死に距離を取ろうとするが、巨大な歩幅で容易に詰め寄られてしまう。さらに周囲の兵士たちが逃げ道を塞いでいる。


 (長い腕、長いリーチ……鉄槌の柄も長い。こんなに間合いが違うなんて……!)


 フェリシアは「観見の目付」で次の攻撃を読み取ろうとするが、ザガトの攻撃速度は巨体に似合わず素早く、読み切る前に次の一撃が迫ってくる。


 再び右に飛び退こうとするフェリシア。だが——


「そうはいかん!」


 またもザガトは力任せに鉄槌の軌道を変え、フェリシアを追いかけるように振り抜いてきた。


「また……!」


 仕方なく聖剣で受け止めるが、今度は上段からの叩きつけ。聖剣は輝きを保ったまま衝撃を受け流すが、フェリシアの身体は限界だった。


 ドォン!


 地面に膝をつきながらも、フェリシアは衝撃を逃がすため横に転がった。だが立ち上がるのがやっとの状態。


 (ドラーゲン先生との稽古とは全然違う……! 本当に殺しにかかってくる相手って、こんなに……!)


 数の不利に加え、体格差、武器のリーチ差、そして圧倒的な実戦経験の差。三重の絶望がフェリシアに襲いかかった。


「くっ……!」


 フェリシアは何度も立ち上がり、何度も回避を試み、反撃の機会を狙った。だが、ザガトは力任せに攻撃軌道を修正し、毎回フェリシアを受け止めざるを得ない状況に追い込んでくる。


 (隙を突いて接近しなければ……!)


 フェリシアはザガトの攻撃を受け流した瞬間、踏み込んで反撃を試みる。しかし——


「遅い!」


 ザガトの長い腕が、フェリシアの間合いに入る前に鉄槌の柄で突きを放ってきた。咄嗟に身を捻って避けるが、接近は阻まれてしまう。


 そして——


「終わりだ!」


 ついにザガトの鉄槌が、回避の間に合わないフェリシアの左肩を直撃した。


「ぐぅっ!」


 今度は受け止めることも、衝撃を逃がすこともできない。鈍器の重い衝撃がフェリシアの身体を大きく吹き飛ばす。勇者の鎧がその威力を幾分か軽減したものの、強烈な打撃にフェリシアは膝をつき、剣を杖代わりにして何とか立ち上がる状態だった。肩の激痛が全身に走る。


「ふん、所詮はこの程度か」


 ザガトが勝ち誇ったように鉄槌を振り上げる。その眼には、獲物を仕留める前の残忍な喜びが宿っていた。


 (まだ……まだ諦めない……!)


 フェリシアの意識は朦朧としていたが、それでもフェリシアは諦めようとはしなかった。ドラーゲン先生との修行で培った不屈の精神が、絶望的な状況でもフェリシアを支えている。


 客観的に見れば、もはや勝機は皆無に等しかった。深手を負い、圧倒的な数と力の前に、一人の少女ができることには限界がある。


 その時——


「さあ、観念しろ、勇者!」


 ザガトの鉄槌が、ついにフェリシアに向かって振り下ろされようとしていた。


 絶体絶命の状況。


 フェリシアの運命は、風前の灯火だった。

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