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追放された最強おっさん魔族、女勇者を鍛えていたら国が分裂! 最終課題「魔王にセクハラしてこい」でどうしてこうなった!?  作者: よん


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第12話 黒き策謀、交差する二国の悪意

第12話 黒き策謀、交差する二国の悪意


フェリシアがドラーゲンに成長を認められてから、一週間が過ぎていた。


 セレスティナ王国の首都にある重厚な石造りの王宮、その奥深くにある宰相執務室で、アンドレアス・ラーセンは机に積まれた報告書を苦々しい表情で読み上げていた。夜更けの蝋燭の明かりが、神経質そうな細面の男の険しい表情をより一層際立たせている。


 彼は冷徹な計算家で、勇者も魔王も「国家シナリオ」のためのコマとしか見ていない。メガネをかけた宰相は、最近の勇者フェリシアに関する報告に、眉間の皺を一層深くしていた。


「……フェリシア・アルヴィス勇者による、ラゴマジョレ街での一連の『善行』について」


 アンドレアスは彼女に魔王城への威力偵察を司令していたはずだ。敵情視察と戦力分析、それが彼女の本来の任務だった。


 ところが、報告書に記されているのは、修行に没頭し、街中で善行を働いているという呆れた内容ばかりだった。


「民衆からの支持率は著しく上昇しており、王国政府への依存度低下の兆候が見られる……」


 アンドレアスは報告書を机に叩きつけた。その音に、部屋に控えていた数名の側近が身を縮める。


 報告によれば、フェリシアが市場を観察中、図らずもその卓越した洞察力で、巧妙に隠れ潜むスリの集団を一網打尽にしたり、悪徳商人が行う不正取引の現場を押さえたり、さらには街の子供たちを狙った小規模な誘拐未遂事件を未然に防いだりする場面が複数回目撃されていた。


 その結果、一部の街民からは「千里眼の勇者様」「ラゴマジョレの守護天使」などと熱烈に称賛され、彼女の慈悲深く公正な人柄と合わせて、急速に民衆の個人的な信頼と支持を集め始めているという。


「これは看過できない事態だ」


 アンドレアスは立ち上がり、窓の外を見つめた。


「勇者は国家の威光を示すための象徴であり、厳格な管理下に置かれるべき駒だ」


 側近の一人が恐る恐る口を開く。


「し、しかし宰相閣下、フェリシア勇者の行動は確かに善行であり、民衆のためになっているのも事実では…」


「善悪の問題ではない」


 アンドレアスは振り返ると、側近を鋭い視線で睨んだ。


「問題は統制だ。魔王城への威力偵察という重要任務を放棄し、個人の才覚で民衆の心を掴み、法や秩序の外で自律的に行動することが常態化すれば、やがて王国の権威そのものが軽んじられる。民衆が政府ではなく個人に依存し始めれば、国家体制の根幹が揺らぐ」


 アンドレアスは再び机に向かい、羽ペンを手に取った。


「フェリシアを早急にコントロール下に置く必要がある。それが叶わぬなら…」


 アンドレアスの言葉は、そこで意味深に途切れた。しかし、部屋にいる誰もが、その真意を理解していた。


「直ちに調査を進めろ。フェリシアの行動パターン、訓練場所、そして彼女に影響を与えている人物についても詳しく調べ上げろ」


「承知いたしました」


 側近たちは一斉に頭を下げ、急いで部屋を後にした。


 一人残されたアンドレアスは、机の奥から古い暗号書を取り出した。それは、過去の諜報活動で築いた、極秘の通信ルートの記録だった。


「魔王領内の実力者…確か、ナーナ・シュトラーセという女がいたな」


 アンドレアスは薄く笑った。それは、獲物を見つけた獣のような、冷酷な笑みだった。


   *   *   *

【視点切り替え:アンドレアス → ナーナ】

   *   *   *


 一方、魔王領の中枢にある漆黒の城では、ナーナ・シュトラーセが書類の山に囲まれながら、深刻な表情で魔王領の現状を分析していた。


 ナーナの机には、各地の戦況報告、経済状況、そして何より気になる情報――魔王ヴァルブルガ様の最近の言動に関する記録が積まれている。


「魔王様の最近のご様子は、どうも和平を重視されているように見受けられる…」


 ナーナは眼鏡を直しながら、冷静にデータを分析した。


「ドラーゲンの追放以降、確かに魔王様の戦略思考に変化が見られる。以前のような積極的な軍事行動よりも、内政の安定や外交による解決を模索されているような…」


 ナーナにとって、これは由々しき事態だった。


 魔王様には心底仕えているが、目的のためなら部下を使い捨てにすることも厭わない。ナーナの信念は魔王領の体制維持と秩序優先だった。和平や妥協は、魔王領の将来を危うくする弱さの表れだと考えていた。


「勇者フェリシアの存在は、我が魔王領にとって最大の脅威。早期に排除し、セレスティナへの圧力を強めるべきです」


 ナーナは誰に向けるでもなく、静かに呟いた。


 その時、机の隅に置かれた特殊な水晶が微かに光った。それは、極秘の通信手段を示すサインだった。


 ナーナは眉を寄せた。この通信ルートを知っているのは、ごく限られた人物だけだった。


 水晶に手をかざすと、暗号化されたメッセージが浮かび上がった。


『貴女の協力を求めたい。共通の問題について話し合いませんか? ──セレスティナの友人より』


 ナーナは一瞬、警戒の色を見せた。しかし、すぐにその表情は興味深そうなものに変わった。


「セレスティナ側からの接触…興味深いですね」


 ナーナは慎重に返信を検討した。敵国の高官との接触は危険を伴うが、同時に利用価値もある。


 しばらく考えた後、ナーナは返信を送った。


『お話をお聞きしましょう。しかし、相互利益が見込める内容でなければ、この通信は存在しなかったことになります』


   *   *   *

 数日後、調律された水晶対を用いた秘密通信によって、アンドレアスとナーナの間で密かな対話が始まった。


 魔法式の遠隔通信装置により、文字を瞬時に送受信できる極秘技術だった。


 互いに正体を明かすことはなく、『アンコーナ』と『ニュルンベルク』という暗号コードネームで交信を行った。


   *   *   *

【魔法式文字転送記録】

発信水晶:調律不明 受信水晶:調律不明

転送時刻:深夜X時 暗号化:七重封印


カタタタタ・・・チン

ANCONA AD NUREMBERG ♦

COMMUNIS TIMOR EST ♦ DE HERO FELICIA LOQUIMUR ♦


カタタタタタ・・・チン

NUREMBERG AD ANCONA ♦

ILLA PERICULUM EST ♦ REGNO DAEMONUM DELENDA CERTE ♦

(彼女は脅威です。魔王領にとって排除すべき対象であることは間違いない)


カタタタタタタ・・・チン

A ♦ MIRUM DICTUM SED NOSTRAE PARTES DIVERSAE EADEM TIMENT ♦ ILLA A DISCIPLINA RECEDIT ET PROPRIA CONSILIA FACIT ♦

(興味深いことに、我々の立場は違えど、彼女に対する懸念は一致している。彼女は統制を離れ、独自の行動を取り始めている)


カタタタ・・・チン

N ♦ ITA EST ♦ NUPER AUDITUR APUD RAGOMAJORE POPULI FAVOREM COLLIGERE ♦

(そのようですね。最近の情報では、ラゴマジョレで民衆からの支持を集めているとか)


カタタタタタ・・・チン

A ♦ VERUM DICIS ♦ SI NEGLEGIMUS NOBIS OMNIBUS IRREPARABILE MALUM VENIET ♦

(その通りだ。このまま放置すれば、我々双方にとって取り返しのつかない事態になりかねない)


カタタタ・・・チン

N ♦ ERGO QUOMODO COOPERARI COGITAS ♦

(それで、具体的にはどのような協力をお考えですか?)


カタタタタタタ・・・チン

A ♦ DIRECTAM SOLUTIONEM QUAERO ♦ HABESNEE MILITEM QUI GLORIOSAM MISSIONEM AMAT ♦

(直接的な解決方法を検討している。貴方の側に、『栄誉ある任務』を好む武人はいないか?)


 ナーナは、この暗号化されたメッセージの真意をすぐに理解した。アンドレアスは、魔王軍を利用してフェリシアを暗殺しようと考えているのだ。


 彼女にとって、これは絶好の機会だった。勇者を排除できるうえ、セレスティナ側の高官とのパイプを築くことができる。


カタタタタタタ・・・チン

N ♦ CERTE TALIS VIR EXISTIT ♦ ZAGATO BRODIA NOMINE EST ♦ LAUDIS CUPIDUS ET PERICULORUM CONTEMPTOR ♦

(確かに、そのような人物は存在します。ザガト・ブローディアという武人がおります。功名心が強く、危険を厭わない性格です)


カタタタタタ・・・チン

A ♦ OPTIME ♦ ERGO EI NECESSARIAS INFORMATIONES DABO ♦ LOCUS EXERCITII FELICIAE ET CUSTODARUM TEMPORA ♦

(素晴らしい。では、彼に適切な情報を提供しよう。フェリシアの訓練場所、行動パターン、警備の手薄な時間帯など)


カタタタタタ・・・チン

N ♦ SI FORTE FALLET EIUS PRIVATAM INSANIAM DICERE POSSUMUS ♦ REGNUM DAEMONUM NIHIL SCIET ♦

(万が一失敗した場合でも、彼の『個人的な暴走』として処理できます。我々魔王領としては関知しないことになる)


カタタタ・・・チン

A ♦ PERFECTUM EST ♦ ERGO PARTICULARIA DEFINIAMUS ♦

(完璧だ。では、詳細を詰めていこう)


【魔力転送終了】


   *   *   *

 こうして、二つの国の暗部で、フェリシア暗殺という黒い策謀が静かに進行していった。


   *   *   *

【視点切り替え:ナーナ → ザガト】

   *   *   *

 数日後、ザガト・ブローディアはナーナから呼び出しを受けて執務室を訪れていた。


 巨漢のオーガ型戦士である彼は、身の丈三メートルを超える巨体と、常に腰に下げた鉄槌が威圧感を放っている。脳筋で有名な彼は、とにかく力で解決することしか考えない単純な性格で知られていた。


「おい、メガネ女!俺様を呼んだのはテメェか?」


 ザガトは乱暴にドアを蹴り開けて入室する。その音に、執務室の書類が舞い上がった。


 ナーナは眉間に皺を寄せながら、冷たい視線を向けてくる。


「相変わらず品のない猿ですね、ザガト。書類が散らばったじゃないですか」


「ガハハ!細かいことはどうでもいいだろ?で、何の用だ?また俺様の力が必要になったってか?」


 ザガトは椅子に乱暴に腰を下ろす。椅子がギシギシと軋む音を立てた。


「……あなたのような単細胞に重要な任務を任せるのは本当に不本意ですが」


 ナーナは、あからさまに嫌そうな表情を浮かべながら切り出した。


 (魔王様の真意は違うが、この単細胞には戦争を継続させる口実が必要だ)


「魔王様も内心では勇者の存在を憂慮されており、あなたの手でその憂いを取り除くことを期待されている」


「勇者だと!?」


 ザガトは立ち上がって拳を振り上げた。


「おお!それは俺様にうってつけの仕事じゃねぇか!ぶん殴って首をへし折ってやるぜ!」


「まったく…すぐに暴力に走る。これだから筋肉馬鹿は嫌いなんです」


 ナーナは溜息をつきながら、何やら情報を伝えてくる。


「現在、勇者は手薄な状況で訓練に励んでいます。ラゴマジョレ近郊で、修行を続けているとか。今のうちに叩けば、あなたでも勝てるかもしれませんね」


「『あなたでも』だと!?」


 ザガトは怒りに顔を赤くした。


「俺様を誰だと思ってやがる!勇者なんざ俺様の拳一発で粉砕してやらぁ!」


「はいはい、そう息巻かずに。とにかく、精鋭を選りすぐって確実に仕留めなさい。失敗したら、あなたの『個人的な暴走』として処理しますから」


「ケッ!失敗なんてするかよ!俺様が行けば勇者なんて瞬殺だぜ!」


 ザガトは鼻を鳴らして立ち上がる。


「ただし、これは極秘任務です。魔王様への直接の報告は、成功後に改めて行います。それまでは秘匿を徹底しなさい」


「分かったよ、メガネ女!俺様が勇者の首を持ち帰ったら、テメェも俺様に感謝しろよな!」


「……期待はしていませんが」


 ナーナは呟くように言うと、ザガトは大声で笑いながら部屋を出て行った。


 (勇者の首か...俺様の実力を見せつけてやる絶好のチャンスじゃねぇか!)


   *   *   *

【視点切り替え:ザガト → ドラーゲン】

   *   *   *

 ラゴマジョレの街では、相変わらずフェリシアとドラーゲンの修行が続いていた。

彼女は、自分の行動が二つの国の高官たちによって注視され、恐ろしい陰謀の的となっていることなど、夢にも思わなかった。

 一方のドラーゲンは、修行に打ち込むフェリシアを見守りながら、その鋭敏な感覚で、彼女に向けられる複数の視線に気づいていた。


 (これは、ただのチンピラや物見の視線じゃない。訓練された者の、執拗な監視だ。しかも、この気配の消し方は、ナーナの息のかかった連中のやり口とは違うな…もっと粘着質で、計画的な匂いがする。セレスティナ側か?)


 その日の稽古の終わり、ドラーゲンはフェリシアに告げた。


「お嬢ちゃん、今日の稽古はここまでだ。少し野暮用ができたんでな。しばらくは一人で基礎訓練を続けておけ。いいか、市場での観察は怠るなよ」


「え?でも、師匠は…?」


「ちと、街の空気が淀んでいるんでね。換気をしてくるだけさ」


 ドラーゲンは警戒の色を隠して、いつものように笑ってみせた。フェリシアは何かを感じ取りつつも、ドラーゲンの言葉に黙って頷くしかなかった。


 その夜。ドラーゲンは一人、ラゴマジョレの夜に溶け込んでいた。

 監視者の背後にいるセレスティナの権力者、おそらくは貴族階級の人間を探るため、ドラーゲンはまず、街で最も貴族との取引が多いことで知られる大手商会「オルコット商会」の事務所に狙いを定めた。月明かりすらない新月の夜、ドラーゲンはまるで影そのものになったかのように、音もなく建物の屋根に降り立ち、警備の隙を突いて内部へと潜入する。


 商会の奥、豪華な応接室から、押し殺したような声が漏れ聞こえてきた。ドラーゲンは影に潜み、扉の隙間から中の様子を窺う。

 そこには、悪趣味なスーツに身を包んだバロッサ・スコルピオが、高価な椅子にふんぞり返っていた。そしてその前には、昼間の活気ある市場で見た商人とは別人のように、やつれ果てた男がひれ伏すように頭を下げている。カルロ・ヴェンティだ。


「いいか、カルロよぉ」バロッサはテーブルの上の金貨を指で弾きながら、ねっとりとした声で語りかける。「お前がマルテ鉱山の件で俺様に逆らい、大損こいたのは自業自得だ。だが、俺様は慈悲深い。もう一度だけ、お前にチャンスをやろう。今度俺様が始める"新しい商売"で、お前のその口と人脈を貸せ。そうすりゃあ、借金も少しは軽くしてやる」


「し、しかし、その商売は…法を、人の道を外れたものでは…」


「口答えするか、この落ちぶれが!」バロッサの声に怒気が混じる。「なら、こうするしかねえなあ? お前が懇意にしているアルマン伯爵様の耳に、お前がやらかした"鉱山での大失敗"の詳細な報告書が届くように手配してやろうか? お前のせいで、あの気高い伯爵様がどれだけ恥をかくことになるか…想像しただけでも愉快だぜ、ヒヒヒ…!」


「そ、それだけは…!アルマン伯爵には、ご迷惑をおかけするわけには…!」


 カルロは顔面蒼白になり、震える声で懇願する。家族だけでなく、恩人である貴族にまで累が及ぶという脅迫。それは、実直な彼にとって死よりも辛いものだった。


 やがてバロッサが満足げに部屋を去った後、一人残されたカルロは、その場に崩れ落ち、嗚咽を漏らした。

 その時、ドラーゲンは彼の背後の影から音もなく姿を現した。


「だ、誰だ!?」


「今の話、聞かせてもらった。大変だな、あんたも。恩人の足を引っ張りたくない、その気持ちは立派だが、悪党の言いなりになっては元も子もないぜ」


「き、聞いていたのか…!?あなたはいったい…」


「ただの通りすがりのおっさんさ」


 ドラーゲンはニヤリと笑うと、取引を持ちかけた。


「あんたをその脅迫から救ってやる。バロッサに一泡吹かせる手伝いをしてやってもいい。その代わり、あんたの情報網、そしてアルマン伯爵への繋がりを、俺に貸してもらいたい。どうだ、悪い話じゃないだろう?」


 突然現れた謎の男からの、悪魔のような、しかし神のようにも思える提案。絶望の淵にいたカルロの目に、驚きと、そして一筋の希望の光が宿った。彼は、ドラーゲンが差し出す手を、ただ見つめることしかできなかった。


 静かな修行の日々の影で蠢く黒い策謀に対し、もう一つの影が、静かに、しかし確実な反撃の一手を打ち始めようとしていた。

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