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追放された最強おっさん魔族、女勇者を鍛えていたら国が分裂! 最終課題「魔王にセクハラしてこい」でどうしてこうなった!?  作者: よん


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第11話 ハリセンと褌の師範、"起こり"を観抜く一太刀

第11話 ハリセンと褌の師範、"起こり"を観抜く一太刀


あの屈辱的な財布奪還事件から、およそ半月が経過していた。


 フェリシアは毎日欠かさず、ドラーゲンの指導のもとで「観見の目付」の基礎訓練を続けていた。市場での雑踏観察、気配の感知、動体視力の向上、そして何より「観る」ことと「潜む」ことの両立。最初は本当に何も見えていなかったフェリシアだが、地道な積み重ねにより、少しずつ人々の微細な変化を捉えられるようになってきている。


 商人の表情の僅かな変化から嘘を見抜いたり、子供たちの悪戯の予兆を察知したり、喧嘩が始まりそうな酔っぱらいを事前に回避したり。まだまだ初歩的なレベルではあるが、確実に成長の手応えを感じられる程度にはなっていた。


 そんなある日の昼下がり、ドラーゲンが「今日は街外れの静かな広場で稽古をする」と言ったので、指定された場所で待っていたフェリシアが、待ち合わせの時刻に現れたドラーゲンの姿を見て、文字通り絶句した。


「...は?」


 声にならない声が、フェリシアの口から漏れる。


 いつもの着流しに身を包んだドラーゲンの姿は、そこには無かった。代わりに立っていたのは、上半身は日焼けした筋肉質な胸板と腹筋を露わにし、下半身には白い褌一丁という、およそ師匠とは思えない格好をした男だった。そして、いつもの木剣の代わりに、紙を束ねて作った大きなハリセンを手にしている。


「き、きょ、今日は何を...その格好は一体...!?」


 フェリシアは顔を真っ赤にして後ずさりした。慌てて両手で目を覆うが、指の隙間からちらちらと見えてしまう光景に、心臓が早鐘を打つ。


「うむ、今日からは実戦形式だ」


 ドラーゲンは平然と、まるで何事もないかのように宣言する。


「お嬢ちゃんは木剣、私はこのハリセンでな。名付けて『見せ立会い訓練』だ」


「み、見せ立会い...?」


「そうだ」


 彼は誇らしげに胸を張った。その動作で胸筋がぴくりと動き、フェリシアは再び顔を背ける。


「お前さんには、私の攻撃の起こり――つまり、攻撃が実際に放たれる直前の予兆を読んでもらう」


 ドラーゲンは続ける。その口調は、ふざけているのか本気なのか分からない絶妙なトーンだった。


「私のこの素晴らしい肉体美は、筋肉の動き、力の込め方、重心の移動、魔力の微かな流れ、攻撃の方向性など、お前さんが観るべき情報を隠すものがない、いわば最高の教材だろう? ハリセンなら、万が一当たっても大怪我はすまいし、打撃の瞬間も分かりやすい」


 フェリシアは恥ずかしさのあまり、もはや何も言えなくなってしまった。しかし、よくよく考えてみれば、ドラーゲンの言葉には一理ある。確かに、服を着ていては見えない筋肉の動きや力の流れが、これほど分かりやすく観察できる機会はないだろう。


 (でも、でも...!あんな格好で...!)


 内心で悶々としながらも、フェリシアは木剣を握り締めた。師匠の奇抜な稽古法に戸惑いながらも、これまでの厳しい訓練を思い出し、覚悟を決める。


「...わ、分かりました。やってみます」


「よし、いい返事だ」


 ドラーゲンは満足そうに頷くと、ハリセンを軽く振って見せる。その動作だけで、フェリシアは思わず身構えた。


 そして、『見せ立会い訓練』が始まった。


 結果は、惨憺たるものだった。


 フェリシアは、ドラーゲンの動きを全く読み切れなかった。フェリシアが木剣を振るうたびに、その攻撃はことごとく空を切る。一方、ドラーゲンのハリセンは、まるでフェリシアの隙を見透かしているかのように、頭、肩、腕、背中と、的確に小気味よく叩いてくる。


 パンッ、パンッ、パンッ。


 軽快な音が広場に響くたびに、フェリシアの頬が赤くなる。悔しさもあるが、それ以上に、師匠のあの格好を見ながら稽古をしているという状況に、羞恥心が抑えきれない。


「うぐぅ...!」


 またしてもハリセンが肩を叩く。フェリシアは涙目になりながら、それでも木剣を振り続けた。


「どうした、お嬢ちゃん?まだ十分の一も見えていないぞ?」


「う、うるさいです!」


 フェリシアは顔を真っ赤にして反論するが、その隙にまたハリセンが腰を叩く。


「あうっ!」


「ほら、また隙だらけだ。敵はお前さんの恥ずかしがりを待ってはくれんぞ?」


 時折繰り出されるドラーゲンのからかいと、彼の格好への羞恥心で、フェリシアは完全に集中を乱された。一方的に叩かれる屈辱に、悔しさと惨めさで涙がにじむ。


 しかし、フェリシアは諦めなかった。


 市場での雑踏観察訓練も並行して続けており、「観見の目付」の基礎は確実に身についている。この稽古にも、必ず意味があるはずだと信じて、ドラーゲンの動きに集中しようと努めた。


   *   *   *

【視点切り替え:フェリシア → ドラーゲン】

   *   *   *


 そして、さらに半月ほどが経過した頃である。毎日の厳しい訓練により、フェリシアの成長は着実に進んでいた。


 最初の頃、ドラーゲンはフェリシアのために分かりやすく動いていた。わざと大げさに予備動作を見せ、攻撃のタイミングを読みやすくしていたのだ。しかし、彼女が基本的な観察眼を身につけてくると、ドラーゲンは徐々に動きを微細にし、より実戦的なレベルに近づけていった。


 フェリシアは、そのドラーゲンの変化にも見事に追従してきた。最初は見逃していた僅かな予兆も、今では確実に捉え始めている。


 ドラーゲンには見て取れる。フェリシアが足の指先に僅かに力が入る瞬間を読んでいること。肩が微妙に傾く角度を察知していること。呼吸のリズムが変わる瞬間を感じ取っていること。視線が一瞬だけ攻撃目標に向けられる刹那を捉えていること。


 そして何より、ハリセンを振るう瞬間の手首の僅かな返しや体の捻りを。それによって生まれるハリセン特有の予測しづらい撓りを。さらには、半裸であるが故に普段よりも格段に見やすい肩や背中、腰の筋肉の予備的な収縮や力の流れを、確実に読み取っている。


 (あの子は確実に成長している。服装が戦術に与える影響まで理解し始めているようだ)


 ドラーゲンは今回の稽古で、フェリシアが「観見の目付」の本質を掴み始めていることを確信していた。これは将来、彼女が実戦で活かせる重要な基礎技術となるだろう。


 ドラーゲンが動きを微細にすればするほど、フェリシアの観察眼も鋭くなっていく。彼女の表情を見ていると、最初は羞恥心で集中できなかった稽古も、今では明らかに手応えを感じているのが分かる。


 ドラーゲンのハリセンに叩かれる回数が減り、時にはフェリシアがドラーゲンの動きを予測して防御が間に合うことも出てきた。


「ほう」


 ドラーゲンは、フェリシアがドラーゲンの攻撃を木剣で受け止めた時、感心したような声を漏らした。


「少しは見えるようになってきたか」


「はい...!」


 フェリシアは息を弾ませながら答えた。汗が頬を伝っているが、その表情には確かな手応えと喜びがあった。


 そして、ある日の稽古の終盤である。


 ドラーゲンは、いつもの飄々とした雰囲気を消し、真剣な眼差しでフェリシアと向き合った。


 ドラーゲンは気配を一気に変える。軽い稽古の雰囲気から、殺気すら感じさせる鋭さへと。フェリシアの身体に緊張が走るのが見える。


 次の瞬間、ドラーゲンは真正面から、ハリセンの撓りと手首の捻りを巧みに利用した、恐ろしく鋭く、一点に集中された「突き」を繰り出した。


 これまでの遊びのような稽古ではない。ドラーゲンは本気の一撃を放った。


 いつものただのハリセンが、鋭い槍のように突き出されようとする光景に、フェリシアは一瞬恐怖の表情を見せた。しかし、その直後、彼女の目つきが変わった。


 フェリシアは恐怖を振り払った。集中力を極限まで高め、これまでの稽古で培った「観見の目付」の全てを注ぎ込む。


 ドラーゲンの突きの僅かな起こり。右足のつま先に力が入る瞬間。肩甲骨が内側に寄る動き。手首の角度が変わる刹那。そして、筋肉の収縮から生まれる力の流れ。


 全てを読み切ったフェリシアは紙一重でその必殺の突きを躱すと、がら空きになったドラーゲンの胴へ、無心でカウンターの木剣を打ち込んだ。


 木剣がドラーゲンの脇腹に軽く触れて止まる。


「...ほう」


 ドラーゲンは目を見開き、一瞬驚いたような表情を見せる。しかし、すぐにいつもの人の悪い笑みを浮かべた。


「今の突きを避け、カウンターまで入れるとはな。上出来だ、フェリシア。今日のところは、合格としよう」


 ドラーゲンの声には、紛れもない賞賛の色が込められていた。


 フェリシアは、まだ荒い息をつきながら、ドラーゲンの言葉に驚きと喜びが入り混じった表情を浮かべている。


 彼女は間違いなく理解しただろう。ドラーゲンのあの格好、そしてハリセンの独特な動き。最初はただの悪ふざけかと思ったに違いないが、そうではなかった。筋肉の収縮や力の流れ、ハリセンの撓りや捻り、すべてを読み取れるようになった。


 そして何より重要なのは、「観見の目付」における情報の可視性を体験できたことだ。これは将来、彼女自身が戦略的に戦術を選択する際の貴重な知識となるはずだ。


 あれは、彼女に観ることを徹底的に教え込むための、ドラーゲンなりの稽古だったのだ。


 フェリシアは、いつの間にか心の中で「ドラーゲンさん」ではなく「師匠」と呼んでいる自分に気づいた。


「師匠...ありがとうございました」


 彼女は深く頭を下げた。最初の羞恥心は、いつの間にか感謝の念に変わっていた。


「うむ、よく頑張ったな」


 ドラーゲンは満足そうに頷くと、広場の隅に置いてあった服を取りに向かう。


「これで『観見の目付』の基礎は身についた。次からは、もう少し実戦的な訓練に移るとしよう」


「はい!」


 フェリシアは力強く答えた。彼女の瞳には、これまでにない自信の光が宿っていた。

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