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1-9 決意と招待状

 災害まで残り2ヶ月となった4月。準備作業も最終段階に入っていた。




 SilentKeyとは直接会って、正式に長期契約を結んだ。

 大災害の情報を教え、高台にある非常時のインフラが整った頑丈なRC造の一軒家に引っ越してもらった。そして、島のサーバールームまでVPN回線を繋いで、色々と手伝ってもらっている。電子データの保存もSilentKeyが自動収集プログラムを組んでくれたおかげで加速した。


「予算は20億で、30年分を想定。IT・通信系電子機器の備蓄リストと、メンテンスに必要な器材や材料のリストを作って欲しい」


 そんな俺の無茶な依頼にも、3時間で応えてくれた。しかも、最安発注先の情報付きだ。

 大災害後も、物資を報酬にすることで契約を継続してもらう予定で、もはや欠かせない協力者になっている。災害後の混沌とした世界で、この契約がどれだけ重要になるか計り知れない。




 残る作業のうち、まずは本土拠点の偽装工作の依頼をした。裏の世界でお金を積み、本土施設の偽装工作をお願いする。俺が大災害後に、数カ月は嶺守島に籠ることになるからだ。


 ・「事業撤退・産業団地閉鎖」 を周辺に告知し、表向けのダミー設備撤去を行う。

 ・空荷のコンテナ車を何台も出入りさせ、物資の運び出しを印象付ける。

 ・廃墟偽装のため、汚し塗装、偽装破損、放射能マークを入れた立入禁止看板設置。

 ・アクセス道路に「自然崩落ポイント」を数か所設定し、大災害のちょっとした振動で土砂崩れが起こり道を塞ぐように工作。


 偽装工作が終われば、物流センター地下の冷凍・冷蔵設備をAI省エネモードに設定し完全に閉鎖する。これで自動燃料補給型の自家発電で3か月、うまくいけば6か月は冷凍・冷蔵保存されるはずだ。

 細やかな設計をしてくれた女性建築士さんには見せられない姿になってしまうだろう。申し訳ないが、GWに紛れて工事をしてもらうよう依頼する。




 次に、会社の最終整理だ。


「全株式の売却を完了しました。総額で約50億円の利益が出ています」


 会社の財務責任者が報告してくれる。

 株式投資で得た最後の利益を、金・白金・希少金属のインゴットに換金した。紙幣は災害後には価値が激減する。実物資産こそが真の財産だ。


「後払い契約だったものも含めて、全ての支払いを完了しました」


 建設費、備蓄費、運営費──すべての支払いを済ませた。これで俺に借金は一切ない。


「社員全員の海外派遣も準備が整いました」


 俺は最初から、2年後に海外転勤という契約で社員を雇用していた。


 オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、スイス──前世で被害が少ないらしいとアマチュア無線サークルの先輩が言っていた地域に、家族帯同で派遣する。3年契約で、1世帯3000万円の生活費を支給した。




「皆さんには感謝しています。新天地での成功をお祈りしています」


 送別会で俺は挨拶した。社員たちは俺の真の意図を知らない。彼らにとっては、単なる海外展開のための転勤だ。しかし、これで彼らの命が救われることを祈るしかない。


「ホテル本館が完成したら、遊びに来ますね、社長!」


 みんなの何も知らない明るい笑顔に、また少し胸が痛くなる。


「皆さん、災害にはくれぐれも注意してください。水や食料の備蓄を心掛けてくださいね」


 俺にできる精一杯のアドバイスだった。


 みんなは、「でた!社長の備蓄魔精神!」 「社長のせいで、食料はローリングストックする癖がつきましたよ」 「ヘルメットと靴は枕元に!ですよね?」 と笑っている。


 工事関係者にも、フランチャイズの担当者にも同じように多めの謝礼とアドバイスを送った。みんなを島に受け入れることはできないが、遠くで元気に生きていてほしいと願った。






 その夜、俺は自分の部屋で今後の予定を最終確認していた。


 机の上には、これまでの準備作業で関係者からもらった様々な資料が散らばっている。ホームセンターのフランチャイズ担当者が、納品書に貼ってくれた付箋が目に入った。


『神崎さん、この材料は湿気に弱いので、保管時は除湿剤を忘れずに!』

『この工具は定期的なメンテが必要です。同封した手順書をご確認ください』


 細かい字で丁寧に書かれた注意点が、いくつもの付箋に記されている。同封されていた手順書は彼の手作りだった。業務上の付き合いを超えて、本当に俺のことを心配してくれていることが伝わってくる。



 隣に置かれているのは、島の現場監督から渡された写真だ。

 島の工事中に大きな施工トラブルが発生した時のことを思い出す。設計図では分からなかった地盤の問題で、工期が大幅に遅れる可能性があった。だが、現場監督と職人たちが知恵を絞って地盤改良材の代替案を提案してくれて、なんとか問題を解決できた。


 その時にみんなで撮った写真には、汗だくになった作業服姿の職人たちの満面の笑顔が写っている。俺も一緒に写っているが、みんなの仲間入りをさせてもらえたような、温かい気持ちになったのを覚えている。


 毎月恒例のBBQ大会の写真もいっぱいある。最初の頃の遠慮がちな距離の写真が、最後には肩を組んで大笑いしている写真に変わっている。本土産業団地と嶺守島リゾート施設の工事関係者の合同親睦会も何回も開かれた。気持ちのいい人たちだった。



 そして、海外に送り出した社員たちからもらった寄せ書き。


『社長のおかげで、夢だった海外生活がスタートできます』

『家族みんなで感謝しています』

『必ず成功して、恩返ししますから待っていてください』


 一人一人が手書きで書いてくれたメッセージには、感謝の気持ちがあふれている。子どもが描いてくれた俺の似顔絵や、社員の家族写真まで貼られている。




 俺は写真や寄せ書きを見つめながら、胸が締め付けられるような気持ちになった。


「みんな……本当にいい人たちだったよな」


 この1年半、表向きはリゾート開発や産業団地、フランチャイズ店舗展開という偽装で、様々な人たちと関わってきた。最初は単なるビジネス上の関係だったた。だが、一緒に働く中で、強い信頼関係を築くことができていた。俺の常識外れな注文にも、よく応えてくれた。


 そんな人たちを、俺は見捨てようとしている。


「これでいいのか……?」


 俺は自分に問いかけた。




 死に戻った後、闇金情報のお礼を先輩に伝えようと大学へ向かった。だが、大学の建物が見え、前世の避難生活で見かけた人の顔を見た時に、俺は耐えられなかった。うずくまって吐き続けた。他人が怖かった。誰も信じられなかった。


 俺は、今世は一人で生き残ろうと決めた。


 島の収容人数には限界がある。何より、大勢の人間が集まれば、前世のような権力争いや暴力支配が起こる可能性が高い。他人を拒絶する理由はいくらでもあった。


 だが、なぜあんなに過剰な備蓄を溜め込んだのか。大人数が余裕で生活できる避難施設を作ったのか。俺は、何を求めていたのだろうか? 

 最初の決心と矛盾した行動の理由が、俺自身にもわからない。




 俺はPCのディスプレイに嶺守島のデータを表示した。


 20棟のコテージ、事務棟の3階に22の居室と100畳の和室大広間もある。広々とした施設、十分な備蓄。本来なら100人以上が快適に生活できる規模だ。


 そう考えると、俺が準備してきたものは、最初から一人で使うには大きすぎた。心の奥底では、誰かと一緒に過ごす未来を思い描いていたのかもしれない。それならば、その誰かとは、一緒にトラブルを乗り越えてきたあの人たちしかいない。みんなとなら、きっと協力し合えるはずだ。

 自信はまだない。何が正解か確信も持てない。でも、このままでは後悔することだけはわかる。



 島で笑って生活するみんなの笑顔が浮かぶ。



「そうだよな……うん、みんなを島に呼ぼう」


 俺は決断した。




 オープニング記念パーティーという名目で、関係者全員を家族ごと嶺守島に招待することにした。大災害の前に島に来てもらえば、みんなをそのまま安全に避難させることができる。海外に送り出した社員たちにも連絡して、一時帰国してもらおう。みんなに嘘をつくのはこれで最後だ。みんなが揃ったら、信じてもらえるかわからないけど、俺の前世の話をして心から謝ろう。


 俺は急いでPCに向かって、招待状の作成を始めた。


『嶺守島リゾート施設 

 オープニング記念パーティーのご案内


 日時:6月××日 18時開場

 場所:嶺守島

 ご家族皆様でのご参加をお待ちしております

 (交通費、宿泊費当社負担)』


 工事関係者、フランチャイズ担当者、海外派遣社員──お世話になった人たちで、信用できると思った人を次々とリストアップしていく。


「今度は、みんなで協力し合って生き残ろう」


 俺は温かい気持ちで作業を続けた。前世のような孤独で絶望的な体験ではなく、信頼できる仲間たちと共に切り開く未来を描いていた。


 前世のトラウマを克服して、チームで生き残るんだ。


 俺は希望で胸を熱くさせながら、招待状送付リストのチェックを続けた。






 災害まで残り1ヶ月になった5月。


 2年にわたる準備期間が終わろうとしている。島の施設、膨大な備蓄、情報の保存、本土拠点の偽装、そして信頼できる仲間たちとの関係。すべてが整った。


 後は、運命の日を待つだけだ。


 魔物対策は、頼もしい現場の人たちが協力してくれるだろう。物質化や備蓄の知恵は、フランチャイズ担当者たちが色々と考えてくれそうだ。日常生活のトラブルだって、きっとあの辛抱強い社員たちが上手く取り仕切ってくれるはず。SilentKeyも、島で一緒に避難生活を送ることに同意してくれた。


 となると、足りないのはウイルス対策だ。


 前世では魔物に噛まれると、小さな傷でも高熱が続き内臓から腐り始めて1か月で死んでいった。半年ほどたつと、ヒトーヒト感染するようにウイルスが変異し、噛まれていない人たちも次々と感染して死んでいった。


 前々から調べていた研究者──桐島博士。変異ウイルス研究の第一人者の協力が得られれば、大災害後の感染症対策で大きなアドバンテージを得られる。


「何としても、博士の協力が欲しいな」


 もう、博士を島へ招待することに躊躇は無かった。逆に、仲間たちのためにも、絶対にウイルス対策を準備したかった。何度も断られたアポイントを粘って取り付け、いよいよ明日、博士に会ってもらえることになっている。


「慎重に、だが積極的に」


 俺は明日の戦略を頭の中で整理した。

 桐島博士には、災害予測の情報はメールで送付済みだ。お子さんがいるようだから、安全を最優先に考えるよう説得してみよう。ウイルス研究者としての専門知識と、母親としての危機感を組み合わせれば、きっと協力してくれるはずだ。


 オープニング記念パーティーも、みんなには先にメールを送り、家族連れで参加の意向の返事をもらっている。正式な招待状に、それぞれの顔を思い浮かべながら一言ずつ言葉を書き込んで発送準備を済ませてから、俺は安らかな眠りについた。




 ──大災害が早まるなんて考えもせずに。







本日は、もう1話、社員視点の閑話を更新します。

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