1-8 デジタル備蓄と協力者
瞬く間に、死に戻ってから1年半の月日が流れた。大災害まで、あと半年だ。
新しく加わった俺の秘密作業は、情報の収集と保存だった。
「サーバールームの構築が終わりました」
俺は嶺守島の事務棟地下のサーバールームで、IT担当者と納品の確認をしていた。
「10ペタバイトのストレージシステムなんて、個人レベルとしては異常な規模ですよ」
「ははは、ゆくゆくはこの島からのんびり海を眺めながら情報産業に参入するのも悪くないと思いまして」
「いやぁ、本当に羨ましいですよ。その時は、是非、声をかけてくださいね」
大災害後は通信網が断絶し、インターネットはほとんど使えなくなる。そうなる前に、あらゆるデータを保存しておく必要があった。
前世でスマホが使えなくなった時の絶望感は忘れられない。各地のデータセンターが崩壊し、クラウドサーバーがほぼ全滅することを思うと、オンプレで物理サーバーを用意しておくのが一番安全だろう。
俺は裏サイトで手に入れた高速ダウンロード用の違法アプリを使って、インターネット上の情報を片っ端からダウンロードしていく。
Wikipedia、国会図書館を始めとした各国の図書館の公開データ、辞典・事典類、学術論文データベース、動画コンテンツ、新聞・雑誌・テレビ放送などメディア類のデジタルアーカイブ──ありとあらゆる知識を集めた。
特に重視したのは、実用的な情報だった。建物の建て方、機械の修理方法、薬品の製造法、農作物の育て方。医療関係、サバイバル関係から料理レシピまで。
とにかく、多様な実用知識があればあるほど生き延びる可能性が高まるはずだ。
「これで人類の知識を保存できるな……まさにデジタルノアの方舟だ。後は大手AIの学習データが欲しいところだが」
夜遅くまで続くデータ収集作業。オフィスには俺一人だけが残り、複数のPCでダウンロード作業を並行して行っている。
「建築技術マニュアル……DL完了」
「医薬品製造技術資料……DL完了」
「農業技術全集……DL完了」
いくつものHDDを一つ一つ確認しながら、俺は将来への準備を着実に進めていた。
会社設立、資金調達、島の購入、建設工事、本土拠点開発、情報保存──すべてが計画通りに動いている。大災害までの時間の全てを、生き残るための準備に費やし続けてきた。
俺は窓から外を見た。平和な夜景が広がっている。普通の人たちは、明日も今日と同じような平凡な一日が続くと信じている。
「どう見ても、俺一人が狂人だよな。何のために生き残ろうとしてるんだっけ⋯⋯」
ため息交じりの独り言をつぶやいて、冷めたコーヒーを飲みほした。
嶺守島と本土拠点の整備も終わり、膨大な備蓄調達が順調に終わりに向かっている3月。俺は最後の課題に直面していた。
情報漏洩の確認だ。
これだけ大規模な拠点建設と物資調達を行えば、外部への情報は漏れているだろう。特に気になるのは、関係者以外にどの程度まで俺の計画が知られているかということだった。
大災害後の敵は魔物だけではない。恐ろしいのは人の欲だ。前世の経験で、俺は人間の恐ろしさを身をもって知っている。武器を持つ者に支配される救いのない毎日。
情報が漏れていれば、島の場所が特定される危険性もある。バレたら終わりだ。
「まずは、どの程度の情報がハッキング可能なのか確認しないと。ダークウェブで調べてみるか」
前世では知らなかったが、裏のインターネットには違法すれすれの情報取引が行われている場所がある。そこで情報収集を請け負う人間を見つけることができるはずだ。
ダークウェブへのアクセス方法は特殊だ。
専用のブラウザソフトをダウンロードし、匿名性の高いネットワークにアクセスする。セキュリティ対策も重要だ。身元が特定されるリスクを最小限に抑えなければならない。
深夜2時。俺は部屋の電気を消し、PCの画面だけが青白く光る中で作業を続けていた。
「なんとかアクセスできたな」
何度か試行錯誤の後、ようやく裏の掲示板にたどり着いた。
そこは俺が知っている表のインターネットとは全く違う世界だった。怪しげな取引の投稿が並んでいる。武器の売買、偽造書類の作成、ハッキングサービス、そして情報収集の請負。
最初は恐る恐るサイトを見て回った。投稿の内容を読むだけでも、ここが危険な世界だということがよく分かる。しばらく探し回ると、日本語の掲示板があった。闇バイトの募集や、クレカ情報の売買などの危ないタイトルが並ぶ中、どうにか 「情報収集請負」 のページを見つけて依頼をだすことにした。
『企業情報調査依頼』
俺は慎重に投稿を作成した。
『対象:北陸地方の大型倉庫・物流センター
目的:競合他社の動向調査
報酬:応相談
期限:1週間以内
希望:北陸地方在住者尚可』
投稿してから数時間、俺は返信を待った。本当に反応があるのか、不安だった。コーヒーを飲みながら、他の投稿を眺めていると、画面に通知が現れた。
「来た……」
最初の返信が届いていた。
『なかなか面白そうなローカル案件ですね。詳細を教えてください』
ハンドルネームは「SilentKey」となっている。
俺は専用の暗号化チャットに移動して、詳細を説明した。
『物流業界の市場調査です。北陸地方の大型倉庫の詳細情報を調べてください』
『なるほど。ここで調査依頼をするということは、それなりの情報ということですね』
相手は慣れているようだった。
『 「詳細な」 情報をお願いします。報酬はいくらでしょうか?』
『ハッキングは危険を伴います。短納期対応の割増料金込みで1000万円ですね』
1000万円。大金だが、俺にとっては情報の価値の方が重要だった。俺の拠点情報がどれだけ漏れる可能性があるのかの確認と共に、大型倉庫の情報があれば大災害後に物資を調達する役にも立つだろう。
『分かりました』
詐欺の可能性も考えて、俺は指定された仮想通貨ウォレットに代金の半分を送金した。残りの半分は成功報酬だ。SilentKeyとのやり取りが続いた。
『調査範囲をもう少し詳しく教えてください』
『北陸地方の床面積1000㎡以上の大型倉庫、もしくは物流拠点を全て調べてほしい。倉庫に保管されている物資の種類や、倉庫の持ち主の情報もわかる限りでお願いしたい』
『了解しました。5日ほどお時間をください』
5日後、SilentKeyから詳細なデータが届いた。
受け取ったファイルを開くと、予想よりはるかに充実したリストが表示された。
俺の本土拠点についても、かなり詳しい情報が記載されていた。
「神崎総合企画の産業団地計画
総投資額200億円規模
物流センター:日用品と食料品中心
冷蔵・冷凍設備は北陸地方上位の規模
セキュリティ:3m外壁、監視カメラ、
非常時予備電源運用セキュリティシステムあり」
思った以上に情報が漏れている。しかし、嶺守島については一切記載がなかった。
「島の倉庫は、単にホテルの付属施設扱いなのかもな」
一安心した俺は、さらなる調査を依頼することにした。ダメ元だ。
『追加で相談があります』
『どのような内容でしょうか?』
『大手AI企業の学習データは入手可能ですか?』
しばらく間があった後、返信が来た。
『かなり難しい案件ですが……技術的には可能です。ただし、相当な時間とリスクを伴います』
『報酬は十分に支払います』
『報酬の問題ではありません。そのレベルのハッキングは国際的な大問題になります。なぜそこまでしてAI学習データが必要なのですか?』
俺は少し考えてから答えた。
『将来的に通信インフラが崩壊した時に、人類の知識を保存しておきたいのです。AI学習データには、これまで人類が生み出した膨大な知識が含まれています』
『……興味深い発想ですね。そこまでのビジョンがあるなら、お手伝いしましょう』
俺は画面を見つめながら考えた。SilentKeyという人物は、その辺のハッカーレベルの技術力ではない。知識の深さから判断すると、かなりの熟練したIT技術者だ。やり取りの中で、日本政府どころかアメリカの国防総省にも侵入していそうな話しぶりだし、電子機器にも詳しいようだ。
大災害後の情報収集を考えると、この人脈は重要だ。多少、危ない奴だとしても、接近してみる価値はあるかもしれない。
AIの学習データだけではなく、検索エンジンのキャッシュデータや企業の内部情報を手に入れてもらった後、俺は少し踏み込んだ新たなメッセージを送った。
『長期的な協力関係について相談があります』
『どのような内容でしょうか?』
『まずは、災害後の情報収集システム構築です。通常のインターネットが使えなくなった場合の、代替手段を検討しています』
『詳細をお聞かせください』
俺は慎重に言葉を選んだ。
『災害大国である日本では、大規模な停電や通信トラブルがいつ発生してもおかしくありません。その時用に、情報収集とコミュニケーション手段を確保しておきたいのです。つまり、SNSのように画像や動画が投稿できる掲示板サイトを、しかも、それを運営するサーバーの位置が絶対にバレないように構築していただきたいのです』
前世、大災害後は大手のSNSやオンラインサービスは2~3日目には使えなくなった。ならば、自前で情報収集できるサイトを用意しておくのも備蓄の一つだろう。
『なるほど。災害時のBCP、つまり事業継続計画の一環ですね。サイト構築の経験はありませんが、ハッキングには慣れています。つまり、その逆を考えればいい。誰にも破られないサイトを作りましょう』
SilentKeyは理解が早い。これなら、もしかすると大災害後も協力者として、報酬で繋がる契約関係ならありかもしれない。
『報酬については十分に用意します。今後の長期契約も視野に入れています』
『今回の報酬は不要です。その代わり、隠している情報を教えていただきたい。大量の物資やデータの備蓄に興味をお持ちのようだ。まるで未来の大災害を知っていて、核シェルターにこもる準備をしているかのような行動ですね』
SilentKeyは鋭かった。俺の行動パターンから、何かを察している。
俺は少し迷ってから返信した。
『遠くない未来に起こる災害情報を持っています。直接会って話しませんか?』
これは大きな賭けだった。SilentKeyが信頼できる人物なのか、まだ分からない。しかし、これまでの仕事ぶりを見る限り、少なくとも有能なのは確かだ。
『なるほど。日時と場所は追ってご連絡いたします』
こうして、俺は物資だけでなく、情報という名の武器も備蓄することができた。ダークウェブという未知の世界で得た人脈が、今後の生存戦略の重要な一角を担うことになるとは、この時はまだ想像もしていなかった。
──そして、SilentKeyと直接会って、その正体に驚くことになることも。
次回で避難準備編が終わります!