1-7 豪華なおまけ 本土施設
備蓄開始前に遡ります。
死に戻って6ヶ月後の12月──嶺守島の工事が本格的に始まった頃だった。
更に株式投資で増やし、500億円の資金が確保できた俺はかなり調子に乗っていた。合宿コースで船舶免許をとって小型クルーザーを購入し、何度も嶺守島とオフィスを往復しながら、思いついては島の施設に設備を追加したり、備蓄リストを数十ページも追加したりと、若干はた迷惑な忙しい毎日を送っていた。フランチャイズ本部との契約も次々と整い、色々なことが構想から現実に変わり、具体的に進み始めていた。
ある日、神崎総合企画のオフィスで、商業施設チームの責任者が心配そうに報告してくる。
「神崎さん、フランチャイズの初期在庫なんですが、1年後から届き始めますよ? これだけの量をどこに保管するんですか?」
俺は壁に貼られた発注予定リストを見上げた。ドラッグストア、ホームセンター、業務用スーパー、ガソリンスタンド──何種ものフランチャイズ契約による膨大な商品群。
「確かに……島の倉庫だけでは足りませんね」
実際、嶺守島の大型倉庫3棟だけでは、これだけの物資を保管するのは物理的に不可能だった。しかも、今後は人に見られたら困る武器防具や、怪しい海外輸入品なども備蓄していく予定だ。
「最近は円安が進んで、どの業界も値上がりが激しいので、腐らないものはできるだけ早めに発注して確保しておきたいのです。場所は⋯⋯どうにかします」
責任者のため息交じりの了承の言葉と視線に、俺は新たな決断を迫られた。
パンがないならお菓子を食べればいいじゃない。
倉庫が無いなら作ってしまえばいいじゃない。
俺は、本土にも拠点を作ることにした。
金ならある。どうせ大災害後は金の価値なんて無くなるし、使わないと損だ。倉庫本体の大人買いだ。
大災害は嶺守島でやり過ごし、落ち着いたら本土拠点に移動するのもありかもしれない。本土なら島と違って制約が少ない。「この設備の電力消費量はわかってるんですか」とか、「地下水の水量にも限度があるんですよ」とか怒られずに開発できるだろう。となると、大災害から、魔物が少し落ち着く半年後くらいまでは、本土施設にはノーメンテで自家発電してもらわないと困る。研究施設や製造施設は島よりも充実させたい。もちろん、独立インフラや宿泊施設は必須だ。
「では、本土に我社専用の物流センターを作りましょう」
俺は新しいプロジェクトを宣言した。
「隣に産業団地も作って、研究施設や開発会社を誘致すれば、島のリゾート施設にも小規模なMICEの誘致ができるかもしれません」
これは計画外の展開だが、考えてみれば悪い話ではない。島より自由度が高い本土に研究施設や工場があれば、より高度な活動が可能になる。
張り切る俺とは対照的に、呆れ顔と諦め顔と「こいつマジか」と目が語る社員たちを、年末ボーナス200%で黙らせる。
「場所はどちらに?」
「物流センターなら高速道路インターチェンジの近くがいいですね。嶺守島の最寄りの港から、車で30分ほど山に入ったこのあたりで検討しましょう。島と同様に、地下水源が確保できるところがいいです」
俺は地図を広げて説明した。内陸部の高台で、津波の心配はない。アクセスは良すぎず悪すぎずの立地だ。
本土拠点の計画は急速に膨らんだ。
・敷地面積:約30,000㎡(3ヘクタール)
・地下1階地上2階建て巨大物流倉庫
・産業団地センター棟:各種会議室、食堂、宿泊室、サーバールーム等
・研究施設群:医学、バイオ、電子技術、化学・材料などの専門研究施設
・各種製造工場:金属加工、プラスチック加工、化学、繊維、食品加工など
・インフラ:発電・通信・上下水道(オフグリッド対応可能な自給システム)
総投資額200億円の一大プロジェクトが始まった。
島のリゾート計画やフランチャイズ利用の備蓄計画より、おまけの本土施設の方が開発費が高くなってしまったが、必要なんだからしょうがない。よな?
建設会社との打ち合わせは連日続いた。
「南東のエリアは医療機器メーカーの研究開発拠点として計画します。地方医療のフロント施設としてアピールできるよう、最先端の機器を備えつつも、居心地が良い空間を考えてください」
神崎総合企画の下のフロアに入居した建設会社の支店の会議室で、全体の図面と模型を確認しながら、俺はみんなに配置の説明していた。
「南西のエリアには、地方発の産学連携による産業団地というコンセプトで、即入居可能な工場・倉庫付きの施設を作ります」
「どちらも最先端機器がリース可能な施設ですか。かなり野心的なプロジェクトですね。物流センターと産業団地の動線をわけつつも、全体的に回遊できるような、自然に溶け込んだ美しい施設群にしましょう。建築雑誌の表紙も狙えますよ」
女性の設計担当者が、張り切った声を出す。雑誌の表紙は勘弁してもらいたい。というか、建物が完成して備蓄が終われば、この施設は封鎖するので、人がいる写真は撮れないだろう。彼女のキラキラした笑顔に、少し胸が痛む。
同席してくれた嶺守島の現場監督は、俺の過度な心配性と、常軌を逸したと言っても過言では無い拘りをわかってくれているので、設備担当者にあれこれと注意を与えてくれている。正直、かなり助かる。大災害の説明抜きで、常識はずれな計画をお願いするのは、なかなかに孤独な戦いなのだ。だが最近は、社員も工事関係者もフランチャイズ担当者も、「頭おかしいけど面白いことを考えているヤツだ」と思ってもらえてるようだ。もちろん、俺の資金力が大きく影響しているわけだが。
結果として、本土拠点の設備は嶺守島をはるかに上回る充実ぶりになった。
例えば、ウイルス研究のためのBSL-2レベルのバイオセーフティ実験室。工場群も島の工房とは違って、町工場として稼働できるレベルの本格的な製造設備だ。臨床実験も可能なようにと言い張って、内科・外科・歯科・薬科の最先端の設備と入院施設も作ってもらう。
ちなみに、3交代制の24時間工事だ。金にものを言わせまくる。最近は「金ならある」というダメ人間な口癖が増えた。
物資は、嶺守島には10人が余裕で10年暮らせるくらい、本土の物流センターには30人が30年暮らせるくらいの充実した備蓄になりそうだ。俺一人では使い切れない量だが、大災害後は、物々交換が主流になるだろうから、役に立つだろう。
2拠点あるというのは、やはりかなりの安心感がある。「BCP対策として冗長化は有効です」という懐かしい大学の講義を思い出す。20歳の学生社長を馬鹿にせずに真摯に対応してくれるみんなに感謝だ。
死に戻りから9カ月。島の工事は勢いよく進んでいた。
「順調に進んでいますよ」
工事着工から半年、少し暖かい日が増え始めた3月に、建設会社の現場監督が報告してくれた。
「予定通り今年の9月には第1期の基本的なRC造の施設が完成します」
俺は嶺守島の高台に立って、建設中の施設群を見渡していた。事務棟の骨組みが立ち上がり、基礎工事が各所で進んでいる。島は近隣対策が不要だからラクらしい。賑やかな音があちこちで響いている。
「その後は第2期のコテージや温室、工房群ですね。島の8割の森林部分の整備も同時に進めます。完成は1年後ですね」
現場監督が指差した方向には、重機が森林道路を整備している様子が見えた。
「第3期のホテル本館の着工は、まだまだ先ですね。来年の秋ごろになります」
「第2期が完成してから第3期が始まるまでの半年は、重機や資材はそのままこの島に置いておいてください。リース代は払いますから」
俺は満足していた。最新の発電設備、通信設備、地下水汲み上げ施設、下水浄化施設。完全に自立したコミュニティが形成されつつある。
ちなみに第3期は大災害後なので、作るつもりは無い。重機や資材を確保するための偽装計画だ。
俺は、荷物も運べるワークボートタイプのクルーザーも追加で購入し、本土に俺専用の格納施設も発注した。大災害で港が使えなくなっても大丈夫なように、特殊な着水方法を考えている。
そこは大人の秘密基地だ。楽しみだ。