1-6 合法的詐欺備蓄作戦
嶺守島の工事が順調に進む中、俺は避難生活の一番重要な課題に直面していた。
備蓄だ。
生存に必要な物資を可能な限り集める必要があった。防災備蓄リストを公開しているメーカーや公的機関はたくさんあるが、どれもインフラが回復するまでの期間、せいぜい2週間しか想定されていない。そして俺は、インフラが回復しないことを知っている。リストを作り始めたが果てしない作業になった。
一番の問題は、大量の物資を備蓄のために購入すれば確実に怪しまれるということだ。仮想通貨の失敗を思い出すと、何事も適正範囲から外れないように、目立たないようにする必要がある。
俺は神崎総合企画のオフィスで、頭を抱えていた。
「どうやって大量の物資を怪しまれずに調達するか……」
PC画面には「必要物資リスト」が表示されている。食料、医薬品、日用品、工具、燃料──膨大な量の物資が必要だった。
物質化能力で賄えるのは1種。うまくいっても3種。それ以外は、全て備蓄が必要だ。全世界で崩壊が起こることを考えると、俺一人が生きるためだけでも50年分以上の備蓄が必要になる。それに、どんなにインフラや施設の設備を頑丈に作っても、50年以上、メンテなしで使い続けることはできないだろう。
例えば洗濯機。壊れたら、修理を試みるために工具や交換パーツが必要になる。それでも直らなければ新しい洗濯機に交換しなければならないだろう。50年で、いくつの洗濯機が必要になるのか。倉庫に保管しておいたとしても、劣化するパーツはどのくらいなのか。冷蔵庫は。電子レンジは。エアコンは。照明は。車は。発電機は。ソーラーパネルは。
もしも、万が一、運よく、棚ボタのミラクルで奇特な女性と巡り合えて、結婚することができたら? 子供ができたら? 孫ができたら?
妄想まで広がりだし、
1週間悩んで出した答えは、フランチャイズ申請を利用した合法的な大量調達だった。その物資を使うかどうかは考えず、とりあえずあらゆる物資を備蓄しておく作戦だ。思考停止でお任せすることにする。
「オープニング準備という名目なら、どれだけ大量に発注しても不自然ではない」
俺は会社に商業施設計画部門を作り、人材を増やした。
「リゾート施設のオープンと同時に、本土でも複数の店舗展開計画を進めます」
社員に命じて申請したフランチャイズは以下の通りだった。
・ドラッグストア2店舗分(医薬品・日用品)
・ホームセンター2店舗分(工具・建材・園芸用品・家具)
・業務用スーパー3店舗分(冷凍・保存食品)
・家電量販店2店舗分(家電・PC・部品)
・ガソリンスタンド2店舗分(燃料・車両用品)
・コンビニ複数店舗分(食品・日用品)
・農業資材店2店舗分(肥料・農薬・種子)
・100均ショップ2店舗分(雑貨)
・スポーツ用品店(アウトドア・防災グッズ)
・メガネ店(メガネ・コンタクト・補聴器)
「これで少なくとも、30年分の備蓄が余裕で確保できるな」
物資の調達は、それぞれのフランチャイズ本部と1年かけて詳細な打ち合わせを重ねた。
『ドラッグストア系(医薬品・日用品)』
「2店舗分の初期在庫ということですが、かなりの量になりますね」
本部の担当者が驚いている。俺は準備していた説明を始めた。
「離島のリゾート施設とも提携するので、万全を期したいんです。お客様に不便をかけるわけにはいきませんから」
担当者の前には、嶺守島リゾートの豪華なパンフレットが置かれている。
「なるほど、確かに離島だと補充が困難ですものね」
調達した物資は膨大だった。
・医薬品:市販薬全般、救急用品、体温計、血圧計
・日用品:歯ブラシ、洗剤、ティッシュ、トイレットペーパー
・その他:掃除用品、キッチン用品、衛生用品、サプリメント各種
「特に薬やサプリメントは多めにお願いします。効果が高い物を中心に」
「かなり高額になりますが……」
「構いません。リゾート施設の客単価は高めに設定していますので」
担当者は嬉しそうに追加の商品カタログを広げ始めた。
『ホームセンター系(工具・建材・園芸用品)』
「工具類は全サイズ揃えてください」
俺は担当者に詳細を説明した。
「リゾート施設の維持管理にも必要ですし、お客様向けのDIY体験プログラムも計画しています」
・工具類:のこぎり、ハンマー、ドライバー、レンチ類(全サイズ)
・電動工具:ドリル、グラインダー、丸のこ
・建材:木材、金属材料、接着剤、塗料
・園芸用品:肥料、農薬、種子、農機具
「カタログに載っているものは全て現物を揃えてください。『目で見て選べるホームセンター』をキャッチコピーにしたいのです」
膨大な発注リストを目にした担当者は、取り寄せ品や特殊な予約発注品の説明を熱心に始めた。
「発電機や溶接機、特殊な機器のリースもご紹介できますよ」
「ぜひお願いします」
最終的な注文書は10cmファイル3冊分にもなった。
『業務用スーパー系(冷凍・保存食品)』
「いきなり3店舗分ですか? 冷凍庫の容量も相当必要になりますが」
「地下に大型冷凍・冷蔵設備を完備した物流センターを用意しますので問題ありません」
俺は自信を持って答えた。
調達した食品は膨大だった。
・冷凍食品:肉類、魚類、野菜類、調理済み食品
・保存食品:缶詰、レトルト食品、フリーズドライ
・調味料:醤油、味噌、塩、砂糖、香辛料
・乾物:米、小麦粉、パスタ、乾燥野菜
「某南極の料理人の小説を読んでください。大きな声では言えませんが、実は冷凍食品は業務用冷凍庫ならかなりの長期保存が可能なんです。家庭用では無理ですけどね」
本当の消費期限を聞くと、本部の担当者が得意そうに教えてくれた。そして国内外の色々な冷凍食品製造会社のカタログをそろえて、通常の店頭取扱品以外の発注も請け負ってくれた。
フランチャイズ契約を通した物資の他にも、俺は様々なルートで物資を調達していた。
大型衣料品店では「海外ボランティア用」と偽って、あらゆる衣料品を全サイズ、色違いも含めて何百着も発注した。特に冬用の機能性下着は、異常なくらいの量を備蓄した。世界中の噴火の火山灰で空が曇り、気温が下がることを知っているからだ。
「途上国支援のボランティア団体向けの大口発注です」
「素晴らしい活動ですね。割引させていただきます」
担当者の善意が胸に刺さったが、俺は妄想家族のために笑顔で対応した。
「ベビー服もお願いします!」
農業資材店では「大規模農園開発」として、ありとあらゆる種子や肥料、農薬、農機具を発注した。
「50年分の備蓄を確保します」
「50年? それは相当な規模ですね。種子は保存温度に気を付けて、5年ごとの世代管理をされた方がいいですよ」
「え!? 詳しく!!」
備蓄管理も重要な課題だった。
保存方法の工夫に力を入れた。
・真空パック機:食料品や部品の長期保存
・専用冷蔵倉庫:AI制御による温度湿度の省エネ精密管理
・防湿材・脱酸素剤:劣化防止対策
「脱酸素剤も真空パックして保存しましょう。保存のための保存です」
在庫管理担当者が苦笑いしている。
完璧な在庫管理システムも構築した。
・QRコードやRFタグを利用した在庫管理
・消費期限追跡システム
・場所別在庫確認機能
・二重発注防止システム
「島のサーバールームと物流センターのサーバールームに最新データを同期保存します」
実際には、カレールーやウェットティッシュなど、一部の商品で多重発注ミスもあったが、多すぎて困ることはないだろう。
完璧な備蓄計画に、理想の避難生活を思い描いて、忘れ物がないか備蓄リストを何度も確認する日々が続いた。
◆◇◆
度を越した備蓄完璧主義になった俺は、後に謎の敗北感に襲われることになる。
「左利き用ハサミを忘れた! まあ3Dプリンターで作ればいいか」
「数珠がない! よし、木材加工とガラス加工で作ってもらおう」
「マタニティウェアはあるのに、七五三の晴れ着がない! 布工房に染色材料と織機はあったよな」
「そうか、低軌道通信衛星の寿命は5年程度なのか……打ち上げ施設と通信衛星の備蓄も必要だったな……負けた」