1-5 理想の避難拠点
200億円の資金を確保した俺は、次の重要な課題に取り組み始めた。
拠点となる「島」探しだ。
この2か月、資金を増やしたり会社を作って人を雇ったりしながらも、災害パニック映画、ゾンビ小説、ポストアポカリプス漫画、プレッパーのドキュメンタリー映像、大手動画サイトに投稿されている雪山キャンプやキャンピングカー日本一周旅行など、ヒントになりそうなものを手当たり次第に見まくった。
そして出した結論は、 「離島に引き籠る」 だ。
本当は、空母を買って、海上避難をしたかったのだが、値段の桁が違っているし、操舵に100人以上は必要らしい。それに、どう考えても素人が保有する手続きを済ませられる気がしなくてあきらめた。空母で海上を移動しながら生き残るって、男のロマンなのに。非常に残念だ。
俺は神崎総合企画の新しいオフィスで、全国の離島データを整理していた。壁一面に日本地図を貼り、候補地に色分けしたピンを刺している。
「津波の高さは最大で200メートル……」
前世の記憶を頼りに、被害想定図を作成していく。太平洋側の沿岸部は全滅。日本海側も25メートルから30メートルの津波が来る。
条件を厳しく設定した。
・標高150メートル以上の高台がある
・地下水源が確保できる
・本土から30分以内でアクセス可能
・断崖に囲まれた守りやすい地形
・建設許可が早期に取得可能
最後の条件が最も重要だった。大災害まで残り時間は限られている。一から環境アセスメントや建築許可を取得していては間に合わない。
俺は不動産会社に片っ端から連絡を取った。
「離島の物件を探しています」
「どういった目的でしょうか?」
「長期滞在型の高級リゾートを計画しています」
「でしたら、こちらの物件はいかがでしょう……」
大阪の不動産会社、東京の投資会社、地方の老舗不動産業者──30社以上に問い合わせをした。しかし、どれも条件に合わない。
・瀬戸内海の島→津波被害の可能性
・伊豆諸島→火山活動のリスク
・沖縄の離島→遠すぎる
俺は机の上に散らばった資料を見つめて、ため息をついた。コーヒーも冷めてしまっている。時計を見ると、すでに午後7時を過ぎていた。
その時、声をかけていた関西の不動産業者から電話がかかってきた。
「あ、神崎さんで間違いないですか? ええ物件、見つかりましたで」
俺は背筋を伸ばした。
「どちらの島でしょうか?」
「場所はね、日本海側の離島で 『嶺守島』 いうとこですな。そちらさんの会社からも割と近いとこですわ。ちょいと特殊でしてね、倒産したリゾート会社の計画を引き継ぐ形になっとります」
俺の心臓が高鳴った。これは運命だ。
「詳しく聞かせてください!!」
すぐに不動産業者がデータを送ってきた。
「7年ぐらい前から開発許可の申請が進められてましてな、コロナと不景気のダブルパンチで頓挫してもうたんですわ。でも、環境アセスと建築許可はもう通ってますさかい、スタートラインには立ってます」
これだ。俺が探していた条件にぴったりだった。
「島は周囲が9キロくらいのええサイズでしてね、最高標高がちょいと低くて87メートル。外周が崖に囲まれてる地形から 『嶺守島』 いう名前がついたそうですわ」
俺は送られてきた島の航空写真を見つめた。確かに、ほぼ全周が断崖に囲まれている。87メートルというのは希望の半分くらいの高さだが、日本海側なら津波は最大でも30mだ。逆になだらかな地形は、避難生活を送りやすいかもしれない。
「まあ、砂浜がないのはちょいとリゾート向きちゃうかもしれまへんけど、港湾施設も島内の道路も既に完成してましてね。地下水の水質調査もクリアしとりますさかい、条件的にはバッチリですわ」
「価格はいくらでしょうか?」
「お値段は、15億円になります」
俺は即座に答えた。
「現地視察をお願いします」
営業担当者のノリがいいおじさんが、少し驚いた声を出した。
「あれ? そんなにお急ぎですのん?」
「はい。できれば今週中に」
俺には時間がなかった。大災害まで1年10カ月。島の購入から建設完了まで考えると、一刻の猶予もない。
2日後、俺は現地視察のため船に乗っていた。本土の港から30分の船旅だ。船上から見える島の姿は、まさに俺が理想としていた要塞のような形をしていた。何なら、遠くから見ると空母に見えるかもしれない。
「立派な港ですね」
同行した若手の営業担当者がタブレットを見ながら説明する。
「前の開発会社が相当な投資をしていました。津波対策の巨大な消波ブロックも設置済みです」
船が港に到着すると、俺は島の雰囲気を肌で感じ取った。潮風に混じって、森の香りが漂ってくる。鳥の鳴き声が響き、平和そのものだった。
港から高台まで続く道路も、しっかりと整地されている。前の開発会社の設計図を見ると、島の各所に建物予定地が記されていた。
「こちらがメインの計画地です」
案内された場所は、標高60メートルほどの平坦な土地だった。木々に囲まれていて、プライバシーも確保できる。そして何より、津波の心配がない高さだ。
俺は島の端まで歩いて、断崖から海を見下ろした。波が岩に砕ける音が響いている。ここなら、おかしな組織に目をつけられても守りやすいだろう。
「地下水源のデータはありますか?」
「はい、これです。ボーリング調査も完了していて、十分な水量が確保できます」
俺は満足していた。この島なら、すべての条件を満たしている。
「他に問題はありませんか? 地盤や環境面で。積雪はどんなものでしょう」
「技術的な問題は一切ありません。むしろ、これだけ条件の整った離島は珍しいくらいですよ。積雪はちょっとデータがないですが、日本海側は、本土より離島の方が気候は穏やかで積雪は少ないと聞いています」
俺は決断した。
「購入します」
営業担当者が目を丸くした。
「え? もう少し検討されませんか?」
「いえ、決めました。15億円で購入します」
不動産と違って、島は滅多にローンを組めない。すぐに一括払いで15億を振り込んだ。
船で本土に戻る間、俺は島の全体像を頭の中で整理していた。事務棟、宿泊施設、倉庫群、インフラ設備──必要な施設の配置を考えていく。
大災害後の世界で、この島が俺の命を守ってくれるのだ。
1週間後、購入契約を締結した。同時に、建設会社との交渉も開始した。
俺は地元の建設会社を避けて、関東のゼネコンを選んだ。現場の職人も、関東地方で起こった水害の被災者を優先して雇うよう依頼した。高めの報酬で人を集め、できるだけ地元の人間は使わないように手を回した。大災害後に島の施設や備蓄倉庫を当てにして、人が押し寄せてきたら困るからだ。
「コンセプトとマスタープランを確認させていただきました」
ゼネコンの設計者や現場監督と共に、企画書を広げて詳細を確認する。
「充実したインフラ設備も異色ですが、ここまで地震対策や備蓄計画をするのも珍しいですね。ちょっと無駄が多すぎませんか?」
建物の基礎は免震構造、窓ガラスは強化仕様にして全ての窓にシャッターを付ける。そして異常なほど充実した備蓄倉庫。ガソリンや軽油の備蓄タンクも大きめだ。確かにやりすぎと思われても仕方ない規模だった。
「日本は災害も多いですし、コロナ禍のような騒動もあります。嶺守島に長期滞在してもらうために、やりすぎぐらいの安心感を目玉の一つにする方針なんですよ」
俺は誤魔化すように説明した。
「台風や大時化の時には、1週間ぐらい島に閉じ込められる可能性もありますからね」
「なるほど、確かに最近は災害対策を重視する傾向がありますね。離島は運搬コストが高くつくのがネックですけどね」
設計者と現場監督は納得してくれたようだ。
島の購入費15億円、インフラ整備費30億円、建設費40億円。
総額85億円の一大プロジェクトが始まった。
地元の政治家に裏からお金をばら撒いて、役所から計画変更の認可をすぐに下ろしてもらう。設計施工一括発注をして、ゼネコンが得意な施工中設計でどんどん工事を進めてもらう。複数の建物の並行施工で、通常なら36ヶ月かかる工期を18ヶ月に短縮する。
俺は島を見上げながら、また一歩、理想の避難生活に近づいたことに満足していた。