3-3 未来への青写真
午後2時。会議室に全員が集まった。
外は相変わらず雨が降っていて、窓を叩く音が会議室に響いている。
お昼ご飯は、いつもの子供たちの会話に癒されて少し空気が緩んだが、会議室に戻るとまたピリッとした空気に戻った。
「それでは、本土遠征計画の会議を始めます」
俺は深呼吸してから、みんなを見回した。
「その前に、さっきの話の続きをさせてください。人助けについて、俺の考えを聞いてもらいたいんです」
田村さんが腕を組んで頷く。桐島博士も静かに耳を傾ける姿勢を見せた。
「俺は、死戻ってからずっと物質化能力とは何なのかを考えていました」
俺は一面がホワイトボードになっている壁の前に立って、みんなに向き直る。
「この能力は、これまでの豊かな物質社会への反対命題に思えます。掲示板に投稿される世界中からの情報。さっきの漁師たちの会話。どれを見ても、与えられた能力に馴染んでいない今の段階では、人類を救っていると同時に、争いの種を蒔いているからです。そう考えると、俺たちの限りある備蓄を、安易に配り歩くのは、同じく争いの種になりかねないと考えています」
陽菜乃ちゃんが頷く。
「うん、わかる~。簡単にもらえると、要求ってエスカレートしがちだよ。それに、貰えて当たり前ってなっちゃって、分けてくれないのは悪だって、自己中に思い始めるんだよ。今はお金より物資の方が価値が高いのにね」
「そうですね。だから、俺たちの方針をはっきりさせたい」
俺はホワイトボードに「島」「本土拠点」「人助け」と書いた。
「まず、島についてです。俺たちの最大の弱点は、人数の少なさです。だから、今のところは島に新しい大人を受け入れるつもりはありません」
田村さんが口を開きかけたが、俺は手を上げて続けた。
「ただし、将来的に本土拠点に完全移住することになったら、この島を子供たちの疎開先として解放することを考えています」
桐島博士の表情が変わった。
「子供たちのですか?」
「はい。信頼できる教育者を見つけられたらになりますが」
「いきなりすぎー! 神崎さん、そんなこと考えてたの?」
「仮定の話になりますが、もしも今回、物質化能力を付与されなかった子供たちに、追加で能力が与えられるなら、計画的に準備ができることになります。ここの備蓄を見せて、分類や品目を覚えさせれば、ある程度の文化的な生活を取り戻せるかもしれません」
「なるほど......」
桐島博士が頷く。
「それに、電気柵でコントロールされた島内で、自然湧きする魔物を安全に狩らせれば、幼い子供にも1000ポイントを稼がせることができます。そうすれば1人で10種の物質化が可能になりますよね。既に物質化を決定している子も、最適な二個目を安全に増やすことができます」
俺は、この一か月、少しずつ考えていたことを説明した。
「例えば、車を大まかなパーツに分けて物質化品目として設定させたら、毎日、車が生産できるようになるでしょう」
田村さんが目を見開いた。
「車を? 毎日か?」
レオさんが分析的に説明する。
「理論的には可能ですね。田村さんが機関銃を、陽菜乃ちゃんが複雑な電子機器を丸ごと物質化できている。これは、容積内で触れたことがある組み立て品なら、完成品として物質化できることを示しています」
「つまり?」
「車も同じです。エンジン、トランスミッション、シャシー、ボディパネル、タイヤ、内装、電装系、ガラス類、座席......大まかに10ユニットに分類することが可能でしょう。1人が最終的に10種10立方メートルの能力に到達すれば、理論上は1人で車1台分のパーツを毎日生産できる計算になります」
陽菜乃ちゃんが興奮して身を乗り出す。
「それって、工場がいらなくなるってこと!? すごすぎる~!」
桐島博士が冷静に補足する。
「ただし、それには前提条件があります。まず、パーツに実際に触れてある程度の詳細を理解する必要がある。それから、組み立てる技術も必要ですね」
「そうです。そこなんです」
俺は頷いた。
「本土拠点には、整備工場レベルの工具も備蓄してあります。組み立てマニュアルもサーバーに保存済みです。子供たちに技術を教えられる指導者さえ見つかれば、実現可能なんです。子供たちがパーツを物質化して、大人が組み立てるというのもありですよね」
田村さんが腕を組んで唸る。
「なるほどな。確かに、資材を運んで加工する従来の方法より、圧倒的に効率的だ。燃料も物質化できるから、完成した車はすぐに動かせる」
「住宅も同じなんです」
俺はホワイトボードにプレハブ住宅の簡単な図を描く。
「田村さんの方が専門でしょうが、住宅は基礎、壁パネル、屋根、窓、ドア、配管、電気系統など、これもパーツに分類できます。プレハブキットも本土拠点には数種類が備蓄されていますから、住宅を数人で毎日生産できるようになるかもしれません。まぁ、電気はともかく、水道設備は工夫が必要になるでしょうけど」
レオさんが何度も頷きながら、じっくりと考え込んでいる。
「興味深いですね。これは単なる物資の供給ではなく、生産システムそのものを人間に内蔵させるということです」
陽菜乃ちゃんがタブレットをタップしながら言う。
「待って待って、これめっちゃ重要だから整理するね。つまり、物質化能力は 『工場』 になるってこと?」
「そうです」
俺は力強く頷いた。
「これからの世界では、資源を輸送して加工して製品を作るんじゃなくて、物質化能力そのものが工場になるかもしれない。人が集まれば、そこが生産拠点になるんです」
桐島博士が真剣な表情で言う。
「それは......革命的ですね。産業革命以来の、生産方式の根本的な転換です」
「だからこそ」
俺は声を強めた。
「この島を守らなければならないのです。ここで子供たちに、魔物との戦い方、基礎教養、助け合う集団生活を教える。飢えにも魔物にも武装集団にも怯えずに、自分の適性や向き不向きを知ることができる環境を作るんです」
田村さんが質問する。
「どうやって子供だけを連れてくるんだ? 親と離れるのは嫌がるぞ」
「最初は親子で来てもらって、1~3か月後に親だけ本土に戻ってもらえばいいかと。戻る場所がない人用の場所の確保や仕事の割り振りも必要になるでしょうけど、島にいる大人の人数は多くしたくないですね。もちろん、そこで親から離れられない子供には違うフォローアップ体制を考えておきたいです」
陽菜乃ちゃんが真剣な顔で言う。
「それなら、掲示板サイトで信頼できそうなコミュニティにも、同じような文明クラフト疎開を検討してもらった方がいいよね。日本のここだけが悪目立ちするのを防げるし、人類として多様性もキープできる」
「そうなんです。俺も同じことを考えていました」
俺はホワイトボードに「世界中のコミュニティ」と書き足した。
「ちょっと先走り過ぎましたが、例え、今後は物質化能力の新たな付与が無かったとしても、やはり子供の疎開先にしたいとは考えています。寄宿学校のような感じで、今後の世界の生き方を学ぶ場になればよいので」
田村さんが腕組みを解いて、少し前のめりになる。
「だが、神崎君。それは遠い未来の話だろ。今、困ってる人はどう考えているんだ?」
「本土の生き残っている人への対応は、魔物探知アプリなどを入れた端末や、最低限の日用品の基本セットを渡すだけです。それ以上は、何もするつもりはありません。相手の物質化品で物々交換ができるような関係であれば、交流を続けるのもありかと思いますが、一方的に援助を続けるのは無しです」
「それじゃあ、目の前で死にそうな人も見捨てるのか?」
田村さんの声が強くなった。
俺は田村さんの目を見て答えた。
「前世の避難生活では、ひたすら魔物の囮になることと、近所に残っている物資の探索と、食事だけの繰り返しでした。その先の未来には絶望しかなかった。自死した人も、1人2人じゃなかったんです」
会議室が静まり返った。
「未来を、可能性を、少しでも夢見ることができる世界にしたいんです。これからウイルスとの戦いも始まります。未来に希望がなければ、ウイルスに感染した時、戦う気力もわかないんです。そのためには、目の前の人だけを見ていてはダメです」
桐島博士が静かに言った。
「神崎さんの気持ちは分かります。でも、医師として、目の前の命を見捨てることはできません」
「俺だって、できることなら見捨てたくないですよ!」
俺は声を荒げてしまった。
レオさんが冷静に割って入る。
「具体的にどういう状況を想定されていますか?」
桐島博士が即座に言う。
「例えば、先ほどの漁船に重篤な病気の人がいた時です。それなら私が治療します」
「でも、この島に受け入れることはできません。薬ならドローン投下できますし、ビデオチャットで様子を確認して治療方法を伝えることもできるでしょう。でも、できるのはここまでです」
田村さんが強い口調で言う。
「本土に行った時に、魔物に襲われている人を見つけたらどうすんだよ」
「襲われている人が武装勢力でなければ助けます。魔物を倒して、当面の物資を渡しておしまいです。拠点に迎え入れることはしません」
「酷い怪我を負っていたら?」
田村さんの問いに、俺は答えに詰まった。
「......見捨てます」
会議室に重い沈黙が流れた。
桐島博士が悲しそうな表情を浮かべる。
「それは......」
「俺だって非情なことはわかってます! でも、俺たち7人で、全員を救えるわけじゃない。そんな物資もない。でも、リスクを冒して俺たちが死んだら、この島も本土拠点も、掲示板サイトも全部なくなるんです。それは結果として情報の交流が止まり、何十万人もの人を孤立させ、武力が支配する希望が無い世界へと進んでしまうかもしれないんですよ!」
俺は拳を握りしめた。
陽菜乃ちゃんがタブレットから顔を上げて声を上げた。
「結局さ~、どこでもやっていける人と、居場所を失うのが怖い人の考え方の違いだよね。どっちも間違ってないんだけど、私も居場所を失いたくはないから、少しでもリスクがある状況なら他人を助けようとは思えないかな~」
会議室が一瞬静まった。
何かがストンと腑に落ちた気がした。
田村さんや桐島博士は、根本的に自分に自信があるから、他者へのキャパが大きいと言うことなのか。どこでもやっていける自信なんて俺にはない。そんなものがあるなら、こんな拠点や備蓄を用意していないだろう。
「神崎さん、落ち着いて~。みんなちゃんと状況はわかってるからさ」
陽菜乃ちゃんに顔を覗き込まれて、俺はゆっくりと深呼吸した。
レオさんが穏やかに提案する。
「段階的に考えてみてはどうでしょう。今すぐ救助活動を始めるのではなく、まずは本土拠点の防衛を固める。それから、備蓄の配給計画をきちんと立て、その範囲で少しずつ支援の輪を広げていく」
田村さんが頷く。
「そうだな。俺も自分の考えを押し付け過ぎていた。神崎君の言うことも分かる。完全に人を助けないってわけじゃないんだよな?」
「もちろんです。俺たちの安全を確保したうえでなら、状況に応じて支援はできると思います」
桐島博士が、壁のディスプレイの一つに映っている1階ロビーの監視カメラの映像を見上げた。そこには、ちゃんと体操服に着替えて、縄跳びをしている子供たちが映っていた。
「それなら、私も賛成です。確かに、私たちが生き残らなければ、誰も助けられませんものね。それに……私にも守りたいものはあります。あの子たちを守るためなら、きっと目の前の人を見殺しにするでしょう」
陽菜乃ちゃんがタブレットを操作する。
「じゃあ、掲示板サイトで『未来の文明クラフト計画』みたいなトピック立てようか。世界中の人が希望を持てるような情報発信を始めよう」
俺は安堵のため息をついた。
「ありがとうございます、みんな。じゃあ、この方針で進めていいですか?」
全員が頷いた。
「それじゃあ、本土遠征計画の具体的な話に移りましょう」
俺はホワイトボードに「本土進出」と大きく書いた。
「港は接岸できないので、クルーザーは砂浜から陸揚げすることになります。それは満潮時しかできないので、時間の制約があることを前提にしてください。本土施設は砂浜から車で30分ほど山に入った場所にあります。火山灰の状態や魔物の遭遇など、上陸してからの問題点はピックアップしてあるので、後で意見をください」
俺は話を切り上げて、本題に入った。
「それより、さっき話が途中になってしまったから、もう一度、陽菜乃ちゃんが見つけた気になるコミュニティについて、詳しく教えてください」
陽菜乃ちゃんがタブレットを操作して、ディスプレイに衛星からの写真を映す。
「えーっと、アリスに大災害ビフォーアフターを自動解析させて、近隣の生存コミュニティを調べてたんだよね」
レオさんが驚いて身を乗り出す。
「アリスの解析でそんなことまでわかるんですか?」
「例えば、火山灰の上に車のタイヤの跡がたくさんあるとか、ブルーシートで建物を補修しているとか、洗濯物が干されているとか。30センチメッシュレベルまで拡大できるから、結構、生存者の痕跡を探すことはできるんだ~」
田村さんが感心する。
「それはすげぇな。衛星画像をそこまで解析できるのか」
桐島博士も興味深そうに言う。
「陽菜乃さんの技術力とアリスの解析能力、本当に驚かされますね」
陽菜乃ちゃんが照れたように笑う。
「えへへ、でもこれ、本当に役立つと思うんだ。落ちている橋や土砂崩れの道もわかるから、ちゃんと使える道路地図を作ることもできるし~」
俺も前のめりになる。
「で、どんなコミュニティが見つかったの?」
「一番近い市内だけでも大小で100以上のコミュニティがあるんだけど、その中で特に気になるのが二つあって......」
陽菜乃ちゃんが地図上のポイントをタップする。
「まず、この老人ホーム。災害の直後は20人分くらいの洗濯物が毎日のように確認できたんだけど、段々と数が減って、間隔も開くようになって......」
桐島博士の表情が曇る。
「それは......」
田村さんが考える。
「火山灰を避けて、室内干しに変えたとか?」
「シーツみたいな大物は、外に短時間でも干されてたんだよね。でも最近は全然見ない」
「それは深刻ですね。介護スタッフも十分にいないでしょうし......」
レオさんが冷静に言う。
「ただ、介入するかどうかは慎重に判断すべきですね」
俺が頷く。
「そうですね。まずはドローンを飛ばして状況確認をしましょう」
陽菜乃ちゃんが次の画像を表示する。
「次はここの小学校。運動場に最初は『SOS』って椅子で文字が書かれてたんだけど、今は『タバコ』とか『酒』って書かれてるんだよね」
田村さんが眉をひそめる。
「コミュニティ内が荒れてきてるのか?」
「そして、裏庭の方の隅っこの目立たない倉庫の屋根に、『求 クスリ』って書いた布が貼ってあるの」
桐島博士が心配そうに言う。
「医薬品が必要なのかしら。なぜ目立たない位置に……」
レオさんが補足する。
「薬物依存の可能性もありますよ。『求 クスリ』という表現が気になります」
陽菜乃ちゃんが他の画像も見せる。
「他にも、工場の屋上に人がいるのが見えたり、橋の下にテント村ができてたり、色々あるんだよ」
田村さんが地図を見つめる。
「100以上のコミュニティか......それぞれに事情があるんだろうな」
俺は決断した。
「明日、ドローンを飛ばして、まずはこの老人ホームと小学校の状況を詳しく確認しましょう。それを見てから、どう対応するか決めます」
桐島博士が少し不安そうに言う。
「もし、本当に困っている状況だったら......」
「その時は、できる範囲で支援を考えます。ただし、さっき話した方針は守ります。この島がバレない方法に限りますし、無暗に物資を与えるような支援はしません」
全員が頷いた。
「長い会議でしたが、方針が固まって良かったです。皆さん、ありがとうございました」
田村さんが立ち上がる。
「よし、じゃあ今日はこれで終わりにするか~。今日は俺が夕食当番だから肉だ! 昼からローストビーフ用の牛ももブロック肉を仕込んでんだよ」
陽菜乃ちゃんがタブレットを抱える。
「明日のドローン飛行も楽しみだけど、ローストビーフ! 大好物~!!」
「では、フルボディのワインでも見繕ってきましょう」
「子供たちにも、ぶどうジュースを探そうかしら。最近、何でも皆さんと同じものを欲しがるのよ」
俺たちは少し疲れた表情で、しかし前向きな気持ちで会議室を後にした。
明日、本土のコミュニティの現実を目にすることになる。
俺たちの方針は固まった。だが、実際に困っている人たちを目の当たりにした時、この方針を守り通せるだろうか。
そんな不安を抱えながら、夕ご飯の話題で盛り上がるみんなの後をついていった。