2-15 溶解点
翌日、ドローンからの実験で、超レア種はキーンという22.5kHzの高周波音を聞かせると、動きを止めることが分かった。これで接近されても逃げることはできる。俺たちは事務棟に戻って施設周辺の防御力向上に取り掛かった。
「よし、電気柵を2mに上げるぞ」
田村さんが、既存の支柱に延長パイプを取り付けていく。俺とレオさんが電線の配線作業を担当し、陽菜乃ちゃんがドローンで周囲の警戒を続ける完璧な連携だった。
1.2mは飛び越えるジャンプ力を持つ超レア種でも、2mの電気柵は飛び越えられなかった。高周波音による行動停止と組み合わせれば、かなりの抑制効果が期待できるだろう。
作業中も森林部のドローン映像で超レア種の動きを監視していたが、島の北部をうろついているようだ。時々、ノーマル種と戦闘する姿も確認され、やはり敵対している可能性が高い。
小型魔物のノーマル種は麻酔銃で捕獲し、桐島博士が少しずつ調べているが、普通の生物と違うということしかわかっていない。データは、掲示板サイトの魔物生態研究板で共有している。どうやら、その板には各国の軍関係者が参加しているらしいが、まだまだ魔物の生態はわからないことだらけだ。
電気柵の改修をしながら、俺たちは掲示板サイトで超レア種対策について意見を求めた。
音波による行動停止は成功したものの、完全な討伐方法がまだ確立されていない。世界各地の研究者から様々な提案が寄せられた。
今までは、塩分さえ魔物の体内に入れられたら、魔物は消滅していた。その塩分の効果についての議論が交わされた。
『塩分が効くということは、浸透圧の変化が原因かもしれません。浸透圧による細胞破壊を試してください。硫酸マグネシウムが効果的です』(ドイツの化学研究所)
レオさんが早速、硫酸マグネシウム溶液に浸した弾丸を作成し、高周波音で動きを止めた超レア種に対して、テスト射撃を行った。残念ながら、軽微な損傷を与える程度で、すぐに回復してしまった。
『塩水は微アルカリ性ですから、魔物の体内pHを変化させているのかもしれません。pH変化による酵素失活を狙ってみてはどうでしょう』(スペインの生化学者)
レオさんが意見を伺うように桐島博士を見た。
「そうですね......魔物の体液を採取して分析した結果、細胞膜の構造が通常の生物とは大きく異なっていました。おそらく、pH変化に対する耐性も相当高いと思われます」
桐島博士が冷静に分析結果を告げる。
「それでは、より直接的な細胞破壊を狙ってみましょうか」
今度は強酸性と強アルカリ性の溶液を試した。水酸化ナトリウムと塩酸、両方の弾丸を用意して交互に射撃したが、やはり超レア種に対しては決定打にはならなかった。
『ナトリウムイオンが魔物の酵素系を阻害しているとしたら? 生体内の酵素は金属イオンに敏感です。ナトリウムで阻害されるなら、より強力な金属イオンで試してみてはどうでしょうか』(ロシアの化学専門家)
桐島博士が投稿を読みながら考え込む。
「この金属イオンのアプローチは興味深いですね。医学的には、重金属による細胞毒性という観点もあります。ただし、超レア種の代謝システムが既知の生物と同じかどうかは......」
レオさんが石油化学プラント用に物質化していた白金ナノ粒子弾丸も試したが、結果は同様だった。レア種に飲み込まれて終わりだ。
色々なアイデアが掲示板で議論されたが、どの方法も、超レア種の驚異的な回復力の前では不十分だった。
既存の電気柵の高さ変更が終わると、俺たちは超レア種を島の北端に封じ込める作戦を始めた。
「森林部を東西に横断する電気柵を張って、超レア種を北側に固定しよう。そうすれば、港から施設がある南半分は安地化できる」
田村さんの提案で、島の中央部に新たな防御ラインを構築した。2mの高さがある電気柵で森林部を分断し、超レア種の行動範囲を制限する作戦だ。
電気柵の手前側のモノリスは、計画的に破壊していった。18個のモノリスを破壊する過程で、小型レア種が2体出現した。最初に遭遇した時は、グロックの二丁拳銃で苦戦したが、今は塩分濃度を3倍に高めた改造弾丸とUZIの組み合わせで、効率的に討伐することができた。このレア種討伐により、俺、レオさん、田村さん、陽菜乃ちゃんの4人は物質化容量が10㎥まで拡張された。桐島親子も、容量アップを狙ってレア種討伐の時は現場に呼ぶようにしていたが、途中からの参加なのでまだ倒したレア種は6体に留まっていた。
森林部半分の制圧作戦が完了した夕方、これで超レア種から襲われることは無くなったため、本土への進出計画を進めようかという話になっていた。陽菜乃ちゃんが衛星写真の解析で気になるコミュニティを見つけていたからだ。
だが、レオさんから超レア種討伐の新しい提案があった。
「皆さん、超レア種を確実に倒す方法を考えました。ただし、少し......過激な方法になります」
レオさんの提案を聞いた陽菜乃ちゃんは、「レオさん、エグっ! さすが腹黒宰相!」とちょっと引いていた。
田村さんは「防水シートとエポキシ樹脂なら建設資材にあったが、数分しか持たないだろうな」と、すぐに準備の工程を考えていた。
俺も「それなら、醸造工房にある陶製タンクを使いましょう」と即座に提案した。
2日後の午後、ついに超レア種討伐作戦が決行された。
準備は万全だった。
俺たちは森林部の少し奥の中規模山小屋を作戦本部とし、全ての機器を遠隔操作で制御することにした。大型ディスプレイにドローンからの映像を映し出し、リアルタイムで戦況を把握できるシステムが構築されていた。
山小屋の中は、さながら軍事作戦の司令室のような雰囲気だ。各人の前にはタブレットやコントローラーが並び、ヘッドセットで連絡を取り合う。いつでも現地へ行けるよう、装備は身に付け、車も2台が準備されている。
「全員、ヘッドセット装着確認」
「神崎、了解」
「レオ、準備完了です」
「陽菜乃も大丈夫~!」
「桐島、事務棟待機です」
「莉子も準備オッケー!」
「悠真も準備オッケー!」
桐島博士と子供たちは事務棟にいる。万が一の事態に備え、シャッターを降ろし避難できる体制だ。そして、今後の本土進出を考えて、子供たちにも戦闘を見せることになっていた。
「超レア種の位置確認。島の北端、座標B-7地点にいます」
陽菜乃ちゃんがドローンの映像を確認しながら報告する。画面には、相変わらず虹色に輝く毛並みの超レア種が映っている。9本の尻尾を優雅に揺らしながら、森の中をゆったりと歩いている。
「アンモニアドローンを発進させます」
レオさんが操縦桝を握り、誘導作戦を開始した。ドローンには、これまでで最大量のアンモニア溶液を染み込ませた布が吊り下げられている。小型ノーマル種ほど臭くない魔物でも、アンモニア臭には反応して追いかけてくれるので、これが一番、誘導しやすい。
ドローンの予備機も複数準備し、万が一の故障にも対応できる体制を整えていた。山小屋の屋上には予備ドローンが5機スタンバイしている。
「ターゲット反応。追跡開始しました」
超レア種がゆっくりと首を上げ、ドローンの方向を見つめる。そして、例の瞬間移動のような速度で移動を開始した。
「誘導成功。目標地点まであと200メートル」
画面上で、超レア種を示すオレンジの大きなバツ印が、陶製タンクを埋めた地点に向かって移動している。
「音響兵器、準備完了」
陽菜乃ちゃんが音響システムの最終チェックを行う。現地の近くに設置した大出力スピーカーが、高周波音を発生させる準備を整えている。陽菜乃ちゃんは音響兵器の出力を向上させ、より長時間の行動停止が可能になるよう調整を続けた。音の周波数と出力パターンを細かく調整し、超レア種に対する効果を最大化する設定を見つけ出していた。
「重機もネットもOKだ」
田村さんが遠隔操作用のコントローラーを構える。建設用クレーンも、陽菜乃ちゃんに改造してもらい、山小屋から操作できるようになっていた。田村さんは、実際に現場で動かしたいと最後まで抵抗していたが、「国交省だって建設DXを推奨してるんですよ。危険区域での施工は、遠隔や自動化があたりまえです」という俺の一言で諦めてくれた。これは現場監督が、若手職人から言われていた言葉の真似だ。
陶製タンクの近くには、超レア種を捕獲するための電動で収縮するワイヤーネットが、土を被った状態で敷き詰められている。
超レア種がネットの上に到達した瞬間、作戦が開始された。
「キーン、開始!」
陽菜乃ちゃんがタブレットをタップすると、22.5kHzの高周波音が空気を震わせ、超レア種の動きが完全に停止する。
画面の中で、超レア種が石のように固まっている。9本の尻尾も、虹色の体毛も、まったく動かない。
「ネット作動!」
田村さんが重機のコントローラーを操作する。タンクの周囲に隠されていた電動ワイヤーネットが一斉に収縮し、超レア種を包み込んだ。
「捕獲成功! 吊り上げ開始!」
クレーンのワイヤーがネットに繋がり、ゆっくりと超レア種を持ち上げる。
「高度3メートル到達。目標真上に移動中」
田村さんの巧みな操作で、超レア種がタンクの真上まで運ばれる。下には、薄く煙る塩酸の水面が見える。そうなのだ、このタンクの中身は、10㎥に容量アップしたレオさんが、2日がかりで貯めた20㎥近い塩酸だ。
「投下!」
ネットが開き、超レア種が塩酸プールに落下した。
その瞬間、化学反応が始まった。
虹色の体毛はみるみる泡立ち、透き通る液体の中で白煙が立ちのぼった。塩酸の強烈な反応で、超レア種の体表が溶け始めているのだ。現場では、強い刺激臭が発生しているはずだ。
尻尾を振り回し逃げ出そうとするのを、再度、高周波音で停止させる。
「キーン、出力アーーップ!!」
陽菜乃ちゃんが出力を最大にして、高周波音を浴びせ続ける。
「効いてる~! 虹マモノが溶けてる~」
「塩酸? 強いね~すごい!」
子供たちが興奮している。
最初は体表の損傷を修復しようとしていたが、化学物質の効果は絶大だった。超レア種の回復力をもってしても、物理的な溶解には対抗できない。
超レア種は動きを止めたまま、徐々に溶解していく。最初は毛先から、次に手足、そして胴体へと溶解が進んでいく。あの虹色の美しい体毛も、鋭い爪も、すべてが化学反応によって分解されていく。水面より上に見えていた九本の尻尾は、最初こそ抵抗するように蠢いていたが、やがて一本ずつ崩れ溶け、色彩を失って消えていった。
魔物の状態がグロくなってきたので、事務棟への映像を切った。
1時間後には、完全に溶解した。塩酸プールの中には、わずかな灰色の残滓が沈んでいるだけだった。
「やったあああ!」
陽菜乃ちゃんが飛び跳ねて喜び、みんなでハイタッチを交わした。
「ついに......ついに倒したぞ!」
田村さんも嬉しそうに拳を振り上げる。
「興味深い結果でしたね。力技のアプローチが正解でした」
レオさんも満足そうに微笑んでいる。
俺は安堵と達成感で、腰が抜けそうになった。あの超レア種が、ついに、完全に消滅したのだ。これで島は完全に安全になるだろう。
意気揚々と掲示板サイトで報告した。
『超レア種討伐に成功しました。最終的に塩酸プールに落として物理的に溶解させました』
投稿してから30分もしないうちに、世界中から反応が殺到した。
『……え?』(ドイツの化学研究所)
『塩酸プールとは???』(アメリカの生化学者)
『我々が必死に考えた理論は何だったんだ……』(フランスの毒物学専門家)
『シンプル・イズ・ベスト……なのか?』(イギリスの軍事研究者)
『科学理論が力技に敗北した瞬間を目撃』(オーストラリアの大学教授)
『だが、確実に倒せたならそれが正解だ』(ロシアの化学兵器専門家)
「まぁ、結果オーライってことで」
田村さんが苦笑いしながら言う。
「みんな、ちょっと引いてるよね~アハハ」
陽菜乃ちゃんが楽しそうに画面をスクロールしている。
電気柵に守られた安全地帯、森林部の分断、そして最大の脅威だった超レア種の討伐。
俺たちは、ようやく島の生活空間の安全を達成した。後は、中型魔物の超レア種が出ないことを祈るばかりだが、その場合は、また機械音アナウンスがあるだろう。
これで安心して本土進出の計画を進められる環境が整った。
今日もスモークがかった夕日が山小屋の窓から差し込み、俺たちの顔を暖かいオレンジ色に染めていた。長い戦いが終わり、新しい冒険の始まりを予感させる、希望に満ちた夕暮れだった。
(第二章 完)
少しお休みして、第三章(本土進出編)を開始したいと思います。
ここまで、お読みいただき、本当にありがとうございました。
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これからもよろしくお願いいたします!