2-10 隠された戦力
朝9時。
俺たちはいつものように、会議室に集合していた。
陽菜乃ちゃんが新しい掲示板情報を報告する。
いつもと違って、陽菜乃ちゃんの表情は少し引きつっていた。何事にも動じない陽菜乃ちゃんにしては珍しい。
「ねぇ……ヤバい投稿があった」
「どうした。昨日の監視カメラ映像よりヤバいのか?」
田村さんが身を乗り出す。
「私たち、やらかしてたみたい……」
壁のディスプレイに動画が映し出される。
画面には、俺たちがポイント稼ぎに使っていたのと同じような、薄青色の透明なモノリスが映っている。だが、その周りの地面の盛り上がりが尋常ではない。俺たちが見たものの数倍はありそうな土の山がボコボコと盛り上がっていく。
投稿者のコメントが字幕で表示される。
『ポイント稼ぎをしていたら、ノーマル種の3倍くらい土が盛り上がり、急いで退避した』
そして、遠方からの撮影画像に切り替わる。盛り上がった山は、しばらく動きを止めていたが、早送りで「5分経過」という字幕が出た後、白っぽい塊が地面から這い出してきた。その塊が小さく震え、一瞬で銀色に輝く3本の尻尾を持つレア種へと変わり、ゆっくりと立ち上がる。その3本の尻尾がうねり始めると同時に、一気に周りの地面が7~8か所盛り上がり、黒いノーマル種も現れた。
「これはヤバいな……」
田村さんが唸る。
「土の盛り上がり方が明らかにノーマル種と違いますから、逃げる余裕はありそうですね。5分もあれば十分に距離を取れます」
レオさんが冷静に指摘するが、その表情もいつになく険しい。
「昨日、モノリスからレア種が出てたら、うちらもヤバかったね~。そんな準備してなかったもん」
陽菜乃ちゃんも、まだ動揺した表情のままだ。
「すぐに、特別ページに注意喚起を出します!」
俺は慌ててPCに向かった。
掲示板の「魔物の情報」特別ページを開き、動画へのリンク付きの緊急警告を追加する。
『【緊急警告】モノリスからレア種が発生する可能性あり! 通常の小型魔物とは異なり、大規模な土の盛り上がり(通常の3倍程度)が発生します。この現象を確認したら、直ちに安全な距離まで退避してください。レア種の出現まで約5分の猶予があります』
『【推奨事項】モノリスを利用したポイントコントロールを行う際は、必ず複数人で行い、常に退避ルートを確保してください。単独での作業は絶対に避けてください』
「解決したと思ったら、新しい問題が出てくるな」
田村さんが腕を組んで考え込む。
「今後はモノリスでポイント稼ぎをする場合は、電気柵で囲んでからにしよう。まぁ、銃弾が電線に当たったらマズいが、電線の本数を増やしておけば大丈夫だろ」
田村さんが苦笑いを浮かべる。
レア種も電気柵は越えない。例え湧いてもなんとかなるだろう。それより、昨日のポイント稼ぎの時に誰もその可能性を考えなかったのが問題だ。もっとリスクマネジメントを真剣にやらないと、いつか大事故を起こしそうだ。
「それはそうと、監視カメラを増やせねぇか? これから森林に向かって安地を広げていくなら、もう少し詳細な魔物の位置情報がほしい」
田村さんが俺を見る。
「島中にWi-Fi網が張り巡らされているので、基本的にどこにでも監視カメラ自体は設置可能です。ただ、森の中に増やすなら、電源の確保が問題ですね。高所での作業も必要になりますし」
俺が答えると、桐島博士が手を上げた。
「火山灰スイーパーに取り付けたらどうでしょうか? 自動充電するので電源の問題は解決します。実は、監視カメラ映像の魔物の観察を続けているのですが、魔物はスイーパーには全く反応していませんでした」
それは名案だ。火山灰スイーパーは充電ステーションで自動充電するし、島中を移動している。
それにしても、シャッターの開閉音や火山灰スイーパーに反応しないということは、機械音は気にしない習性なのだろうか。思い出してみれば、車のエンジン音にも、全く反応していない気がする。魔物には、まだまだ謎が多い。
監視カメラは、工事完了後に自分でこっそり追加したりしたから、俺でも配線や設置の工作ができる。
「俺、やります! 360度撮影のパノラマ型をスイーパーの上部に取り付けましょう。」
「高性能ドローンがあれば巡回させられるんだけどね~。でも、あれ、めっちゃ高いんだよ。業務用だと1機300万円とかするし……」
「あ……ドローン……? ここの屋上倉庫にありますよ。1000万円のドローンが30機」
そうだ、ドローンを自動巡回させればいいんだ。
「えぇぇ?! ちょっと待って、それを30機?」
「軍用ベースにしては安い方だそうですよ?」
「おい神崎君、軍用って……」
「えーっと、全天候型で、耐風性能と長時間飛行が可能な高性能機体がベースになってます。GPS自動航行や熱画像カメラの機能があって、確か、3機編隊で8時間ローテーション、3交代24時間監視ができるはずです」
「……総額3億円ですか」
「いえ、充電ポートも一緒に発注したので……えーと、2000万円のが4台だったかな」
みんなの顔が驚き顔から呆れ顔になってきた。会社の会議を思い出す。
「単なる充電器でプラス8000万円かよ」
「違うんです。全自動で便利な『ドローンポート』なんです。ドローンが自動で着陸して、バッテリーを自動充電して、天候の悪化を検知して待機したりする機能も持ってるんですよ。屋外常設タイプで、ちゃんと塩害対策もしてもらいました」
「ねぇ、それって全部でいくらになるの?!」
「その巡回用ドローンだけじゃなくて、もう一種類、一緒に発注したんですよね。本土の状況偵察用に長距離型ドローンを。対ジャミング通信やGPS妨害対策だけじゃなく、簡易ステルス仕様になっていて──」
「おいおい、それは1000万円どころじゃないだろ……」
「1億円でした。あ、予備も買ったから2億円ですね。完全ステルス偵察機で地球一周を飛べるやつもあるらしいんですけど、価格は極秘で国家予算レベルって言われたので、残念ですが諦めました」
みんな、無表情になってきた。やはり、会社の会議を思い出す。
「……2億」
「……国家予算」
「……魔王健在」
「この島のは、ドローンと統合制御システム、地上局、設置予備品一式も含めて、全部で7億円くらいで組んでもらいました。リゾートの警備システムとしては標準的で誤魔化せるでしょ? VIP客の安全を考えれば当然の投資だと言えば、納得してもらえましたよ。本土拠点のドローンは200km級とか大型貨物用とかでもっとしましたけどね。あはは」
誰も何も言ってくれなくなった。うん。会社の会議だ。間違いない。
「神崎さんの『標準的』には、毎回、驚かされますね」
レオさんがため息をつきながらも、いつもの微笑みを取り戻してくれた。
「すみません、もっと早く思い出すべきでした。巡回ドローンは偽装の言い訳用で、本来の目的は本土観測の方だったので、存在を忘れてました。大型倉庫に、普通のドローンもありますし」
「いや、まぁ、とにかく……これで、レア種と『いきなりこんにちは』は避けられるな。ははは」
田村さんも、戸惑いつつも、笑っている。うちの社員より立ち直りが早い。
早速、みんなで、事務棟の屋上に行くことになった。
「ここか……機械室にしては大きくて静かだと思ってたんだよ」
田村さんが建物を見上げながら呟く。
大きなシャッターがついている建物の入り口で、俺がキーカードをかざすと、重厚な金属扉が開いた。中に入ると、広い空間が広がっている。
「うわぁ......」
陽菜乃ちゃんが息を呑む。
壁の特注格納棚に、プロペラアームを畳んだ巡回用ドローンが30機、間隔を空けて、整然と美しく並んでいる。黒いマットな塗装で、軍用の威圧感がある。
「1機1千万......」
陽菜乃ちゃんが小さく呟く。その横で、レオさんが感心したように頷いている。
「これは本格的ですね。RTK-GPS搭載でしょうか」
「はい。障害物回避センサーも最高レベルのものを搭載してます」
そして、格納庫の奥にあるカバーをめくると、翼幅4m、全長2mの小さな飛行機のようなドローンが2機現れた。
「おお! これって、あの紛争の時に使われたやつがベースだよな!」
田村さんが興奮している。嬉しそうにそっと触れているのがかわいい。
「長距離偵察用ですね。島内の魔物が落ち着いたら、本土の状況確認に使う予定です。60km先までは余裕でいけますから」
格納庫のシャッターを開けると、屋上の裏の区画にドローンポートが設置されているのが見えた。ぱっと見は、BBQ用のドラム缶のようだが、洗練されたデザインだ。
「では、早速起動してみますね」
俺が持ってきたタブレットの制御画面に起動コマンドを入力すると、小さく電子音が鳴った。格納棚の一台のロックが外れ、台の黒い金属フレームの縁をなぞるように、青い光のラインがスッと走る。油圧シリンダーが静かに唸り、3機の機体が載ったその台をゆっくりと前へ押し出した。
――カシャン。
折り畳まれていたアームが自動で、まるで花が咲くように四方向に展開していく。
続いて、上下のプロペラが回転を始め、低い唸りを上げながら徐々に回転数を上げていく。
ドローンは専用棚からふわりと浮き上がり、格納庫内で一度ホバリングして機体の安定性を確認する。赤と緑の航行灯が点滅し、カメラが自動で回転して周囲をスキャンした。
そして、みんなが期待に胸を膨らませて見守る中、ドローンは滑らかに格納庫から外へと飛び立っていった。
「うわぁ~、かっこいーっ! いってらっしゃ~い!!」
陽菜乃ちゃんが両手を振って、ドローンを見送っている。
「動きがすごく滑らかですね。音も思ったより静かですし」
レオさんが動画撮影しながら感心している。
「いや、ドローンもだけど、あの棚なんだよ。サイバーパンクかよ。ギミックがかっこよすぎるだろ!」
田村さんが叫んでいるけど、俺としては、早く映像を確認したい。
「皆さん、会議室に戻って映像を確認してみましょう」
ドローンのかっこよさを語りながら、みんなで会議室に戻り、映像をディスプレイに映し出す。
上空からの島の全景が鮮明に映し出される。港からゆっくりと坂道を上がり、事務棟周辺から温室そして森林へと移動していく。たまに黒い魔物が映り、ドキッとする。
「画質すごい! こんなに綺麗に見えるんだ。ちょっとタブレット貸して~」
陽菜乃ちゃんが興奮している。
「3kgまでの荷物を運ぶこともできます。アタッチメントを取り付ければ、夜間のサーチライトや拡声器スピーカーとしても利用できます」
陽菜乃ちゃんがタブレットをいじって、ドローンの映像を赤外線のサーマルモードに切り替えた。
森の上空で、緑色だった画面が一変し、グレーの画面に森林にいる魔物らしき熱源が浮かび上がった。
「おぉぉ~」
みんなが同時に感嘆の声を上げる。
森の中に、水色や黄緑の小さな点がいくつも確認できる。明らかに魔物の体温を捉えているようだ。
「魔物の熱はあまり高くないようですね。人間より低い体温のようです。雨の日は、確認が難しいかもしれません」
桐島博士が、映像をしっかり観察している。
確かに、赤やオレンジではなく、青に近い色が多い。
「大丈夫だよ〜。アリスに解析させれば、わかりにくくても特定できるから。木が密集してるとこでも、隙間の熱感知だけでかなり正確にわかるはず!」
陽菜乃ちゃんが自信満々に言う。
「これで、固定監視カメラ、移動監視カメラのスイーパー、そして巡回ドローンの三重監視体制ができそうですね」
レオさんがまとめてくれる。
「かなりの精度で魔物の位置を把握できますね!」
俺も満足だった。これで森林部での行動がかなり安全になる。
陽菜乃ちゃんが、ちょっと考え込んで。
「えっとね、ドローンと魔物マップの連携はすぐできると思う。それに、モノリス探知機も明日にはできると思うんだ~。でね、アサルトライフルの迎撃システムも集中して作りたいし、アリスの調整もしたいから今日と明日は作業に集中していいかな?」
「もちろん。陽菜乃ちゃんの開発には助けられてばかりだ。そっちを優先してくれ」
訓練には厳しい田村さんが快諾する。
「俺たちは、火山灰スイーパーに監視カメラを付けてから、電気柵をできるだけ伸ばしておくよ」
田村さんが、地図を表示して説明する。
「今、安地になってるのはこの範囲だ。その続きのインフラ施設までの道とその途中にある温室、燃料基地までの道はすでに電気柵を張っている。柵内に残っている魔物を片付ければ、この道も安地になる。車で移動しながらやればすぐだろう」
早く、燃料基地までの道を確保したい。魔物が出てから昨日までの4日間、俺のエネルギー物質化は使えないままだ。
「でだ、次は燃料基地から先の港までの道と、インフラ施設の先の一番近い中規模山小屋までの道を安地にしておきたいんだ。中型魔物の迎撃は山小屋からの方が安全だからな」
「魔物討伐が終わってない場所での工事は、危険ではないですか?」
レオさんが言う。
「そう思って進められなかったんだが、ドローンとスイーパーに、工事場所の周囲を巡回してもらえば、かなり安全に作業ができるだろう。どうせ、いつかはやらなければならねぇなら、中型が出る前にやろうぜ」
「わかった~! スイーパーに取り付けが終わったら呼んで。すぐに地図アプリに連携するから、ゴーグルしてればすぐに近づく魔物に気づくことができるよ」
田村さんも、陽菜乃ちゃんも迷いがない。
中型魔物が出るまでに、やるべきことは多い。塩水弾の改良もだし、子供たちが発見した魔物の高周波音も気になる。対中型魔物のフォーメーションも、訓練しておきたい。それに、モノリス探知機ができたら、一つでも多くモノリスを潰しておきたい。
1日が24時間では足りない忙しさだが、ここで手を抜くと生死にかかわることもわかっている。いざとなったら、桐島博士が疲労回復点滴をしてくれると言うから、全力で頑張ろう。頑張るしかない。
ちなみに、「俺、やります!」と張り切って宣言した、スイーパーへの監視カメラ取付け作業は、田村さんとレオさんの方が断然、早くてキレイな仕上がりでした。




